シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第21話】私たちの通り名

 カレンは屋敷の廊下をズカズカと歩いていた。右側の脇の下には、どこからか調達してきた食材の包みを抱えている。左手には、剥き出しのウインナーを一本持っていた。屋敷から()()したものだろう。

 

 ガリッ。

 

 歩きながらウインナーを豪快にかじる。隠す気もなく、堂々と食べ歩くカレンを他所に、廊下の物陰にいた二人の使用人(メイド)が、陰口を叩いている。

 

「……ねえ聞いた?あの娘、『毒婦(マッドレディ)』って呼ばれてるらしいわよ。お似合いよね」

 

「……ええ?わたしは『残飯令嬢(ざんぱんれいじょう)』って聞いたわよ。まあ、どっちも納得よね」

 

 モグモグ。

 

 カレンは聞こえないふりをして、黙々とウインナーを咀嚼した。

 やがてエルザの自室の前に戻った彼女は、左手で扉をノックする。

 

 コンコン。

 

「入るぞ」

 

 ガチャ。

 

 カレンが左手で鍵を開けた。

 

 バタン。

 

 扉を閉める音が廊下に響く。

 

 カチ。

 

 カレンは内側から左手で鍵を閉めた。背後から不意に部屋の主の声が響く。

 

「ねえアンタ、昔は盗賊だったのね?」

 

 カレンが鍵を締めた姿勢のまま振り返る。

 

 そこにはソファに深く腰掛け、足を組んだエルザの姿があった。左肘を背もたれにかけ、手首をだらりと下げた姿勢のままカレンを見据えている。彼女の銀髪は、頭の右側で一つにまとめられた片側結び(サイドポニー)になっていた。

 

 右手には何かが書かれた紙を持ち、左右にぴらぴらと揺らしている。

 

「……見たわよ、これ。だから鍵穴を直せたのね。どうりで堅気じゃないと思っていたのよ」

 

 エルザは不敵に笑い、そのまま視線を紙へ落とした。

 

「歳は……34歳。や~っぱりおばさんじゃない。こりゃ年季が違うわけだわ」

 

 エルザがニヤニヤと笑った。

 

「……淑女(レディ)の年齢をいじるなって教わらなかったかい。お嬢様」

 

 カレンは無表情だったが、その目はどす黒い光を放っていた。

 

「あと何、これ。通称『売れ残り(レフトオーヴァー)』の『ボロ雑巾(スカー・ラグ)』カレンって——。これ名前なの!?ゴミ以下じゃない」

 

 エルザは腹を抱え、半ば痙攣していた。

 

「……昔はバンビーナ(かわい子ちゃん)だったんだがなぁ」

 

 カレンがため息をつきながら、小声でぼそりと呟いた。

 

「……え?何?」

 

 エルザは首をかしげ、小首を傾げて聞き返す。

 

「……うるせえ。古傷に軟膏を塗ってたんだよ」

 

 カレンは左手で顔の左側にある大きな向こう傷をさすった。

 

「こんなの見たら、モーゼスあたりが『まるで年代物の絹(ビンテージ・シルク)ですなぁ』とか言ってきそう~」

 

 エルザはソファに座ったまま、右手の紙を掲げ、左手を大袈裟に広げた。大袈裟な動作で件の老執事の姿勢を真似てみせる。

 

「……だから、お前はなんでわかんだよ」

 

「……?だからさっきから、何わけのわからないことを言っているのよ」

 

 エルザは眉を寄せたが、すぐに妙なハイテンションで首を左右に振った。

 

「ところで、また挟みパン(サンドウィッチ)琥珀茶(カウフィ)をよろしくね。あれがあるとチェスが捗るから」

 

 カレンは無言でエルザの隣まで歩み寄り、その顔を見下ろした。

 

「……わかったよ」

 

「……?」

 

 エルザが怪訝そうに首を傾げる。

 

「『毒婦(バカジタ・レディ)』」

 

 カレンが至近距離で言い放った。

 

「……ッ!」

 

 エルザの脳裏に、先ほどの声が蘇る。

 

(やーい、やーい、『毒婦(バカジタ・レディ)』)

 

「……アンタ、どこでそれを」

 

傑作(ケッサク)だよな。なかなか才能(センス)があると思わんか?」

 

 カレンは容赦なく追い打ちをかける。

 

「……なあ、スコーンが大好きな—『残飯令嬢(ゴミ・プリンセス)』」

 

「……ぅぐ!!」

 

 エルザは目に見えてダメージを受け、膝を折った。先ほどよりも大音量かつ鮮明に聞こえる。

 

(はは、見てアレ。まるで乞食よ。やーい、『残飯令嬢(ゴミ・プリンセス)』)

 

 カレンはエルザを見下ろし、エルザはソファに突っ伏してグロッキー寸前になっていた。

 

「…も、もういいわ。は、挟みパン(サンドウィッチ)琥珀茶(カウフィ)を出してもらえるかしら?……『元生娘(バンビーナ)』さん?」

 

 エルザは荒い呼吸で、精一杯の嫌味を返した。

 

「承知しました。現在(みらい)生娘(おばさん)

 

 カレンは鉄壁の営業スマイルで応じた。

 

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