マリュー・ラミアスから見た連邦系学生は若者もとしてたくましく、好ましい相手だった。
ヘリオポリスにおいて、G兵器開発は禁断の情報だが、それでもマリューをはじめとする技術者や警備要員はローテーションで休暇を取っていたし、そうすると繰り出せるのは市街地しかなく、進まない研究や開発遅れに依って生じる憂さは外に出て吐き出していた。
マリューをはじめとする研究者や警備要員はオーブのモルゲンレーテ社以外の者は、すべて連合軍人として一括処理され、給与はドルで支払われていたのだが、当然ヘリオポリスではオーブ法定通貨しか使えないのが当然の話だった。
故にヘリオポリスにおいて両替は普通に行われていたのだが、ドルとのレートが公定レートとの乖離が目立つようになると、マリュー達連合軍人は公設両替所ではなく、連邦系学生が密かに運用する両替所を利用するようになっていた。この秘密裏な両替所は公定レートではなく市場レートに色を付けて両替してくれる為、インフレが進むヘリオポリス市街地での気晴らしに赴く連合軍人にとってよく使われていくようになっていた。とは言えマリューにとって公定レートと市場レートの歪みは“よくあること”と受け流され、考えてもみなかった。一体、どこから両替で必要となるオーブ法定通貨が連邦系学生に流れ込んでいて、受け取ったドルを連邦系学生はどのように扱っていのか? などは全く気にしたこともなかったのだ。公定レートは定められてはいても、両替金額制限は厳しく、無制限に両替してくれる連邦系学生達の存在はマリュー達から見てもありがたく、その生活における両替という生命線を依存していった。
なにより、彼らは連邦系学生として身元のはっきりした学生であり、G兵器開発における実際の労働力として重宝され、特にバグ潰しを人海戦術で行う事ができない軍用ОSで、連邦系学生たちによる“アルバイト”は効率を底上げしていたし、遠い他国にあって同郷故の雑談の盛り上がりもあった。オーブ系住民と接触への警鐘はなされても、職務を手伝い、かつ学生故の何処のお店がどうこう、という日常会話から始まり、情報部も参加する学生連邦系学生を一般業務として監視していると知っていればなおのことマリュー達開発者と連邦系学生との面識へと繋げた故に、闇両替が違法と知っても個人的取引として信頼、当局に黙っておく空気を作る素地があったのだ。
だからこそ、マリューがその報告を受けたとき、まったくもって意味が理解できなかった。
ヘリオポリスの戦闘それ自体はいつか起こり得る可能性として指摘され、マリュー達は平和なヘリオポリスである以上に軍事拠点としてのヘリオポリスへの認識が強かったのだ。それでも、侵入者の報告を受けて、次に受けたのか『民兵達が戦闘中、状況不明』という連絡だったのだから意味不明過ぎた。
あの、研究室や実験室で、どの店が美味しく、どの店が安いとか、どの化粧品がいいとか、そんな雑談を交わし、時にはマリュー達が手に入らない化粧品をどこからか手に入れて融通してくれたりしたあの連邦系学生達が銃を取って応戦しているという想像が全くできず、警報発令による通信規制が自動的にかかり、学生達が右往左往する中、フーヴァーという学生は普段とは別の端末を使っていたのが目に入った。
フーヴァーは端末を見てから、近くにいた学生に耳打ちすると直ぐに姿を消したのだが、マリューにはその意味を知る機会は遂になかった。
ケイは部屋から飛び出すとコロニーでタクシー代わりに使用されている電気自動車を見つけ、運転席に飛び乗った。
コロニーの構造上、自動運転が標準化されて久しく、本来なら手動運転は認証が必要なのだが、このあたり抜け道はいくらでもある。本来、手動運転の存在価値は事故をを起こした際に、警察救急が移動できるようというためで、官警しか行えないのが表向きなのだが、ケイ達は密輸業者という裏の顔を持つ以上、得た品を倉庫まで運ぶ為に自動運転タクシーをトラック代わりに使用していた手前、自動運転解除コードを把握していた。
やってることは不正アクセスであり、普通に犯罪だが民生車であり、なにより当局運用の半民半官運営故、セキュリティ未更新の隙間を狙うことで発覚をしていなかったし、そもそも自動運転解除コードは貸しと借りで縛り上げた官警からの横流しなので正規のコードだ。記録は残るから非常の措置として富裕労働層がキープしていた手段だった。フロントガラスに貼られた『3310』の
電気自動車のアクセルを踏んで、ケイは車を走らせる。ヘッドセットはつけたままで、一度は閉じていたHQとの回線がアラームと共に開いた。嫌な連絡が届く。
「はい、エリクセン。状況は?」
返事が来るより早く、ケイは咄嗟にハンドルを切った。
突然振ってきた巨大な塊が道をふさいだ。
「わっぁあああ! っとっとと!」
直撃していたらぺしゃんこ確定な巨大な塊はコンクリートブロックのようだ。戦闘で跳んできたらしい。ドリフトで紙一重で躱すと、アクセルを踏んで加速した。外の轟音とアスファルトの擦れる音で何も聞こえない。
「何だって!? 聞こえない!」
ヘッドセットのマイクに怒鳴る。余裕などなかった。煙と閃光が遠くに瞬いている。たぶん戦闘中なのだろう。視界に入れていたミラーの端でチラッと光っている。
──発砲炎か?
