シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第6話】令嬢の私の楽園と聖域

 ドスン……!

 

 カレンは肩に掛けていた雑嚢(サッチェル)を床に放り出すと、部屋のガラクタの山を見渡した。

 

「さて、じゃお掃除を始めるか」

 

「……え?……え?」

 

 椅子に座らされたままの少女——エルザが、目を白黒させている。

 

「……残しておきたいものがあったら先に言いな。他は処分するからな」

 

 カレンはてきぱきと腕をまくり、手近なガラクタを仕分け始める。

 

「……え?……ええ」

 

 カレンは床に転がっていたチェス盤を拾い上げると、埃を払ってテーブルの上に戻した。

 

「……チェスが好きなのか?」

 

「……え?……別に。小さい頃に何となく面白そうと思ったから、買ってもらっただけよ」

 

 エルザは視線を逸らし、冷めた口調で応じた。

 

「そうか。その割には随分と使い込まれているようだが」

 

「なんでもいいでしょ。うるさいわね!」

 

 エルザはカレンを鋭く睨むと、乱暴な仕草で腕を組んだ。

 

「それにしても……これは骨が折れそうだ。一日二日じゃ無理だな」

 

 カレンは部屋の惨状を眺めてぼやいた。エルザの眉間に皺が寄る。

 

「それにしてもアンタ、『言葉は気を遣わなくていい』とは言ったけど、少しは気遣いなさいよ?」

 

「……それは失礼いたしました。お嬢様の厳命でしたもので」

 

 カレンはニコリと鉄壁の営業スマイルを浮かべた。

 

「……その下手くそな言葉遣いも寒気がするから止めなさい」

 

 エルザはジト目でカレンを射抜く。

 

「……け、注文の多いガキだね。親の顔が見てみたいよ」

 

 カレンも即座にジト目に切り替え、呆れた口調で吐き捨てた。

 

「……ッ!」

 

 エルザの肩がプルプルと震える。彼女は床に落としていたナイフを右手で拾い上げると、椅子から勢いよく立ち上がった。

 

「……もう一回始めてもいいのよ?」

 

 カレンは背中を向けたまま、首だけを振り返って口角を上げた。

 

「おやおや、お嬢様。それでしたら追加の手当をいただかなければ対応いたしかねます」

 

「……本当に、ムカつく奴ね!」

 

 エルザは、手にしたナイフを乱暴に床へ投げ捨てた。そのまま、蟹股でドカッと椅子に座り直す。腕を組み、足を組み、カレンの背中を睨みつけた。

 

 不機嫌そうに腰掛ける主と、黙々と片付けを継続する護衛(メイド)。奇妙な静寂が室内に流れた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……あ、待って。それは必要よ」

 

 腕を組んだまま、エルザがカレンの手にあった物を指さした。

 

「……これが?何に使うんだよ?」

 

「……えっと、それは……とにかく必要なの!」

 

「処分だな」

 

「はあ!?」

 

 カレンはエルザの抗議を無視して、ガラクタを仕分けていく。

 

「これは取っとくのか?」

 

「それ?……もういらないわ」

 

「ちょっと!?それは捨てないでって言ったわよね?」

 

「初耳だな」

 

 ガチャン、ガタガタ。カレンが物を片付ける音が、無慈悲に響く。

 

「ちょっと!もっと静かにできないの?」

 

「ちょっと。もっと静かに喋れないの?」

 

「……ああ……もう……!」

 

 エルザは両手で頭を抱えた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ガチャ…ガチャ…

 

 カレンは変わらず、テキパキとガラクタの整理を続けている。

 

「……ッ!もう、我慢限界(あったま)きた―――!!」

 

 バッ――!

 

 彼女は椅子から飛び起きると、背後からカレンを羽交い締めにする。

 

 ガシッ!!

 

「……ッ!」

 

 カレンは僅かに眉根を寄せると、凸凹(ぶこつ)な左手で、その細い右腕を掴んだ。

 

 ヒュン……。

 

 カレンは勢いよくエルザを投げ、再び椅子へと着地させた。

 

 ボスン……!

 

 最初の時よりも心なしか乱暴な投げ方だった。

 

「……」

 

 ガチャ…ガチャ…

 

「……なんなのよ…。主を2回も投げ飛ばすなんて―――!本当に、生意気だわ…!いつか分からせてやる……ッ!床を舐めさせてやる……ッ!」

 

 椅子に深々と座らされながら文句を吐き続けるエルザと、その文句を背中で聞き流しながら手を動かし続けるカレン。やがて、部屋の一角にようやく床の規則正しい木目が顔を覗かせていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 夕闇が差し込み始めたエルザの自室。

 

 椅子に腰かけるエルザの傍らで、カレンは黙々と手を動かし続けていた。掃除が進むにつれ、山をなしていたガラクタが少しずつ端へと追いやられ、奥の寝室へと続く通路がようやく現れた。

 

 カレンはふと、動きを止めた。開け放たれたままの扉の先、寝室の様子が視界に入る。

 

「……ん?」

 

 カレンの瞳に映ったのは、隔離されたような静謐(せいひつ)だった。

 

 応接間の凄惨(せいさん)な散らかり具合とは対照的に、そこは綺麗に整頓され、手入れが行き届いている。置かれた家具の一つ一つが、17歳の少女が選ぶような代物ではない。洗練(せんれん)され、時の重みを感じさせる調度品や小物が、その空間を満たしていた。

 

 そして、部屋の正面には一枚の大きな肖像画(しょうぞうが)が掛けられていた。そこには銀髪を(たた)えた、妙齢の貴婦人の姿が描かれている。その美しさは息を呑むほどに端正でありながら、どこか他者を寄せつけないものがあった。

 

 その眼差しは高い玉座から下賤な者を見下ろす、峻烈(しゅんれつ)な支配者の(それ)であり、キャンバス越しに来訪者(カレン)を威圧している。

 

 カレンは無表情のまま、その『聖域』を観察する。

 

「あっちの寝室は手を付けなくていいんだな?」

 

 カレンが抱えていた荷物を運びながら尋ねる。その瞬間、エルザの顔がカッとひきつった。

 

「ええ……。絶対に触らないで……!」

 

 彼女は視線を鋭く逸らし、宣言するように言い放つ。

 

「……承知した。なら応接間だけやればいいな」

 

 カレンはそれ以上追及せず、左手で部屋の隅にある二つの鳥籠を指し示した。

 

「あと、あっちに(はと)(かご)が二つあったぞ。アレは伝書鳩(でんしょばと)か?」

 

 返信用の籠は空だ。送信用の籠にだけ、三羽の鳩が身を寄せ合っているのが見える。エルザは鳥籠の方に一度だけ目をやり、冷めきった口調で応じた。

 

「…?…ああ、そうよ。文通相手がいるの。以前は文通相手の知人が定期的に送信用の()を届けてくれていたんだけどね……今は一方通行よ」

 

「……そいつは不自由だな」

 

 ガチャ…ガチャ…。

 

 再び、静かな片付けの音が室内に響く。依然としてガラクタは多いが、最初と比べれば生活スペースが確保されていた。カレンは左手で額の汗を拭うと、一区切りついたように息を吐いた。

 

「ふう。そろそろ暗くなるし、今日はこのくらいにしよう」

 

「……私は別にあのままでよかったのに。まったく」

 

 エルザは椅子に座ったまま、不満げに独りごちた。

 

「それにしても、この惨状のまま夜を越すのか……。まさに王族御用達寝室(ロイヤルスイート)だな」

 

 カレンは片付ききらない部屋を見渡し、皮肉を込めて鼻を鳴らした。

 

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