転生したのに念能力が使えない男 作:ゴリラ廻戦
右腕に食い込んだ牙が、骨の芯まで軋ませる。視界の端には迫りくる鉄樹の穂先、頭上からは狙いを定めた弾丸ドングリの木。前門の虎、後門の狼。いや、それ以上にタチが悪い。
やっば。そう覚悟しかけた、その刹那。
「──
鋭い声が響いた直後、白刃の輝きがヒトトリグサの首元を薙いだ。
──ザンッ!!
巨大な顎が、根元からずるりと切り離され、地面に転がって痙攣した。
「ッ……メンチ!?」
目の前に、両手で包丁を構えたメンチが立っていた。刃には、オーラの光が纏わりついている。
「ぼさっとしてないで、動きなさい!──
振るった包丁から、オーラの斬撃が飛ぶ。頭上から迫るドングリの弾幕を、まとめて切り落とした。
「なんで、ここに……」
混乱した頭で、そう問いかける。メンチとは、戦闘が始まるか、三十分連絡が無ければ村から逃げる、という約束を交わしていたはずだ。
「──なんで逃げなかった!?この馬鹿野郎!」
「はぁ!?馬鹿とは何よ!!」
メンチが、こちらを睨みつけた。目には、隠しようのない怒りが浮かんでいる。
「あんたの言ってることが正しいのは分かってる。でもね、ハンター試験の時みたいに、また一方的に助けられて終わり、なんて冗談じゃないのよ」
「今回は状況が──」
「うるさい!友達を見捨てて逃げるほど、あたしは薄情じゃないのッ!」
その一言に、何も言い返せなかった。
情けなさが、じわりと胸に広がる。だが同時に、このピンチに駆けつけてくれたことへの、言葉にならない嬉しさもあった。
「……分かった。一緒にやろう。どのみち、簡単に逃がしてくれる相手でもなさそうだ」
「ふふっ。最初からそう言えばいいのよ」
メンチが、不敵に笑う。少し離れた場所で、ハナミが静かにこちらを見ていた。
「二人まとめて、というのも都合が良いですね。同時に駆除できる。手間が省けて助かります」
「舐めてんじゃないわよ」
メンチが、包丁を握り直す。
「あたしの大事なものを傷つけたこと、後悔させてやるわ」
──────
戦いは、そこから一変した。
俺は前衛。游雲を振るい、鉄樹の槍衾を片端から叩き砕いていく。メンチは後衛から、ヒトトリグサの触手や弾丸ドングリを次々と斬り伏せていく。
初めて組む連携だというのに、驚くほど噛み合っていた。俺が正面から押し込んで注意を引きつければ、メンチが死角から援護の一撃を放つ。逆にメンチが狙われれば、俺が割り込んで盾になる。
「そっち、頼んだッ!」
「了解!」
言葉は少なくとも、意図は通じ合っていた。互いの動きを読み、補い合う。それだけで、一方的に押されていた戦況が、少しずつこちらへ傾き始める。
植物の密林を突破し、ついにハナミとの距離が詰まった。
「逃げ場は、もうないぞッ!」
游雲を振るい、拳を叩き込む。殴る、殴る、殴る。メンチも包丁を閃かせ、斬る、斬る、斬る。二人がかりの猛攻に、ハナミの纏う硬い防御にも、徐々に亀裂が入り始めていた。
「かはっ……ぐっ……抜け出せないッ!!」
メンチの一撃が頬を掠め、俺の拳が肩を捉える。ハナミの表情が、初めて苦悶に歪んだ。
だが、攻めているのはこちらだけではなかった。鋭い木の一撃が、メンチの脇腹を打つ。吹き飛ばされ、幹に叩きつけられる。
「メンチ!」
「へーき……。まだ、やれるわ」
立ち上がるメンチの体は、既にあちこちに傷を負っていた。それでも、二人がかりの猛攻は止まらない。追い詰められ、防戦一方になっていくハナミの口元が、ふと緩んだ。
