シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第34話】鏡合わせの肉欲.3rd ~ 腐敗審議 ~

 穏やかな陽光が差し込む昼下がり。

 

 エルザはソファに深く腰掛け、例のごとく自らの「聖典」に耽っていた。机の上にはインクとペン、そして数枚の羊皮紙が広げられ、彼女は読み進める合間に熱心に何かを書き留めている。その傍らには挟みパン(サンドウィッチ)琥珀茶(カウフィ)が置かれていた。

 

 一方、カレンはエルザの射程距離外で、黙々と昼の務めにいそしんでいた。

 

「……カレン」

 

 羊皮紙に視線を落としたまま、エルザが右手でペンを走らせながら名前を呼んだ。

 

「ふぅーー……」

 

 カレンの目から急速に光が消えていく。カレンは長く息を吐き、エルザの座るテーブルの向かいへ歩み寄った。

 

「……座って」

 

 エルザは顔を上げることなく、ペンを持っていない左手で、背もたれのない丸椅子を指し示した。

 

 …ドカ。

 

 カレンはさらに死んだ顔を深め、投げやりな動作で丸椅子に腰掛けた。足を組み、だらしなく頬杖をつく。

 

「……質問があるの?()()についてよ」

 

 エルザが、目線だけをカレンに向けた。

 

「……()()?」

 

「……そう。()()よ。私はまだ経験がないし、わからないの」

 

「……ああ、性交(アレ)か」

 

 カレンの目から、さらに光が消えた。

 

「そうよ。アンタみたいなのでも、一応経験はあるんでしょ?教えなさい——処女(バージン)おばさん」

 

「……教えるって、何を?——あと言葉に気を付けな。シメるよ?」

 

 カレンは頬杖をついたまま、低い声を出した。

 

「……だから、どうなの?実際——()()()?」

 

 カチ…カチ…。

 

 しばしの静寂の後に、カレンが大きくため息をつき、渋々語り出した。

 

「……まあ、そうだなー。あくまで私の主観だが、肌つやは良くなるな。あと終わったあとは泥のように眠れる」

 

「……なるほど!——『美容効果あり』と『安眠促進』ね」

 

 エルザはふむふむと頷きながら、審問記録(りんしょうきろく)よろしく羊皮紙へ書き留めていく。

 

「じゃあ、次の質問ね。——キスとかはどう?率直な感想を」

 

「……」

 

 カレンは眉間に皺を寄せた。

 

「そうだなー。正直言うと、最初にした時は気分が悪くなった。何番目の(やつ)だったか忘れたが、最初にしてきたヤツがいきなり舌を突っ込んでくるドヘタクソだったんだ」

 

 カレンは忌々しそうに、右手の人差し指で鼻の頭を擦った。

 

「……なるほど~。『開幕のベロチューは地雷。最初はソフトを徹底する』っと。……ということは、前戯をしないでいきなり本番に入るパターンもあるのね」

 

 エルザが羊皮紙に視線を落としながら言った。

 

「……ああ、というかそういう輩の方が多いぞ。(こっち)の都合も考えねえで始めるバカばっかりだ。あと、男共(あいつら)——意外と顔は見てねぇよ。どうせ暗くするからな」

 

「……参考になるわ。それなら醜い令嬢と屑な美男子の話も作れるわね。……ん?待って。それなら暗がりという刺激(スパイス)を効かせて特殊な絡みも演出できるわね。奥が深いわ」

 

 エルザは真顔のまま、羊皮紙へ書き留めていく。

 

「……う」

 

 カレンの喉から呻き声が漏れた。

 

「じゃあ、今度はフィニッシュについて教えて。どうなの?気持ちいいの?」

 

 エルザが事も無げに問いかける。

 カレンは右手を顎に当てた。その指先が、小さく震えている。

 

「……うーん。相手によるな」

 

 カレンが少し視線を下げた。

 

「どうでもいい奴の場合は、ただ身体が反応するだけって感じだ。(くすぐ)られたら身体が動くだろ?それと同じさ。だが、そもそも演技で乗り切ることも多いぞ。イケないからな」

 

 さらさら、とエルザのペンが動く。

 

「……興味深いわ。これは恋人同士のすれ違いに使えるわね」

 

 エルザがペンを止め、カレンを見た。

 

「……待って。ということは、好きな人が相手なら気持ちいいということね?」

 

「……っが」

 

 カレンはボリボリと頭をかいた。右手がプルプルと震えている。

 

「……ああ、悪くねえよ。なんというか、身体がポカポカしてよ、頭もボーっとしてくんだよ」

 

 さらさらさらさら……!

 

 エルザの表情は真剣そのもので、記録するスピードが異常に早まっていく。カレンは(今すぐやめろ…!私はバカか…!?)という内なる叫びを無視して、言葉を紡ぎ続けた。

 

「……んで、だんだん視界が狭まっていってよ。相手しか——見えなくなるんだ」

 

 ごくり。

 

 エルザのペンが止まった。

 カレンは震える右手で、頭をかき続けた。

 

「それで……こう、表現が難しいんだが——身体の奥からぐわっと上ってくる感じなんだよ。相手の体温と自分の体温が混ざってるというか、繋がってるというか。いや、まあ物理的に繋がってるんで当然なんだが……」

 

 さらさら…。

 

 エルザは再び羊皮紙に文字を刻み始めた。

 

「……面白いわね。ということは、これの最中にベロチューや手繋ぎを組み合わせたら、更に効果的ね?」

 

「……ああ、悪くねえよ」

 

「……あ」

 

 気づいた時には遅かった。エルザはニヤニヤしながら、ペンを走らせる。

 

「なるほど~。手繋ぎベロチュー性交で、絶頂前に『愛してるよ、カレン』で締めね。最後は優しくソフトキスでフェードアウト……と」

 

 ズガン!

 

 図星という名の急所突き(クリティカルヒット)が、カレンの胸を容赦なく貫いた。

 

「……うぐ!」

 

 カレンは荒い息を吐いた。

 

「……へん。イクときに過去の女の名前を叫ぶ(やつ)もいるんだぜ?気を付けな。そん時は、うっかり殺っちまわないようにな?」

 

 さらさら。

 

 エルザのペンは止まらない。

 

「……あらあら、面白いじゃない。使えるわ」

 

 さらさら。

 

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