シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第33話】鏡合わせの肉欲.2nd ~ 聖典朗読 ~

 穏やかな陽光が差し込む昼下がり。

 ソファに深く腰掛けたエルザは、今日も「聖典」を読み耽っていた。

 

 机の上には数冊の本が積み上げられ、その傍らにはカレンが用意したであろう挟みパン(サンドウィッチ)琥珀茶(カウフィ)が置かれている。カレンは少し離れたところで、黙々と家事をこなしていた。

 

「……カレン」

 

 本を開き、視線を落とした状態のまま、エルザがその名を呼んだ。

 

「……ん?」

 

 エルザは本を右手に持ち、左手で「ちょいちょい」とカレンを手招きした。カレンは歩み寄り、机を挟んでエルザの正面に立った。

 

「……これ」

 

 視線を落としたまま、エルザが開いた本を差し出した。

 

「……あ?」

 

 カレンは嫌そうな顔を隠さず、その本を受け取った。

 

「……そこの部分を朗読しなさい」

 

 エルザがもじもじと身をよじる。カレンはパラパラとページを前後させ、書かれた内容を確認すると、さらに顔をしかめた。

 

「……えー。なぜだ」

 

「ちょっと臨場感を出したいのよ!協力しなさい」

 

「……これをか?」

 

「……そうよ!何?もしかして恥ずかしいの?処女(バージン)おばさん」

 

「……あのなぁ」

 

 カレンは本を持ったまま、真っ直ぐにエルザを見つめた。

 

「やたらめったら毒を吐き散らすのはやめな。安い女に見られるよ」

 

「……わかったわよ。おばさん」

 

 エルザは口を窄めた。

 

「あとな。別に恥ずかしかぁない。職業柄、感情を殺すのは慣れてるんでな」

 

「……そう?なんでもいいから、さっさとやりなさいよ」

 

「…わかった。だが、あまり期待するなよ」

 

 カレンの口調は、次第に温度を失い、冷たく凪いでいく。

 

「ふぅーーーー……」

 

 カレンが長く息を吐いた。瞳から、すっと光が薄れる。

 

 (ごく……)

 

 エルザの身体が固まった。

 

 柔らかな午後の光が満ちる室内で、騎士と主君の禁断の愛を綴った「聖典」の朗読が始まった。

 

「『かつて暗闇の中に(わたし)はいた。しかし、ある時——(わたし)の暗い檻の中に一筋の光が差した』」

 

 カレンは淡々と読み進める。

 対するエルザは視線を落とし、両手でスカートの布地をぎゅっと握った。

 

「『彼と(わたし)は騎士と主君という関係、ましてや男同士。この感情が許されないものである、ということはわかっている』」

 

 スカートを握るエルザの手にはますます力が入り、ソファの上で身体を前後に揺らしだした。額からは汗が滲む。

 

「『しかし、(わたし)にはもうこの高まる罪深き感情を内に留めておくことはできなかった』」

 

「~~!!」

 

 エルザは薪を焚べた煙突のように顔を赤らめた。

 

「『チャールズ様……!』」

 

 そこで、カレンの朗読が唐突に止まった。部屋には沈黙が落ち、柱時計の秒針音だけが無情に響く。

 

 カチ…カチ…。

 

「……?」

 

 エルザがカレンを仰ぎ見た。

 カレンは左手で本を持っていた。その右手が、僅かに震えていた。

 

 不意に、彼女はエルザの瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「『愛しております』」

 

「……」

 

 エルザはカレンを見つめたまま、固まった。

 

 カチ…カチ…。

 

「『どうか「(わたし)」の聖剣をあなたの聖穴の中に……!』」

 

 カレンは何事もなかったかのように本へと視線を戻し、再び凪いだ声で言葉を紡ぐ。

 

「もういい!もうここまででいいわ!」

 

 エルザは手足をばたばたと暴れさせ、叫び声を上げた。

 

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