機動戦士ガンダムSEED GradeGhost   作:シラー

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非常に長く、専門用語が多数出てきますが、以降、このような文章になります。
原作SEEDのふわっと感が好きな人はブラウザバック。ハードSF好きなら嗜好に合うと思います。


それぞれの認識

 ラクス・クラインは父、シーゲル・クラインより帝王学としての教育を受けた。正しくは"歌姫"として君臨し、いずれプラント社会を牽引する知性としての教育だ。

 その根幹はただ一つ。『究極的にはZAFTとは軍事力を持ってPLANTの国家目標に奉仕する駒の一つに過ぎない』という事である。つまり、ザフトはプラントのコーディネイターの軍隊であり、同時にナチュラルが構築してきた社会体制と何ら変わりない人的集団に過ぎないという事実である。この話を聞いたときラクスは失笑した。コーディネイターが優れていると言っても、本質的にはナチュラルの構築した社会体制がシステムとして「正しい」という事実は不可避であることが面白かったのだ。コーディネイターが本当に優れた別の種であるならば、ナチュラルが構築した社会体制に従う必要はなく、何より政軍関係など気にする必要などなかったはずだ。なのに何も変わらず、文民統制という形で継続せざるを得ないコーディネイターの社会はナチュラルの延長線であるなら、コーディネイターが優れていると断言する理屈が破綻していると思ったからだ。

 勿論極端ではあるが、プラントという社会を作り上げた父達は良くも悪くもナチュラルとコーディネイターとの差に強迫観念がある。しかし、父達は所詮ナチュラルの体制の延長線でのみプラントを作るしかなかったのは言語不一致も甚だしいと感じていた。

 ましてやプラントの独立宣言が『「基本的人権と革命権に関する前文」、「ナチュラルの暴政と本国(=理事国)議会・本国人への苦情」に関する本文、そして「独立を宣言する結語」』の三部からなるのはあから様なアメリカ合衆国独立宣言の踏襲なのだ。高度な人間の可能性を開くらしい遺伝子調整はどうやらコーディネイターには文才を与えなかった。文才とは遺伝子とは別の問題らしい。

 ──だから笑われるのでしょうね。

 ラクスはプライドの高さに比例する父達の矛盾は矛盾を飲み込む現実との折り合いというより、単に自分達の非を認められないだけではないか? とさえ思う。優秀であることを拠り所にした父達は自分達が"無謬である"と誤認した。或いは最初は自己催眠かプロパガンダだったのかもしれない。それがいつの間にか"優秀性"が"無謬性"と『=』で結ばれた時、父達は批判の精神を放棄したのだ。内側からの批判を捨て、外からの批判を"敵"と認識することで自分達は"無謬である"という自己規定から抜けられなくなったのだろう。

 CE成立から約半世紀の時代に生まれたラクスには当時の反理事国闘争がどれほど過酷だったのかは分からない。だが、一つだけ言えるのは父のような今のプラント体制の首脳に座る人達は少なくとも爆弾テロを頻発させたわけではない。むしろコーディネイターとしての力を使い、サイバーテロのような行いで理事国への闘争を仕掛けた。それをスマートな武力闘争と信じていたのだ。実際、父達のサイバーテロは理事国を狂わせたが、どちらかと言うと激昂させたに等しい。西暦史上最大のテロと言われた9.11テロリズムにおいてアメリカ合衆国が激昂し中東情勢に絡んだように、父達は大西洋連邦をはじめとする国々を激昂させた。それがナチュラルの反コーディネイター論の正義として成立させた点は疑いない。要するにやりすぎたのだ。父達はアメリカ合衆国を作った移民達のように武力闘争を仕掛けたが、宇宙との距離が西暦ほど遠くないCEに行ったそれは自滅だったのだろう。プラントの独立宣言を試みて以来、地球の各国はプラントへの投資案件から手を引いた。真っ先に逃げ出したのは安全保障上のリスクに基づいてプラント向け投資金利の利上げを中央銀行が行ったことで冷え込んだ民間投資であり、それは即座に各国に連鎖していった。当然国家事業とみなされていた宇宙コロニー建設は完全に頓挫。経済的に不況が押し寄せたが、宇宙コロニーがなくとも地球は自立できていた。未だにプランテーションから抜け出せないアフリカや南アメリカを含めても北米の穀倉地帯、そして再建されつつあった五大湖工業地帯は大西洋連邦に活気をもたらし、同じようにアジアでは長江・揚子江の穀倉地帯と湾岸工業地帯が、ヨーロッパ地域では旧ウクライナ地域やポーランド地域の穀倉地帯と西ヨーロッパの低地地帯の工業地帯は生産力という点においてプラントの代替を果たしていた。

