シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
テーブルの上には、二つの皿に盛られた
久々のまともな食事を前に、カレンはウキウキとした様子を隠そうともしていなかった。対するエルザは、初めて見る得体の知れない料理を前に、どう反応すべきか測りかねている。
「……で、これどうやって食べるの?」
エルザは皿の上の
「……まあ見てな。……こうやるんだよ!」
カレンは
ガブッ。
豪快な音が響く。
「……うわ」
エルザは手掴みでかぶりつくカレンの姿を見て、露骨に不快感を露わにした。
「……んん!これよ、これ……!」
カレンは満足げに咀嚼を続け、喉を鳴らした。
「……野蛮だわ」
エルザが呆れたように吐き捨てた。
「……それは、私を笑わせようとしてるのか?」
カレンは口の中にパンを含んだまま、先ほどスコーンを豪快に頬張っていたエルザを皮肉げな目で見返した。
「いいから、お前もやれよ!手間暇かけたんだぞ」
カレンが左手でエルザの皿を指差し、強い圧をかける。
「仕方ないわね」
エルザは溜息をつき、
「……ん」
ガブッ。
意を決したように、エルザが豪快に食らいついた。目を閉じ、恐る恐る咀嚼を始める。
「ん……!?」
エルザの目がカッと見開かれた。
「……うそ。……
「そうだろ!?ざまあみろ、クソガキ!」
テンションの上がったカレンが声を張り上げる。エルザはそれを無視して二口、三口と食べ進めた。
ガブッ…モグ…モグ!
「……ッ!」
彼女は再び目を強く閉じ、身体を細かく震わせた。旨味が身体の隅々まで染み渡っていく。エルザが更にもう一口いこうとした瞬間、カレンの手がそれを制止した。
「……待ちな」
「……何よ?」
早く残りを食べたいエルザが、露骨に不機嫌な顔をして睨んだ。カレンは何も答えず、左手で手元の
バッ!
「……これだ!」
彼女が懐から取り出したのは、濃い茶色の豆が詰まった袋だった。
「……今度は何よ?」
また変なものが出てきた、と言いたげにエルザが眉を寄せた。
「本当に何も知らねえんだな……。こいつは
カレンは誇らしげに胸を張った。
「屋敷の厨房にあったやつをいただいたんだ。しかも焙煎済みのやつだぜ」
「……
エルザは全く意味が分からないという表情で、カレンの手元を注視した。
「……まあ、見てなって。さっき見てみたら都合良くこの部屋にドリッパーと
カレンが部屋の隅にあった骨董品らしき道具を並べ始める。
「……ああ、あれってそういう用途だったの」
エルザはまるで
◆ ◆ ◆
ザー……。
カレンはミル上部の蓋を開き、茶褐色の豆を流し込んだ。そのままレバーを握り、一定のリズムで回し始める。
ゴリゴリゴリ……。
硬質な音が室内に響く。カレンは机にサーバーとドリッパーを置き、手慣れた手付きで布フィルターをセットした。
バッ。
ミルの下部にある引き出しを引き、挽きたての粉をフィルターの上へと移す。続いてドリップポットを手に取り、細いお湯を円を描くように注いでいった。
エルザはその光景を、椅子に座ったまま茫然と眺めていた。カレンが複数回に分けて湯を注ぐたび、部屋には温かい湯気が立ち込めていく。
「……何か不思議な香りね」
エルザが鼻を僅かに動かした。
「ふふん」
カレンはスプーンを手に取り、サーバーに溜まった液体をカチャカチャと前後にかき混ぜた。味を均等にするための動作だ。
トクトク…。
二つのマグカップに、琥珀色の液体が注がれる。カレンは手で促した。
「……ほれ、やってみな」
マグカップの中では、美しい琥珀色の液体が揺れ、白い湯気を立てている。
カチャ……。
エルザは右手でマグカップの取っ手を持ち、左手を不安そうに底へ添えた。
「……」
彼女は顔を近づけ、そっと匂いを嗅ぐ。
「……香りは悪くないわね」
ス……。
エルザは意を決して、一口啜った。
「……ッ!?」
途端、エルザは不味そうに舌を出し、顔を
「……何これ!?まるで泥水じゃない……!?……うえ~」
彼女は激しく身体を震わせ、手元のカップを突き放そうとした。
「……はは!これだからお子様はいけねえな」
カレンがそれを見て、愉快そうに鼻で笑った。
「……私を
エルザは裏切られたという表情でカレンをキッと睨みつけた。
「……まあ、待ちな。試しにもう一回
「……はあ?」
カレンが促すと、エルザは「また何か企んでるわね」と言いたげな顔で
エルザは疑いの眼差しを向けたが、カレンが「いいからいいから」と顔で示すと、観念したように
バクッ…。
「そんでもう一回
「……え!?」
口の中にパンが残っているエルザが声を上げた。彼女は恐る恐るマグカップを持ち上げる。立ち上る湯気が再び彼女の顔をくすぐった。
ス……。
エルザは再度、琥珀色の液体を飲んだ。最初は嫌そうな顔をしていたが、すぐにその表情が変化した。
「……え?結構いける?……っていうか、寧ろ美味しいわ」
「ふふん。どうだ?いけるだろう」
「……何で?……不思議。」
エルザは不思議そうに首を傾げた。
「……これが『味わい』さ」
カレンは
「……『味わう』」
エルザは茫然とマグカップの中の液体を見つめた。カレンは卓上に置かれていた紅茶用のミルク差しを手に取った。
「さらに……」
トク……。
カレンがエルザのマグカップに白いミルクを注ぎ入れた。
「……あ」
「これでもう一回やってみな?」
ス……。
エルザがもう一口啜った。
「……!……今度はまろやかになった。これなら単体でも行けそう!」
「ふふん。さらに砂糖を加えて味変もできるぞ。奥が深いだろ?」
カレンが胸を張る。エルザは再びマグカップをじっと見つめた。
「……すごい。……こんなに変わるんだ……知らなかった」
ズズ……。
今度はカレンが自分の分のカウフィを啜った。
「……はあ。……数年ぶりの
カレンは深く息を吐き、満足げに目を細めた。
「
「……じゃあ。もう一杯」
「……よし、まかせな!」
二人は
◆ ◆ ◆
深夜の静寂が室内に満ちていた。エルザはソファに横たわり、カレンはソファ近くの床に座って眠りの姿勢をとっている。しかし、二人の目は暗闇の中で爛々と見開かれ、完全に
「……ちょっとカレン。なんだか目が冴えて全然眠くならないんだけど……もしかして
エルザが上体を起こさぬまま、カレンの方を鋭く睨みつけた。
「……畜生。久しぶり過ぎて理性が飛んじまった。私としたことが、しくったぜ……」
カレンは顔を覆っていた腕をどかし、忌々しそうに虚空を仰いだ。
「本当にいい加減にしなさいよ…おばさん!アンタの
「落とし前?ねえよ、
二人は