転生したのに念能力が使えない男 作:ゴリラ廻戦
第七話 準備&???
「──着きました。ここがサンタ村ですね」
車から降りると、湿った土と青草の匂いが鼻を突いた。ミンボ共和国、サンタ村。地図で見るよりもずっと小さな、山間にひっそりと佇む集落だった。
「運転ご苦労様。思ったよりのどかなところね。それじゃあ先に宿に行って荷物を置いて、その後に村長へ挨拶に行くわよ。事前に話は通してあるわ」
村にはメンチを狙う殺し屋がいるかもしれない。あらゆる状況に対応できるように、気を引き締めて行こう。
俺は荷物を担ぎ直して、辺りを見回しながら歩く。木造の家々が並び、その隙間から見える山々は深い緑に覆われていた。あれが、サンタ大森林だ。
「とりあえず半径100メートルには、敵意のある視線と不審な気配は感じませんね」
「……あんたの体質のことは移動中に聞いたけど、本当に人間離れしてるのね。なんか羨ましいわ」
「そうですか?念を使える方が絶対いいですよ。魔法みたいでわくわくするじゃないですか」
実は移動中に俺の体質のことをメンチに伝えておいた。この体にはオーラが全く無い──その代わりに、超人的な身体能力と五感を持っていて、オーラに対する耐性も獲得していることを話した。
『──操作系の洗脳が効かないの!?念能力者が一番警戒するものをあんたってやつは……』
メンチはかなり驚いた様子だったが、すんなり信じてくれた。正直、疑われると思っていた。あまりにもあっさり信じられたので、むしろこちらが拍子抜けしてしまった。
「──着いたわ。ここがこの村で唯一の宿『森のねぐら亭』よ」
村の中心にある、二階建ての小さな宿屋。看板には「森のねぐら亭」の文字と、銀と金の二羽の鳥がまるでキスをするかのように描かれている。
「建物などは私が先に入るので、三歩ほど空けて入って来てください」
──ガチャ
ドアを開けて入ると、小さなカウンターに初老の男が座っていた。日に焼けた肌に、深い皺が刻まれている。
「いらっしゃい。予約のメンチさんだね?」
「ええ、一週間お世話になるわ」
主人が少し不思議そうにこちらを見た。俺とメンチを交互に見比べている視線に、微かな詮索の色が滲んでいる。
「一部屋で予約が入っているけど、間違いはないのかい?二人には狭いと思うけどね」
「はい、それで問題はありません。……ちなみに、ここの看板の鳥は白銀鶏と黄金鶏のことですか?」
「そうだが……もしかしてアンタらも黄金鶏を探しに来たのかい?」
「アンタらも、っていうのは?」
「ああ。ここ最近、黄金鶏を探しに来た客がいてね。まぁ、この村に来る物好きなんて、大体その手の話目当てさ」
メンチと目が合う。まさか先客がいるとは思わなかった。しかも同じ目的で。
「そのお方のお名前は?」
「さてね。一週間も滞在するんだ、嫌でも顔を合わせる時があるさ。これが鍵だ、ニ階の一番奥の部屋を使いな。……あとわかってると思うが、くれぐれも面倒ごとは起こさないでくれよ」
鍵を受け取り、二階へ向かう。部屋は思ったより簡素だったが、清潔にはされていた。木製のベッドが一つと、小さな机。
メンチから聞いてた通りの最高の部屋だな。俺はドア付近で寝ればいいか。ちゃちゃっと点検して村長の家に向かおう。
「──確認が終わりました。異常ありません」
「ありがと。まさか先客がいるなんてね。うかうかしてられないわ、急いで村長の家に行きましょう」
荷物を手早く下ろすと、俺たちはすぐに宿を出た。村長の家へ向かう道中、村の様子を改めて観察する。
途中、道の脇に停められた大型車両と、その奥には大型のクレーン車や木材運搬用のトラックまで並んでいる。
その周りでは作業服姿の男たちが何か作業をしており、明らかに場違いなスーツ姿の男が二人、腕を組んでその様子を眺めている。
「本格的に何かやろうとしている、って感じね」