 そして地球規模から見ればプラントの工業生産力は所詮、一次・二次産業を欠いたプランテーション農業ならぬプランテーション"工業"に過ぎなかったのだ。

 しかもその三次産業さえ宇宙コロニーや軌道往還機を作り上げたのがナチュラルの理事国の科学力である以上、正直プラントの優越性など理事国からすれば鼻で笑うレベルだったはずだ。父達は道を誤り続け、選択を間違い続けた。独立戦争という大義は『独立』の定義を決めなければならなかったのに、定義を定めなかった。当然、定めれば各々のコーディネイター同士の対立を誘発させる以上、避けたのだろうがその矛盾は今の私達の世代が戦争で実際に戦い、血を流して清算しているとも言える。因果応報としか言いようがない。

 だからこそ、ラクスには人材が必要だった。ラクスは自分が無謬の天才だと思ったことはない。だが、同時に自分が『勝てない』と思う相手も居なかった。未だ15歳とはいえ、ラクスにとっては遺伝子調整による人工的天才の原石集団と呼ぶべきコーディネイター社会とナチュラル社会は大した差がない。どちらもラクスにとって自らの競争相手になり得なかったのだ。それでもいずれ"自分は父の跡を継ぐのだろう"ということはぼんやり考えていたからこそ、ラクスは自分が手元に置くべき人材のリストアップに余念がなかった。とはいえ所詮未成年、それも10代前半の小娘にリストアップできる人材などたかが知れていた。今まで一番評価していたのは自分の婚約者となったアスラン・ザラだった。軍人としての才覚について直情的で周囲が青臭さに声をひそめることこそあれ、その程度は自分なら乗りこなせるという"自信"がある。そういう意味ではラクスは卓越した軍人としても上手く扱えるならそれが政治家としての自分の加点として扱われることを冷めて認識していたと言える。勿論父の敬意を込めてプラントの独立まで持ち込んだその手腕は今のラクスでは不可能な領域であり、何より父として愛しているし、アスランについても"愛そう"とは思っていた。父から充てがわれた婚約者であろうと、出生問題に絡む婚姻統制であろうと、それと個人の感情は別問題だ。自分が政略結婚に使われるという不満こそあれ、ザラ家の御曹司との婚姻は少なくともマイナスにはならないという認識があった。

 

 


 

 

 ADが終わってCEになっても宅配サービスは不滅だ。今週分の受領が終わり、サインした複写伝票を破る。クッション材を敷き詰めたプラスチック製の折り畳みコンテナを空けて中身を取り出した。複写伝票のカタログに目をやり、中に入っている()()()を確認し、いつも自分が使っているシャンプーの新品であることを確認し、ため息をついた。決して安いものではないし、直ぐに手に入るものでもない。今の手元のシャンプーでさえ正規ルートではまず手に入らない物であり、裏ルートを使っても2ヶ月ほどの待ちを強いられるのだが、無理を承知で2週間で手配してもらったものだ。どこから入手したルートなのか、探すのをやめて久しい。いつものことだと言い聞かせて、シャンプーを2つ持って立ち上がった。一般学生向けのワンルームより広いは部屋が寒々しく感じるし、その不快感は言いようがない。

 どれほど技術が発達しようヘリオポリスの宅配サービスは大きく分けて2系統存在する。コロニー内宅配サービスとコロニー外サービスで、正確にはコロニー外には運営国であるオーブ送りとオーブ以外の他国宛のルートが存在するが、今送られてきたのはそのうちコロニー内の宅配サービスだった。

 ヘリオポリスはコロニー自体が工科大学のキャンパス群としての性質と、一般市民の暮らす高級住宅街の側面を同時に持っている稀なコロニーだった。その為、工科大学在学生が他のヘリオポリス内のキャンパスの学生宛に送る場合、監視は非常に緩い。なによりオーブは戦火から外れ、同時に大人がそれなりに健全な社会サービスを運用し、同時に在学生達をアルバイトとして雇用し、労働力化していた。しかし、戦争故にヘリオポリスは空前のインフレに陥った。当然である。物が届かないのだから、金があっても買えない。なら買える分の金を出すしかなかったが、結果として闇市が生まれたのであるが、その闇市は歴史の闇市より洗練していた。

 学生達による密かな3店方式である。

 例えば、物を持つ学生達が「日用品」の名目で売っているのは「日用品のカタログ」である。注文を受けたらヘリオポリス宅配サービスの社員と契約する貸倉庫から梱包されて配送されるのだが、注文は日用品カタログ2部だが、顧客に届くのは2個の「シャンプー×2個」である。これらは「誤配」として処理される。一見意味不明に見える。利益がないのだ。

