人口200万人になっても労働環境は改善されないようです   作:あいアイAI

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初めてAI利用。生成したままだと違和感がある部分は、訂正を入れてます。大体一話につき四割くらいは訂正してますが、他は原文そのままです


ハルキとレン

 

 雨の匂いと、焦げ付いた肉の腐臭が混ざり合う。

 

 崩壊した旧渋谷エリアのビル群。巨大な歪みを見せるアスファルトの向こうから、重厚な足音が響いていた。現れたのはB級上位の災厄種『鋼鉄の巨角(グラットン)』。前脚の甲殻は対戦車兵器すら跳ね返す重装甲だ。

 

「……レン、正面から破砕するのは無理だ。俺の拳じゃ届かない」

 

 ハルキが両拳に高濃度の魔力を宿らせながら呟く。幼馴染のハルキは、学園の判定で言えば「B級中位」に位置する身体強化のスペシャリストだ。だが、どれほど優れた突入役であっても、死角を覆う装甲と圧倒的な質量を前にすれば、死の危険が跳ね上がる。

 

「正面から叩く必要はない。俺が道を作る」

 

 俺は腰の鞘から高周波ブレードを抜き放ち、視界を固定した。

 

 俺自身の戦闘適性はB級下位。単体での純粋な武力なら、A級には一歩及ばない。だが——俺の真価は、個人の武力ではなく盤面の支配にある。仲間の間合い、癖、魔力の波長を完全に把握し、その戦闘力を極限まで引き出すための隙を力ずくでこじ開けること。それが俺の強みだ。

 

「ハルキ、10秒で右脚の関節を潰す。お前は、俺の指示だけ聞いてろ」

「了解だ。お前に背中を任せられるなら、いくらでも突っ込める!」

 

 ハルキの言葉に一切の迷いはない。俺の指示への全幅の信頼。それがこの過酷な戦場での俺たちの武器だった。

 

 俺は即座に間合いを詰めた。相手の巨躯が振り下ろされる直前、足元へ粘着性の特殊可燃ジェルを投擲。同時に高周波ブレードの刃先で火花を散らし、爆風を生み出す。

 

 猛烈な爆炎と煙が『巨角(ジャイアントホーン)』の視界を奪う。単体では到底倒せない相手だが、隙を作るだけなら俺の技量でも十分すぎる。その側甲の継ぎ目へ寸分の狂いもなくブレードを突き立て、装甲を強引に剥ぎ取った。

 瞬間、敵の注意が俺の方に傾く。

 

「今だ、ハルキ!」

「おうよッ!」

 

 俺がこじ開けた一瞬の死角。煙を切り裂いて跳躍したハルキが、剥がされた装甲の隙間へ、全魔力を込めた一撃を叩き込む。

 

 砕ける骨と肉の音。巨獣が悲鳴を上げ、崩れ落ちるように倒れ伏した。

 

 血煙が舞う中、ハルキが荒い息を吐きながら俺の隣に降り立つ。

 

「相変わらずいい仕事するな、レン。お前が合図を出した場所に飛び込めば、絶対に攻撃が通る。……最高のサポートだ」

「お前の踏み込みが速いから成り立つんだよ。無茶しやがって」

 

 俺たちは短く拳を合わせ、息を整えた。

 

***

 ここは生存圏。旧東京ともいわれている。かつての魔獣災害は多くの被害を生み出し、日本の人口は200万人まで減ってしまった。

 未だに魔獣が蔓延る現状を打破するため、政府が国家予算の八割を使って作った防衛士官学校。そこで現状打破のため命を賭ける少年達。

 それを僕らは革命軍と呼ぶ

 

 地下鉄の生存圏ルートを通って防衛士官学校の寄宿舎へと戻り、冷たいシャワーで汚れを洗い流すと、ようやく生きている実感が肌を伝って戻ってくる。

 防護壁の内側に広がるこの狭い街並みも、一歩外へ出ればあの地獄のような廃墟だ。

 

 

「はー……生き返った。マジで今日のは久々に骨が折れたわ」

 

