シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第28話】再始動の赤 〜 年季の崩落 〜

 穏やかな陽光が差し込む昼下がりのエルザの自室。エルザはいつものようにソファでチェスパズルに興じていた。

 本日の髪型は、肩から胸元へとさらりと流れ落ちるシンプルな自然下ろし(ナチュラル・ストレート)だ。

 

 背後ではカレンが何やら作業をしているが、その背中にはいつもの覇気が感じられない。

 

 エルザは盤面から目を離し、カレンへ視線を向けた。

 

 ゆらゆらと、カレンが千鳥足でふらつき始めた。

 

「……ちょっと何のつもり?それもお得意の傭兵流の舞踏か何かなの?おばさん」

 

 エルザが呆れたように半目で声をかけた。

 

 バタン……!

 

 カレンは壊れた人形のように、仰向けに倒れ込んだ。

 

「ちょっと!?」

 

 エルザはソファから腰を浮かせ、床に横たわるカレンに駆け寄った。

 

「…カレン!大丈夫!?」

 

 普段の振る舞いも忘れ、その上体を抱き起こす。カレンの目はぐるぐると回り、頭を小刻みに揺らしていた。

 

「……うそ……!どうしよう……!と、とにかくソファに寝かせないと」

 

 エルザは意識の混濁したカレンを運ぼうとした。

 

「……フン!……重すぎる!……んん!!」

 

 エルザは必死の形相で足を踏ん張った。

 

「……っしょ!」

 

 全身の力を使って、どうにかカレンの上半身をソファへ乗せることに成功した。

 

「……ふん!!」

 

 続いて、カレンの足を持ち上げた。放り投げるようにしてソファの上に乗せる。

 

「……ぜえっ……ぜえっ」

 

 エルザは息も絶え絶えに、左端のソファの手すりにもたれかかった。カレンはソファの右側に頭を乗せ、足を左側にした格好で横たわっている。

 

 少し体力が回復すると、エルザはカレンの頭の下に枕を差し込んだ。

 

「……本当になんなのよ……まったく」

 

 エルザは蟹股のまま、全身で息を吐いた。荒い呼吸で、カレンを見つめる。

 

「……でも、このままじゃ苦しそう。余計な物は外さないと」

 

 焦燥を抱えながらも、エルザは必死にカレンの装備を外そうと手を伸ばした。

 

 不慣れな手付きで、カレンの重い雑嚢(サッチェル)を外す。続いて、腰に帯びた剣やナイフ、ポーチ、ベルトの留め金を一つずつ解いていく。もたつきながらも、エルザは懸命に指を動かした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 装備が外されたカレンがソファに寝ている。エルザの額には汗が滲んでいた。

 

「……ウ」

 

 ソファに横たわるカレンの唇が、力なく動いた。

 

「……どうしたの!?どこか痛いの?何とか言いなさいよ!!」

 

 エルザは反射的に自分の頭をカレンの顔へ近づけた。

 

「……ウインナー」

 

 カレンは魘されるように呟いた。

 

「……ウインナー!?ウインナーが食べたいのね?……待ってて!」

 

 エルザは半狂乱になりながら、足元に置かれたカレンの雑嚢(サッチェル)の中をまさぐった。

 

 ごそごそ。

 

「……あ」

 

 エルザの指が、ある感触を捉えた。

 

 バンッ!

 

 彼女の左手には、ヒトの前腕くらいの大きさの巨大なウインナーが握られていた。エルザは巨大な肉塊を掲げ、ドヤ顔を浮かべた。

 

「……ウ……イ……」

 

 カレンが苦しそうに声を漏らす。

 

「いくわよー」

 

 エルザは巨大ウインナーを逆手に持ち替えた。カレンの口元へ、ウインナーの先端を力任せに近づけていく。背景では、壁時計の秒針が無情な音を刻み続けていた。

 

 カチ…カチ…。

 

「……ン……ナ……」

 

 カレンの唇のすぐ目前まで、肉の先端が迫る。

 

 カチ…カチ…。

 

「……って、何やってんの?私!?ウインナーじゃないでしょ!バカなの!!?」

 

 エルザは我に返り、両手で自らの側頭部を押さえた。

 

「……ええと~。こういうときは……そう、アレ……そう!あれよ!薬!……解熱剤と鎮痛剤よ!!」

 

「……持っていそうなやつは」

 

 エルザは顔を上げ、特定の人物の顔を思い浮かべた。

 

 

 ~ 次回『再起動の赤 ~肉棒(ウインナー)の鍵開け』へと続く ~

 

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