黒い点がそのまま位置しているのを見てケイは何が起こっているか分からなかった。
『ケイ、悪い知らせだ。3分前に管理局から非常事態宣言が出た。シェルターへの退避命令だ』
「遅すぎる! 何やってるんだ! ……いや、こちらでも確認した。現在、市街区画からフレイ嬢を専用道路を使って移送中。非常ルート8番から19への
『無理だ。非常事態宣言のせいでヘリオポリス内の自動車専用道路は管理局や警備隊の車両が優先だ。そのタクシーも使えなくなるかもしれない』
「遠隔でセキュリティを破れないか?」
『無茶言うな! フラーレンシフトに従って暗号化処理だけでこっちは手一杯だ! それより、グループ4が第四区画で戦闘に巻き込まれた。加えてグループ4が守っていたはずのフーヴァーとの通信が途絶えた。Zeの暗号化処理は終わってる。あとはフーヴァー達がやっていたはずの決済データだけだ。あれはまだ確認できていない。フーヴァーならミスはないと思うが万が一が……。
……ちょっと待ってくれ、グループ2から連絡だ』
「分かった」
ケイは通信を保留にしてからハンドルを殴りつけた。頭の中でヘリオポリスの自動車専用道路の地図を呼び出す。車を走らせながらルートを考えていると、保留が切れて向こうで戻ってきたのが分かった。
「グループ2はシェルターに避難完了、今は避難誘導を終えたらしい」
「よかった……。じゃあ軍の展開は? 当然応戦始めたんだろ? 確認は?」
『一気に言うな。今、確認したところだと港湾区画で火災警報が出てる。在泊中の船がやられたかもしれない。確認中だが、詳細は不明。第四区画ではMSが撃ってるって通報があった。たぶんオーブの国境警備隊と軍の警備部隊が応戦中のはずだ』
「了解、とりあえずこのままいけるとこまで行く。フレイ嬢をシェルターに送り届ける。狙いは“アレ”か? というか侵入者はコーディネイターで決まりか?」
『間違いない。ザフトだ。第四区画のグループ4が連絡を絶つ前に送ってきた画像だとザフトだ。画像を送ろうか?
それと、こっちは裏が取れてないけど、こんだけ派手に壊しているんだ。陽動ならば、本命の浸透部隊がいるはずだ。ケイ、注意してくれ。そっちが終わったら危険だけど第四区画の確認も頼む、フーヴァー達4人が今日はあっちにいる。確認してほしい』
「分かった。第四区画に向かおう。画像は要らない。回線を圧迫したくない」
助手席に座っていたフレイに目が点になっていた。何が起こっているか分からないらしい。というより、現実を拒否しているのだろう。分からなくもない。というかフレイはケイによって強引に連行されているような状態だった。市街地で逃げ遅れたというか、人込みで友人達とはぐれたフレイをケイが見つけて拾ったのだが、市街地でも戦闘の被害が出ていた。ここまで自動専用道路が壊れていなかったのは奇跡だとさえ言えるだろう。
やがてゆっくりとフレイは口を開いた。
「どこに、行くの? どこに行くのよ!」
ケイは手短に答えた。
「シェルターへ。戦闘地域から遠いシェルターへ案内します。最悪、脱出ポッドのあるシェルターへ向かいます」
「待ってよ! あなたも来るんでしょ?」
「俺は行きません。第四区画に行かないと」
「わたしを一人にする気!? 待ちなさい! 私をいきなり車に乗せて、あたしを置き去りにするの!?」
「あなたをグループ9が待機しているシェルターに送ります」
ヘッドセットのスイッチを挿れてHQに繋いだ。
「エリクセンだ。HQ、グループ9のシェルターは71番のシェルターだな?」
『…………HQ。そう……、グループ1は71……シェルター……』
通信状況が悪化していた。ケイはフレイにも聞かせるように音声をスピーカにしたが、フレイは止まらなかった。
「待ちなさいよ! 何が起きてるのよ! 何が起きているのか教えなさいよ!」
フレイとて、わかっているのだ。断片的でも発令された非常事態宣言、避難警報を鑑みれば何を意味するのかはフレイなら理解できる。できるからこそ認めたくない。そんな15歳の当たり前の少女の思いをケイは汲み取る余裕がなかった。
「戦闘中だ! 少し考えたらわかるだろ! ザフトが襲撃に来た以外に何があるんだ!」
ケイの激昂にフレイは気圧され、同時にそれ以上に激昂した。
「ふざけないでよ! あんた達が私を担ぐって! 担げば私の身を守るって! 言ったじゃないの! あんた達が私を守るって言ったのよ! その為にわたしはッ! わたしはッ!」
車が大きく揺れた。路上の瓦礫を避けたのだ。
フレイにとって、普段は単語ごとの区切りが良く、変に同化しようという不快さがない英語は聞き取りやすく、ストレスフリーなはずのケイの英語が、今はとても不愉快でしかない。それでも運転に向き合うケイにフレイはこれ以上、邪魔をするわけには行かなかった。
やがてシェルターの入り口についた。シェルターのコンソールを叩いてケイが中の人とを話していたが揉めているようだった。
フレイは当たり前だと思う。これだけ派手に戦闘をしておいて悠長に入れてくれるシェルターがあるわけがない。
──そう、揉めているならなおのこと私を連れて、私を守りなさい。
そんな、意地の悪いことを考えているとケイは一旦離れた。決裂したらしい。
「待ちなさいよ!」
──逃げるなんて冗談じゃないッ!