 しかし、見方を変えると手の込んだ迂回販売でしかない。本来、誤配は絶対にあってはならないので顧客には部数に応じた保険契約を常に契約し、()()()誤配が起こったときには保険により購入額の50%が戻る。商品のうち保険の掛け金が占める割合は50%。つまり、顧客は最初に100%で払いつつ、51%戻ってくるので49%の金額で買えることになる。この51のうち50%が再度顧客から物を持つ学生への保険金として処理される事で継続的に契約更新として扱われる。直接的に返金されるわけではなく、プール金となり、以後49%のみを支払えばよくなるメリットがあった。残りの1%は保険会社に取引記録手数料として最初だけ支払われ、1%分はその後存在しない分となり、99%が小計になるのだ。そして誤配されたものは示談無用で顧客が処理していい、という保険契約だった。

 つまり誤配されたシャンプーは好きに使え、ということになる。当然売る側の学生達は口が裂けてもシャンプーとして使え、とは言わない。

 しかもヘリオポリス内の学生自治組織の下位団体として登録された学生個人が売買を担当する小売店として大学には登録され、事実上の保険会社は学生間トラブル防止の為の事実上の公証組織という名目であり、保険会社という名前を使えない故の苦肉の策で、挙句商品を保管する貸倉庫は学生自治組織が管理している貸倉庫を小売店契約学生に貸与しているという扱いだった。

 開き直るにも程があるが、学生自治の名で正当化されていた。もっとも彼女個人の負担額は遥かに少ない。それは彼女がそこらの平民(一般学生)とは違うという証明だった。

 フレイ・アルスターは自室の玄関でシャンプーの入っていたコンテナを乱暴に畳んだ。投げ捨てるようなはしたない真似はしないが、胸の奥がざわつく不快さは隠しきれない。誰であっても私を見る、私は選んであげる側だ! そんな自尊を著しく汚したのがエイプリル・フールクライシスだった。あの日、ヘリオポリスの大西洋連邦系学生やその他のオーブ以外の学生や居住者はパニックだった。ニュートロンジャマー、忌々しい名前だった。詳細な理屈はさておき、突然途切れた通信インフラはヘリオポリスを孤立した宇宙を漂う小舟にしてしまったのだ。やがて徐々に再生した通信網は地球の悲惨な状況を伝え、あれだけ派手に生じたパニックを、今度は生存への恐怖で押し潰した。

 フレイが今ここにいるのは偶然に過ぎない。実際、フレイの友人達のうち、数人は家族の生死を知る前に、学費滞納で退学となったのだ。それは幼い頃の母との死別以来、大西洋連邦という超大国の高級官僚として着々と地歩を進める父、ジョージ・アルスターの娘として強者であれとされてきた、フレイが久しぶりに接した自分ではどうにもできない生々しい死の気配だった。

 大西洋連邦系の学生のほぼ全ての仕送り送金が途絶えるなかで、フレイは兼ねてから目をつけていた先輩を頼った。そして、フレイは売ったのだ。プライドを切り売りして生きることを学び、その先輩を選んだのだ。

 そしてフレイは学生を続けられている。エイプリルフール・クライシス直後に比べて落ち着きを取り戻し、タイムラグこそあるが外との通信も可能で、仕送りも何とか行われていた。とはいえ全員がそうではない。キャパシティは常に限りがあるし、フレイは自分が仕送り送金をされ続ける上位の存在だと自覚していたが、そんな仕送り送金すら無にしかけるほどのインフレがヘリオポリスを覆っていた。単に物がない。故に物を得るためには金が必要だった。その金は仕送りから出すしかないが、仕送りは枯渇の兆しを見せていた。それは構造上、大西洋連邦系の全学生が等しく同じだったのだ。

 そしてフレイは選んだ。少なくとも自分を蔑ろにしない先輩を探し、頼ったのだ。頼りない同世代ではなく、オーブへの疎開と引き換えに行った婚約の結果、オーブを先進国と勘違いして「僕がいるから」と囁く田舎者の婚約者でもなく、フレイと同じ大西洋連邦出身で酸いも甘いも噛み分けたリアリストでプラグマティストな先輩を。

 実際、フレイは3店方式を裏で操る連邦系学生自治組織の議長であり、全権を掌握する最高責任者だ。そしてフレイが選んだ先輩は連邦系学生自治組織の熾烈な権力闘争の中で書記として年下のフレイを支え、他の実務官僚的な学生達と共に連邦系学生自治組織を回す実務官僚的な立場で君臨しフレイの発言力を支えていたのだから、フレイの女王としての、東部出身のエスタブリッシュメントとしてのカリスマはヘリオポリスの中で最も強烈であり、その先輩のような実務官僚的な先輩達を操る政治家としての手腕は本物であり、統率という点で実務官僚として振る舞う先輩達の派閥抗争を上手くコントロールしていた。

