転生したのに念能力が使えない男 作:ゴリラ廻戦
第八話 ハナミ
翌朝、早朝からメンチとハナミと一緒にサンタ大森林の探索を開始した。ハナミの知識とメンチの経験が噛み合ったのか、二人は黄金鶏の足跡や糞などの手がかりを次々と見つけていく。
「──これを見て。この噛み跡、黄金鶏かも」
「よく見つけましたね。この植物は群生しているので、この辺りを餌場にしているのかもしれません」
「………」
この美女タッグの後ろにいる俺は、ただの荷物持ちである。デカいリュックを背負い、できるだけ気配を消して二人の邪魔をしないようにしている。
俺も黄金鶏の匂いを辿ろうとしたが、雨のせいで無理だった。ならば痕跡でも見つけようとウロウロしていたら、「デカいから邪魔」と言われてしまった。情けなくて泣きそう。
早朝から探索を続けて数時間。日も落ち始め、宿に戻ろうとしていた、その最中に事件は起きた。
森を出る途中、重機で木々を薙ぎ倒している一団を目撃した。【グランデュール開発】の連中だ。俺とメンチは眉を顰めたが、余計なことに首を突っ込むまいとその場を離れようとした。だが、ハナミは違った。
「今すぐ、その作業をやめてください。この森は保護区です。あなた方に伐採の権利はないはずです」
彼女は迷いなく、重機の方へ歩み寄っていく。
重機の傍らにいたスーツの男が振り返る。髪はバッチリ決め、手首には高そうな腕輪。恐らく現場責任者だろう。昨日、メンチの胸を見た奴だ。
「ん?なんだあんた、いきなり出てきて」
「聞こえませんでしたか。作業を、今すぐ中止してください」
「関係ない奴は引っ込んでろ。こっちは正式な許可を取ってる、村長からもな」
「許可は出ていないと聞いています。……脅して黙らせただけでは?」
男の顔が、露骨に不機嫌に歪んだ。
「はぁ?何を根拠に……。おい、この女、うるせぇから黙らせろ」
男が顎で指し示した先、木陰から一人の大男がのそりと姿を現した。丸太のような太い腕、傷だらけの顔。纏をしている、念能力者だ。
「あいよ、班長。俺に任せてくれよ」
大男はハナミへゆっくりと近づきながら、下卑た笑みを浮かべた。
「なぁお嬢ちゃん、そんな綺麗な顔して、正義感振りかざすのは感心しねぇなぁ。痛い目に遭う前に、大人しく男の言うこと聞いといた方が身のためだぜ?それとも、俺に躾けられたいのか?痛くしないでやるから、大人しくしてろよ」
舐め回すような視線がハナミの全身を這うが、彼女の顔色は変わらない。
太い腕が、ハナミの肩に伸びる──
俺はそれを止めずに観察していた。ハナミがどう対応するのか、知りたかったからだ。殴るのか、それとも発を使うのか。さぁ、どうする……?
男の手が届く寸前、俺はその腕を掴んだ。危なかった。
「──ッ!?な、なんだ、てめぇ……ッ」
「触るな。死にたいのか?」
男の顔から、笑みが消えた。掴んだ腕にほんの少し力を込めると、骨の軋む音が静かな森に響いた。
「………。ガイさん、離してあげてください。この人たちに何を言っても無駄のようです。もう宿に戻りましょう」
危なかった、というのはこの男の命の話だ。ハナミに殺気もオーラの動きも無かったが、俺が止めなかったら確実に死んでいた気がする。ただの勘だけど。この男が死ぬのはどうでもいいが、ここで騒ぎを起こすのは面倒だ。
──────
宿に戻った後は、三人で夕食を囲んだ。森で見つけた痕跡を整理し、明日の探索について話し合う。それも一通り終わると、自然と雑談が始まった。
「ところで、ハナミさんはどうして植物学者になろうと思ったんですか?」
「自然が好きだからです。両親の影響で、幼い頃から自然と触れ合ってきました。森や川、海……。二人はいつも、自然の美しさを教えてくれました」
「へぇ、ご両親も植物学者だったの?」
「いえ、環境運動家でした。森林伐採や工場による環境汚染に反対して、各地で活動していたんです」
「なるほどね。道理で昼間、あんなに怒っていたわけね」
「………」
……環境運動家、ね。昔はその言葉は文字通りの意味だった。しかし今や、【環境運動家】はとある個人を指す名前になっている。まさか、な……。
