シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第23話】アレの二日目 〜 背中の温もり 〜

 「……そうだな。仕方ない、特別に教えてやろう。あくまで『私』流だがな」

 

 カレンは無造作に右手の人差し指を立て、静かに語り始めた。

 

「まずひとつ。()()の二日目は戦場に行かない」

 

「……は?」

 

 ソファで横になるエルザが、半眼でカレンを射抜いた。

 

「最後に来た日付から緻密に計算してズラすんだ」

 

「ズラす?」

 

「ああ、だが注意しろ。私は計算をミスって二日目に最前線に放り出されたことがある。結局『腹が痛いから帰る』の一点張りで撤退したせいで、傭兵仲間の間じゃ数年『血のドタキャン野郎(ブラッディ・〇ッシー)』って二つ名で呼ばれた。アンタも、聖域(トイレ)に籠もりすぎて不名誉な名を刻まれないようにしな」

 

 カレンは右手で身振り手振りを交えながら言葉を並べた。

 

「……」

 

 エルザは半眼のまま、カレンを見つめた。

 

「ふたつめ」

 

 カレンは再び右手を使い、今度は人差し指と中指を立てた。

 

「……まだあるの!?」

 

「……『自分に惚れてる男』を盾にする」

 

 カレンの口調はきわめて得意げだったが、突き出した右手が僅かに震えていた。

 

「……え?」

 

「部隊に一人は『自分が守ってやらなきゃ』と思い込んでるおめでたい奴を作っておくんだ。二日目の重い時に、そいつを物理的な盾(フロントガード)に配置する。……これぞ、低コストで高効率な防衛陣形だぜ」

 

 カレンは饒舌に語り続けた。その間も、彼女の右手の震えは止まらなかった。

 

「……アンタ、本当に最低ね。で、その人はどうなったの?」

 

「さあな。今頃、天国で『俺が守った女』の思い出に浸ってるんじゃねえか?」

 

 カレンはごく平然と言い放った。

 

「……アンタそれ……もしかして……」

 

 エルザは言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 

「……?」

 

 カレンはジト目のまま、とぼけたような顔を作った。

 

「まあ最後に、一番の解決策はこれだ」

 

 カレンは語気を強め、右手を上げた。

 

「もういいわよー」

 

 エルザは顔を歪めたまま、力なく応じた。

 

「……一番の手っ取り早いのはな——()()()()になっちまえばいい。飯を抜いて、極限まで追い込んで、『黒蝕病(パスト)』の脅威に晒される日々を送ってみろ。体の方が『このままじゃ失血死する』って判断して、勝手に止まってくれるぜ」

 

 カチ…カチ…。

 

 室内に、柱時計の秒針の音だけが規則正しくこだました。

 

「…………」

 

 エルザは青ざめた顔をソファに沈めた。

 

 カチ…カチ…。

 

「……もういいわ」

 

 エルザが疲れたように顔を上げる。

 

「とりあえず背中――さすってもらえる?」

 

「はい」

 

 カレンは事務的に応じると、エルザの傍らへ歩み寄った。

 

 カレンの手が衣服を擦る微かな音と、柱時計の秒針だけが、室内に響いていた。

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