「……あは」
小さな笑い声だった。
「あは、あはは……。これは……」
「何がおかしい」
游雲を振るいながら、俺は問う。ハナミは、植物を操りながらも、その表情を隠さなかった。
「不思議なんです。ガイさんと戦っていると、胸がドキドキして、興奮します。あぁ、そうか──」
その声に、これまでの淡々とした冷たさは無かった。代わりに滲んでいたのは、確かな熱だ。
「わたしは今、戦いを楽しんでいますっ!!」
その瞬間、纏うオーラが、一段階、色を変えた。
「衰えることのない、戦いの愉悦ッ!!」
叫びと共に、周囲の植物が一斉にざわめき、応えるように揺れる。
ハナミは静かに懐へ手を伸ばした。取り出したのは、これまでとは違う、灰色がかった小さな種だった。
「この種は、【オーガヤドリギ】という寄生植物。宿主のオーラを吸い上げる代わりに、驚異的な再生力と膂力を与えてくれます」
その種を、自らの胸元へと押し当てる。瞬時に根を張るように皮膚の中へ潜り込み、体表には緑がかった血管のような模様が、蜘蛛の巣状に広がっていった。
傷ついていたはずの皮膚が、みるみるうちに再生していく。折れたはずの腕も、何事もなかったかのように元へ戻る。
もともと強化系の膂力に、寄生植物による底上げが加わったのか。
次の瞬間、彼女の拳が、俺の游雲を真正面から受け止めていた。鉄と鉄がぶつかり合うような、重い衝撃。互角──いや、それ以上か。一方的に押し込んでいたはずの攻防が、真っ向からの殴り合いに変わっていた。
「オラァッ!」
「──
メンチが、その隙を狙って包丁を振るう。だが、ハナミと俺の攻防のあまりの速さと重さに、割り込むタイミングが掴めない。放った斬撃は掠っただけで、ろくにダメージを与えられずに弾かれてしまう。
「メンチさん、邪魔をしないでください」
俺の蹴りを弾きながら、ハナミがそう呟いた。懐から、また新たな種を取り出す。
「この種は、【ヒュドラフラワー】という毒花です。猛毒の花粉を散布します」
地面に投げつけられると同時に、周囲一帯に、巨大な紫色の花が一斉に咲き誇った。むせ返るような、腐臭にも似た甘い匂いの花粉が、辺りに充満していく。
「ゴホッ……ッ!」
「これ、は……ッ」
もはや、毒ガスだ。メンチが、片膝をついて咳き込む。俺自身も、呼吸がしにくくなるのを感じた。肺の奥が焼けるように痛む。だが、致命的というほどではない。この程度なら、まだ動ける。
「苦しそうですね。花粉の毒性を、四倍に強化しました。わたしには耐性がありますけど……なぜ、あなたはその程度なんですか? まぁ、メンチさんはそうもいかないようですね」
ハナミの声には、変化がなかった。自ら生み出した毒の中、平然と立っている。視線の先、メンチが荒く咳き込みながら、次第に膝から崩れ落ちていく。
「メンチ……ッ!」
毒に蝕まれていくその姿を前に、俺の中で──何かが、静かに、冷たく煮え立っていくのが分かった。
ハナミが再び毒花の種を取り出そうとした、その瞬間。俺は武器庫念獣の口から、B級念具【
炎を纏う刀──【
「──燃えろ」
鞘の鍔元で、鋭い火花が散る。それが刀身に伝った瞬間、鋼の表面を舐めるように、赤い炎が這い上がった。
一閃。橙色の軌跡が空を裂き、周囲一帯を埋め尽くしていたヒュドラフラワーを、根元から焼き払った。
──ゴォッ!!
