シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第15話】サンドウィッチと懐の小麦(スコーン)

 早朝のエルザの自室。ソファではエルザが深く眠り、規則正しい寝息を立てている。一方カレンは、既に目を覚まし、何か物思いにふけっていた。

 

「それしても、アン時はひでえ目にあったな……」

 

 カレンは左手を顎に当て、苦虫を噛み潰したような顔をした。以前「朝の毒見」で味わったどす黒いスープと黒焦げのパンの記憶が、胃の奥を不快にさせる。

 

「あんな排泄物を毎日食わされたんじゃ、暗殺者が挨拶に来る前に私が毒殺されるぜ……。はやく手を打たねえと」

 

 カレンの独り言には、切実な危機感が滲んでいた。

 

「もう食いもんは自分で調達するしかねえな……」

 

 腕を組み、立ち尽くしたまま思考を巡らせる。

 

「調達するにしても、まずは何を作るか決めねえと……」

 

 カレンは目を閉じ、再び顎に手をやった。脳裏に、たっぷりの具材を挟んだパンのイメージが浮かび上がる。

 

「よし。『アレ』にするか」

 

 カレンは顔を上げた。献立(メニュー)が決まり表情がパッと明るくなる。

 

「しかし、流石の私でも全部の食材をいっぺんに集めるのは骨だぜ……なら」

 

 彼女は目標物を見据えるように、鋭く目を細めた。

 

 壁時計の秒針が、軽快なリズムを刻み始める。

 

 カチカチ……カチカチカチッ。

 

 しばしの間の後、カレンは大きな食パンを小脇に抱えて入口付近に立っていた。その顔には、自らの手際に満足したような表情が浮かんでいる。

 

「よし」

 

 カレンはサイドテーブルにまな板を置き、パンを乗せ、左手で無造作にナイフを取り出した。

 

「よ……」

 

 ストン。

 

「よ……」

 

 ストン。

 

 一定のリズムでパンが切り分けられていく。

 

 ストン。

 

 カレンの動きが、唐突に停止した。表情は穏やかだが、パンを見つめる瞳の中には、此処ではない何処か遠くを幻視しているように揺らめいている。一瞬、部屋の秒針の音が完全に消えた。

 

「……あ、やべえ。切りすぎた」

 

 カレンは我に返り、首を振った。まな板の上には、『アレ』を作るには余りある枚数のスライスパンが整然と並んでいた。

 

「残りの食材を調達するか」

 

 カレンは苦笑混じりに呟き、再び部屋の外へと意識を向けた。それと同時に、壁時計の秒針が「カチ、カチ」と規則正しい音を取り戻した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 しばらくして食材調達から戻ってきたカレン。彼女の手には、溢れんばかりの食材が抱えられていた。

 

 カレンがサイドテーブルに向き合う。彼女の動きに合わせるように、壁時計が小気味よいリズムを刻み始めた。

 

 カチカチ……カチカチ……。

 

 カレンは瑞々しいレタスを置き、続いて真っ赤なトマトを並べた。ゆで卵の詰まったバスケット、ピクルスの瓶、さらに厚切りのハムを次々とテーブルへ運んでくる。最後に好物のウインナーを数本置くと、そのうちの一本を左手に取り、ガリッと一口つまみ食いをした。

 

 カチカチ……カチカチ……カチチカチッチ。

 

 カレンは左手でナイフを握り直した。レタスを迷いなくちぎり、トマトを一定の厚みでスライスしていく。ゆで卵を輪切りにし、瓶から出したピクルスを細かな微塵切りへと変えた。最後にハムを等分にカットする。

 

 カチカチ……カチカチ……カチチカチッチ。

 

 皿の上に、カットしたパンを一枚置く。

 

 その上にレタス、トマト、ゆで卵を丁寧に積み上げ、微塵切りのピクルスを万遍なく散らした。さらにハムを乗せると、自身の雑嚢(サッチェル)から取り出した万能調味料(マヨネーズ)を、その上へたっぷりと絞り出す。仕上げに再度レタスを重ね、もう一枚のパンを被せて、左手で軽く圧を掛けた。

 

 カチカチ……カチカチ……カチチカチッチ。

 

 皿の上には、断面の色彩が鮮やかな、ボリュームのある『御馳走』が完成していた。

 

 カチチカチッチ!

 

 壁時計の秒針が、完成を告げる合図のように一際高く跳ねた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「よし……!」

 

 カレンは、両手で『御馳走』を乗せたお皿を持ち上げた。その表情は淡々としていたが、瞳には隠しきれない喜びが宿っている。

 

 ソファの上では、いつの間にかエルザが目を覚ましていた。まだ覚醒しきっておらず、眠そうに半目で床を眺めている。

 

「……なんだ起きたのか?良い知らせがあるぞ」

 

 カレンが『御馳走』の皿を差し出した。エルザはカレンの声を聞いているのかいないのか、無造作に右手で懐からスコーンを取り出した。

 

「……あれ!?お前、それはどうしたんだ?」

 

 カレンは、エルザの持つスコーンを信じられないものを見るような目で見つめた。

 

「……ああ、いたの。……これ?私が調達したのよ」

 

 エルザはカレンと視線を合わせず、当たり前のように答えた。彼女は一口、行儀悪くスコーンをかじった。

 

「え……?お前、あの毒物を毎日食ってたんじゃないのか……?」

 

 カレンは、『御馳走』の皿を持ったまま茫然と立ち尽くした。

 

「……はあ?んな訳ないでしょ。あんなの毎日口にできるわけないじゃない。精々()()()ぐらいよ」

 

 エルザはやさぐれた様子で、豪快にスコーンをかじった。

 

「私にだって伝手ぐらいあるわよ。バカなの?」

 

 軽蔑を込めて、エルザが鼻で笑った。

 

「……おい」

 

 突っ込みが追い付かないカレンが、絶望した表情で肩を落とす。それでも『御馳走』の皿だけはしっかりと両手で支えていた。

 

「……で?アンタが持ってるそれは何?」

 

 エルザはスコーンを口の中で咀嚼しながら、カレンの持っている皿へ視線を投げた。

 

「……ああ!?これか!」

 

 カレンはようやく気を取り直した。

 

「ふふん。驚くなよ。こいつは挟みパン(サンドウィッチ)だ」

 

 カレンは不敵に口角を上げ、満足げな得意(ドヤ)顔を作った。

 

「……挟みパン(サンドウィッチ)?何よそれ」

 

 エルザは食べかけのスコーンを右手に持ったまま、柄の悪い姿勢でソファに座り、冷めた視線を向けた。

 

「知らねえのか?お貴族様の癖に……。辺境のお偉いさんが考えた御当地料理(ソウルフード)だよ。傭兵の間でも人気だったんだ」

 

 カレンは大変楽しそうに胸を張った。

 

「へー」

 

 エルザはよくわかっていない様子で、冷たく応じた。

 

 

 ~ 次回『サンドウィッチと琥珀茶(カウフィ)』へ続く ~

 

 

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