シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第16話】サンドウィッチと琥珀茶(カウフィ)

 テーブルの上には、二つの皿に盛られた挟みパン(サンドウィッチ)が向かい合わせに並んでいた。エルザの前には、彼女が用意させた紅茶のセット、ミルク差し、そして砂糖の瓶が置かれている。

 

 久々のまともな食事を前に、カレンはウキウキとした様子を隠そうともしていなかった。対するエルザは、初めて見る得体の知れない料理を前に、どう反応すべきか測りかねている。

 

「……で、これどうやって食べるの?」

 

 エルザは皿の上の挟みパン(サンドウィッチ)を見下ろしたまま問いかけた。

 

「……まあ見てな。……こうやるんだよ!」

 

 カレンは挟みパン(サンドウィッチ)を両手で掴み上げると、口を大きく開けた。

 

 ガブッ。

 

 豪快な音が響く。

 

「……うわ」

 

 エルザは手掴みでかぶりつくカレンの姿を見て、露骨に不快感を露わにした。

 

「……んん!これよ、これ……!」

 

 カレンは満足げに咀嚼を続け、喉を鳴らした。

 

「……野蛮だわ」

 

 エルザが呆れたように吐き捨てた。

 

「……それは、私を笑わせようとしてるのか?」

 

 カレンは口の中にパンを含んだまま、先ほどスコーンを豪快に頬張っていたエルザを皮肉げな目で見返した。

 

「いいから、お前もやれよ!手間暇かけたんだぞ」

 

 カレンが左手でエルザの皿を指差し、強い圧をかける。

 

「仕方ないわね」

 

 エルザは溜息をつき、挟みパン(サンドウィッチ)を両手で持ち上げた。口元に運ぶが、まだ僅かに抵抗があるのか、鼻先をひくつかせた。

 

「……ん」

 

 ガブッ。

 

 意を決したように、エルザが豪快に食らいついた。目を閉じ、恐る恐る咀嚼を始める。

 

「ん……!?」

 

 エルザの目がカッと見開かれた。

 

「……うそ。……美味(うま)!今まで食べた中で一番かも」

 

「そうだろ!?ざまあみろ、クソガキ!」

 

 テンションの上がったカレンが声を張り上げる。エルザはそれを無視して二口、三口と食べ進めた。

 

 ガブッ…モグ…モグ!

 

「……ッ!」

 

 彼女は再び目を強く閉じ、身体を細かく震わせた。旨味が身体の隅々まで染み渡っていく。エルザが更にもう一口いこうとした瞬間、カレンの手がそれを制止した。

 

「……待ちな」

 

「……何よ?」

 

 早く残りを食べたいエルザが、露骨に不機嫌な顔をして睨んだ。カレンは何も答えず、左手で手元の雑嚢(サッチェル)をごそごそとまさぐり始めた。

 

 バッ!

 

「……これだ!」

 

 彼女が懐から取り出したのは、濃い茶色の豆が詰まった袋だった。

 

「……今度は何よ?」

 

 また変なものが出てきた、と言いたげにエルザが眉を寄せた。

 

「本当に何も知らねえんだな……。こいつは琥珀茶(カウフィ)さ」

 

 カレンは誇らしげに胸を張った。

 

「屋敷の厨房にあったやつをいただいたんだ。しかも焙煎済みのやつだぜ」

 

「……琥珀茶(カウフィ)?」

 

 エルザは全く意味が分からないという表情で、カレンの手元を注視した。

 

「……まあ、見てなって。さっき見てみたら都合良くこの部屋にドリッパーと琥珀挽き(カウフィミル)があったんだ。これで琥珀茶(カウフィ)を淹れられるぜ」

 

 カレンが部屋の隅にあった骨董品らしき道具を並べ始める。

 

「……ああ、あれってそういう用途だったの」

 

 エルザはまるで他人事(ひとごと)のように品々(それら)の正体を悟り、呆然と見つめた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ザー……。

 

 カレンはミル上部の蓋を開き、茶褐色の豆を流し込んだ。そのままレバーを握り、一定のリズムで回し始める。

 

 ゴリゴリゴリ……。

 

 硬質な音が室内に響く。カレンは机にサーバーとドリッパーを置き、手慣れた手付きで布フィルターをセットした。

 

 バッ。

 

 ミルの下部にある引き出しを引き、挽きたての粉をフィルターの上へと移す。続いてドリップポットを手に取り、細いお湯を円を描くように注いでいった。

 

 エルザはその光景を、椅子に座ったまま茫然と眺めていた。カレンが複数回に分けて湯を注ぐたび、部屋には温かい湯気が立ち込めていく。

 

「……何か不思議な香りね」

 

 エルザが鼻を僅かに動かした。

 

「ふふん」

 

 カレンはスプーンを手に取り、サーバーに溜まった液体をカチャカチャと前後にかき混ぜた。味を均等にするための動作だ。

 

 トクトク…。

 