紫の花弁が、炎に巻かれて瞬時に炭化していく。むせ返るような毒の匂いが、焦げた臭いに塗り替えられていった。
游雲は、武器庫念獣に収めた。今のハナミには、打撃は効果が薄いだろう。オーガヤドリギの再生力が、殴った端から傷を塞いでいく。ならば、燃やして、斬る。
「メンチ、下がれ!」
「──ッ、わかったわ……!」
毒に蝕まれ、膝をつきかけていたメンチが、荒い呼吸のまま後方へ退いていく。ここから先は、俺一人の領分だ。
「邪魔者が消えました。ここからは二人きりで楽しみましょう」
ハナミの声に、初めて何かが滲んでいた。楽しんでいる、という感情が。
「……これだから、顔だけの女はダメなんだよ」
俺は、武器庫念獣からA級念具【
黒い大型の鉈──【
二刀流――火之夜藝と爛生刀。左右の手に、それぞれ異なる牙を握る。
「武器を次から次へと面白いですね。なら、わたしも真似しましょう」
ハナミが、複数の種を、自分自身の体へと埋め込み始めた。
「肩には【ヒトトリグサ】を──小型に限定し、顎と消化液をさらに強化」
「腕には【鉄樹】を──樹皮に限定し、硬度をさらに強化」
「胸には【ヒュドラフラワー】を──一輪に限定し、毒性をさらに強化」
肩の皮膚が裂け、ヒトトリグサの顎が突き出す。 腕と拳に、鉄樹の樹皮が纏わりつき、鎧のように硬化する。胸元には、ヒュドラフラワーの蕾が、心臓を守るように咲いた。
様々な植物を生やした姿は、まるで森の怪物。
「ふふっ。どうですか?久しぶりにおしゃれをしてみました」
「……植物園みたいで、お前には似合ってる、ぞッ!!」
地を蹴る。ハナミの拳が、風を裂いて迫る。爛生刀でそれを受け流しながら、返す刃で二の腕の鉄樹装甲へ斬撃を叩き込む。
──ギィンッ!!
硬い。だが、少しだけ傷がついた。傷口にゴキブリの卵が埋め込まれる。その瞬間──
「ぐッ!!?」
孵化したゴキブリたちが腕を喰い千切る。しかし、皮一枚で繋がってしまった。おそらく、体内のオーガヤドリギの影響だろう。剥き出しの傷がみるみる塞がっていく。
「──ッ。初めてゴキブリに食べられました。まだまだ、これからです」
ハナミが踏み込みと同時に、肩から生えたヒトトリグサの顎が、独立した意思を持つかのように迫ってきた。
「──ッ!」
火之夜藝で薙ぐ。炎を纏った刃が、顎を焼き斬る。だが、切り離した傷口から、瞬時に新たな芽が噴き出し、再生していく。
互いに、一歩も譲らない。
「ハァ──ッ!」
「ふふっ──ッ!」
刃と植物が交差する。喰う。溶かす。燃やす。蝕む。抉る。斬る。貫く。殴る。蹴る。
俺とハナミの胴体や手足が、徐々に削れて無くなっていく。赤い血と、緑の体液が、入り混じって地面をドス黒く染める。
俺は、戦いながら、冷静に周囲を観察していた。
枯れている。
視界の端、開戦当初から生えていた弾丸ドングリの木が、既に葉を落とし、幹の色を失いかけている。もう、実を成らせる力もないのだろう。
制約と誓約で、成長させた植物は数分で枯れる、ということか。
つまり、ハナミの肩や腕、胸の植物達も、いずれは同じように枯れる。永続的な力ではなく、時間の壁がある。オーガヤドリギもオーラを吸収している以上、ハナミも消耗する。
「……なるほどな」
自然と、口元が緩んだ。
このまま、耐えればいい。どれだけ痛めつけられようと、俺の体は簡単には壊れない。時間切れになるのは、向こうの方が先だ。
削り合いの果てに勝つのは、より長く立っていられる方──それだけの話だ。
「何を、笑っているんですか?」
ハナミが、僅かに眉を寄せて首を傾げる。
俺は、二刀を構え直し、地を蹴った。
「もう少しだけ、付き合ってもらうぞ」
「はい。よろこんで」
──────
削り合いは、長くは続かなかった。
最後に立っていたのは、俺だった。
ハナミの体を覆っていた植物は、すべて枯れ落ちている。膨れ上がっていたオーラも、今は見る影もなく萎んでいた。
「……終わりだ、ハナミ」
「………」
俺は、二刀を下ろしながらそう告げた。呼吸は荒い。全身は傷だらけだ。それでも、勝敗は明らかだった。
ハナミは、地面に片膝をついたまま、しばらく黙っていた。
「──今まで、自然を守るためだけに戦ってきました。数えきれないほどの命を奪ってきましたが、そこには何の感情もありませんでした」
「ですが、あなたと戦って──初めて『楽しい』という感情を、知りました」