何となく嫌な予感がする。もう少し、探りを入れてみるか。
「ご両親は今、何をされているんですか?」
「二人は死にました。何かと恨みを買う活動ですから、邪魔だと思われて殺されたんです」
空気が凍った。メンチが俺を責める目で睨みつけてくる。ごめんて。
「すみません。辛いことを思い出させてしまって……」
「? いえ、辛くはないので大丈夫ですよ。お気遣い感謝します」
「辛くはない? それはどうしてですか?」
隣に座っているメンチが、俺の太ももを思い切りつねってきた。ついでに、めちゃくちゃ睨みつけてくる。「もう黙れ」という無言の圧力を感じるが、ハナミの人間性を把握しておきたいので止めるわけにはいかない。
「殺されたのは、二人が弱かったせいです。弱いものが淘汰されるのは、自然の摂理でしょう? なので辛くも悲しくもないのです。殺した人にも、何か思うことはありません」
「……なるほど」
これはクレイジーだぜ。俺の五感が、嘘ではないと判断している。これは本音だ。隣にいるメンチも絶句していた。ここまで来たら、もう少し聞いてみよう。
「ハナミさんは、随分と身のこなしが軽いですよね。纏もしっかりしている。何か理由があって、念を習得したんですか?」
「はい。自然を守るためです。わたし一人の身体では、自然を脅かすものに対抗できません。だから、力が必要でした。念能力は、そのための手段の一つです」
迷いのない、静かな声だった。まるで、当たり前のことを口にしているかのように。
「なるほど……ね」
俺の五感が、また同じ判定を下す。嘘はない。これも本音だ。守るため、という言葉に籠っているのは使命感なのだろう。だが、その静けさが、逆に薄気味悪い。
「──はい、この話はここまでにしましょう」
メンチが、パンと軽く手を打って割って入った。
「もう遅いし、明日も早いんだから。今日はもう休みましょ」
助け舟、というやつだろうか。俺は素直に頷いた。
「……そうですね」
ハナミも、特に抵抗する様子もなく席を立つ。その表情には、何の陰りもなかった。
──────
「………」
月明かりの下、血の海に一人の女が立っていた。周囲には無数の死体と、無残に押し潰された重機が散らばっている。血の海に沈んだ顔には見覚えがあった。【グランデュール開発】の人間たちだ。
この女が、今、彼らを皆殺しにした。
「止められると思っていましたよ、ガイさん」
「A級賞金首【環境運動家】の邪魔をしたら、ただでは済まないと判断しただけだ」
A級賞金首【環境運動家】。環境破壊をした企業や人間を標的に、これまで合計873人の死者を出してきたとされるテロリスト。正体は不明とされていたが、まさかこんな身近な場所に――しかも、これほど穏やかな顔をした女だったとは。
「やはり気づいていましたか。流石は賞金首ハンターの【鬼人】といったところでしょうか」
「……お前は、いつから俺たちのことを?」
「お二人がこのサンタ大森林に来ることは、事前に調べがついていました。黄金鶏を求めて、メンチさんとガイさんが訪れる、と」
初めから、全て知った上での接触だったということか。狙いは、まぁそういうことだろう。
「一応聞くが、メンチに何か恨みでもあるのか」
「いいえ、何も。彼女個人に対しては、恨みも憎しみもありません」
ハナミは、変わらぬ柔らかい声音でそう答えた。返り血一つ浴びていない黒いドレスが、月明かりの下で不気味なほど美しく見えた。
「ですが、V5に加担するというのなら話は別です。あの会食は、星を蝕む者たちが集う場。それを彩る役目を、彼女は担おうとしている。……見過ごすわけには、いきませんでした」
「……つまり、最初から」
「はい。メンチさんを、殺すつもりで近づきました」
あまりにも淡々とした口調だった。まるで天気の話でもしているかのような。
「森で一緒に過ごした時間は、楽しかったですよ。お二人と話すのは、心地よいものでした」
その言葉に、嘘は感じなかった。俺の五感が、それを裏付けている。
