シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
——17局目——
カチ……カチ……カチ……。
「ああ、なんだろう――。視界が開けて、何かが見えそう――」
エルザは天を仰ぎ、両手を大きく広げた。
「とても綺麗……」
うっとりと目を細める。
「もう少し……」
その右手が、盤上の駒へ伸びた。
(……ッ!)
ドクン…。
エルザの姿に、男の影が重なった。
雪。
炎。
17歳の夜。
(駒を、駒を持て……!)
カレンは激しく首を振る。
そして盤面を睨んだ。
——運命の17局目・開始——
カツ…。
バッチン!
エルザが中央の
カレンも
カツ…。
バッチン!
互いに中央へ。
カチ…。
ガチン!
白の
黒の
カチ…。
ガチン!
エルザが
カレンも
カチ、カチ、カチ――。
カツ…。
さらに白の
ガッチン!
カレンも食らいつく。
カツ…。
バッチン!
中央で駒がぶつかり合う。
カレンが白の
「ああ……そうか……」
エルザが白の
カツ…。
「
一兵の
その先には、最奥列がある。
「これで良かったんだ……」
窓から差し込んだ月光が、エルザの銀髪を照らした。
「……く…」
カレンは椅子から崩れそうになる身体を、どうにか支えていた。
カチ…カチ…カチ…。
「……見える」
エルザは右手での白駒を持つ。
その一方で、本来の利き手である左手の指先が、流れるように宙をなぞった。
カチ…カチ…カチ…。
「……もう——かまわない」
カレンが掠れた声で呟いた。
カチカチ…。
「お前に勝つためなら……!」
カチカチカチ…!
「……何を犠牲にしたとしても……!」
カチン——!
カレンの右手が動いた。
「いくぞ——」
これまで駒を指していた左手ではない。
右手。
シュパン!
その右手が、
パン!
エルザも即座に応じる。
白の
シュパン!
カレンが
パン!
白の
シュパパパン!
続けて
パパパン!
エルザも間髪入れずに応じる。
盤上を走る二人の指先が、次第に速さを増していく。
パン!
白の
シュパン!
カレンが中央の駒を薙ぎ払う。
「……!」
エルザの表情が、僅かに動いた。
やがて、その瞳が悦びに染まる。
「……そこにあったのね」
パン!
白の
シュパン!
カレンは無言で応じる。
「……ずっとそばに」
パン!
白の
シュパン!
黒の
「………『私』の中に……」
パン!
エルザは自らの
シュパーン!
カレンの
「……永遠に——!」
パン!
二兵目の白い
シュッパーン!
カレンは白の
カチ…カチ…カチ…
エルザが椅子から立ち上がった。
左手を前へ掲げる。
ひらりと一回転――。
シュパ——!
白の
カチン——。
柱時計の針が、12時を指す。
エルザは左手で予備の白い
ピン!
月光を受けた白い駒が宙を舞う。
上がる。
止まる。
落ちる。
シュパッ!
エルザの左手が、それを掴み取った。
そのまま鋭く――盤上へ。
シャキン——!
白の
ボーン——————。
鐘が鳴った。
月光を背負い、エルザが盤上を見下ろしている。
その足元から伸びた影が、白の
ボーン——————。
カレンの膝から力が抜けた。
椅子が倒れ、乾いた音を立てる。
そのまま床へ膝をついた。
ボーン——————。
エルザは動かない。
ボーン——————。
カレンも、目を逸らさない。
「こいつは……」
ボーン——————。
白い月光が、二人を包んでいた。