シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
穏やかな陽光が差し込む昼下がり。
エルザはソファに深く腰掛け、例のごとく自らの「聖典」に耽っていた。机の上にはインクとペン、そして数枚の羊皮紙が広げられ、彼女は読み進める合間に熱心に何かを書き留めている。その傍らには
一方、カレンはエルザの射程距離外で、黙々と昼の務めにいそしんでいた。
「……カレン」
羊皮紙に視線を落としたまま、エルザが右手でペンを走らせながら名前を呼んだ。
「ふぅーー……」
カレンの目から急速に光が消えていく。カレンは長く息を吐き、エルザの座るテーブルの向かいへ歩み寄った。
「……座って」
エルザは顔を上げることなく、ペンを持っていない左手で、背もたれのない丸椅子を指し示した。
…ドカ。
カレンはさらに死んだ顔を深め、投げやりな動作で丸椅子に腰掛けた。足を組み、だらしなく頬杖をつく。
「……質問があるの?
エルザが、目線だけをカレンに向けた。
「……
「……そう。
「……ああ、
カレンの目から、さらに光が消えた。
「そうよ。アンタみたいなのでも、一応経験はあるんでしょ?教えなさい——
「……教えるって、何を?——あと言葉に気を付けな。シメるよ?」
カレンは頬杖をついたまま、低い声を出した。
「……だから、どうなの?実際——
カチ…カチ…。
しばしの静寂の後に、カレンが大きくため息をつき、渋々語り出した。
「……まあ、そうだなー。あくまで私の主観だが、肌つやは良くなるな。あと終わったあとは泥のように眠れる」
「……なるほど!——『美容効果あり』と『安眠促進』ね」
エルザはふむふむと頷きながら、
「じゃあ、次の質問ね。——キスとかはどう?率直な感想を」
「……」
カレンは眉間に皺を寄せた。
「そうだなー。正直言うと、最初にした時は気分が悪くなった。何番目の
カレンは忌々しそうに、右手の人差し指で鼻の頭を擦った。
「……なるほど~。『開幕のベロチューは地雷。最初はソフトを徹底する』っと。……ということは、前戯をしないでいきなり本番に入るパターンもあるのね」
エルザが羊皮紙に視線を落としながら言った。
「……ああ、というかそういう輩の方が多いぞ。
「……参考になるわ。それなら醜い令嬢と屑な美男子の話も作れるわね。……ん?待って。それなら暗がりという
エルザは真顔のまま、羊皮紙へ書き留めていく。
「……う」
カレンの喉から呻き声が漏れた。
「じゃあ、今度はフィニッシュについて教えて。どうなの?気持ちいいの?」
エルザが事も無げに問いかける。
カレンは右手を顎に当てた。その指先が、小さく震えている。
「……うーん。相手によるな」
カレンが少し視線を下げた。
「どうでもいい奴の場合は、ただ身体が反応するだけって感じだ。
さらさら、とエルザのペンが動く。
「……興味深いわ。これは恋人同士のすれ違いに使えるわね」
エルザがペンを止め、カレンを見た。
「……待って。ということは、好きな人が相手なら気持ちいいということね?」
「……っが」
カレンはボリボリと頭をかいた。右手がプルプルと震えている。
「……ああ、悪くねえよ。なんというか、身体がポカポカしてよ、頭もボーっとしてくんだよ」
さらさらさらさら……!
エルザの表情は真剣そのもので、記録するスピードが異常に早まっていく。カレンは(今すぐやめろ…!私はバカか…!?)という内なる叫びを無視して、言葉を紡ぎ続けた。
「……んで、だんだん視界が狭まっていってよ。相手しか——見えなくなるんだ」
ごくり。
エルザのペンが止まった。
カレンは震える右手で、頭をかき続けた。
「それで……こう、表現が難しいんだが——身体の奥からぐわっと上ってくる感じなんだよ。相手の体温と自分の体温が混ざってるというか、繋がってるというか。いや、まあ物理的に繋がってるんで当然なんだが……」
さらさら…。
エルザは再び羊皮紙に文字を刻み始めた。
「……面白いわね。ということは、これの最中にベロチューや手繋ぎを組み合わせたら、更に効果的ね?」
「……ああ、悪くねえよ」
「……あ」
気づいた時には遅かった。エルザはニヤニヤしながら、ペンを走らせる。
「なるほど~。手繋ぎベロチュー性交で、絶頂前に『愛してるよ、カレン』で締めね。最後は優しくソフトキスでフェードアウト……と」
ズガン!
図星という名の
「……うぐ!」
カレンは荒い息を吐いた。
「……へん。イクときに過去の女の名前を叫ぶ
さらさら。
エルザのペンは止まらない。
「……あらあら、面白いじゃない。使えるわ」
さらさら。