シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第49話】エルザの決意 〜 共犯者と共鳴者 〜

 エレノア専用に設けられた執務室。

 かつて誰かが使用していた名残か、あるいは設計思想の違いか、豪華な調度品に囲まれていながらも、どこか妙な違和感が部屋全体に漂っている。内装は重厚だが、置かれているものは比較的シンプルに整理されていた。

 

 エレノアは、その中心にある堅牢な作業机に優雅な所作で座っていた。机の端では、彼女の愛猫である黒猫が行儀よく座り、静かに二人を見守っている。

 

 この部屋にはエレノアの椅子以外、ソファも椅子もない。エルザは机を挟み、立ったまま姉と向き合っていた。

 

「面と向かって話すのは久しぶりね。エルザ」

 

 エレノアは机の上で右肘を立て、優雅に開いた指先を顎先にわずかに触れさせた。

 

「元気だった?」

 

 エレノアの視線が、エルザの服装から髪へゆっくりと這う。

 

「それなりにね」

 

 エルザも姉から視線を逸らさなかった。

 

「…なら、良かった」

 

 エレノアは視線を少し下げた。

 

「……そういえば、最近アンの姿を見かけなくなったの」

 

「あなた——心当たりは?」

 

 エレノアがゆっくりと視線を上げ、エルザを見据える。

 傍らで黒猫が「ニャー」と短く鳴いた。

 

「さあ?思い当たる節が多すぎるわ」

 

「ふふ」

 

 エレノアが両手を組み、顎を乗せた。

 その表情から、一切の温度が消失し、真顔へと変わる。

 

「……なんだか雰囲気が変わったわね。少し垢ぬけたかしら?」

 

 エレノアの目が細められる。

 

「……まるで壊れた汚い人形が、一生懸命着飾っているみたい」

 

「はやく本題に入らない?」

 

 エルザがエレノアを見据える。

 

「まあいいわ。簡潔にいくわね?時間は有限だもの」

 

 エレノアは静かに頷くと、その先の言葉を継いだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 エレノアの執務室の扉が開き、廊下へと姿を現したエルザの顔には、揺るぎない決意の光が宿っていた。

 

 カレンがエルザを見る。

 エルザも一瞬、視線を返した。

 

 その傍らで、執事のモーゼスが扉の脇に立ち、懃懃無礼な一礼をしてその場を解散させた。

 

 ト…ト…。

 

 二人は並んで歩き、通ってきた道を戻り始めた。茜色に染まり始めた廊下に、二人の足音だけが響いていく。エルザもカレンも、あえて言葉を交わすことはなかった。

 

 自室の扉の前に辿り着くと、エルザは鍵を取り出し、慣れた手付きでそれを開けた。部屋の奥では、柱時計が秒を刻んでいる。

 

 カチ…カチ…。

 

 エルザはいつものソファへ腰を下ろした。

 カレンは座ることもなく、目の前の主に視線を注ぎ、静かに見下ろしている。

 

 エルザはソファに座っていた位置を左へと少しずらすと、自分が座っていた場所を左手でトントンと叩き、隣へ来るよう促した。その求めに応じるように、カレンはソファの右側へとドカっと腰を下ろした。

 

「……あの女(ヒト)と話したの。私が嫁ぐ日が決まったわ」

 

 身体は正面を向けたまま、視線だけをカレンの方へと向けて、エルザが切り出した。カレンは黙って続きを待った。

 

「護送の日にちは、今日から7日後——少し急だけれど」

 

「……なら準備で騒がしくなりそうだな」

 

 カレンの表情が引き締まる。

 

「本題はここから——」

 

 エルザの口元が引き締まる。

 

 カチ…カチ…。

 

「…私が探ったところ、あの女(ヒト)は私を護送中に消そうとしてるわ。手練れの暗殺者を雇ってね。大方、私の持参金目当てか何かでしょう」

 

 エルザは淡々と告げた。

 

「だからあなたにお願いするわ」

 

 エルザの唇が、静かに動いた。

 エルザは、カレンの「右手」に、自らの「左手」をそっと添えた。触れられたカレンの右手が、微かな震えを見せる。

 

「『私』を護りなさい——カレン」

 

 カチ…カチ…。

 

「……へッ」

 

 カレンが不敵に笑った。

 

 カレンは、添えられたエルザの左手を、自らの右手で優しく握り返した。彼女の右手の震えは、すでに止まっている。

 

「それが『私』の仕事だよ——エルザお嬢様」

 

 カチン…。

 

 その瞬間、柱時計が十七時を刻み、静まり返った屋敷に重厚な鐘の音が響き渡った。

 

 ボーン……ボーン……ボーン……ボーン……ボーン。

 

 

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