シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第12話】騒々しき歯車修理(まきもどり)

 エルザの自室の窓から朝日が差し込む。山をなす聖遺物(ガラクタ)の整理はいまだ終わる気配を見せていない。

 

 今日もカレンは、手際良く主の聖遺物(ガラクタ)を処理していた。一方エルザはソファに座りながら、机にチェス盤を置き、詰めチェス(チェスパズル)に講じている。

 

 カレンが、ふと掃除の手を止めた。エルザのソファの斜め後ろには壊れた柱時計がある。今までは特に気にも止めていなかったハズだが、どこか心に引っかかりを覚えていた。

 

「……なあ。あの時計はずっと前から動かないのか?」

 

 カレンは左手の人差し指で、柱時計を指さした。

 

「そうよ。私が物心ついた頃から動いていないわ」

 

 エルザはソファに座り、チェス盤から視線を動かさずに答えた。突き放すような、冷めた口調だ。

 

「……」

 

 カレンは時計を凝視し、左手を顎に添えて考え込んだ。

 

「……?」

 

 エルザが何事かを感じ、盤面に身体を向けたまま、視線だけをカレンへ移した。

 

「なら一度修理してみるか。時間が分かるに越したことはない」

 

「……はあ?」

 

 エルザは右ひじをソファの背もたれに乗せ、柄の悪い姿勢で振り返った。

 

「そんなのいいから、部屋の掃除をやりなさいよ。まだだいぶ残ってるでしょ?」

 

 エルザはイライラしながら散らばった聖遺物(ガラクタ)を左手で指さして、カレンを詰めた。

 

「ああ、そうだな。誰かさんのお荷物が多すぎて、時間が止まったみたいだしな」

 

 カレンも呆れたように振り返り、皮肉を返した。

 

「……むっ」

 

 痛いところを突かれ、エルザの顔が引きつった。

 

「勝手にしなさい!」

 

 彼女は怒り気味にチェス盤に向き直り、ぷいと顔を背けた。

 

「じゃあ、始めるか。時計の修理は専門外だが、ひとまずやってみるとしよう」

 

 カレンはエルザの抗議を受け流し、独り言をこぼしながら作業を開始した。

 

 ガサ…ゴト…

 

「……うわ。すごい汚れだ」

 

「……なんでこんなになるまで放置したんだ?」

 

「……モノは悪くないんだがな」

 

 エルザの背中越しに流れるカレンの声。それはあたかも、今の彼女の状況を端的に表しているかのようだった。

 

「……ッ!」

 

 エルザの肩が怒りでプルプルと震えた。彼女は勢いよく立ち上がると、カレンの方へ詰め寄った。

 

「……もう!私もやるわよ」

 

「あ、じゃあ、それ取ってくれ」

 

「……はあ!?」

 

 エルザの驚愕の声を余所に、カレンは既に次の作業へと意識を向けていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 カレンは腰の短剣を抜くと、筐体の隙間にその先を迷いなく差し込んだ。手慣れた動作で固着した裏蓋をこじ開ける。中から溢れ出した長年の綿埃をフゥーと吹き飛ばし、山羊毛のブラシで隅々まで掃き出した。

 

 次にエルザがブラシを握った。カレンが背後から彼女の手首を支え、残った細かな塵を掃くよう促す。銀髪の少女は慣れない道具に戸惑いながらも、カレンの補助に従って慎重に手を動かした。

 

 カレンは懐から強い蒸留酒の小瓶を取り出し、布にたっぷりと染み込ませた。それを歯車の軸受けに当て、黒く粘つく古い油を拭い去る。頑固な汚れには細いピックを使い、一つずつ丁寧に削ぎ落としていった。

 

 エルザがピックを受け取り、カレンが指し示す箇所をなぞった。カレンが隣で汚れの残しをチェックし、エルザは顔を近づけてこびりついた黒い塊を除去していく。二人の間に、金属臭と強い酒の匂いが混ざり合って漂った。

 

 最後にエルザがピンセットを持ち、一番端にある小さな歯車を軽く突いた。カレンが彼女の手元を覗き込み、噛み合わせの悪い箇所をグイと微調整する。小さな振動が大きな歯車へと連動していく様を、二人は無言で見守った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……よし。ここいらで一旦休憩にしよう」

 

 カレンが軽く額の汗を拭った。

 

「……はあ、はあ。……疲れた。中は埃まみれの油まみれ。……最悪」

 

 エルザは膝をつき、ぐったりと項垂れた。

 

「ほれ」

 

 カレンが水の入った瓶を左手で差し出した。エルザはそれを乱暴に受け取ると、喉を鳴らして一気に飲み干した。

 

「ふふん」

 

 カレンは小さな歯車を左手の人差し指と親指でつまみ、いたずらっぽく左右に回転させた。

 

「……何よ?」

 

 エルザが水瓶を両手で持ったまま、ジト目を向けた。

 

「よく見てな」

 

 ピンッ――!

 

 コイントスの要領で、歯車が垂直に弾かれる。カレンは落下する歯車を左手で包み込むように受け止める―――

 

 バシンッ!

 

 ―――直後に素早く手を叩き合わせ、握った拳を左右に広げた。

 

「さあ、どっちだ?」

 

 カレンが不敵に口角を上げた。

 

「……左でしょ?」

 

 エルザが左手で水瓶を持ったまま、迷わず右手で指差した。冷め切った表情は崩さない。

 

「ふふん」

 

 カレンがゆっくりと両の掌を開いた。歯車は、エルザの予想を裏切り、カレンの右手の上に乗っていた。

 

「……うそ!?」

 

 エルザは水瓶を床に置き、カレンの右手を覗き込んだ。驚愕で目が見開かれる。

 

「どうせイカサマでしょ?」

 

 エルザがカレンをキッと睨みつけた。

 

「イカサマとは心外だな。こういうのは『技術』っていうんだ。お前みたいに目の良いヤツ専用のな」

 

 カレンはジト目でエルザを見つめ返したが、その口元は笑っていた。

 

「だが、一回目でしっかり目で追えてたのはなかなかだ。見込みがあるぞ?」

 

「……そんな見込みはいらないわよ」

 

 エルザが深く、重いため息を吐き出した。

 

「さて、頭の体操もできたし作業を再開するぞ」

 

「……はあ?疲れただけじゃない……」

 

 エルザの不満げな呟きを余所に、カレンは再び柱時計へと向き直った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 カレンは指先を動かした。歯車の連動を確認し、動きの重い箇所をグイと押し込むようにして微調整する。一番端の小さな歯車を軽く弾くと、その振動が淀みなく大きな歯車へと伝わっていった。

 

 続いて、カレンは鳥の羽の軸を手に取った。小瓶から掬い上げた獣脂を、羽の先に一滴だけ乗せる。そのまま各歯車の軸へ、ピンポイントに油を置いていった。

 

「……そんな量で足りるの?」

 

 隣から手元を覗き込んでいたエルザが、不安そうに呟いた。カレンは答えず、羽の軸をエルザへと差し出した。

 

 エルザは軸を受け取ると、カレンが指し示す箇所へと慎重に手を伸ばした。カレンは背後から彼女の手首を支え、震えを抑える。軸の先から一滴の油が零れ落ち、金属の隙間へと静かに吸い込まれていった。

 

 二人は顔を寄せ合い、歯車が潤いを取り戻していく様を無言で見守り続けた。

 

 

 

~ 次回『騒々しき初鳴(はつなり)~封印解除~』へと続く ~

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