 食堂の隅のテーブルで、ハルキが深皿に盛られた合成肉のカツカレーを豪快に口へ運ぶ。戦闘直後の凄まじい消費カロリーを補うためとはいえ、その食いっぷりは相変わらず見事だ。

 

「骨が折れる、ね。お前が予定より数秒早く踏み込んだから、俺のブレードの刃先が持っていかれそうになったんだが?」

 

「へいへい、すんません。でもさ、レンが完璧なタイミングで装甲剥いでくれるって確信があったから身体が勝手に動いたんだよ。お前の指示通りに動いて後悔したこと、今まで一度もないだろ?」

 

 ハルキは悪びれもせずに人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「お前が俺を買いかぶりすぎなだけだ。俺の能力なんて、せいぜいB級下位止まりなんだからな」

「出たよ、レンの謎の謙遜癖。B級下位って言ったって学年全体で見たら十分精鋭だぞ? それに、お前と組むとめちゃくちゃ安心感あるんだよ。指示は的確だし、俺の癖も間合いも全部頭に入ってる。お前が横にいるから、俺は全力で突っ込めるんだ」

 

 ハルキはスプーンを置くと、少し真面目な顔になって俺を見た。

 

「実際、今日のB級上位の討伐で、俺たちの評価はさらに跳ね上がるぞ。また上層部から厄介な指名任務が来そうだが……まあ、お前とならどこへ行っても生きて帰ってこられる気しかしないわ」

 

「軽々しく言うな。次も生き残るために、装備の調整とデータの分析は今夜中に終わらせる」

 

「うぐ……相変わらず容赦ねえな……」

 

 ハルキがげんなりとした顔で頭を抱える。そんな俺たちのやり取りに、周囲の生徒たちから羨望と敬意の混ざった視線が向けられているのが分かる。

 

 人口200万人の生存圏において、実力者は国家の宝だ。中でもB級中位のハルキとB級下位の俺が組むこの二人小隊は、学園内でも有数の『少数精鋭』として一目置かれている。単体の強さだけでなく、圧倒的な生還率と完成された連携で格上すら喰う俺たちのペアは、教官たちからも異例の評価を受けていた。

 

「おい、あれ『即死回避(サバイバー)』のレンとハルキだろ……。また単独小隊でB級上位を仕留めて帰ってきたらしいぞ」

「レン先輩の戦術指導、一回でいいから受けてみたいよな……」

 

 囁き交わされる声を聞き流しながら、俺は冷めたお茶に口をつける。

 

「ほら、食ったらさっさと部屋戻るぞ。次の模擬戦、相手はA級ペアだ。みっちり作戦練るぞ」

「はいはい、参謀殿。ついていきますよ」

 

 ハルキが苦笑しながら立ち上がる。俺たちはトレイを下げ、明日もまた無事に生き残るために、訓練場へと向かった。

 

 

***

 防衛士官学校が誇る屋内実戦訓練場。コンクリートの模擬瓦礫が立ち並ぶフィールドの中心で、俺とハルキは荒い息を吐いていた。

 

 対峙するのは、最上位層——A級下位のペアである三宅先輩と神楽先輩だ。

 

「……ハッ、マジで聞いてた以上のしぶとさだな。B級ペア相手に、まさか初戦を引き分けに持ち込まれるとはね」

 

 三宅先輩が、両手の大剣を肩に担ぎながら不敵に笑う。その隣で、長距離支援を担う神楽先輩が弓状の魔導兵装を構えたまま、冷ややかな視線をこちらに注いでいた。

 

 模擬戦は全10ラウンドのポイント制。

 第1ラウンド、俺たちは搦め手をまじえた奇襲を仕掛けた。ハルキの突撃を囮にし、俺が仕掛けた音響トラップと可燃ジェルの局所爆発で視界と聴覚を奪う。最上位層のA級相手に真っ向勝負は不可能だが、相手の足止めと連携の寸断に特化することで、制限時間いっぱいまで粘り倒し、奇跡的な「引き分け(1-1)」を勝ち取ってみせたのだ。

 

 ギャラリーの生徒たちからは、どよめきが起こっていた。あのA級ペアから初戦でポイントを分け与えさせたこと自体、快挙なのだ。

 

