シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
眼下の正門前で突如として始まった惨劇に、塔の上の静寂が一瞬で瓦解した。
「……な、何!?昼間から屋敷の目の前で襲撃!?話と違うわ、どういうことなの――モーゼス!」
エレノアが手すりへ身を乗り出す。
傍らのモーゼスも、抱えていた書類を取り落としかけていた。
「わ、分かりかねます!
「…………」
エレノアの目が見開かれた。
「まさか……奴らは別の
「そんな馬鹿な――!それではこちらが手配した
ギリ……。
エレノアの手の中で、扇が軋む。
「チッ……。あの下衆共め、ワタシの庭を血で汚すつもりね……!」
◆ ◆ ◆
一面の銀世界となったシュピーゲル家の正門。
その静寂を切り裂くように、二つの影が雪原を迫ってくる。
「…む!?」
ハロルドが鋭く正面を睨んだ。
「まさか――。白昼堂々と正面から襲撃とはな…!」
剣を抜き、同時に馬車の扉を開ける。
ガチャ…!
「エルザ様!馬車の中にお入りください!」
迫りくる二人の姿を見た御者が顔を引き攣らせ、馬車を捨てて逃げ出した。
「あの不届き者共は――このハロルドが成敗致します!」
バタン…!
扉が閉ざされる。
馬車の中で、エルザは懐から欠けた白の
左手で、胸元へ押し当てる。
シュタタタ――!
ヤコブとゴブが、早歩きにも似た奇妙な歩法で雪原を滑るように迫る。
「…お、おい。どう…する…?」
「どうする、ったってよ…」
二人の門番が立ちすくむ。
握った槍の穂先が、小刻みに震えていた。
「お前たち――!それでも衛兵か!その手に持っているのは飾りなのか!?主君を護れ!!」
ハロルドの怒号が雪原に響き渡り、兵士たちの心臓を叩いた。
「くそ…!」
「行くぞっ…!」
二人が槍を構え、雪を蹴った。
ビュッ――!
槍の穂先が、
――その刹那。
フッ――。
二つの姿が消えた。
「――!?」
バシュ――!
ズシャ――!
背後。
ゴブとヤコブの刃が、二人の門番をほぼ同時に切り伏せる。
鮮血が、純白の雪へ散った。
「…へへ」
ゴブが笑う。
その頬へ――鋭い剣閃が迫った。
「……!?」
ヒュン――!
隙を突いたハロルドの斬撃。
「……っ!」
身を逸らす。
だが、僅かに遅い。
シャ――!
ゴブの左腕が浅く裂け、血が飛んだ。
ハロルドは止まらない。
ヒュバ――!
返す一閃が、今度は右足を捉えた。
「…ちぃ!」
ゴブの体勢が崩れる。
その頭上へ、ハロルドの剣が振り上げられた。
「……っ!」
一瞬、ゴブの瞳に絶望の色が過る。
ザシュッ――!
「…ぐぅ!!」
割り込んだヤコブの刃が、ハロルドの右腕を剣ごと切断した。
宙を舞う白い袖。
その先から、鮮血が雪へ降り注ぐ。
「…へぇっ!」
ゴブの目が暗く光り、口角を吊り上げた。
スバッ――!
右手の鉈が、ハロルドの胴を薙ぐ。
「ごふっ…!!」
血を吐き、ハロルドが膝をついた。
「………っ!!」
それでも倒れない。
片腕を失い、腹を裂かれながら――再び立つ。
その背後には、エルザの乗る馬車があった。
「主を…通すわけには…いかんのだ…!」
ザンッ――――!
ヤコブの一撃が振り下ろされた。
馬車の中で、エルザの瞳が僅かに見開かれる。
ヒュ……。
ハロルドの首が宙を舞った。
ビュン…!
ヤコブが剣の血を払う。
ドサ……。
胴体が倒れた。
一拍遅れて、その首も雪へ落ちる。
「…………」
エルザは、左手に握った欠けた
「このクソガキィ――!痛えだろ!ボケぇー!!」
ドカッ―! ガスッ―!
ゴブがハロルドの亡骸を蹴りつける。
「……」
その光景を、ヤコブは軽蔑するように一瞥した。
「このイライラは――あそこの
ゴブが鉈を構え直す。
その視線が、馬車へ向いた。
「…はぁ」
エルザは小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと瞳を閉じた。
~ 【暗殺者の襲撃.3】へと続く ~