「ええ。周りにいる村人の目には、いい感情が映っていないようです」
スーツの男たちの一人と目が合った。値踏みするような視線を寄越してきたが、俺たちが特に反応を示さないと分かると、興味を失ったように視線を逸らした。こいつら一瞬、メンチの胸を見たよな?その顔を覚えたぞ……。
村長の家は、村の中でも一際大きな、古い木造の平屋だった。玄関先で来訪を告げると、すぐに白髪の老人が出迎えてくれる。
「メンチさんだね。話は聞いているよ、さぁ入って入って」
「早速だけど、村の様子が少し気になって。人たちが出入りしてるみたいだけど」
村長の表情が、わずかに曇った。やはりあいつらは村人ではないようだ。
「……あぁ、それか。四日前だったかな、突然大企業の連中がこの村にやってきてね」
「大企業って?」
「【グランデュール開発】。名前くらいは聞いたことあるだろう?」
メンチが小さく息を呑む音が聞こえた。俺も、その名前には聞き覚えがあった。世界中でリゾート開発やインフラ事業を手掛ける、名の知れた巨大企業だ。
「奴らが言うには、このサンタ大森林を切り開いて、大きなリゾート施設を作りたいんだと。そのために、村に滞在させてくれ、と言ってきた」
「サンタ大森林って、保護区のはずよね?」
「その通りだよ。だから最初は断ったんだ。当然だろう?あの森は、ワシらの生活とも深く結びついている。それに、保護区を勝手に切り開くなんて、法律的にもおかしな話だ」
「それで、企業側は?」
村長は、深いため息をついた。
「……脅されたよ。『協力しないなら、村の補助金の見直しを進言する』だの、『どうせ、いずれこの村は立ち行かなくなる』だの。金と権力を盾に、あれこれとちらつかせてきてな」
村長の皺だらけの手で、湯呑みを握る力を強めているのが分かった。
「情けない話だが……ワシらのような小さな村に、あの大企業に逆らう力なんてない。渋々、滞在自体は許可したよ。だが、開発の許可までは、まだ出しておらん」
部屋に、しばらく重い沈黙が落ちた。
「……そういうこと。事情はよく分かったわ」
メンチの声は、努めて平静を保っているようだったが、その手はテーブルの下で軽く拳を握っていた。
「話してくれてありがとう。もし何か、あたしたちにできることがあれば言ってちょうだい」
「いやいや、アンタらは黄金鶏を探しに来たんだろう?巻き込むわけにはいかんよ。……ただ」
村長が、ふと声を落とした。
「森に入るときは、気をつけなさい。あの連中の重機は、もう森の外れまで入り込んでる。どこで鉢合わせするか分からんからね」
──────
村長の家を出て、数時間が経った。あれから村人たちに黄金鶏のことを聞いて回ったが、残念ながら有益な情報は手に入らなかった。今はもう日が暮れ始め、宿に帰る途中だ。
「──結局、黄金鶏について知っている人はいませんでしたね。食料品と消耗品は買えたので、明日から本格的に森へ探索に行きますか」
「はぁ……そうね。何か情報があれば捕獲が楽になると思ったけど、そう簡単にはいかないわよね。……よしっ、今日はもう美味しいものでも食べて明日に備えるわよ!何が食べたい?あたしが作るわ」
メンチが手料理を作ってくれるらしい。宿には共有のキッチンがあり、そこで自由に料理ができるようになっている。
「それなら、肉が食べたいですね。森に入るなら、今のうちにしっかり食べておきたいので」
「あんたって本当に肉が好きね。じゃあ……ビーフシチューでも作ろうかしら」
そんな会話をしながら、夕暮れの村を歩いていく。畑仕事を終えた人や、木こりから帰ってきた人、遊び疲れた様子の子どもたちとすれ違う。こんなに穏やかな気持ちになったのは、いつぶりだろうか。もちろん警戒は怠らないが──
「こんにちは」
「っ!?」
背後から話しかけられ、振り向く。そこには、見知らぬ女性が立っていた。ありえない。俺が、気づかなかっただと……?
