シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
静かな朝のエルザの自室。カレンはエルザに背を向けて掃除をこなし、エルザは椅子に座って退屈そうに窓の外を眺めていた。
「おい、暴力令嬢」
カレンがふと思い出したように顔を上げ、エルザの方へ振り返る。
「……は?」
エルザは心外そうな、不機嫌を隠さない顔でカレンを睨んだ。腕を組み、威嚇するような姿勢を崩さない。
「ほれ」
カレンは懐から小さな金属片を取り出すと、無造作に放り投げた。
「わっ、ちょっと……!」
エルザは慌てて両手を広げ、少し前のめりな姿勢でそれを受け止めた。彼女の掌に乗ったのは、くすんだ白の無骨な『鍵』であった。
「……何よ、これ?」
エルザは意味が分からず、手元の鍵を凝視した。
「この部屋、鍵が無かったろ?付けといたんだよ」
カレンは自分用の鍵を左手の指先でぴらぴらと見せびらかした。
「うそ!?」
エルザは弾かれたように顔を上げた。入口の扉にも目をやると、無骨で頑丈そうな鍵穴がドアノブごと新しく取り付けられている。エルザは驚愕の表情を浮かべた。
「どうやったの!!?」
「なに、ちょいと暇そうな
カレンは不敵に口角を上げた。彼女は、以前私生児の
「作ったの?嘘……」
エルザは新調された扉の鍵穴と、手元の鍵を交互に見つめた。
「年季が違うのさ」
カレンが誇らしげに鼻を鳴らした。
エルザは鍵をじっと見つめた。一瞬だけ感謝と安堵の表情が浮かびかけたが、すぐにいつもの刺々しい表情に戻る。
「……ふん!なんだかばた臭い
すかさずいつもの毒舌を吐く。しかし、その声は震えており、瞳は僅かに潤んでいる。
「自分でできないなら、せめてできるやつを乗せられるようにしな。お貴族様らしくな」
カレンは呆れたように肩をすくめた。言葉には皮肉が籠もっているが、声色は柔らかい。
「……何よ、それ。説明しなさいよ」
エルザは眉を吊り上げて詰め寄った。カレンは無言で左手を差し出すと、親指と人差し指をこすり合わせた。
(スッ……スッ……)
「ッ、チップが欲しいの……?いいわよ、払ってあげるわよ……」
エルザの腕が怒りでプルプルと震えた。
「アンタの血でね!!」
ガシッ!
エルザは、左手でカレンの首根っこを掴み取ると、残る右手で隠し持っていたナイフを突きつけた。
「……鼻血も出ねえよ」
カレンはナイフを突きつけられても無表情のまま、そっぽを向いた。