シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
激しい雨音が、シュピーゲル家の屋敷全体を重く包み込んでいた。
ザー…ザー…。
カチカチ……。
エルザはソファに座り、素知らぬ顔で
「……?何してるの。水遊びでもする気?年を考えなさいよ。おばさん」
エルザは
「少しは相手が何をしてるのか考えなさいよ。
カレンはエルザを振り返らず、しばらく使われていないバルコニーの方向を見つめた。
「……やるの?やるのね、いいわよ」
エルザがチェスの
「……あとにしろ。せっかく雨が降ったんだ。この機会に水を溜めておくんだよ」
カレンは溜め息を吐いた。
「雨水を……?身体に毒じゃないの?」
エルザが真面目な顔で問いを返した。
「……お前、それ冗談で言ってるよな?一度鏡を見直してみろよ」
カレンはジト目を向けた。
「今朝もちゃんと見たわよ。鏡が言ったわ。『エルザ様。あなたは世界で一番美しい』って」
「へっ!青臭いリンゴが何か吠えてら」
「腐った果実に言われたくないわよ!」
「わーった、わーった。邪魔すんなっつったろ。お前は大人しく軍隊遊びをしてろよ。誰も止めねえ。だからおめえも私の進行を止めるな」
カレンが左手でしっしっと追い払う動作をした。
「こんなゴミだめじゃ、いつ水に唾と毒を混ぜられるかわかんねえだろ? こういう時に確保しておくんだよ」
カレンは顔をしかめた。
「……まあ、こんなゴミだめに降り注ぐ雨だ。これも毒かもしんねえがな。ボイラーを使えば何とかなるだろ」
「……ふうん。勝手にすれば?」
エルザは再び盤面へ視線を落とした。
◆ ◆ ◆
ザー……。
カレンがバルコニーに何度も出入りし、空の
カレンが
ガチャ。
「……よっと」
「よし。後は水がたまるまで待つか」
「……何か変な光景ね。悪霊でも呼び寄せないかしら。不安だわ」
エルザは窓の外、雨に打たれる無機質なバケツの列を見つめた。
「安心しな。もうこの屋敷には悪霊よりもタチの悪い人間が山ほどいるぜ」
「……あんた、自分を棚に上げてるでしょ?」
エルザがジト目を向けると、カレンは鼻で笑った。
「上げる棚もねえよ。誰かさんの金払いが悪くてな」
「ブー」
エルザは頬を膨らませた。
カレンは再び窓に歩み寄り、ただ静かに外の景色を見つめ始めた。エルザもソファから立ち上がり、窓辺へ近づいた。
いつの間にか、エルザはカレンのすぐ隣に立っていた。
エルザは顔を上げ、カレンの横顔を見た。視線に気づいたカレンが、ふいにエルザへ目を返した。エルザは慌てて視線を外すと、ひどく不自然な変顔を作って見せた。
「……はぁ」
カレンは再び、雨に煙る外の世界へ向き直った。
~ 次回『水も滴る