「レン、次もあの手で行くか……!?」

「いや、A級相手に同じ手は二度通らない。ここからは本物の削り合いになるぞ」

 

 俺の予想通り、第2ラウンド以降、先輩たちの立ち回りは一変した。

 初戦で俺たちの「連携の起点」が俺だと見抜いた神楽先輩が、容赦ない精密射撃で俺達を分断しにかかる。三宅先輩の攻撃は一撃一撃が重く、ハルキの防御すら強引にこじ開けていく。

 

(くそ……これがA級の壁か)

 

 だが、俺たちもタダでは負けない。

 単体での実力差は歴然だが、俺はフィールド上のすべての瓦礫、光の反射、ハルキの僅かな身振りを作戦に組み込んだ。神楽先輩の射線に瓦礫を崩して射界を塞ぎ、三宅先輩がハルキを追い詰めた瞬間にだけピンポイントで介入して死角からピストルを放つ。

 

 勝てるラウンドは確実に拾い、負けるラウンドでも相手に体力を極限まで削らせる。泥臭く、惨めに地を這うような防衛戦術。

 

 第3ラウンド、奪取。

 第5ラウンド、奪取。

 第8ラウンド、奪取。

 

 一歩も引かない激闘に、周囲のギャラリーは固唾をのんで見守っていた。B級ペアが、最上位層のA級を相手にここまで互角の試合を展開するなど誰も予想していなかったのだ。

 

 そして——迎えた第10ラウンド。

 

「そこまで! 試合終了!」

 

 教官のホイッスルが響き渡ると同時に、俺とハルキは同時に膝をついた。魔力も体力も底をつき、視界がかすむ。

 

 電子掲示板に表示された最終スコアは——『4 - 6』。

 

 俺たちの敗北だった。

 

「あー……クソっ! あと一歩、届かなかったか……!」

 

 ハルキが仰向けに倒れ込み、天井を仰ぎ見て悔しそうに拳を床に打ちつけた。

 

「……だが、相手はあのA級だ。4点獲れただけでも、十分すぎる戦果だよ」

 

 俺も荒い息を整えながら、淡々とした声を装って呟いた。

 

「おいおい、悔しがるのはこっちだよ」

 

 歩み寄ってきた三宅先輩が、苦笑いを浮かべながら俺たちに手を差し伸べてきた。その手も微かに震えている。

 

「初戦で引き分けに持ち込まれた時は冷や汗が出たぜ。レン、お前の戦術指示と罠の配置……完全に俺たちの動きを先読みしてやがったな。神楽のサポートがなけりゃ、俺が先に沈んでた」

 

「……ええ。B級相手にここまで追い詰められたのは初めてよ」

 

 普段は冷徹な神楽先輩も、汗を拭いながらどこか納得したような表情で俺たちを見下ろしていた。

 

「単体のスペックじゃ圧倒的にうちが上だった。なのに、最後の最後まで勝てる気がしなかったわ……。あなたたちの連携、本当に気味が悪いくらい完璧ね」

 

「……光栄です」

 

 先輩の手を借りて立ち上がり、俺は表情を変えずにペコリと頭を下げた。観客席からは、惜しみない拍手が送られている。

 

「ハルキ、立つぞ。反省会だ」

「マジかよレン……今すぐベッドにダイブしたいんだけど……」

 

 ハルキが愚痴りながらも立ち上がる。俺たちは周囲の称賛を浴びながら、何事もなかったかのように静かに訓練場をあとにした。

 

***

 模擬戦のあと、教官からの講評を終えて控室に戻るまでの間、俺は普段通りの「頼れる参謀」の顔を保っていた。

 

 三宅先輩や神楽先輩と交わした言葉、ギャラリーからの称賛、そしてハルキの悔しがり方。それらすべてに、俺はいつもと変わらない冷静な相槌で応えていた。

 

 だが、食堂で夕飯を済ませ、ハルキと別れて自分の寮部屋に戻った瞬間——。

 

 ドアを閉め、鍵を回す。

 カチリ、と静かな金属音が響いた瞬間、室内の暗闇の中で張り詰めていた糸がプツリと切れた。

 

