シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第54話】暗殺者の襲撃.3 ~ 正騎士の護り ~

「このイライラは――あそこのお(・)姫(・)さ(・)ん(・)で発散させてもらおうかねぇ……!」

 

 ゴブが鉈を構え直し、エルザの乗る馬車へ視線を向けた。

 

「…はぁ」

 

 馬車の中で、エルザは小さく息を吐く。

 

 そして、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

「待て。俺がやる」

 

 歩き出したゴブを、ヤコブの左手が制した。

 

「はあぁ~?美味しいとこだけ持ってこうってか」

 

「……」

 

 ヤコブは答えない。

 ただ、ゴブを見た。

 

「…へいへい」

 

 ゴブがやれやれと両手を上げる。

 

「……ただし、俺が6――お前が4な」

 

「……」

 

 ヤコブはそのまま、馬車へ向かった。

 

「毎度どうも~」

 

 背後で、ゴブが鼻を鳴らした。

 

 ザ…ザ…。

 

 バン――!

 

 馬車の扉が、外から力任せに開かれた。

 

「…………」

 

 銀髪の令嬢が、一人。

 その左手には、欠けた白の女王(クイーン)。

 

 シャキン…。

 

 ヤコブが剣を構える。

 逃げ場はない。

 

 エルザが顔を上げた。

 

「…………」

 

「……ッ!?」

 

 視線がぶつかる。

 

 先ほどまで強張っていた少女の顔から、恐怖が消えていた。

 

 ただ真っ直ぐに、ヤコブを見ている。

 

「……」

 

 剣先が、僅かに揺れた。

 

「…クッ!…悪く思うな!」

 

 ヤコブが右手で剣を握り直す。

 

 そして――振り上げた。

 

 

 ズドッ――――――――――――――――――!!!

 

 

「――――」

 

 切っ先がエルザへ届くより早く。

 

 一本の刃が、ヤコブの心臓を背中から貫いていた。

 

「……!」

 

 ヤコブの身体が傾く。

 

 ズル……。

 

 刃が引き抜かれ、その身体が雪原へ崩れ落ちた。

 

 その背後に――。

 

 赤いバンダナを失った、ボロ雑巾(カレン)が立っていた。

 

「…………」

 

 返り血が、頬を伝う。

 

 

「…待たせたな。エルザ」

 

 

「カレン…。アンタってやつは――――」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 岩山の上。

 

 ヨハンの瞳が、僅かに細められた。

 

「……ん?」

 

 遠くの雪原で、一人が倒れた。

 

「…………」

 

 ヨハンは長く、重く、息を吐いた。

 

「…はあ」

 

 左手で、首元のロケットを掴む。

 

 その薬指には、銀の指輪。

 

 ヨハンは指輪を額へ当てた。

 

 そして掌のロケットへ、静かに口づける。

 

「…………」

 

 シャキン――。

 

 剣が抜かれた。

 

 ザ…ザ…。

 

 剥き出しの刃を携え、ヨハンは雪原へゆっくりと歩み始めた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 カレンは馬車へ歩み寄った。

 無造作に伸ばされた右手が、エルザの銀髪に結ばれた赤いバンダナへ触れる。

 

「やっぱ似合ってんな――コレ」

 

「……ふふ」

 

 エルザが僅かに微笑んだ。

 欠けた白の女王(クイーン)を握った左手を、カレンの右手へそっと添える。

 

「安心しな。すぐに片付ける――」

 

 カレンは暗殺者の方へと向き直った。

 

「……ッ!」

 

 背後で、ゴブが目を見開いていた。

 

 雪の上には、ヤコブの死体。

 

「…はっはぁっ!」

 

 やがて、その口角が吊り上がった。

 

 ジャキッ――!

 

「誰だか知らねえが――!」

 

 雪を蹴る。

 

 ガキィ――!

 

 鉈と剣が激突した。

 

 ゴブが力任せに鉈を叩きつける。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 カレンは最小限の動きで受け流す。

 

「感謝するぜぇー!お嬢ちゃーん……!!」

 

 シュパッ――!

 

「――っ!」

 

 カレンの返しを、ゴブが大きく跳んで躱した。

 

 着地。

 

 ビュッ! ビュッ!

 

 外套の内側から、二本の投擲ナイフが放たれる。

 

 シャッ―!

 

 ズッ!

 

 一本が、カレンの右頬を掠めた。

 

 血が雪へ落ちる。

 

「おかげで……」

 

 ゴブが腰を落とした。

 

 両手で鉈を握り締める。

 

「取り分が増えたぜぇ――――!!」

 

 ズドォォォォォッ―――!

 

 雪を蹴散らし、一直線に突っ込んでくる。

 

 カレンも鋭く踏み込んだ。

 

 キィィィン―――――――――!!

 

 二つの影が交差した。

 

「…………」

 

「…………」

 

 背中合わせ。

 

 一拍。

 

 ドシャァッ――!!

 

 ゴブの胴から、鮮血が噴き出した。

 

 そのまま雪原へ崩れ落ちる。

 

「まったくだぜ――」

 

 ビュン…!

 

 カレンが剣の血を払った。

 

「…………」

 

 その右脇腹にも、浅い裂傷。

 

 服の上から、じわりと赤が滲んでいた。

 

 

 

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