 

 


 

 

 アスラン・ザラにとって地球とは遠い世界だった。月の食の影から見える分厚いアクリルガラス越しの暗い世界に浮かぶ青い球。そこに人が住んでいることが信じられなかったし、その果てに住み、父達がナチュラルと蔑む彼らがこちらに手を伸ばす意味がわからなかった。

 ナチュラルとコーディネイター。種が違うなら別々の場所で住めばいい。偽らざる本音であり、そこには差別も区別もない、自分達と同じコーディネイターではないというだけの単なる事実だ。

 ──戦争など起こるはずがない。所詮戦争など能力に劣る故のナチュラル同士の共食いであり、コーディネイターに対する愚かな嫉妬だ。

 そう思っていた。

 そんな他人事が通用したのはユニウスセブンへの核攻撃までだった。ユニウスセブンには食料生産の試験プラントだったとか、食料生産が連合を決定的に刺激したとか、それまで紳士協定として無調印で相互の間で密かに締結されていた監視協定を先に破棄したのはプラントだとか、大手投資銀行にサイバー攻撃を仕掛けて数百万人単位の個人情報漏洩を引き起こしたとか、大手投資銀行へのサイバー攻撃を理由に国際金融秩序から締め出されて反撃として交通インフラへサイバー攻撃を仕掛けてパイプラインを麻痺させたとか、ユニウスセブンへの核攻撃の1週間前に発生したコペルニクスの悲劇のそもそもの原因である国連事務総長とシーゲル・クラインの話し合いの主題が直前に行った軍備宣言だったとか、コペルニクスの悲劇そのものがプラントの軍国主義の象徴と定義されてナチュラルによる先制核攻撃を引き起こしたとか、そんなことは関係なかった。アスランにとって真実はただ一つ。あの日、あの場所で母が死亡したのだ。核の炎に焼かれ、炭化させて宇宙の塵になった。今でも地球の公転軌道をめぐって太陽を回っているのだろう。ユニウスセブンそれ自体は倒壊しなかったがそれは何の慰めにもならない。ユニウスセブンへの核攻撃、そして母の死がおおよそ確定した時、アスランはZAFTに志願した。Zodiac Alliance of Freedom Treatyの略とか反理事国とかピンとこなかったが、母の死はナチュラルへの報復をアスランの中で正当化した。軍備宣言以後、プラントは加速度的に軍備増強を進めるなかでアスランは赤服としてアカデミーを出た。

 アカデミー、そしてその延長のザフトはそれほど悪い場所ではなかった。楽ではないが、報われる場所。こなせばこなすほど周囲よりも成績を伸ばし、教官たちもそのあたりの限度を見抜いて適切に課す負担はアスランにとって心地よく、不自由を感じる程のものではなかった。

 やがて巨大な戦争に出征となったとき、その大義はあまねくコーディネイターに敷衍され、アスラン達には尖兵たる自尊心と義務感も付与された。

 プラントの安全保障も、クライン政権の掲げるコーディネイター=ナチュラル融和体制の理念も、父パトリック・ザラの掲げるコーディネイター至上主義の理想もやはりピンとこなかったが始まったからにはやり遂げねばならない。自分達はこの時のために志願し、教育を受け、求められたならこの力を持って成し遂げればよいという思いもあった。しかも、いま目前にあるのは故国の危機であり、国民全員の期待を一身に背負う赤服としてのその自尊心は最大限に満たされてもいた。

 晴れがましい宇宙という舞台で、自分に与えられた役割を果たすのみ。死力を尽くそう、プラントの為に。そう誓い合ってアスラン達は戦争に臨んだ。

 死は純然たる恐怖として確かに存在していたが、ここでコーディネイターとしての能力を発揮できず、大義を果たせず、母の苦しみをナチュラル共に与えることなく戦争を終わらせるなどあり得なかったし、その思いになんら偽りはなかった。果たすべきを果たせば正義は従う。迷いがなかったといえば嘘になるが、迷うことでアスランはまた自分が考える人間だと線引をしていた。

 ユニウスセブンを核で焼き払った悪魔のようなナチュラルとは違い、俺には人の心がまだある。残虐で残酷で、なによりコーディネイターに劣るという客観的な事実を認められずに戦争を続けるナチュラルの方がよほど"人間ではない"。だから彼らを殺すことは正義だった。

 そしてそれを強くしたのが父に紹介されたラクス・クラインという少女だった。自分とはまた全く異なる凛とした姿。一つ年下に見えない背筋を伸ばした姿にアスランは見惚れた。この少女を守らねばならない。母のような悲しみを味わわせてはならない。そう思い、そう誓った。

