シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第56話】最終決戦.1 ~ パンと殺人サーカス ~

「お前にはわかんねえよ―――」

 

 ゴォォォォッ…………。

 

 右手の広刃剣(ブロードソード)が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「永遠にな……」

 

 ドンッ――――――!

 

 黒い光彩が、ヨハンの全身から立ち昇った。

 

「……ッ!」

 

 カレンの身体が動かない。

 

 指先が強張る。

 

 膝が震える。

 

 喉が、ひゅ、と鳴った。

 

 彼女は目の前の男から――目を逸らすことができなかった。

 

 

 フッ…………。

 

 

「……!?」

 

 消えた。

 

 ザシュッ――――!

 

「……ッ!!」

 

 カレンの小手が弾けた。

 

 遅れて鮮血が雪へ散る。

 

 バッ……!

 

 目の前。

 

 低く斬り抜けた姿勢のまま、ヨハンがいる。

 

「……くっ!」

 

 カレンが剣を振るう。

 

 フッ…………。

 

「……!?」

 

 また、消える。

 

 ザシュッ――――!

 

「……ッッ!!」

 

 今度は太腿。

 

 鮮血が噴き出し、カレンの膝が沈む。

 

 シュパパパンッ――――!

 

「……ぐッ!」

 

 肩。

 

 腕。

 

 脹脛。

 

 三つの斬撃が、ほぼ同時に肉を裂いた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 カレンの左手。

 

 握った剣先が震えている。

 

「…………」

 

 ヨハンが、短く息を吐いた。

 

 そして――剣を下ろした。

 

(フゥ……)

 

「………っ!」

 

 構えすら、取らない。

 

「……があぁッ!!」

 

 カレンが踏み込んだ。

 

 カキンッ!

 

 一撃。

 

 カキン……!

 

 二撃。

 

 刃が届かない。

 

「くっ……!」

 

 右。

 

 左。

 

 突き。

 

 薙ぐ。

 

 ヨハンはほとんどその場から動かない。

 

 剣の腹で、カレンの刃を弾く。

 

「……ッ!」

 

 スカッ……。

 

 大きく振った一撃が空を切った。

 

 ドォッ!!

 

「……ぅあ!」

 

 腹へ前蹴りが突き刺さる。

 

 ザザザザッ―――!

 

 カレンの身体が雪の上を転がった。

 

「……ぐっ!」

 

 ドスッ――!

 

 剣を雪原へ突き立てる。

 

 それを支えに、どうにか片膝を起こした。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 息が止まらない。

 

 剣を握る左手も、震えたまま。

 

「………」

 

 白銀の向こうで、ヨハンがカレンを見下ろしている。

 

「……いいだろう。特別だ―――少しだけ、お前の『じゃれ合い』に付き合ってやる」

 

「……!」

 

 切っ先が下がる。

 

「あああぁぁぁ!!」

 

 カレンが突っ込んだ。

 

 カキン……!

 

 カキン……!

 

 カキン……!

 

 振るう。

 

 弾かれる。

 

 また振るう。

 

 届かない。

 

「…………ッ!」

 

 ――ナイフが、届かない。

 

 恐怖に駆られた少女(エルザ)の刃を、左手一本であしらった――あの時のように。

 

 ただ。

 

 今、刃を振るっているのは――カレンだった。

 

 カキン……!

 

「……」

 

 ヨハンの視線が、ふと外れた。

 

 その先。

 

 開かれた馬車の中に、エルザがいる。

 

「……ふぅ」

 

 ドシュッ―――――!!

 

「…………ぁっ」

 

 カレンの身体が止まった。

 

 ヨハンの広刃剣(ブロードソード)が、右の腹部を深く貫いている。

 

 刃が抜かれた。

 

 赤が、雪へ落ちる。

 

 ドサッ……。

 

 カレンの身体が、仰向けに倒れた。

 

 灰色の空。

 

 降り続ける雪。

 

 その中へ、ヨハンの顔が入り込む。

 

 ザ……。

 

 ザ……。

 

 一歩。

 

 また、一歩。

 

 ヨハンが近づいてくる。

 

 広刃剣(ブロードソード)が、ゆっくりと上段へ持ち上がった。

 

 

 

 

~ 【最終決戦.2】へと続く ~

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