シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第25話】強請りの教科書 ~ 二枚舌と二重底 ~

 朝の柔らかな光が差し込むエルザの自室。

 

 エルザはソファに深く腰掛け、右手で挟みパン(サンドウィッチ)を頬張っていた。右頬を膨らませながら、彼女は行儀悪く詰めチェス(チェスパズル)の盤面を睨んでいた。

 

 本日の髪型は首元の低い位置で、左右対称に緩いリボンで結んだ低位置二つ結び(ツインテール)だ。

 

 コンコン……。

 

「…入るぞ」

 

 ガチャ…。

 

 右脇に食材を抱えたカレンが、のそりと入室してきた。その右手には、器用にウインナーが握られている。

 

 バタン…。 カチ…。

 

 カレンは左手で扉を閉め、そのまま施錠した。

 

 ズズ…。

 

 カレンが入ってきても、エルザは盤面から目を上げず、琥珀茶(カウフィ)を啜った。

 

 ガリッ……!

 

 一方のカレンも、部屋に入るなり好物のウインナーをひとかじりした。

 

 カチ…カチ…

 

「……おい、さっきこんなモンを手に入れたぞ?」

 

 カレンはエルザの側にゆっくりと歩み寄りながら、懐から左手で数枚の羊皮紙を取り出した。

 

「…は?」

 

 エルザは面倒臭そうに右手のカップをソーサーに置き、視線を上げた。

 

「まあ、見てみな」

 

 カレンは羊皮紙を持った左手をエルザに差し出した。

 

「…なにこれ?……帳簿?」

 

 エルザは右手でその羊皮紙を受け取ると、そのまま視線を落とした。

 

「そうさ。どうやらソイツは、あの糞執事がコッソリ積み上げた()()()()の額面と流れが書かれているそうだ」

 

「え…?そうなの。まったく、相変わらず狡っ辛いわねぇ…あの執事(ジジイ)は。 うわっ、こんなとこに流してんの?…せこ」

 

 エルザは帳簿を(めく)りながら、毒づいた。

 

「…っていうか、こんなものどうやって手に入れたのよ?」

 

 エルザは帳簿から視線だけをカレンへ向けた。

 

「…ああ。それはな、麗しきメイド長にお願いして()()に譲ってもらったのさ。それでも氷山の一角らしいぜ」

 

 カレンが左手の人差し指をクルクル回しながら、事もなげに告げる。

 

「…はあ?やめてあげなさいよ。彼女は苦労人なんだから」

 

「…そうだな。アイツは、お前にお菓子(スコーン)とかを用意するだけでも、苦労が絶えないもんなぁ?」

 

 カレンがエルザを見る。

 

「…ちょっと、何言ってるか分からないわ」

 

 エルザは視線を左へ逸らした。

 

「へー」

 

「…それにしても、これはあの老執事(クソジジイ)強請(ゆす)る材料として使えそうね。まあ姉様(あのひと)のことだから、ある程度把握した上で放置してんだろうけど」

 

「そのうち使うかもしれないから、金庫にでも入れておきなさいよ。確かどっかに埋もれているでしょ?」

 

 エルザは、部屋の隅に山積みになっている聖遺物(ガラクタ)の一角を、右手で指し示しながら命じた。

 

「バーカ。こういうのはな、常に懐に隠し持っとくもんなんだよ。それで強請(ゆす)るときにこう言ってやんのさ――『証拠(ブツ)は隠し金庫に入れた』ってな」

 

 カレンは肩をすくめた。

 

「は?…何いってんの?隠し金庫なんてないでしょ」

 

 エルザが冷めきったジト目で聞き返した。

 

「別に無くてもいいんだよ。大事なのは、相手に『あるかもしれない』って思わせることさ」

 

「……ああ、確かに」

 

 エルザは右手を顎に当てた。

 

「それで、相手が『あるかもしれない金庫』をコソコソ探している間に、こっちは新しいネタをいただくのさ」

 

 カレンが身振り手振りを交えて言葉を紡いだ。

 

「…なるほどね」

 

 エルザがウンウンと頷いた。

 

 カチ…カチ…

 

「ところで、アンタが外に出てる間に、アンタが貯蔵(ストック)してたウインナーを何個か貰ったから」

 

 エルザは琥珀茶(カウフィ)を優雅に口に含みながら、平然と告げた。

 

「…はあ!?」

 

 カレンの目が大きく見開かれた。

 

「だって、お腹空いてたんだもん」

 

 エルザが澄ました表情で告げる。

 

「…ふざけんなよ!ったく」

 

 ドサ…。

 

 雑嚢を放り出す。

 

 大股で引き出しへ向かう。

 

 ズズ…。

 

 カレンは引き出しを開いた。引き出しの中は、空っぽだった。

 

 バ…!

 

 しかし、カレンは引き出しの底板の隙間に指を引っ掛け、無造作にその底を外した。パカリと外れた二重底の中から、小振りのウインナーが姿を現す。

 

「1、2、3、4、5……17個。なんだ全部あるじゃねえか。………あっ」

 

 カレンが振り返った。

 

「……なるほど、こういうことね」

 

 そこには、右手で一回り大きなウインナーを掲げたエルザの姿があった。傍らに放置された雑嚢(サッチェル)は、いつの間にか無造作に開け放たれている。

 

「よ、よく分かってんじゃねえか。……けど、それはやらねえぞ」

 

 カレンが釘を刺した。

 

「…いらないわよ」

 

 エルザはあっさりと右手を引くと、奪い取った獲物を放り出すようにカレンへと返した。

 

 カチ…カチ…

 

 柱時計の音が、静まり返った室内に響いた。

 

 

 

 

 

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