ハナミが、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には、これまで一度も見せたことのない、剥き出しの熱があった。
「今だけは……自然のことなど、どうでもいい。あなたを、殺したい」
ハナミは、地面に片膝をついたまま、静かに左手を伸ばした。指先が、土に触れる。
「【
その一言と共に、周囲の景色が一変した。
半径百メートル──視界に映る限りの木々、草、花、その全てが、一斉に色を失っていく。緑だったものが茶色く枯れ、瞬く間に朽ち果てていく様は、まるで早送りの映像を見ているようだった。
そして、枯れていく自然と反比例するように、ハナミの纏うオーラが、爆発的に膨れ上がっていく。
「灰になったあなたを、お気に入りの植木鉢に蒔きましょう。とても綺麗なお花が咲きそうです。ずっと、お世話しますね」
「──ッ!?」
先ほどまでの萎んだオーラとは、比較にならない密度だった。周囲の全ての植物から命を吸い上げ、それを己の力へと変換している。
ハナミが、左の手のひらをこちらへ突き出した。その掌の中心に、光が凝縮していく。
まずい。
直感が、そう告げた。あれは、避けなければ死ぬ気がする。
だが──視線を後方へ向ける。木々の隙間から、遠く、村の輪郭が見えた。あの光線の軌道上に、俺がいなくなったら。
村ごと、消し飛ぶ。
考える時間はなかった。俺は武器庫念獣の口から、A級念具【
「絶対に止める」
「素敵です」
その瞬間、掌の光が、白い奔流となって放たれた。
──ゴォォォォォォッ!!!
視界が、真っ白に染まる。右腕を突き出し、真正面から受け止める。
熱い。焼ける。皮膚が、肉が、骨が、悲鳴を上げる。腕を通して伝わる痛みが、脳天まで突き抜けていく。実際に、右腕から白い煙が立ち上っているのが見えた。本当に、焼けているのだ。
それでも──後ろには、下がれない。足を、前へ。もう一歩、前へ。もう一歩、前へ。
どれだけの時間が経ったのか、分からない。永遠にも、一瞬にも感じられた。
やがて、光が収束していく。
防ぎきった。
巻き付けていた黒縄は、跡形もなく焼き切れ、ただの灰と化していた。右腕は、原形をとどめないほどボロボロで、感覚もほとんど無い。全身の力が抜け、俺はその場に崩れ落ちるように膝をついた。
視線を上げると、地面には、光線の通り過ぎた跡が、抉れた大地となって刻まれていた。
そして、目の前──ハナミもまた、片膝をついていた。
全身は焼け焦げ、肌は色を失い、呼吸も浅い。誰の目から見ても、限界は明らかだった。
「……終わり、だな」
今度こそ、そう確信した。
だが、ハナミの口元は、笑っていた。
「ふふ……。何を、勘違いしているの、ですか」
「……何?」
「わたしは、まだ、
その言葉と共に、彼女は懐に手を入れる。取り出したのは、ビー玉ほどの大きさの、布に包まれた小さな物体だった。
「これは、とある研究所を襲撃した時に奪ったものです。
震える指で、布が剥がされていく。
中から現れたのは──黒い、種だった。
その瞬間、俺の五感が、悲鳴を上げた。
「うっ……ぐ、ぇ……」
喉の奥から、勝手に嘔吐きが込み上げてくる。
これまで戦ってきた、どの植物とも違う。悍ましい、という言葉すら生温い。まるで、この世のものではない何かを直接覗き込んでしまったかのような、根源的な恐怖と嫌悪感。
あのオーラは、一体、何だ。
「この種は──」
ハナミが、静かに、口を開いた。
「ブリオン」
ハナミの念能力
【朶頤光海/だいこうかい】強化・放出・操作
① オーラを注いだ種子を、任意で発芽・成長させる。元となる植物が本来持つ性質を強化した植物へと成長する。
②成長した植物は、ハナミから与えられた簡単な命令を実行する。
制約
① 使用する種子について、その植物の名前と植生を説明しなければならない。
誓約
① 生み出された植物は、3分で枯れてしまう。
⸻
【供花/くげ】放出
① 周囲に存在する植物からオーラを吸収し、自身のオーラとして放出する。
② 吸収できるオーラの量と、放出する際の威力は、周囲に存在する植物の種類や生命力に比例して増加する。
制約
① 円の範囲内に存在する植物からしかオーラを吸収できない。
誓約
① 吸収したオーラの量に応じて、自身の寿命が削られる。