シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
昼下がりのエルザの自室。
エルザはソファに背筋を伸ばして座り、カレンは近くの壁に背を預け、腕を組んでいた。
コンコン……。
静寂を破り、部屋の扉が叩かれた。
「エルザ様、エルザ様」
扉の向こうから、執事モーゼスの声が響く。
二人の視線が同時に扉へ向いた。カレンが応対しようと一歩踏み出すが、エルザがそれを左手でやんわりと制止した。
「……待って。私が行くわ」
カレンは口元をわずかに緩め、一歩引いた。
エルザは入口に向かって歩を進めた。カレンはその三歩後ろを黙って追従する。
ガチャ…。
エルザが右手で扉を開けた。
「ああ、エルザ様。いらっしゃいましたか。エレノア様がお呼びです」
扉の向こうでモーゼスが恭しく告げた。
「……分かったわ。すぐに行く」
エルザは短く応じた。
その傍ら、カレンは入口の壁側に背を預け、腕組の姿勢を取る。
エルザがカレンを見た。
カレンも一瞬だけ視線を返す。
エルザは何の荷物も持たず、ただその身一つで廊下へと踏み出す。その三歩後ろをカレンが続く。
一方モーゼスは少し離れた場所で二人の様子を観察していた。
…ガチ。
金属が噛み合う冷たい音が響く。
エルザは右手で自室に鍵をかけた。
◆ ◆ ◆
三人は静まり返った廊下を歩き始めた。先頭を行くモーゼスの数歩後ろで、エルザとカレンはほぼ並んで歩調を合わせている。
「……あなたは呼んでいませんよ?傭兵」
モーゼスが歩みを止めることなく、振り返りざまに冷ややかな視線をカレンへと向けた。
「悪いな。お嬢さまを護衛するのが私の仕事なんでね。忘れたのか?」
「……ふん」
モーゼスは視線を前へ戻した。珍しく、それ以上の皮肉は続かなかった。
「……ふ」
エルザの肩が僅かに揺れた。口元をきゅっと結ぶ。
◆ ◆ ◆
エレノアの執務室前。
入口の脇にはモーゼスが控え、その向かいにエルザとカレンが立っていた。
「……どうぞ。エレノア様がお待ちです」
モーゼスが淡々と入室を促す。
「……待って。ここは私一人で行くわ」
エルザはカレンへ微笑んだ。
「……心配しないで。私は大丈夫」
カレンはしばらくエルザを見た。
やがて口元を緩め、頷く。
「……そうかい」
コンコン…。
エルザが扉をノックする。
「……お姉様。入るわよ」
ガチャ…。
重厚な音を立ててエルザが中へ入っていく。
廊下にはカレンとモーゼスの二人だけが取り残された。
モーゼスは入口を塞ぐようにその場へ移動し、対するカレンは反対側の壁に背を預け、腕を組んで斜に構えた。
「……突っ立ってるだけでお給金がもらえるんだ。美味しい商売だよなぁ。なあ、執事さんよ?」
カレンの嫌味な問いかけに、モーゼスは姿勢を崩すことなく、視線だけを僅かに動かして彼女を射抜いた。
「……ワタクシに振らないでいただきたい」
モーゼスは視線だけを僅かに動かした。
~ 次回『エルザの決意 ~ 共犯者と共鳴者 ~』へと続く ~