それはフレイの早とちりで、ケイはAEDとバールを持ち出していた。躊躇いなくバールを振り下ろすとコンソールに突き立てられた爪が伝えるテコの力で、ベリベリっというガスケットが剥がれ落ちる音ともに破壊されたコンソールとカバーが取れた。コンソールの中の配線が剥き出しになると、そのまま剥き出しになった配線にAEDの線をバイパスさせるように噛ませて、センサー部を自分で触れるようにしてから、少し離れるように指示を出してからAEDのスイッチを押した。警告音声に続いて、過剰な電流が流れ、火花が散って配線がショートすると、基板の半導体が焼け付いたらしい。どうやら電磁ロック式だったらしい。ヘリオポリスのシェルターは戦闘による外敵からの避難を目的としておらず、あくまで隕石等の災害時の避難設備として、避難するものを拒まずの公共性は設計されていたようだ。入口の電磁石のロックが通電が切れたことで磁力が解け、解錠された。災害時に通電できなくなって閉じ込められるのでは困るのだ。
ケイは単に重たい扉と化したシェルターの扉のハンドルを回してゆっくり開いていく。本来、手を離すと自重で自動で閉まる扉と地面の隙間にバールを突っ込んで閉じないように挟み込んだ。
フレイは呆れて、開いた口が塞がらなかった。
「感電……、しないの?」
的外れのフレイの質問にケイもまた、的を外した回答だった。
「……さあ? なんとかなるでしょ」
フレイは三度呆れた。
ケイに押し込まれるまま、フレイはシェルターに入った。
それでも反復するフレイにケイは自分の記憶媒体と、有線で接続されたカードリーダーを差し出した。
「これを使って。フレイ、あなたに身分証として渡した押し花のそれは俺達のセキュリティを抜ける為のMaster Keyだ。どんな鉄壁のシステムも、絶対は存在しない。だから俺達はあなたのカードを最初からセキュリティの穴として、Master Keyとして設定し、そのアクセスを監視していた。絶対ではないが、秘匿性は高いはずです。俺達自身のアクセス権限は明確に階層化され、俺さえ全てにアクセスできない。フーヴァーの管理している領域はその典型だ。
生き残ったなら、この中の情報を使ってください。この中には俺達がやってきた事の半分程度がデータ化されている。オリジナルは破棄済み、あとは連絡を絶ったフーヴァーが持っている欠片がどれくらいかき集められるか……。これはプラントも連合もオーブにとっても等しく機能する時限爆弾だ。あなたが思っているよりずっと黒く、昏い真実が記されている。タイミングさえ間違えなければあなたを守ってくれるはずだ。そのうちの一つをあなたに預ける。俺のアクセス権限ではアクセスできない領域もあなたのカードならアクセスできる」
「何を……、何を言ってるのよ!」
フレイの困惑を他所にケイは続けた。
「俺達はあなたが何度もアクセスできる状況を作り上げていた。でもあなたは好奇心に流されず、用心深く振る舞い、アクセスしなかった。そんなあなたを信じる理由が他に必要ですか? 俺はあなたが単に連邦事務次官の令嬢だから、可愛いから、そんな理由であなたを奉ったと思いますか? 俺達を見くびらないでもらいたい! ヘリオポリスが崩壊すれば中立侵犯としてオーブが必ず乗り出す。あなたの脱出ポッドが機能すれば1週間程度は生きられる。回収されるには十分な時間だ」
フレイは追い立てられるように扉の向こうに追いやられ、やがて扉は音を立てて閉まった。
「……ロマンチストで、馬鹿ね」
それがフレイの感想だった。悲壮に酔っているように見えて、ケイの左手は常に腰につるされた短銃に手を当てていて、周囲への警戒を怠らない警戒心のプラグマティズム、最後まで謝罪しないでフレイを隔離しようとする身勝手なリアリズム、渡された爆弾をどう扱うかを丸投げにして合理性を口にしながら最後の一線が感情主体で矛盾したロマンチズム。その全てがフレイがケイを選んだ理由だ。
──せめて、人間らしく。か……。
富裕労働層がかつて口にしたフレーズを思い出した。
それ以上は必要なかった。フレイは振り返るのをやめて薄暗い非常灯の灯るシェルターの奥に歩みを進めた。
評価、感想待ってます。
わからないよう用語等について感想欄でご指摘いただければ解説します。伏線としての機能もあるので、説明には欠けがあるかもしれませんが…………。