シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第44話】運命の対局.3 ~ 支配の戯曲 ~

 ——11局目——

 

 カチカチカチカチ……。

 

 壁時計が、重く時を刻んでいた。

 

 エルザは恍惚とした表情のまま天井を見上げている。やがて優雅に足を組み替えると、視線を盤面へ戻した。

 

「わかるわよね?……カレン」

 

「……エルザ……」

 

 カレンは固唾を飲んだ。

 目の前にいるのは、もはや自分が守るべき「令嬢」ではない。

 

 カチカチカチカチ…。

 

 

 

 ――11局目開始――

 

 カツン……。

 

 エルザが白の中央の歩兵(ポーン)を滑らせる。

 

(……もうコイツは、傭兵だ盗賊だで片付く相手じゃねえ……!!)

 

 カレンは盤面を睨み据えた。

 

(……『私』の全てをぶつけてやる!)

 

「ダラダラささないで」

 

「……」

 

 思考を断ち切るような声だった。カレンは歯を食いしばり、左手の駒を叩きつける。

 

 バチン…!

 

 カツン…。

 

 バチン…!

 

 カレンが歩兵(ポーン)を前進させる。

 

 エルザは騎士(ナイト)を右翼へ展開した。

 

 バチン!

 

 さらにカレンが右翼の歩兵(ポーン)を突き出し、白の騎士(ナイト)を威嚇する。

 

「……ふふ。本当に真っすぐね」

 

 カツン…。

 

 白の騎士(ナイト)が跳ね、黒の歩兵(ポーン)を討ち取った。

 

 バチン!

 

 カレンも即座に歩兵(ポーン)を滑らせ、その騎士(ナイト)を盤上から弾き出す。

 

「…ふふふ」

 

 カツン…。

 

「王手(チェック)」

 

「…く!」

 

 乱戦で生まれた右翼の隙間へ、白の女王(クイーン)が滑り込んだ。

 

 バチン!

 

 黒の王(キング)が逃げる。

 

 カツン…。

 

「王手(チェック)」

 

「…く!」

 

 再び女王(クイーン)が追う。

 

 バチン!

 

 王(キング)がさらに退く。

 

 カツン……。

 

 バチン!

 

「王手(チェック)」

 

 今度は左翼から僧侶(ビショップ)が射線を通す。

 

 逃げる。

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

「王手(チェック)」

 

 また逃げる。

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

「王手(チェック)」

 

 白の歩兵(ポーン)が一段進んだ。その背後から、伏せていた僧侶(ビショップ)の射線が開く。

 

「…な!?」

 

 バチン!

 

 カレンは王(キング)の前へ歩兵(ポーン)を割り込ませた。

 

 カチカチカチカチ…。

 

 

「さあ……行くわよ?」

 

 

 カツン…。

 

 

「……っっ!」

 

 白の歩兵(ポーン)が、黒の王の眼前へ進む。

 

 バチン…!

 

 カツ…。

 

「王手(チェック)」

 

「くぅ…!」

 

 バチン…!

 

 カレンは悲痛な表情で王(キング)を逃がす。

 

 エルザは、その逃げ道へ最後の歩兵(ポーン)を差し込んだ。

 

 カツン…。

 

 

「無垢なる断罪(チェックメイト)——」

 

 

「……っ!」

 

 カレンの目が見開かれた。

 

 黒の王(キング)の行く手を塞いでいたのは、盤上で最も弱い歩兵(ポーン)だった。

 

「……さあ」

 

 エルザが盤面を促す。休ませる気など、最初からないらしい。

 

 カチカチカチカチ……。

 

 

 

 ——12局目——

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

 エルザが中央の歩兵(ポーン)を進め、カレンは右翼から応じる。。

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

 さらに白の歩兵(ポーン)が中央へ。カレンは僧侶(ビショップ)を自陣に控えさせた。

 

 カツン…。

 

 エルザも中央へ僧侶(ビショップ)を展開する。

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

 中央で歩兵(ポーン)がぶつかる。

 

 白が黒を飲み込んだ。

 

「だあぁ!」

 

 バチン!

 

 カレンは控えていた僧侶(ビショップ)を敵陣へ突っ込ませる。狙いは右翼の城塞(ルーク)。

 

「あはは…!気張っちゃって」

 

 エルザが楽しげに笑った。

 

 カツン…。

 

「王手(チェック)」

 

「…!」

 

 白の女王(クイーン)が躍り出る。

 

 バチン!

 

 カレンは歩兵(ポーン)を割り込ませた。

 

「ふふふふ…」

 

 カツン…。

 

 エルザの歩兵(ポーン)がさらに前進し、その守りを崩す。

 

「させるかよ!」

 

 バチン!

 

 カレンは騎士(ナイト)を戦域へ送り込んだ。狙うのは――女王(クイーン)。

 

 カツン…。

 

 カツ…。

 

「王手(チェック)」

 

 白の歩兵(ポーン)がまた一歩進む。その背後から、女王(クイーン)の射線が開いた。

 

「甘えよ…!」

 

 バチン!

