シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第53話】暗殺者の襲撃.2 ~ 聖騎士の護り ~

 眼下の正門前で突如として始まった惨劇に、塔の上の静寂が一瞬で瓦解した。

 

「……な、何!?昼間から屋敷の目の前で襲撃!?話と違うわ、どういうことなの――モーゼス!」

 

 エレノアが手すりへ身を乗り出す。

 

 傍らのモーゼスも、抱えていた書類を取り落としかけていた。

 

「わ、分かりかねます!暗殺者共(あやつら)にはもっと人里離れた場所でと指示を……!狂っています、あいつら……正気ではありません!」

 

「…………」

 

 エレノアの目が見開かれた。

 

「まさか……奴らは別の暗殺者(しかく)なの…?」

 

「そんな馬鹿な――!それではこちらが手配した暗殺者(しかく)は……」

 

 ギリ……。

 

 エレノアの手の中で、扇が軋む。

 

「チッ……。あの下衆共め、ワタシの庭を血で汚すつもりね……!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 一面の銀世界となったシュピーゲル家の正門。

 

 その静寂を切り裂くように、二つの影が雪原を迫ってくる。

 

「…む!?」

 

 ハロルドが鋭く正面を睨んだ。

 

「まさか――。白昼堂々と正面から襲撃とはな…!」

 

 剣を抜き、同時に馬車の扉を開ける。

 

 ガチャ…!

 

「エルザ様!馬車の中にお入りください!」

 

 迫りくる二人の姿を見た御者が顔を引き攣らせ、馬車を捨てて逃げ出した。

 

「あの不届き者共は――このハロルドが成敗致します!」

 

 バタン…!

 

 扉が閉ざされる。

 

 馬車の中で、エルザは懐から欠けた白の女王(クイーン)を取り出した。

 左手で、胸元へ押し当てる。

 

 シュタタタ――!

 

 ヤコブとゴブが、早歩きにも似た奇妙な歩法で雪原を滑るように迫る。

 

「…お、おい。どう…する…?」

 

「どうする、ったってよ…」

 

 二人の門番が立ちすくむ。

 握った槍の穂先が、小刻みに震えていた。

 

「お前たち――!それでも衛兵か!その手に持っているのは飾りなのか!?主君を護れ!!」

 

 ハロルドの怒号が雪原に響き渡り、兵士たちの心臓を叩いた。

 

「くそ…!」

 

「行くぞっ…!」

 

 二人が槍を構え、雪を蹴った。

 

 ビュッ――!

 

 槍の穂先が、隠密用の灰炭外套(チャコール・ケープ)を捉える。

 

 ――その刹那。

 

 フッ――。

 

 二つの姿が消えた。

 

「――!?」

 

 バシュ――!

 

 ズシャ――!

 

 背後。

 

 ゴブとヤコブの刃が、二人の門番をほぼ同時に切り伏せる。

 

 鮮血が、純白の雪へ散った。

 

「…へへ」

 

 ゴブが笑う。

 

 その頬へ――鋭い剣閃が迫った。

 

「……!?」

 

 ヒュン――!

 

 隙を突いたハロルドの斬撃。

 

「……っ!」

 

 身を逸らす。

 

 だが、僅かに遅い。

 

 シャ――!

 

 ゴブの左腕が浅く裂け、血が飛んだ。

 

 ハロルドは止まらない。

 

 ヒュバ――!

 

 返す一閃が、今度は右足を捉えた。

 

「…ちぃ!」

 

 ゴブの体勢が崩れる。

 

 その頭上へ、ハロルドの剣が振り上げられた。

 

「……っ!」

 

 一瞬、ゴブの瞳に絶望の色が過る。

 

 

 ザシュッ――!

 

 

「…ぐぅ!!」

 

 割り込んだヤコブの刃が、ハロルドの右腕を剣ごと切断した。

 

 宙を舞う白い袖。

 その先から、鮮血が雪へ降り注ぐ。

 

「…へぇっ!」

 

 ゴブの目が暗く光り、口角を吊り上げた。

 

 スバッ――!

 

 右手の鉈が、ハロルドの胴を薙ぐ。

 

「ごふっ…!!」

 

 血を吐き、ハロルドが膝をついた。

 

「………っ!!」

 

 それでも倒れない。

 片腕を失い、腹を裂かれながら――再び立つ。

 

 その背後には、エルザの乗る馬車があった。

 

「主を…通すわけには…いかんのだ…!」

 

 

 ザンッ――――!

 

 

 ヤコブの一撃が振り下ろされた。

 

 馬車の中で、エルザの瞳が僅かに見開かれる。

 

 ヒュ……。

 

 ハロルドの首が宙を舞った。

 

 ビュン…!

 

 ヤコブが剣の血を払う。

 

 ドサ……。

 

 胴体が倒れた。

 一拍遅れて、その首も雪へ落ちる。

 

「…………」

 

 エルザは、左手に握った欠けた女王(クイーン)を胸元へ押し当てたまま、その光景を見つめていた。

 

「このクソガキィ――!痛えだろ!ボケぇー!!」

 

 ドカッ―! ガスッ―!

 

 ゴブがハロルドの亡骸を蹴りつける。

 

「……」

 

 その光景を、ヤコブは軽蔑するように一瞥した。

 

「このイライラは――あそこのお(・)姫(・)さ(・)ん(・)で発散させてもらおうかねぇ……!」

 

 ゴブが鉈を構え直す。

 その視線が、馬車へ向いた。

 

「…はぁ」

 

 エルザは小さく息を吐いた。

 

 そして、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 ~ 【暗殺者の襲撃.3】へと続く ~

 

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