「ですが、それはそれ。……油断していただいたところで、森の中でお命を頂戴するつもりでした。誰にも気づかれず、静かに」
しばらくの沈黙の後、ハナミが静かに口を開いた。
「わたしからも、一つ聞いてもいいですか。ガイさんは、なぜ人を殺すのですか」
「……悪事をしている念能力者が、嫌いだからだ」
それだけだった。理屈もへったくれもない、ただの感情論。妹を奪った念能力者たちへの憎しみが、そのまま俺の行動原理になっている。
「なるほど。分かりやすい理由ですね」
「なら、俺からも最後に聞かせてもらう。お前は、なぜ人を殺す」
「使命だから。わたしは、この星の浄化作用です。自然を脅かす者を駆除する。それだけの、ただの摂理です」
憎しみでもない。喜びでもない。ただ、そこにあるのは静かな義務感だけか。
俺は、感情に突き動かされて刃を振るう。ハナミは、感情など介在させずに命を刈り取る。同じように人を殺めながら、その在り方はどこまでも噛み合わない。
「わたしとガイさんは、似ているようで、決して交わらないのでしょうね」
「……そうだな」
この女とは、分かり合えない。理解しようとも思わない。ただ、そういう生き物なのだと、認識するしかなかった。
………。
ハナミの纏うオーラが、静かに、しかし確実に膨れ上がっていく。彼女は月を見上げるように、ゆっくりと視線を上げた。
俺は、武器庫念獣を吐き出して体に巻き付ける。
「私はただ、この星を守りたいだけです。森も海も空も、もう我慢ならぬと泣いています。これ以上人間との共存は不可能です」
その声は、演説でも脅しでもなく、ただ淡々と、祈りのように紡がれていく。
「星に優しい人間がいることは、彼らも知っています。しかしその慈愛が、どれだけの足しになろうか。彼らはただ、時間を欲している。時間さえあれば、星はまた青く輝く」
風が、静かに木々の葉を揺らした。
「人間のいない時間──」
ハナミの視線が、ゆっくりとこちらへ戻る。
「死して、賢者となりなさい」
──────
先手必勝──
俺は、武器庫念獣の口から刀を取り出す。そのまま、ハナミに接近して首を断ち切ろうとしたが、左腕で防御された。
「そんな鈍では、わたしは切れませんよ」
「硬ったッ!?」
刀身がへし折れてしまった。鈍と言われたが、この刀は業物だ。しかも俺の剛腕で振るったのにも関わらず、かすり傷ひとつ付いていない。堅でこれほどの防御力とは驚いた。
ハナミは懐から種を取り出して、地面に投げた。
「この種は、【鉄樹】という木です。その幹と根の強度は、鉄並みです」
その瞬間、木の津波が襲ってきた。種を投げられた地面から生えた鋭い木々が、俺を串刺しにしようと次々に迫ってくる。一本一本に、凄まじいオーラが宿っていた。
速度は遅い。避けるのは容易い。折れた刀を投げ捨て、距離を取る。
ハナミは別の種を取り出して、地面に投げた。
「この種は、【弾丸ドングリ】という木です。弾丸の速度でドングリが飛んできます」
ハナミの背後に、葉の生い茂った木が生える。直後、葉の間から機関銃のようにドングリが飛んできた。
──ドドドドドドドドドド!!
森を駆け回って何とか避けた。ドングリが着弾した木や岩が貫通しているのを見るに、普通の機関銃の倍以上の威力はありそうだ。
前からは木の津波、上からはドングリの機関銃。攻撃が多彩かつ強力で、おそらく他の植物もまだあるだろう。植物を掻い潜って接近しようにも、本人の防御力も異常だ。
ハナミはA級賞金首の中でも、上位の強さと見て間違いない。だが、戦闘スタイルはもう理解した。
俺も本気で、ハナミを殺しにいく。もはや出し惜しみはしない。武器庫念獣の口から、A級念具【
赤い三節棍──【
──ベキッ! ベキベキベキベキ!!
鉄樹を、砕く、砕く、砕く。木々の隙間を縫うように地を蹴り、一気に距離を詰める。
「──ッ!?」
初めて、ハナミの表情に僅かな動揺が浮かんだ。予想外の反撃だったのだろう。力で押し切り、彼女の懐へ強引に飛び込む。
游雲を、顔面へ叩き込んだ。
──ドゴォッ!!