 やがてラクスがアスランの婚約者となったことを伝えられた時、歓喜しなかったといえば嘘になる。守るべきもの、人としての温もり、この少女がいる限り俺は人でいられる。この少女と共にプラントの未来を掴み取ってみせる…………。そのようにしてアスランは"正しさ"を内面化していった。

 モビルスーツという兵器が巨人の姿であり、引き金を引くことに躊躇いはなかった。アスランにとってどこまで行っても画面の向こう側であり、静寂な宇宙にあっては爆発閃光も死にゆく兵士たちの呪詛も何一つ聞こえない世界だった。MSのコックピットの中で確かなのは唯一、自分の呼吸音と自分を生かす機械の駆動音のみ。機械の駆動を活かすも殺すも自分次第の世界で、アスランは確かな結果を残し、赤服としてその評価を実戦で高め、そして所詮旧式宇宙戦闘機に過ぎないモビルアーマーのメビウスで愚かにも歯向かってくるナチュラルを"分をわきまえない哀れな種族"という認識を強めていった。アスランにとって照準器の向こうのメビウスはターゲットに過ぎず、戦艦でさえ戦果として誇る為の単なる数字でしかなかったのだ。メビウスとジンのキルレシオが5:1だとか関係なく、アスランは20機余りを撃墜し、部隊でも一目置かれる存在となり、その周囲の向ける畏敬は心地よいものだった。

 

 


 

 

 ヘリオポリスの連邦系学生自治組織の定例会合は予定通り開始した。格式張ったものではなく、場所も学生自治組織が借り上げた学生向けワンルームの一室だ。ただし、内容は学生自治組織の範疇には収まらなかった。静かだが白熱した議論だった。

「これは速報前の情報だ。軍の需品科の奴を抱き込んで聞いたがHPI(ヘリオポリスインフレ指数)は今月だけで10%のインフレ率だ。正直なことを言えばオーブの経済は限界に近いだろう。戦時インフレを加味しても破格だ。賃金上昇は物価上昇に追いつかなくなりつつある」

「オーブの平和ボケ連中は国庫の補助が手厚いが、俺達はそうじゃない。稼ぐためにカルテルを作ってきたが、所詮俺達は外様に過ぎない。俺達のことなんか税金としてドルを絞り上げればいいと思ってるのさ!」

 1人が吐き捨てた言葉は全員が承知していた。いくら中立といえど、戦争による究極的な物不足はどうしようもなかった。オーブ首長連邦国の本質が資源を輸入し、製品化して輸出する以上、経済的安全保障は外部に左右される必然は省資源の島国である限りの常だった。

 そして輸出入が途切れれば外貨不足に直結する。今のオーブは慢性的な外貨不足であり、特に決済通貨であるドルの不足は深刻で、その対応策としてオーブはオーブに疎開した"徴兵猶予学生"から税金と称して絞り上げていた。疎開した学生達は殆どがヘリオポリスというコロニーに隔離しながら、同時にコロニーの必然として慢性的な労働力不足を代替する為に入り込んだ連邦系学生達の収入に対して、インフレ率を考慮しない額面に対して累進課税をかけていた。要するにヘリオポリスの連邦系学生達はオーブの金蔓だった。

 負担に耐えかねた学生は、金蔓として機能しなくなった学生には用無しとして容赦なく追放。連邦本国では志願による軍役が待っている以上、連邦系学生達はカルテルを作り上げることで流動性資金を確保していたのだ。

「ケイはどうするべきだと思う?」

 議論の中でワンルームの扉が開き、入ってきた影に対して、会議をしていた女子学生が問いかけた。身長以上に等身の良さから来る姿勢の良さは宇宙で育った低重力環境特有のスタイルとは異なり、地球生まれを感じさせる。

 ケイ・エリクセンはちらと視線を向けてため息をつきながら答えた。

「オーブの実態インフレ率は10%だが、見かけ上はまだぬるいよ。知っての通り、オーブ政府は自国通貨建ての超長期国債を国民の給与の一部として何%だかを引き受けさせている。償還は百年先だな。引き受けた分が生活必需品との交換保証券だから見かけ上のインフレ率は3%以下だ。実際はオーブの財務状況は傷みきっている。だがオーブはヘリオポリスのオーブ系学生達への支援をやめるつもりはない。聞いた話だが、オーブ学生向け食料購入費用のクーポンを決めたらしい。財源は俺達に課した税収だろう。2週間前に累進課税率が40%から45%に引き上げられたからな。

 俺たちもなにか手を打つ必要があるだろう」

「俺達の税収でオーブの学生はいい暮らしか。人の財布だと思っていい生活とは恐れ入る。俺達が釣り上げた給与額はドル建てだ。いくら釣り上げてもドルで45%を持っていかれるとキツイね」

