シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第14話】人としての営み

 昼下がりのエルザの自室。カレンは引き続き聖遺物(ガラクタ)の整理をしていた。エルザは今日もソファに座って詰みチェス(チェスパズル)に講じている。

 

「お?なんだ、こんなものまであるのか」

 

 カレンが聖遺物(ガラクタ)の中から年季の入ったボウガンを拾い上げた。ボウガンの近くには矢筒も落ちている。

 

「しかも、矢まであるじゃないか。これはまだ使えそうだな。後で手入れしておこう」

 

 カレンが拾い上げた武器一式を壁にかけた。室内には比較的穏やかな空気が流れている。しかし、それは長くは続かなかった。

 

「あああああぁぁぁっ!!」

 

 壁越しに、女の甲高い、悲鳴にも似た叫びが響き渡っていた。それは痛みに苦しむ声ではなく、明らかに特有(あっち)の熱を帯びていた。声色は二人のよく知る赤髪の使用人(メイド)に酷似している。

 

「……なあ、ここはいつから売春宿になったんだ?」

 

 カレンは音のした壁に視線を向け、心底軽蔑した表情を浮かべる。エルザはチェス盤と教本から視線を外さず、何事もないように答えた。

 

「わざとよ。私の部屋の近くだからやってんの。どうせ執事もダンマリよ」

 

 令嬢は呆れたように軽く右手を上げた。

 

「……毒入りスープにネズミを煮込んで『ミルク』でトッピングかよ。絶頂しそうだよ」

 

 カレンが最大級の侮蔑を込めて吐き捨てる。

 

「……アンタ、悪趣味ねぇ。今日の昼食(ランチ)はいらないわ。食欲が失せたもの」

 

 エルザは盤面から視線を上げて、眉間に皺を寄せた。カレンの生々しい比喩(たとえ)に不快感を露わにする。

 

「ああぁぁ、ああぁぁぁ……っ!」

 

 カチ……カチ……。

 

 その間も、壁の向こうからは断続的に女の叫びが聞こえてくる。その声に、部屋の柱時計は規則正しい秒針音(リズム)を乗せる。

 

「まあ、気になるなら止めてきてもいいのよ?実際やかましいし」

 

 エルザは再び何事もなかったかのように教本に目を戻し、淡々と告げる。

 

「無理だな……。あれは『人としての営み』だ。他人じゃ止められねぇ」

 

 カレンは苦虫を噛み潰したような顔になり、左手でしっしっと追い払うような仕草をした。

 

 カチ……カチ……。

 

「…アンタはどうなの?」

 

「…は?」

 

 カレンは意味を測りかねてエルザを見た。

 

「だからアンタはどうなのよ。まさか……処女(バージン)なの?」

 

 エルザはジト目を向け、その年で、とでも言いたげにカレンをからかった。

 

「あははははは……!!」

 

 エルザの突きが急所(ツボ)に入ったカレンが、盛大に笑い出した。唐突な爆笑に、エルザの身体がビクッと跳ねる。

 

「詳しく聞きたいか?」

 

 カレンは不敵な笑みを浮かべ、得意(ドヤ)顔で問いかけた。

 

「え、やっぱいいわ。どうせ初体験(はじめて)は後ろの穴だった、とかそういうオチでしょ?」

 

 エルザは身体をチェス盤に向けたまま、視線だけをカレンに移した。極めて冷めた表情と口調で淡々と告げる。

 

「……なぜわかった?」

 

 カレンは呆然と口を開け、その場に立ち尽くした。

 

「わかっちゃった自分を呪いたいわ……」

 

 エルザは酷い偏頭痛に耐えるような顔で、右手を額に当てた。一時的な静寂が訪れる。

 

「あいぃぃ、ああぁぁぁ……っ!」

 

 カチ……カチ……。

 

 柱時計は変わらずに規則正しい秒針音(リズム)を乗せる。

 

「……ったく。()()()()うるさいわねぇ」

 

 エルザは蠅を払うように、右手を左右に振った。

 

「……お前、ロクな大人になれねぇぜ」

 

 カレンはまだショックから立ち直れない様子で、憐れむように呟いた。

 

「アンタが言うな!」

 

 エルザが怒鳴り声を上げた。

 

 カチ……カチ……。

 

「い、いいぃぃぃっ!!」

 

 窓から平和な光が差し込む中、変わらずに時計は無慈悲に秒針音(リズム)を刻んでいた。

 

 

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