 二つのマグカップに、琥珀色の液体が注がれる。カレンは手で促した。

 

「……ほれ、やってみな」

 

 マグカップの中では、美しい琥珀色の液体が揺れ、白い湯気を立てている。

 

 カチャ……。

 

 エルザは右手でマグカップの取っ手を持ち、左手を不安そうに底へ添えた。

 

「……」

 

 彼女は顔を近づけ、そっと匂いを嗅ぐ。

 

「……香りは悪くないわね」

 

 ス……。

 

 エルザは意を決して、一口啜った。

 

「……ッ!?」

 

 途端、エルザは不味そうに舌を出し、顔を(しか)めた。

 

「……何これ!?まるで泥水じゃない……!?……うえ~」

 

 彼女は激しく身体を震わせ、手元のカップを突き放そうとした。

 

「……はは!これだからお子様はいけねえな」

 

 カレンがそれを見て、愉快そうに鼻で笑った。

 

「……私を()めたわね!期待させといて……毒じゃない!」

 

 エルザは裏切られたという表情でカレンをキッと睨みつけた。

 

「……まあ、待ちな。試しにもう一回挟みパン(サンドウィッチ)を食ってみな?」

 

「……はあ?」

 

 カレンが促すと、エルザは「また何か企んでるわね」と言いたげな顔で挟みパン(サンドウィッチ)を掴んだ。

 

 エルザは疑いの眼差しを向けたが、カレンが「いいからいいから」と顔で示すと、観念したように挟みパン(サンドウィッチ)を口にした。

 

 バクッ…。

 

「そんでもう一回琥珀茶(カウフィ)をキメてみな?」

 

「……え!?」

 

 口の中にパンが残っているエルザが声を上げた。彼女は恐る恐るマグカップを持ち上げる。立ち上る湯気が再び彼女の顔をくすぐった。

 

 ス……。

 

 エルザは再度、琥珀色の液体を飲んだ。最初は嫌そうな顔をしていたが、すぐにその表情が変化した。

 

「……え?結構いける?……っていうか、寧ろ美味しいわ」

 

「ふふん。どうだ?いけるだろう」

 

「……何で?……不思議。」

 

 エルザは不思議そうに首を傾げた。

 

「……これが『味わい』さ」

 

 カレンは得意(どや)顔で答えた。

 

「……『味わう』」

 

 エルザは茫然とマグカップの中の液体を見つめた。カレンは卓上に置かれていた紅茶用のミルク差しを手に取った。

 

「さらに……」

 

 トク……。

 

 カレンがエルザのマグカップに白いミルクを注ぎ入れた。

 

「……あ」

 

「これでもう一回やってみな?」

 

 ス……。

 

 エルザがもう一口啜った。

 

「……!……今度はまろやかになった。これなら単体でも行けそう!」

 

「ふふん。さらに砂糖を加えて味変もできるぞ。奥が深いだろ?」

 

 カレンが胸を張る。エルザは再びマグカップをじっと見つめた。

 

「……すごい。……こんなに変わるんだ……知らなかった」

 

 ズズ……。

 

 今度はカレンが自分の分のカウフィを啜った。

 

「……はあ。……数年ぶりの琥珀茶(カウフィ)は染みるぜ!」

 

 カレンは深く息を吐き、満足げに目を細めた。

 

挟みパン(サンドウィッチ)琥珀茶(カウフィ)も、まだまだお替わりあるぞ」

 

「……じゃあ。もう一杯」

 

「……よし、まかせな!」

 

 二人は挟みパン(サンドウィッチ)をバクバクと食べ、琥珀茶(カウフィ)をガブガブと飲み進めた。部屋には温かい湯気と、小気味よい秒針の音だけが満ちていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 深夜の静寂が室内に満ちていた。エルザはソファに横たわり、カレンはソファ近くの床に座って眠りの姿勢をとっている。しかし、二人の目は暗闇の中で爛々と見開かれ、完全に()()()()いた。

 

「……ちょっとカレン。なんだか目が冴えて全然眠くならないんだけど……もしかして()()のせいなの?」

 

 エルザが上体を起こさぬまま、カレンの方を鋭く睨みつけた。

 

「……畜生。久しぶり過ぎて理性が飛んじまった。私としたことが、しくったぜ……」

 

 カレンは顔を覆っていた腕をどかし、忌々しそうに虚空を仰いだ。琥珀茶(カウフィ)に含まれる強烈な覚醒作用が、不眠症の二人の神経を容赦なく叩き起こしていた。

 

「本当にいい加減にしなさいよ…おばさん!アンタの年季()から出た災厄(さび)じゃない!どう落とし前つけてくれんのよ」

 

「落とし前?ねえよ、有頂天(ハイ)になっちまったからな!いい気分だろ?クソガキ」

 

 

 二人は()()()()表情で互いを激しく罵倒し始めた。静まり返った部屋の中に、二人の罵声と、それを見守るような壁時計の秒針の音だけが響き渡っていた。

 

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