「今週は遂にレートが1ドル=550だ。先週は510だから下落が止まらない。開戦前と比較して120%下落した。落ちるところまで落ちるだろうな」

「オーブ政府は?」

「国民向けの強制引受国債が40%だ。必需品は賄えているがそろそろ嗜好品の価格に跳ね返るぞ。ヘリオポリスではアイス一つが60%値上げだ。明らかに値上げにインフレ率が追いついていない。原材料がないから上げても無駄なんだろう」

「この狂乱物価はいつまで続くのか。オーブ学生も苦しいのは事実だ。あまりやりすぎると不満が蓄積する。聞いた話だが、オーブ学生を分断するべきだと思う。分割して、親連邦派のオーブ学生層を作る必要があると思う。オーブ学生世論が割れているなら俺達の脅威足り得ない。草の根でもいいからやるべきだ」

「オーブ学生の不満、か。それを聞いたのは例のオーブの後輩か? ケイ。あまり馴れるなよ。そいつは俺達の税収で飯食ってるんだぜ? 囲い込むと言ったってタダじゃない。線引はできるんだろうな?」

 疑念の瞳に射抜かれてもケイは平然と受け止めた。仲間内だからこそこういった釘刺しがなければ疑心暗鬼で空中分解していただろう。それを理解しているから全員は運命共同体として関係を構築していた。

「出来るさ。トール・ケーニヒについては俺がきっちり手綱を握る。トールは俺達の内側は知らない。

 それに、線引できない奴がここにいるのか?」

「線引できない奴は居ないだろうさ。信頼してるさ。お前を含む俺達は富裕労働層としてヘリオポリスに住む連邦系学生で手綱を握っているいわば黒子であり、お前も俺もその一人だ。お前は書記だがここにいる富裕労働層は等しく代理や補佐、書記等の肩書を持って組織を回している実務者の一人だ。下で派閥抗争こそあるが、だからといって俺達トップ層が内輪揉めでいらない疑念は招くべきじゃない。ケイ、頼むよ。お前の友情や人間関係に口を挟むつもりはないが、俺や俺達はお前を裏切り者として切り捨てたくはない。それは俺達の、生身の人間としての願いだ」

「わかってる。俺達は等しく利害共同体で、運命共同体だ。李下に冠を正さずとも言う。トールについては俺が請け負う。トールとは友人だからな…………。まぁ、ある程度こちらを察しているだろうが、察してバラすような間抜けじゃない。そんな間抜けならとっくに切り捨ててるさ。察した上で俺を頼る強かで対等に交渉すべき知性だ。あいつが無自覚なお人好しなら俺は切り捨てていた」

「お前の友情の秤が俺たちを裏切らない事を祈るよ。俺は嫌だぜ? メットとゲバ棒持ってオーブ官警と衝突なんかしたくない」

 ケイは今度は自分の番だと理解していた。努めて軽い口調で言った。

「トールは人気だからな。婚約者がいるから一途で俺達にとっては眩しいくらいの男だ。結構連邦系の女から見ても人気さ。この間はワインを1本持ってきて換金してくれと言われたときは驚いたよ。持ってても出どころを怪しまれるから引き取ってくれってさ」

「そのワインはどうしたんだ?」

「いつものようにドルとオーブ法定通貨で半々ずつ払って俺が買い取った。現物はヘリオポリスの官警の組織犯罪対策部署の一人が最近赴任したから抱き込みに使ったよ。いい手土産になったとは言え……。あんなワイン俺達のルートじゃないと手に入らないよ。前回はウィスキー、今回はワイン。誰がプレゼントしたのさ」

 返答はすぐに返ってきた。

「あたしがトールにあげたの。ホストに貢いだみたいな遊びよ、遊び。ガードが硬いのよねぇ。そういう男は少ないから気になっちゃうのよね〜。だってオーブの男ってなんていうか単に優等生なのよ。面白くないの」

「よね〜、じゃない。まぁ、何かあったらケイ、お前が始末つけるんだろ? "E機関"の機関長はお前だからな」

「その名前をここでも出すな。安全を確保しているとはいえ、絶対じゃない。"G機関"の長のお前ににとってもあまりいい話じゃない」

 ──そうだろう? 

