シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜 作:氏家まさら
「このイライラは――あそこの
ゴブが鉈を構え直し、エルザの乗る馬車へ視線を向けた。
「…はぁ」
馬車の中で、エルザは小さく息を吐く。
そして、ゆっくりと瞳を閉じた。
「待て。俺がやる」
歩き出したゴブを、ヤコブの左手が制した。
「はあぁ~?美味しいとこだけ持ってこうってか」
「……」
ヤコブは答えない。
ただ、ゴブを見た。
「…へいへい」
ゴブがやれやれと両手を上げる。
「……ただし、俺が6――お前が4な」
「……」
ヤコブはそのまま、馬車へ向かった。
「毎度どうも~」
背後で、ゴブが鼻を鳴らした。
ザ…ザ…。
バン――!
馬車の扉が、外から力任せに開かれた。
「…………」
銀髪の令嬢が、一人。
その左手には、欠けた白の
シャキン…。
ヤコブが剣を構える。
逃げ場はない。
エルザが顔を上げた。
「…………」
「……ッ!?」
視線がぶつかる。
先ほどまで強張っていた少女の顔から、恐怖が消えていた。
ただ真っ直ぐに、ヤコブを見ている。
「……」
剣先が、僅かに揺れた。
「…クッ!…悪く思うな!」
ヤコブが右手で剣を握り直す。
そして――振り上げた。
ズドッ――――――――――――――――――!!!
「――――」
切っ先がエルザへ届くより早く。
一本の刃が、ヤコブの心臓を背中から貫いていた。
「……!」
ヤコブの身体が傾く。
ズル……。
刃が引き抜かれ、その身体が雪原へ崩れ落ちた。
その背後に――。
赤いバンダナを失った、
「…………」
返り血が、頬を伝う。
「…待たせたな。エルザ」
「カレン…。アンタってやつは――――」
◆ ◆ ◆
岩山の上。
ヨハンの瞳が、僅かに細められた。
「……ん?」
遠くの雪原で、一人が倒れた。
「…………」
ヨハンは長く、重く、息を吐いた。
「…はあ」
左手で、首元のロケットを掴む。
その薬指には、銀の指輪。
ヨハンは指輪を額へ当てた。
そして掌のロケットへ、静かに口づける。
「…………」
シャキン――。
剣が抜かれた。
ザ…ザ…。
剥き出しの刃を携え、ヨハンは雪原へゆっくりと歩み始めた。
◆ ◆ ◆
カレンは馬車へ歩み寄った。
無造作に伸ばされた右手が、エルザの銀髪に結ばれた赤いバンダナへ触れる。
「やっぱ似合ってんな――コレ」
「……ふふ」
エルザが僅かに微笑んだ。
欠けた白の
「安心しな。すぐに片付ける――」
カレンは暗殺者の方へと向き直った。
「……ッ!」
背後で、ゴブが目を見開いていた。
雪の上には、ヤコブの死体。
「…はっはぁっ!」
やがて、その口角が吊り上がった。
ジャキッ――!
「誰だか知らねえが――!」
雪を蹴る。
ガキィ――!
鉈と剣が激突した。
ゴブが力任せに鉈を叩きつける。
一撃。
二撃。
カレンは最小限の動きで受け流す。
「感謝するぜぇー!お嬢ちゃーん……!!」
シュパッ――!
「――っ!」
カレンの返しを、ゴブが大きく跳んで躱した。
着地。
ビュッ! ビュッ!
外套の内側から、二本の投擲ナイフが放たれる。
シャッ―!
ズッ!
一本が、カレンの右頬を掠めた。
血が雪へ落ちる。
「おかげで……」
ゴブが腰を落とした。
両手で鉈を握り締める。
「取り分が増えたぜぇ――――!!」
ズドォォォォォッ―――!
雪を蹴散らし、一直線に突っ込んでくる。
カレンも鋭く踏み込んだ。
キィィィン―――――――――!!
二つの影が交差した。
「…………」
「…………」
背中合わせ。
一拍。
ドシャァッ――!!
ゴブの胴から、鮮血が噴き出した。
そのまま雪原へ崩れ落ちる。
「まったくだぜ――」
ビュン…!
カレンが剣の血を払った。
「…………」
その右脇腹にも、浅い裂傷。
服の上から、じわりと赤が滲んでいた。