「かはッ……!」
小さく呻き声が漏れる。手応えは、確かにあった。だが──
「っ……。わたしが強化した鉄樹の硬度は、鉄の五倍以上。それを砕いたのは、あなたが初めてですよ」
「だったら、その一撃に耐えるお前は何なんだよ」
口の端から血を流す程度で、致命傷とは程遠い。硬をしたようだが、それにしても異常な防御力だ。
「わたしも本気を出さねば、いけないようですね」
その瞬間、彼女の纏うオーラが、一気に膨れ上がった。これまでの淡く無色だったオーラが、質量を持った奔流のように渦を巻く。肌がびりびりと痺れるほどの圧が、辺り一帯に広がった。
「ここまで本気にさせたこと。誇っていいですよ」
ハナミは懐から、複数の種を一度に取り出した。
「鉄樹」
地面に投げつけられると同時に、先ほどとは比べ物にならない密度で、鋭い木々が突き上がってくる。数だけでなく、一本一本の太さも、明らかに増していた。
「弾丸ドングリ」
背後に、より巨大な木が急成長する。葉の間から放たれるドングリの弾幕は、もはや弾丸ではなく砲弾のような速度と質量を伴っていた。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!!
着弾した岩が、粉々に砕け散る。かすっただけで骨まで届きそうな威力だ。
「──この種は、【ヒトトリグサ】。獰猛な食人植物です」
最後に投げられた種が地面に触れた瞬間、これまでとは異質な気配が膨れ上がった。
巨大な、赤紫色の顎のような植物が、地を割って現れる。まるでハエトリグサを、人を丸呑みできるほどの大きさまで膨れ上がらせたような姿だった。ぬめりを帯びた内側には、鋭い牙がびっしりと並んでいる。
「──ッ!」
鉄樹の槍衾を掻い潜り、砲弾のようなドングリを紙一重で避けた、その隙を突くように、ヒトトリグサが伸びてきた。
速い。今までの植物とは、明らかに速度の桁が違う。
咄嗟に上体を捻って回避しようとした、その瞬間──巨大な顎の奥から、粘性のある液体が噴き出した。
消化液だ。
完全には避けきれず、右腕に飛沫がかかる。
「ッ……あ……ッ!?」
焼けるような痛みが、腕を這い上がった。見ると、皮膚の表面がぶすぶすと音を立てて溶けていく。まるで強酸を浴びたかのような光景だった。
一瞬、意識が痛みに持っていかれる。
その隙を、ヒトトリグサは見逃さなかった。
──ガブッ!!
「がァッ!?」
鋭い牙が、右腕に深々と食い込む。肉を抉るような感触とともに、生温かい血が一気に噴き出した。
万力のような顎の力で、腕ごと引きちぎろうとしてくる。骨が軋む音が、耳の奥で響いた。
「これが、植物の──自然の素晴らしさです」
「……この化け物が」
──────
──A級賞金首【環境運動家】──
環境破壊を続ける企業や工場を標的とした襲撃事件が、世界各地で相次いでいる。
これらの事件で犯行声明を出しているのは、「環境運動家」を名乗る正体不明の人物。
これまでに森林開発会社や鉱山企業、工場など、多数の施設が襲撃されており、従業員や警備員、関係者など多くの犠牲者が出ている。
これまで発見された遺体の状態は極めて凄惨で、身体に大きな穴が開いているものや、皮膚が異常に変色したもの、水分を失ったように干からびたもの、身体の一部が溶解したような状態のものなど、通常の武器では説明のつかない損傷が確認されている。
しかし、犯行に使用された凶器や具体的な手段については、現在も判明していない。
事件後、犯人は環境破壊を批判する犯行声明を発表している。
「自然を傷つける者には、それ相応の報いを。星を蝕む者には、星に代わって裁きを下します」
犯人の素性や年齢、性別、容姿などについても確かな情報はなく、「環境運動家」という名称以外、人物を特定できる手掛かりはほとんど存在しない。
一方で、その思想に共感する者も各地で増加しており、現在では「環境運動家」とは無関係とみられる模倣犯による襲撃事件も相次いでいる。
警察当局によれば、本人によるものとみられる事件、およびその思想に影響された模倣犯による関連事件で、確認されている死者は873人に上るという。
現在も「環境運動家」の正体は判明しておらず、捜査当局は犯人の特定と所在の把握を急いでいる。