シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第13話】騒々しき初鳴(はつなり)~封印解除~

 修理作業が終わり、柱時計の前に立つカレン。向かって右隣に立つエルザは、これまでの作業による疲労で荒い呼吸を繰り返し、ぐったりと肩を落としている。

 

「よし!あとは鍵を回すだけだな」

 

 カレンは左手で巻き鍵を握り、柱時計の盤面へ向けた。

 

 カレンが盤面の穴に鍵を差し込んだ。そのままゆっくりと、主ゼンマイを巻き上げる。

 

「……動かないな」

 

 期待に反して、時計は沈黙を保ったままだった。

 

「……何が原因だ?」

 

 カレンは左手を顎に添え、眉間に皺を寄せた。

 

「……?」

 

 エルザが、ぼーっと盤面を見つめた。彼女は何かに促されるように、無意識のうちに普段は使わない左手を前へと突き出していた。

 

「……ん?おい。変なところに触るな……!」

 

 エルザの挙動に気づいたカレンが、咄嗟に本来の利き手である右手を突き出した。

 

 カツン。

 

 一瞬、エルザの左手の端に、カレンの右手の指先が触れた。その接触により、エルザの左手が僅かに右側へと流れる。

 

 エルザの左手が時計の盤面を捉えた。何もないはずの盤面が僅かに沈み込む――。

 

 ガチンッ――。

 

 硬質な音が室内に響いた。

 

 止まっていた秒針が震え、時を刻み始める。11時59分を指していた針が、12時00分へと重なった。

 

 カチン。

 

 次の瞬間、重厚な鐘の音が部屋の空気を震わせた。

 

 ボーン…!ボーン…!

 

「……動いた」

 

 二人は、自分たちが蘇らせたその音を、ただ茫然と見つめた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ボーン……。

 

「……ん?」

 

 執務室で書類を捌いていたモーゼスが、ペンを止めた。遠くから響く聞き覚えのない重低音に、不審げな表情を浮かべる。

 

 

 ボーン……。

 

「……あん!?なにこれ?」

 

 屋敷の廊下で昼の務めに勤しんでいたアンが顔を(しか)め、音の発生源を探るように頭を左右に動かした。

 

 

 ボーン……。

 

「……あら?」

 

 自室でお茶を飲んでいたエレノアが、ティーカップを宙で止め、僅かに目を細めた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ボーン…!

 

「鳴ったな……!」

 

 カレンが右手に拳を作り、目を輝かせる。

 

 ボーン…!

 

「鳴ったわね……!」

 

 エルザも左手に拳を作り、目を輝かせる。

 

 ボーン…!

 

 至近距離で響く鐘の音は、想像以上に凄まじかった。

 

 ボーン…!

 

「結構うるさいんだな……」

 

 ボーン…!

 

「うるさいわね……」

 

 二人は顔をしかめ、騒々しい初鳴きに耐えた。

 

 ボーン…!

 

「……それにしてもいつまで鳴るんだ?」

 

 ボーン…!

 

「……さあ、そろそろじゃない?」

 

 やがて、重厚な余韻を残して鐘の音が止んだ。

 

「あ、止んだ」

 

 二人が声を合わせた瞬間、部屋には再び静寂が戻った。しかし、その静寂はすぐに別の音で塗り替えられた。

 

 カチ、カチ、カチ……。

 

 新しく刻まれ始めた秒針の音が、止まっていた時間を動かすように、部屋の中に響き渡っていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 その日の夜。真夜中のエルザの自室。

 

「……ああ、今日は疲れたわ……」

 

 エルザはソファに横たわり、天井を仰いだ。

 

「……ああ、確かに骨が折れたな」

 

 カレンは近くの椅子に腰かけ、腕を組んで目を閉じる。

 

 室内に、新しく刻み始めた秒針の音だけがこだまする。二人はうとうとと意識を落とし始めた。

 

 ボーン!ボーン!

 

 唐突な重低音が空気を震わせた。カレンとエルザは、弾かれたように上体を起こした。

 

「なんなのよ!アレ!?」

 

「知るか!」

 

 しばしの静寂。二人は顔を見合わせた。

 

「……あ、やんだ……」

 

 カチ、カチ、カチ……。再び秒針の音だけが戻る。二人は力なく再び眠りにつこうとした。

 

 ボーン!ボーン!ボーン!

 

 カレンの肩がビクッと跳ねた。彼女は壁時計を鋭く睨みつける。

 

「なあ、お嬢さんよ……!あの時計、ぶっ壊してもいいか?」

 

「だめよ……!腐っても私の私物(モノ)だから!それに、直そうって言ったのはアンタでしょ……!!」

 

 エルザはソファのクッションを強く握りしめ、カレンに怒鳴り返した。

 

「……あ、また、やんだ……」

 

 不気味な静寂が室内に満ちる。二人は眉間に皺を寄せたまま、毛布にくるまった。

 

 ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!

 

「もう、あれは壊れていたんじゃないわ……!厳重に封印されていたのよ……!」

 

 エルザが両手で耳を塞ぎ、絶叫に近い声を上げた。

 

「……私たちは、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれん……!!」

 

 カレンも両手で耳を塞ぎ、虚空を見つめ、戦慄した表情で呟いた。

 

 ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!

 

 深夜のシュピーゲル家の屋敷に、蘇った時計の鐘の音が容赦なく鳴り響き続けた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。室内には穏やかな朝日が差し込んでいた。

 

「お嬢さんよ……。あれは夜中は止めよう」

 

 カレンは、目の下に重い隈を作りながら、幽霊のような足取りでエルザに向き直った。

 

「……珍しく意見が合ったわね……賛成よ」

 

 エルザもまた、目の下に盛大な隈を刻み、焦点の合わない目で力なく頷いた。

 

 カレンがおぼつかない足取りで時計に近づき、時計の時報レバーを手動で「封印」した。

 カチ、カチ……。

 

 部屋には小さな秒針の音だけが残り、二人はそのままソファと椅子に壊れた人形のように倒れ込んだ。

 

 

 

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