シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
「よし、水が溜まってきたな。一旦中に入れよう」
窓の外の
「カレン、私も特別に手伝ってあげるわ。光栄に思いなさい」
エルザがソファから立ち上がり、胸を張った。
カレンは左手を突き出し、即座に制止する。
「いや、結構」
「はあ!?」
「お前は手を出すな。何か胸騒ぎがすんだよ」
カレンの忠告を無視し、エルザが勢いよくバルコニーへの扉を開け放った。
「見くびらないでよね」
「あ!?バカ!」
エルザはバルコニーへ乗り出し、水の入った
「ただ水の入った
エルザはどすどすと、おぼつかない足取りで部屋へ戻ろうとする。
「らくしょ……きゃあ!」
つるり、と濡れた床で足が滑った。
「……あ」
ばっしゃーん!
エルザが手放した
「……あ」
エルザは幸い転倒こそ免れたが、顔面を蒼白にしてその場に固まった。頭の先からつま先まで濡れ鼠になったカレンから、雫が床へポタポタと落ちる。
「……やっぱりな」
「ご、ごめんなさい!わざとじゃなかったの!ほんと、ほんとよ!」
エルザは謝罪の言葉をまくしたてた。カレンは水浸しのまま、エルザを凝視した。
「怪我はないか?」
「……え?」
「……べっくしょん!」
冬場の冷水をまともに浴びたカレンが、激しくくしゃみをした。
「……なんでもいい。着替えはあるか?」
「え?ええと……アンタのサイズに合いそうなのは……ああ……そうだ!」
エルザが何かに気づき、室内をドタドタと駆け出していった。カレンは髪から雫を滴らせ、寒さでブルブルと身体を震わせた。
戻ってきたエルザが、黒い洋服のセットを差し出した。
「これなら……合うんじゃないかしら?」
「……これか?」
カレンは手渡された衣服を凝視し、露骨に眉間に皺を寄せた。
「似合うと良いんだけどな〜」
エルザは引きつった笑いを浮かべた。
カレンは歯を鳴らしながら浴室へ向かった。
ガチャ。
カレンが浴室のドアを開けた。
「クッション!」
激しいくしゃみが室内に響く。
扉が閉まり、ばさばさと濡れた衣類を脱ぎ捨てる音が聞こえてきた。
「つめてえ……ああ……寒い……ちくしょう……!」
浴室の中から、カレンの恨みがましい声が漏れ出す。
エルザはソファの上で糸目になり、口元を歪めていた。
「寒い……寒い……」
室内には、姿の見えないカレンの呻き声だけが響き続ける。
やがて着替えの音が消えた。
「……はあ」
重苦しい溜め息が漏れる。
ガチャ。
浴室の扉が開いた。
「……!」
エルザの目が見開いた。
そこに立っていたのは、硬派でシックなメイド服を纏ったカレンだった。黒の長袖、黒のロングスカート、そして真っ白なエプロン。頭には律儀に白いヘッドドレスまで乗せている。
しかし、その上から右腕には古びた赤いバンダナが巻かれ、腰のベルトには重厚な剣が帯刀されていた。
「……ッ、は、ははははは……!!」
エルザの盛大な笑い声が部屋中に鳴り響いた。
カレンは虚無の表情を浮かべ、エルザをじっと見据えている。
「ははは……あはは……うふふ……良く似合ってるわよカレン……ふふ……ははは」
「……」
「……でも、その服装に剣は要らなかったかな~……ははは!あ~おかし……ははは……ははっははは!」
「……なんでこの部屋にこれがあるんだ?」
カレンが死んだような顔で問いかけた。
「ああ、これ?昔仲良かった
エルザは腹を抱えてソファの上でのけぞった。
「ああ、そうそう!アンタが着替えてる間に床は拭いておいたから……。残りの
「……ああ……そうだな」
カレンは虚無の表情のまま応じた。
カチ、カチ……。
室内には、柱時計の秒針の音だけが空虚に響く。
「今思い出したんだがな……」
「……?」
「私の荷物の中に着替えがあった……」
「はははははーー!!」
エルザはソファに突っ伏したまま、激しく身体を震わせた。