シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

55 / 58
【第55話】因縁の邂逅 ~ 男と少女 ~

 降りしきる雪が、冷たく肌を刺す。

 

 肩で息をしながら、カレンは雪肌を朱に染めていく暗殺者の死骸を見下ろしていた。

 

 ゾクッ…………

 

「……!」

 

 背筋を、冷たい刃でなぞられたような戦慄が駆け抜ける。

 

 カレンが振り向いた。

 

 ザッ……。

 

 重い足音が、雪を踏みしめる。

 

 そこに立っていたのは、ブロンド髪の男。

 

 一面の白銀(しろ)を背に、灰炭色の外套(チャコール・ケープ)だけが黒い染みのように浮かんでいる。

 

 その右手には、重厚な広刃剣(ブロードソード)。

 

「…ほお」

 

 男(ヨハン)が、短く呟いた。

 

「…………」

 

 カレンの目が見開かれる。

 

 次の瞬間、その顔が歪んだ。

 

「ジャック……!てめぇか……!!」

 

「……見覚えのある太刀筋(うごき)だと思ったら、お前か――『バンビーナ(かわい子ちゃん)』」

 

「……!」

 

「しばらく見ない間に、随分と『良い女』になったな。…驚いたぜ」

 

 ヨハンが目を細める。

 

「……やはり俺が見込んだ通りだ」

 

「ああ、おかげさまで、まだまだ絶好調(げんえき)だ。……この顔に『消えねぇ傷(ノロイ)』を刻んでくれた――クソったれ野郎の挨拶を、一日たりとも欠かしたことはねぇからな!!」

 

 カレンは口元を歪めた。

 右手の指先で、顔の左側に刻まれた傷をゆっくりとなぞる。

 

 サッ……サッ……。

 

 二人は距離を保ったまま、円を描く。

 

「……忘れちゃいねえよ。雪が降るあの日、死体の山を背に立ってた――てめぇのツラをな。てめぇは金袋だけ握りしめて、私たちを泥舟ごと焼き払ったんだ」

 

「…………」

 

「『向こうに行く』……。今際(いまわ)の際みてえな顔(ツラ)してそう抜かしやがったくせに、まだ地獄に落ちてなかったとはな――!」

 

 左手の剣が、僅かに揺れる。

 

「答えろよ……!ジャック!!」

 

「…そんな奴はもういねぇ」

 

「…………」

 

「…『あの時』――言ったはずだぜ」

 

「…!」

 

 カレンの視線が止まった。

 

 ヨハンの胸元。

 

 古びたロケット。

 

 そして、左手の薬指に光る銀の指輪。

 

「…………」

 

「笑えるぜ……!『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』が世帯持ちとはな―――!」

 

 乾いた笑いが、雪原に響く。

 

「あの時……私を闇(よる)に堕(お)とした代わりに、てめぇは本物の『温(ぬく)い家庭《ひかり》』でも手に入れたってのかよ!?」

 

 カレンの左手。

 その剣先が、小刻みに震える。

 

「日向ぼっこの香りはお前には似合わねえよ――!てめえには今の人殺しのツラがお似合いだぜ!!」

 

「…………」

 

 ヨハンの目から、何かが消えた。

 

「お前にはわかんねえよ―――」

 

 ゴォォォォッ…………。

 

 右手の広刃剣(ブロードソード)が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「永遠にな……」

 

 ドンッ――――――!

 

 黒い光彩が、ヨハンの全身から立ち昇った。

 

「……ッ!」

 

 カレンの身体が動かない。

 

 指先が強張る。

 

 膝が震える。

 

 喉が、ひゅ、と鳴った。

 

 彼女は目の前の男から――目を逸らすことができなかった。

 

 

 

 ~ 【最終決戦.1】へと続く ~

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。