 一瞬、空気が昏くなり、突き刺すような視線を向け合う。探り合うというより、昏い穴蔵からじっと穴に入り込む敵の姿を見定め、そして羨む、そんな穴蔵の住民特有の視線。

 相手はそんな周囲の視線に射抜かれながらも茶化した。

「CO(ケースオフィサー)のコントロールをシカトして、運営している俺達自身が上がった情報を勝手に突き合わせているから、クロスチェックが機能しているんだけどな。形を変えた蒸留だ。そういえばCOに最近会った?」

 ケイは苦いものを感じながら顔を上げた。

「会ってない。あちらからはいつも都合のいい時だけ連絡が来るのはいつものことだろ? 期待するだけ無駄さ。そのくせ、使い切れない種銭は押し付けてくるからな。どうするんだ? あの額、使い切れるわけないだろ……」

「あれって偽造通貨だろ? あんだけの額のオーブ法定通貨が動いていたらオーブ当局がいくらバカでも気が付くさ。オーブは偽造通貨の存在には気が付いても出どころを追えず、バカみたいに俺達が湯水みたいに活動資金として使っても有り余って途切れないんだからありゃ連邦本国産の偽造だろ。これまでいくら流した?」

「流し込んだのはたぶんオーブの対年GDP比300%くらいかな? 残高は同じくらいだから200%くらいのハズ」

「合計して500%かよ。他の流し込みの蛇口もあるだろうから一体どれだけ偽造したんだよ……。下手すりゃ総量1200%くらいあるんじゃないの? まぁ、そんだけ流し込めば中央銀行がどれだけ引き締めかけても、給与の40%を国債で払ってもインフレするわな。とはいえ流動性は上げられない。流動性を上げたら物不足が顕在化してしまう」

「そもそも引き締めたって今のオーブには代替通貨を発行する能力がないよ。メフォ手形でも出すか?」

 誰かの達観しつつもげんなりした声に失笑が漏れた。

 ケイも笑いたかったがあえて無視した。これ以上ここで話すには危険が高すぎる。そう判断する理性は残っていたし、それは周囲もそうだった。

「……それに、トールの始末は俺がつけるさ。だが、ああいう清々しい友人は消したくない。ただ貢ぐのもいいけど、少しは処理するこっちを考えてほしいよ。まぁ、所詮遊び、か……」

 富裕労働層という言葉はNジャマーによるヘリオポリスが隔離社会になるにつれて成立した言葉だ。具体的にはマンパワーが不足したコロニー内部で積極的に労働に参加し、かつ団体交渉権を行使して賃金を釣り上げた連邦系学生層のうち、上位数%を指す、いわば成金に近い。が、実際のキャッシュフローはフレイのような仕送りに頼る富裕層より遥かに大きかった。富裕層が団体交渉の顔役となる一方で、ケイのような富裕労働層がヘリオポリスの労働力の元締めとして人材の調整を含む一次請を担当し、二次請三次請に卸す体制を作り上げていた。勿論二次請三次請する労働力とは連邦系学生、つまりカルテル内部で完結しているからオーブ系学生への遠慮などなかったのだ。

 そして食い込んだ労働市場は単なるヘリオポリスの産業ではなく、ヘリオポリスで開発されていた兵器産業の中枢だった。

 地球連合にとってオーブは中立国であり、つまり信用できないコウモリということでもある。そのような所で兵器開発を試みる場合、機密を守ることができ、連邦に対する隔意が少なく、なにより潜在的な反オーブ派である連邦系学生は貴重な地球連合軍の軍需産業に食い込んでその繁栄を様々な形で享受していたのだ。特に釣り上げた連合軍需産業の労働対価としてオーブの法定通貨を富裕労働層は拒否していた。缶詰などの糧食、軍の経費で購入される生活必需品等の現物、そして軍施設のうちレクリエーション施設等の施設使用権の借貸、増して大西洋連邦本国とヘリオポリスを結ぶ軍用連絡便への便乗輸送であり、なにより給与としての支払いはドルによる支払いだった。ヘリオポリスには連合軍の兵器開発により膨大なドルが開発費として流れ込んでいる。その隙間隙間で連邦系学生達はオーブ当局との間に挟み込むことで手数料と称していわゆる"摘み食い"や給与をドル建てとすることでドルの不足という致命的な破綻を避けていた。彼らはオーブ当局の知らないところで地下水脈を作っていた。

 もっともその釣り上げが名目上はオーブ法定通貨である以上、ヘリオポリスのインフレ率押し上げの責任がないとは言言えない。とはいえインフレの本質的な問題は連邦系学生ではなく、オーブ政府の国家戦略である以上、富裕労働層には遠慮などなかったのだ。

 だから彼らにとって連邦系学生は労働力である以上に、自分たちの生存を確保する為の絶対的な防衛対象だった。カルテル化することで労働力市場からオーブ系や他国系の学生労働力を排除し、高賃金の労働力を連邦系学生で独占し、内部分配することで連邦系学生全体の収入を均衡化し、生存ラインを割らないように調整する事で生存を保証し、ほぼ全ての連邦系学生が参加することで、公助に依らないセーフティーネットとしてカルテルは機能していた。

