シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
昼下がりのエルザの自室。カレンは引き続き
「お?なんだ、こんなものまであるのか」
カレンが
「しかも、矢まであるじゃないか。これはまだ使えそうだな。後で手入れしておこう」
カレンが拾い上げた武器一式を壁にかけた。室内には比較的穏やかな空気が流れている。しかし、それは長くは続かなかった。
「あああああぁぁぁっ!!」
壁越しに、女の甲高い、悲鳴にも似た叫びが響き渡っていた。それは痛みに苦しむ声ではなく、明らかに
「……なあ、ここはいつから売春宿になったんだ?」
カレンは音のした壁に視線を向け、心底軽蔑した表情を浮かべる。エルザはチェス盤と教本から視線を外さず、何事もないように答えた。
「わざとよ。私の部屋の近くだからやってんの。どうせ執事もダンマリよ」
令嬢は呆れたように軽く右手を上げた。
「……毒入りスープにネズミを煮込んで『ミルク』でトッピングかよ。絶頂しそうだよ」
カレンが最大級の侮蔑を込めて吐き捨てる。
「……アンタ、悪趣味ねぇ。今日の
エルザは盤面から視線を上げて、眉間に皺を寄せた。カレンの生々しい
「ああぁぁ、ああぁぁぁ……っ!」
カチ……カチ……。
その間も、壁の向こうからは断続的に女の叫びが聞こえてくる。その声に、部屋の柱時計は規則正しい
「まあ、気になるなら止めてきてもいいのよ?実際やかましいし」
エルザは再び何事もなかったかのように教本に目を戻し、淡々と告げる。
「無理だな……。あれは『人としての営み』だ。他人じゃ止められねぇ」
カレンは苦虫を噛み潰したような顔になり、左手でしっしっと追い払うような仕草をした。
カチ……カチ……。
「…アンタはどうなの?」
「…は?」
カレンは意味を測りかねてエルザを見た。
「だからアンタはどうなのよ。まさか……
エルザはジト目を向け、その年で、とでも言いたげにカレンをからかった。
「あははははは……!!」
エルザの突きが
「詳しく聞きたいか?」
カレンは不敵な笑みを浮かべ、
「え、やっぱいいわ。どうせ
エルザは身体をチェス盤に向けたまま、視線だけをカレンに移した。極めて冷めた表情と口調で淡々と告げる。
「……なぜわかった?」
カレンは呆然と口を開け、その場に立ち尽くした。
「わかっちゃった自分を呪いたいわ……」
エルザは酷い偏頭痛に耐えるような顔で、右手を額に当てた。一時的な静寂が訪れる。
「あいぃぃ、ああぁぁぁ……っ!」
カチ……カチ……。
柱時計は変わらずに規則正しい
「……ったく。
エルザは蠅を払うように、右手を左右に振った。
「……お前、ロクな大人になれねぇぜ」
カレンはまだショックから立ち直れない様子で、憐れむように呟いた。
「アンタが言うな!」
エルザが怒鳴り声を上げた。
カチ……カチ……。
「い、いいぃぃぃっ!!」
窓から平和な光が差し込む中、変わらずに時計は無慈悲に