シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第46話】運命の対局.5 ~ 王の覚醒 ~

 ——17局目——

 

 カチ……カチ……カチ……。

 

「ああ、なんだろう――。視界が開けて、何かが見えそう――」

 

 エルザは天を仰ぎ、両手を大きく広げた。

 

「とても綺麗……」

 

 うっとりと目を細める。

 

「もう少し……」

 

 その右手が、盤上の駒へ伸びた。

 

(……ッ!)

 

 ドクン…。

 

 エルザの姿に、男の影が重なった。

 

 雪。

 

 炎。

 

 17歳の夜。

 

(駒を、駒を持て……!)

 

 カレンは激しく首を振る。

 

 そして盤面を睨んだ。

 

 

 ——運命の17局目・開始——

 

 

 カツ…。

 

 バッチン!

 

 エルザが中央の歩兵(ポーン)を進める。

 

 カレンも歩兵(ポーン)で応じた。

 

 カツ…。

 

 バッチン!

 

 互いに中央へ。

 

 カチ…。

 

 ガチン!

 

 白の騎士(ナイト)が跳ねる。

 

 黒の騎士(ナイト)も応じる。

 

 カチ…。

 

 ガチン!

 

 エルザが僧侶(ビショップ)を展開する。

 

 カレンも僧侶(ビショップ)を前線へ送り出した。

 

 カチ、カチ、カチ――。

 

 カツ…。

 

 さらに白の歩兵(ポーン)が進む。

 

 ガッチン!

 

 カレンも食らいつく。

 

 カツ…。

 

 バッチン!

 

 中央で駒がぶつかり合う。

 

 カレンが白の僧侶(ビショップ)を討ち取った。

 

「ああ……そうか……」

 

 エルザが白の歩兵(ポーン)へ指を添える。

 

 カツ…。

 

 

「民草の反乱(ポーンの切り込み)——」

 

 

 一兵の歩兵(ポーン)が、黒陣へ深く踏み込んだ。

 その先には、最奥列がある。

 

「これで良かったんだ……」

 

 窓から差し込んだ月光が、エルザの銀髪を照らした。

 

「……く…」

 

 カレンは椅子から崩れそうになる身体を、どうにか支えていた。

 

 カチ…カチ…カチ…。

 

「……見える」

 

 エルザは右手での白駒を持つ。

 その一方で、本来の利き手である左手の指先が、流れるように宙をなぞった。

 

 カチ…カチ…カチ…。

 

「……もう——かまわない」

 

 カレンが掠れた声で呟いた。

 

 カチカチ…。

 

「お前に勝つためなら……!」

 

 カチカチカチ…!

 

「……何を犠牲にしたとしても……!」

 

 カチン——!

 

 カレンの右手が動いた。

 

「いくぞ——」

 

 これまで駒を指していた左手ではない。

 

 右手。

 

 シュパン!

 

 その右手が、城兵(ルーク)を鋭く滑らせた。

 

 パン!

 

 エルザも即座に応じる。

 

 白の歩兵(ポーン)が黒陣を威圧する。

 

 シュパン!

 

 カレンが歩兵(ポーン)をぶつける。

 

 パン!

 

 白の女王(クイーン)が戦線へ躍り出た。

 

 シュパパパン!

 

 僧侶(ビショップ)。

 

 続けて歩兵(ポーン)。

 

 パパパン!

 

 エルザも間髪入れずに応じる。

 

 盤上を走る二人の指先が、次第に速さを増していく。

 

 パン!

 

 白の歩兵(ポーン)が進む。

 

 シュパン!

 

 カレンが中央の駒を薙ぎ払う。

 

「……!」

 

 エルザの表情が、僅かに動いた。

 やがて、その瞳が悦びに染まる。

 

「……そこにあったのね」

 

 パン!

 

 白の歩兵(ポーン)がさらに進む。

 

 シュパン!

 

 カレンは無言で応じる。

 

「……ずっとそばに」

 

 パン!

 

 白の城兵(ルーク)が滑る。

 

 シュパン!

 

 黒の女王(クイーン)が敵陣へ躍り込み、王手(チェック)を掛けた。

 

「………『私』の中に……」

 

 パン!

 

 エルザは自らの王(キング)を前線へ動かす。

 

 シュパーン!

 

 カレンの女王(クイーン)がさらに白陣を切り裂く。

 

 

「……永遠に——!」

 

 

 パン!

 

 二兵目の白い歩兵(ポーン)が、七列目へ到達した。

 

 

 シュッパーン!

 

 

 カレンは白の城兵(ルーク)を奪い取る。

 

 

 カチ…カチ…カチ…

 

 

 エルザが椅子から立ち上がった。

 

 左手を前へ掲げる。

 

 ひらりと一回転――。

 

 

 シュパ——!

 

 

 白の歩兵(ポーン)が、最奥列へ叩き込まれた。

 

 

 カチン——。

 

 

 柱時計の針が、12時を指す。

 

 

 エルザは左手で予備の白い女王(クイーン)を掴み、親指で垂直に弾き上げた。

 

 

 ピン!

 

 

 月光を受けた白い駒が宙を舞う。

 

 上がる。

 

 止まる。

 

 落ちる。

 

 

 シュパッ!

 

 

 エルザの左手が、それを掴み取った。

 

 そのまま鋭く――盤上へ。

 

 

 シャキン——!

 

 

 白の歩兵(ポーン)が、女王(クイーン)へと生まれ変わった。

 

 

 ボーン——————。

 

 

 鐘が鳴った。

 

 

 月光を背負い、エルザが盤上を見下ろしている。

 その足元から伸びた影が、白の女王(クイーン)へ重なる。

 

 

 ボーン——————。

 

 

 カレンの膝から力が抜けた。

 椅子が倒れ、乾いた音を立てる。

 そのまま床へ膝をついた。

 

 

 ボーン——————。

 

 

 エルザは動かない。

 

 

 ボーン——————。

 

 

 カレンも、目を逸らさない。

 

 

「こいつは……」

 

 

 ボーン——————。

 

 

 白い月光が、二人を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

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