CE70年12/20 標準時17:30
L3 ヘリオポリス 中央ホテル バンケットルーム
「無限に広がる大宇宙、静寂な光に満ちた世界…………。生まれてくる星もあれば、死にゆく星もある。それでも今、この無数のきらめきの中で
だから……」
バンケットルームの誰もがグラスを手に取り、壇上から聞こえる澄んだ声に聞き入っていた。
同時刻 L5 アプリリウス P.L.A.N.T迎賓館 晩餐会場
「だから、愛が必要なのです。この広大な宇宙で
私が婚約者である彼、アスラン・ザラと出会えたのも十分な奇跡なのです。ならばその奇跡の繋がりは決して絶えさせてはいけません……」
しんとした空気に溶け込む声は柔らかい。その壇上は冷たい人工の光が差し込む元でゆらりと、だが通る声にはその場にいる者に耳を傾けさせる力があった。ZAFTの制服に身を包んだアスラン・ザラはある意味、初めて見る桃色髪の婚約者の姿に圧倒された。自らの前に立つ、少女であるのにその背中は父よりも大きく感じた。威厳や重苦しい威圧ではなく、人のこころに入り込む声、そして言葉。優しさで包み込む温もりにアスランは無意識に背筋を伸ばした。
ヘリオポリス中央ホテル
「だから、だからこそ宇宙は時として残酷です。愛、希望、野心、戦い、そのすべてを飲み込む広大な世界です。
私達は大西洋連邦市民として、中立国オーブで肩身の狭い思いをしてきました。それでも今の今まで生きてきたことは事実です。一つ一つ、自らの手で掴み取ってきた未来をこれからも繋いで、続けて歩もうではありませんか……」
温かな光が壇上から見下ろす赤髪の少女を包み、その凛とした表情で背筋を伸ばす。赤髪と揃えた深紅のドレスが少女の姿を観る者にとって女帝として君臨する威信を見せていた。ケイ・エリクセンはグラスを片手にその少女を一番後ろから見ていた。黒のスーツに身を包み、ホストとしての服装に寄せながら決して一線を越えないで一見すればゲストとも通じる衣装。少女のグレーの瞳が揺れてケイを居抜く。冷たくとも、確かに感じる息吹にケイは負けじと少女を見据える。少し少女が微笑んだように見えたのは気のせいだろうか。
プラント迎賓館
「地球は幼い頃からの憧れでした。青い海、青い空、多くの命にあふれた世界。豊かに生きる青き輝き。しかし地球人は地球を大切にできず、そして私達を青き輝きから追放しました。今は確かに苦難の時代でしょう。
なればこそ、苦難に喘いできたコーディネーターという種、プラントと言う国家の輝かしい未来の為に、私達は一つにならなければなりません。私達のことは私達で決める。魂を重力に囚われた彼らに決めさせたりする事は決して致しません。親の巣穴から子にやがて飛び立つときが来たのです。必ずや、私達は勝ち取るでしょう。その未来に、私達の時代を繋ぐでしょう。
ここまで聞いてくださった皆様に心から感謝を。私は最高評議会議長、シーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインといいます。皆様を友人として迎えることができたのは偏に皆様の不断の努力の結果です。私は友人として皆様の手をお借りいたしますわ。
友人に、独立に。いえ、私達の輝かしい未来に…………」
アスランは横で父や、ラクス・クラインの父で最高評議会議長のシーゲル・クラインもウェイターに差し出されたグラスを手に取ったのを見て、焦りながらも手にした。目の前の少女の神聖さを汚してはならない、そう思ったのだ。ふと、グラスの中身はアルコールだろうか? そう考えたとき、チラと後ろを見たラクスの優しい瞳に
ヘリオポリス中央ホテル
「宇宙は私達にとって最後のフロンティアでした。静寂な光、冷たい人を拒絶しながら、それでも観るものを魅了する星の瞬く世界。しかし、彼らはその世界を我が物と振る舞い、無思慮に生き、あまつさえ地上に異形の兵器を落とし、数多の同胞の命を奪ってきた宇宙人にフロンティアを渡すことは私達のフロンティアを閉ざすことと同義です。
私達の連邦建国以来の個々の自由と権利、
私は連邦事務次官、ジョージ・アルスターの娘、フレイ・アルスターです。平和の為に私達は剣を取り、ここまで未来を切り開いて来たのです。ペンは剣より強し、なれども剣を持つ私達を恐れる故にペンは剣より強いのです。
このプロムは皆に剣を取り、この痛みの先に得た私達の自由の象徴として企画された私達だけのプロムです。皆さん、グラスを手に。
友に、自由に。そして私達の誇りある未来に…………」
ケイは手元のグラスを回しながらアルコールではないことを確認していた。ホスト役でもある以上、アルコールは飲めない。それでも空気を味わうことはできる。少なくとも今、フレイ・アルスターという女帝を貶めてはならない。彼女の気品はケイがこれまで見てきた誰よりも高貴な姿だった。カツンとヒールを鳴らし、オペラグローブをしながらグラスを持ち上げようとも、全く揺らがない体幹はそれだけ、周囲から見られることに慣れた人間特有のものだ。やがて、フレイは周囲を見渡し、小さく息を吸った。
皮肉にも全く同じタイミングで、この日、ヘリオポリスとプラントはグラスを鳴らした。プラント最高議長令嬢のラクス・クライン。大西洋連邦事務次官令嬢のフレイ・アルスター。2人は戦乱の時代にあって、その命運が交錯しようとしていた。
歴史は緩やかだが、確かに動いていた。
「……乾杯」
「「乾杯!」」
唱和に次いだグラスの鳴る音で、アルコールやノンアルコールが場所に関係なく鳴り、誰もが呷った。