シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
【第17話】硝煙に舞う伝書鳩
穏やかな陽光が差し込む昼下がり。エルザはソファに座り、伝書鳩用の小さな紙にペンを走らせていた。テーブルには羊皮紙とインクが置かれ、ペン先の音と柱時計の秒針の音が重なって室内に響く。
さらさら…。
カチカチ…。
カレンはエルザに背を向け、開け放たれた窓の外を眺めていた。彼女の視線の先、屋敷の庭には狐狩りの扮装をし、マスケット銃を携えた召使が一人、うろうろと徘徊している。その足取りに合わせるように、秒針の音が刻まれた。
カチカチ……。
「……カレン」
エルザが顔を上げずに声をかけた。カレンが静かに振り返る。書き終えた手紙を小さく丸め、エルザがカレンへと差し出した。
「お願い」
「……ああ」
カレンは鳥籠から一羽の鳩を取り出すと、その足の筒に手紙を滑り込ませた。そのまま鳩を両手でエルザに手渡し、カレンは再び窓の外へ視線を投げた。
「……ひとつ問題がある」
カチカチ……。
「……外に、姫の部屋を覗く
「……そのようね」
エルザが応じた。
「あの野郎、ここ数日毎日付近をうろついてやがる」
カレンは窓際に背を付け、顔だけを僅かに覗かせる姿勢を取った。彼女の目には、マスケット銃を構える召使の姿が映っている。
「あれは……おそらく旧式のマスケット銃だな。弾は速いが、たまに暴発するっていう『じゃじゃ馬娘』さ」
カチカチ……。
「狙いは—『これ』ね」
エルザが両手に持った鳩を少し持ち上げた。鳩は無邪気に首を動かしている。カレンはエルザを一瞥し、左手で壁に掛けてある武器を指差した。
「エルザ、あっちの壁にかけてあるボウガンを取ってきてくれ。使えるように手入れしておいた」
「用意が良いじゃない?」
ガコ、と重い音がした。エルザが鳩を脇に抱え、壁からボウガンと矢を取り出した。エルザから武器を受け取ると、カレンは不敵に口角を上げた。
「備えあれば何とやら……ってね」
ギギ……。
カレンは手慣れた手付きでボウガンの弦を引き、矢を番えた。
ガチン。
重厚な装填音が室内に響き、ボウガンの準備が完了した。
「……いいか。私が合図する。そしたらお前はすぐに鳩を飛ばせ」
カレンは壁に背を預け、標的のいる窓の外へ意識を向けた。
「わかったわ」
エルザは鳩を抱え、頷いた。
…シャキン。
カレンは左手にボウガンを保持したまま、右手で懐からナイフを抜き放った。鏡のように磨き上げられた刃身を、窓の外へと傾ける。
カチ…カチ……。
鋼の表面に、庭を徘徊する召使の姿が鮮明に映し出された。室内に柱時計の秒針の音だけがこだまする。
カチ……カチ……。
カレンは目を細めた。
ピン!
カレンの指がナイフを弾いた。銀色の閃光が奔り、窓の上枠に突き刺さり反射する。同時に、秒針の音が止まった。
「……!?」
召使はナイフの閃光に反応し、その手がマスケット銃へ走った。
バッ!
壁に潜んでいたカレンが、素早く窓際へと身を躍らせた。
ジャキ!
一拍遅れて、召使の銃口がカレンへと持ち上がる。
バシュッ!
カレンは間髪入れずにボウガンの引き金を絞った。
放たれた矢が空気を切り裂く。
カチ……。
柱時計の秒針が、最後の一秒を刻んだ。
ドスッ!
「……な!」
召使が声を上げた。
放たれた矢が、マスケット銃の撃鉄を射抜いている。
カチン。
柱時計の分針が13時59分から14時00分へと動いた。
「今だ!!」
カレンが短く叫んだ。
バッ。
エルザが勢いよく両手を突き出し、伝書鳩を空へと放り出した。
ボーン……!ボーン……!
14時を告げる重厚な鐘の音が、部屋の空気を震わせる。窓の外へと舞い上がった伝書鳩が、美しい雲と青空、強烈な陽光の中を羽ばたいていった。
シュパッ。
「弓は専門外なんで当たるか賭けだったが……」
カレンは右手で窓の上枠に刺さったナイフを抜き、くるりと回転させた。
「……どうにかなるもんだ」
ス、と無造作にナイフを懐に収める。
「……
エルザが呆れたように声を漏らした。窓の外、地上では狐狩りの扮装をした召使が、撃鉄を射抜かれた銃を捨てて逃げ出していた。
「……クソ!」
遠ざかる毒毒しい罵声に、カレンが窓から身を乗り出して応える。
「……当たったんだからいいだろ?」
「……ったく」
エルザは肩の力を抜いた。二人はそのまま、並んで窓の外を眺めた。強烈な陽光が室内に溢れ、吹き抜ける風が二人の髪を激しくなびかせる。
カレンは光を浴びた目を僅かに細めた。エルザは無意識に左手で靡く髪を抑えた。
コン……コン……。
唐突なノック音が、二人の間に流れていた空気を切り裂いた。
「エルザ様……!エルザ様……!」
部屋の外から響くモーゼスの声。カレンが扉まで歩き、無造作に開け放った。
ガチャ。
「はあ……アナタですか。……まあいいでしょう」
モーゼスは扉の前に立ち、カレンの姿を確認した。
「先ほど当家の召使が、どこぞの不届き者に矢で射抜かれたそうです。……何か心あたりは?」
「ああ、それなら心配ねえ。お嬢様の部屋を覗こうとする
カレンは口角を上げながら言い放った。
「……左様ですか」
モーゼスはそれ以上何も語らず、一礼をして去っていった。