 

 黒の騎士(ナイト)が跳ねる。

 

 白の女王(クイーン)が盤上から消えた。

 

「どうだ…!」

 

 カレンの口元に、ようやく勝ち誇った笑みが浮かぶ。

 

「良いわね、それ——だけど」

 

「……?」

 

 カツン…。

 

 エルザは何事もなかったように、僧侶(ビショップ)を滑らせた。

 

 

「聖域の崩壊(チェックメイト)——」

 

 

「…な」

 

 カレンの表情が固まった。

 

 女王(クイーン)は、もう盤上にない。

 

 それでも黒の王(キング)には、逃げ道がなかった。

 

「…ほらほら」

 

 呆然と盤面を見るカレンを待たず、エルザは次局を促した。

 

 カチカチカチカチ…。

 

 ——13局目——

 

 

 カチカチカチカチ…。

 

 鋭い秒針の音が、途切れることなく響いていた。

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

 エルザが中央へ歩兵(ポーン)を送り出す。カレンも呼応するように歩兵(ポーン)を進めた。

 

「…くそ!」

 

 バチン!

 

 カレンは白の歩兵(ポーン)を力任せに弾き飛ばす。

 

「鼻息が荒いわよ?カレン」

 

 カチン…。

 

 エルザは涼しい顔で騎士(ナイト)を滑らせ、中央の歩兵(ポーン)を打ち取った。

 

「うるせえ!」

 

 バチン!

 

 カレンも騎士(ナイト)を繰り出し、自陣を固める。

 

「可愛くないわね~」

 

 カツ…。

 

 白の女王(クイーン)が中央へ据えられた。

 

「クソガキが…!」

 

 バチン!

 

 カレンは目障りな白の騎士(ナイト)を追い払おうと、左翼の騎士(ナイト)を突撃させる。

 

「あ~あ…」

 

「……?」

 

 カチカチ…カチ…。

 

「行くわよ…」

 

 エルザの指先が、駒を跳ねさせた。

 

 カツ…。

 

 

「運命の跳躍(チェックメイト)——」

 

 

「……っ!」

 

 死角から跳ねた騎士(ナイト)が、黒の王(キング)へ牙を突き立てていた。

 

「……っ!…クソ!!」

 

 カレンは拳で軽く机を叩く。

 

「…ほら、駒」

 

 エルザは気にも留めず、次局を促した。

 

 カチカチカチカチ……。

 

 

 

 ——14局目——

 

 

 カツン…。

 

 バチン!

 

 エルザが中央へ歩兵(ポーン)を突き出す。

 

 カレンは慎重に自陣を固め、互いの歩兵(ポーン)が中央でぶつかり合った。

 

 バチン!

 

 カツン…。

 

 カレンが騎士(ナイト)を戦線へ躍り出させる。

 

 エルザは白の女王(クイーン)を中央へ据えた。

 

 バチン!

 

「王手(チェック)……!」

 

 今度はカレンの女王(クイーン)が敵陣深くへ滑り込んだ。わずかに口元が綻ぶ。カレンはそのまま白の歩兵(ポーン)を食らう。

 

 カツン…。

 

 だがエルザは顔色ひとつ変えず、僧侶(ビショップ)を盾として差し出した。く。

 

 カチカチ…カチ――。

 

 カツン…カツン…。

 

 エルザは王(キング)を左奥へ入城(キャスリング)させる。

入れ替わるように城兵(ルーク)が中央へ出た。

 

「へっ、もらったぜ……!」

 

 バチン!

 

 カレンは白の騎士(ナイト)を討ち取った。

 その口元に、ようやく勝利を確信した笑みが浮かぶ。

 

「……王手(チェック)」

 

 カツン……!

 

「……っ!?」

 

 白の女王(クイーン)が、黒の王(キング)の真横へ飛び込んだ。

 

 無防備だった。

 

 取れる。

 

 ――いや。

 

 取るしかない。

 

 

「……」

 

 カレンは僅かに躊躇した後、白の女王(クイーン)を盤外へ除ける。

 

 その位置へ、黒の王(キング)を移した。

 

 カチ……。

 

 エルザが僧侶(ビショップ)を滑らせた。

 

 同時に、その背後から城兵(ルーク)の射線が開く。

 

 

「王手(チェック)……二重王手(ダブル・チェック)」

 

 

「……っっ!」

 

 僧侶(ビショップ)。

 

 そして城兵(ルーク)。

 

 二つの射線に追われ、カレンは王(キング)を後退させる。

 

 カツン……。

 

 待ち構えていた白の城兵(ルーク)が、逃げ込んだ王(キング)を真正面から捉えた。

 

 

「城塞の崩落(チェックメイト)――」

 

 

「……クソっ!クソっ!」

 

 カレンが盤面を睨みつける。

 

 先ほど自分が取った白の女王(クイーン)は、盤外に転がったままだ。

 

「フーン♪フフーン♪フフフーン♪」

 

 絶望する対局者をよそに、エルザは優雅に鼻歌を奏でる。

 

「……はあっ!……はあっ!」

 

 荒い息を吐くカレンをよそに、エルザは上機嫌に鼻歌を奏でている。

 

 やがて、盤外の女王(クイーン)を右手でつまみ上げた。

 

「フンフーン♪……言ったでしょ? これは緻密に計算された――支配の戯曲なのよ♪」

 

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