白と黒。それが、その女の第一印象だった。腰まで伸びた白い髪、身に纏う黒いドレス。左胸には、赤い薔薇の装花。とんでもない美人だった。
「驚かせたら申し訳ありません。宿のおじいさんから話を聞きました。わたし以外にも黄金鶏を探している二人組がいると。それで見かけたので、つい声をかけたくなりました。……実は、お二人に提案があります」
視線も、匂いも、気配も──何一つ気づけなかった。この女は、一体何者だ。そう警戒しながら、俺はさりげなく、メンチを背中の後ろに隠した。
纏をしているから念能力者なのは間違いない。敵意は感じないが、何か違和感がある。
「提案とは?」
「ここで話すのも何ですから、宿でゆっくり話しませんか?」
「……わかったわ。宿に行きましょう」
メンチが同意して宿に戻る。女の後ろを歩きながらオーラを観察すると先ほどの違和感の正体がわかった。
この女のオーラには個性がない。
人間のオーラには個性がある。色、匂い、強弱、動き、形──どれか一つではなく、さまざまな要素が混ざり合って、その者だけのオーラを形作っている。
だが、この女にはそれが一切ない。透き通っていて、あまりにも無色。強いとも弱いとも感じない。ただそこに存在しているだけで、何の感情も、生命の息吹すら感じられない。まるで植物を見ているようだ。
しばらく歩いて『森のねぐら亭』に着いた。共有スペースにある椅子にメンチと女はテーブルを挟んで座った。俺はメンチの横に立っている。
「まずは自己紹介をしましょうか。あたしは美食ハンターのメンチ。隣にいるのは、あたしの護衛であるガイよ」
「わたしの名前は──ハナミ、と申します。植物を専門に研究をしています」
「ハナミね。それで提案っていうのは?」
「結論から言うと、黄金鶏を協力して探しませんか?ということです」
まさかの協力の申し出だった。同じ獲物を狙うライバルだと思っていたので驚いた。
「あたし達の目的は黄金鶏の捕獲。協力して半分こなんて出来ないわ。もちろん譲ってくれも無理」
「わたしの目的はあくまでも調査です。捕獲できたらお譲りします。お金も何もいりません」
メンチは腕を組み、ハナミをじっと見つめている。
「解せないわね。なんで植物学者のあなたが動物を追っているわけ?簡単には信用できないわ」
「当然の反応だと思います。でしたら、これを見てください」
ハナミは特に気を悪くした様子もなく、膝の上に置いていた鞄から小さな袋を取り出した。
袋から取り出されたものを見た瞬間、メンチの目が見開かれた。金色に輝く、一枚の羽毛。
「──それは、まさか。本物なの?」
「はい。黄金鶏の羽毛です。昨日森の奥で拾いました」
メンチが羽毛を受け取る。指先で慎重に撫で、光にかざす。黄金色の表面には、通常の鳥類には見られない独特の光沢があった。
「……間違いないわ。黄金鶏の羽毛よ。資料に載っていた特徴と一致している」
まじかよ。今日、村に来たばかりなのに手がかりがもう掴めるなんて。あと二人の話についていけないんだが。
「わたしの目的は、黄金鶏が森に与える影響を調べることです。この羽毛が落ちていた場所の周辺には、他とは明らかに違う植物が生えていました。黄金鶏が食べた植物の種子や排泄物、羽毛などが土壌に影響を与えている可能性があります」
「なるほどね。それなら一人で探せばいいんじゃない?」
「サンタ大森林は広すぎて、わたし一人では調査できる範囲に限界があります。生息域はある程度絞り込めていますが、これ以上は人手が足りないんです」
「つまり、あたしたちが黄金鶏を探すついでに、あんたの調査を手伝ってほしいってこと?」
「はい。そして黄金鶏を見つけたら、捕獲はメンチさんにお任せします」
メンチは少し考えた後、俺を見る。
「ガイはどう思う?」
「……私は賛成です。あの羽毛が本物なら、彼女の情報には十分な価値があります。時間と手間が大きく節約できそうです」
ハナミが有能すぎてドン引きなんだけど。頭がいい人ってかっこいいよね。
メンチはしばらく羽毛を眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……分かったわ。あんたの話、信用してみる」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、黄金鶏を見つけたら捕獲はあたしたちが優先。それと、森で危険があった場合は無理をしないこと。それでいい?」
「もちろんです。では、改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人が立ち上がり、固い握手を交わした。
……空気じゃん、俺。
──────
メンチ視点
──ジャー…
「〜♪」
あー気持ちいい。お湯の温度は最高ね。水圧がちょっと物足りないけど、旅先なんだから贅沢は言えないわ。
シャワーを浴びていると、今日一日の疲れがゆっくりと流れていく。
村中に聞き込みをして何の収穫も得られなかったときは落ち込んだけど、最後にひっくり返るなんてね。
それにしても、ハナミとの話が盛り上がり過ぎたかしら。チラッと横目で見たら、ガイが遠い目をしていたのが面白かったわ。あんな目もできるのね。
でも、ハナミって美人よね。あの透き通るような白い髪と肌、それを際立たせる黒いドレス。そして女性らしい丸みを帯びた身体つき。あれだけ綺麗なら、男が目を奪われるのも無理はないわ。
……実際、ガイもずっと見てたし。
「………」
シャワーを止めて、浴室の鏡を見る。
湯気で曇った鏡を手で拭う。そこに映ったのは、見慣れた自分の身体だった。
肩や腕には、長年の修行でついた筋肉。腹にも無駄な脂肪はほとんどない。身体中に残る無数の傷は、これまでの修行と仕事で負ってきたものだ。
あたしが頑張ってきた証拠であり、誇り。
──でも、女性らしさはない。
「………」
ガイは宿に戻る時も、交渉中も、食事中も……ほとんどあたしを見なかった。
その視線の先は、ハナミだった。
それは護衛として警戒してたから?
それとも──
「………っ」
今日はもう早く寝よう。明日から忙しくなるんだから。