 そうして得た物品は複雑な経路を辿って末端の学生達に届く。この辺りの表向きを統括するのが学生自治組織であり、裏で利権分配を"公正"に担当するのが富裕労働層だった。

「で? どうする? レバレッジを考えれば種銭を上手く使えば機能すると思うよ?」

 ケイはその見解に同意はできなかった。

「早すぎる。"賭け"に出るにはもう少しあとでもいい。今はもう少しイカサマの種を仕込みたい」

「イカサマ、か。どんな手品を仕掛けるんだ?」

 楽しそうな声に周囲も期待したが、ケイは前庭となる説明から始めた。

「オーブの資本流動を見る限り、オーブはプラントの国債を購入している」

「おかしな話じゃないだろ。オーブは名目上は中立国だ。プラントの国債を買って悪いという話はない」

「それだけならな。問題はオーブは超短期、それも1〜2週間程度のプラント国債を償還時に"ドル建て"にすることで買い支えていることだ。つまりオーブは戦争当事国のプラントに紙くずみたいなオーブ法定通貨でプラント国債を買って、代わりにプラントが溜め込んだドルという外貨準備を貪っている。プラントからはドル資金が抜けて紙くずが詰まる寸法さ。中立国が聞いて呆れるよ」

「そんな事をしてプラントは怒らないのか?」

 トールに貢いだという女がさらりと引き取る。

「怒らないでしょうね。プラントの友好国はゼロではないにせよ、プラントの戦時出資を支えられる財政的余裕はない。むしろプラントの方のひとり当たりのGDP比は高いから内国起債で賄っているが、所詮総GDP比では連邦の1/10以下だ。外で他国に買ってもらうしかないが、どのみち地球圏ではドルが決済通貨だからプラント友好国に対しても何らかのスキームを組んでドルを吸い上げているのでしょう。例えば駐留相手国が払う安全保障費をドル払いにするとかしてね」

「オーブに吸い取られても別の"どこか"からドルが入るなら維持できる、か……。国家理性に忠実だな」

「だからこそ、使い道にはなる。俺達が種銭として保有する膨大な偽造オーブ法定通貨を使ってレバレッジにしたい。このままオーブが俺達への抑圧を続けて、蔑ろにし続けるなら、一つの手だと思う。カードを切るならオーブの外貨が入らなくなる破産寸前、通貨価値が暴落した瞬間だろうな。ヘリオポリスでの兵器開発が完了した場合、オーブに外貨は流れなくなるから、破産は確定だ。どのみち、あのあり余ってる種銭は使い切らないとマズイ。

 後は兵器開発が完了する直前、金融不安が顕在化する前に連邦系学生全員分の脱出路を手配する必要がある。実際問題、金融不安のセンシングを含めて時間がないが、だからこそ実にやりがいがあるだろう?」

 ケイの悪い笑みに室内の全員が同じような悪い笑みを浮かべた。

 ケイはすかさず釘を刺す。

「もっともフレイ嬢の判断次第だ。フレイ嬢を軽んじることは体制を揺るがせる。フレイ嬢の権威あってこそ、カルテルはカルテルとして機能するのだから」

「フレイ嬢が本当に箱入りお嬢様なら担いで終わりなんだが、なまじ優秀だ。蔑ろにはできない。フレイ嬢の婚約者は担がれてくれたのだがな。それがエスタブリッシュメントということだろうよ。優先的な手配もフレイ嬢じゃなきゃやる理由がない。貸しではない、取引としてフレイ嬢は自覚しているだろうよ」

「だから隠すさ。フレイ嬢は15歳の少女だ。裏の裏まで知らなくていい。彼女の権威を取引として使っている以上、フレイ嬢に俺たちが手を染めている真っ黒な深部まで関わらせる必要はない。所詮、俺達が黒子なのだから」

 ケイが最期を引き取る。

「それに、俺だって15歳の少女に全てを押し付けて知らんぷりするほど厚顔無恥じゃない。あの娘には知らなくていい世界がある」

 それは富裕労働層として学生自治組織の権力中枢にある全員が常々感じている事だ。ケイは「お前も俺達もまだ18〜19だろうが」という周囲の視線をあえて無視した。それこそ口にする必要がなかったからだ。




感想待ってます。
ユーザは本来、こういう文章が主観を切り取った短編的に見える小説が書きたかったので悪しからず。アスランだけは神の視点、他の三人はあくまで本人の視点です。感想、評価お待ちしてます。

オーブの法定通貨通貨の名前とプラントの法定通貨の名前を募集します。円やドル($)のようにアルファベットなどで一文字で表せるのがいいです。探しても見つからなかったので………。
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