 俺はそのまま壁に背中を預け、ずるずると床にへたり込んだ。

 

「……っ」

 

 暗闇の中で、俺は強く握りしめた右手を見つめた。爪が食い込んだ手のひらに、鈍い痛みがじんわりと広がる。

 

 悔しい。ただひたすらに、自分が情けなかった。

 

(……届かなかった)

 

「参謀」として評価されようが、周囲から『少数精鋭』『B級下位なのに格上と渡り合える』と持て囃されようが、そんなものは何一つ慰めになりはしない。満足なんて、1ミリたりともしていなかった。

 

 どれだけ戦術を練ろうが、どれだけ地形を利用しようが、負けは負けだ。

 A級の圧倒的な『個の暴力』の前に、俺の描いたプランではあと2点、届かなかった。

 

 ハルキは俺の指示を信じ切って、限界以上の動きをしてくれた。

 それなのに、俺の『B級下位』としての地力の足りなさ、土壇場での手数の引き出しの狭さが、最後にハルキの足を引っ張った。

 

 もしこれが模擬戦ではなく、防護壁の外での実戦だったら? 

「よくやった」「A級相手に健闘した」なんて生ぬるい言葉は通用しない。届かなかったあと2点の差で、ハルキが死に、俺が死に、200万人しかいない人類の未来がまた一つ消えていたんだ。

 

「くそっ……!」

 

 押し殺した声とともに、拳を床のカーペットへ叩きつけた。二度、三度。静かな部屋に、重い衝撃音だけが虚しく響く。

 

 自分の不甲斐なさが、ただひたすらに情けなくて、悔しくてたまらなかった。

 

「……まだまだ、足りない」

 

 暗闇の中で静かに呟き、俺は深く息を吐き捨てた。

 現状を維持するためでも、誰かに認められるためでもない。俺たちがこの過酷な世界で確実に生き残るためには、俺自身がもっと強く、もっと鋭くならなきゃダメなんだ。

 

 俺は立ち上がり、汗で汚れた制服を脱ぎ捨てると、データ端末の電源を入れた。青白い光が暗い部屋を照らし出す。

 

 今夜は寝れない。今日の全10ラウンド、すべての動きを解析し直す。

 ハルキの信頼に100%応え、どんな格上が相手だろうと勝ち切るために。

 

 

 

 

 翌朝。早朝の冷気が漂う士官学校の演習場で、俺とハルキはパイプ椅子を向かい合わせにして座っていた。

 

「……で、第10ラウンドのラスト30秒だが」

 

 俺はデータ端末のホログラム画面を操作し、昨日の模擬戦の3D映像を再生する。

 

「三宅先輩の大剣を、お前が左肩の装甲で受け流した瞬間。あそこでの俺の指示が若干遅れた。神楽先輩の射線上に崩した瓦礫の影……あそこを通り抜けるルートを俺が指定できていれば、お前は無傷で三宅先輩の懐に潜り込めていた。スコアは5対5で引き分けに持ち込めたはずだ」

 

 指示棒代わりにペンを走らせ、細かいフレーム解析と修正ルートを淡々と提示していく。

 

「それから第6ラウンドの罠の再配置速度。俺の魔力操作の手際が拙かったせいで、可燃ジェルの展開に2秒かかった。そこを神楽先輩に見抜かれたのが——」

 

「……なあ、レン」

 

 俺の言葉を遮るように、ハルキが静かな声を挙げた。

 いつもなら「うぐえー、参謀殿の講義が始まった……」と頭を抱えておどけてみせるハルキが、腕を組んだまま、じっと俺の顔を覗き込んでいる。

 

「何だ? 修正案に疑問でも——」

 

「お前、昨日一晩寝てねえだろ」

 

 唐突な指摘に、俺の指先がピタリと止まった。

 

「……何のことだ。ちゃんと寝た」

 

「嘘つけ」

 

 ハルキが椅子を引き寄せ、距離を詰めてくる。その表情にはいつもの軽さは一切なく、真剣そのものの強い光が宿っていた。

 

「目の下に隈ができてる。それに、声のトーンが限界まで集中力を絞り出してる時のそれだ。……お前、部屋戻ってからずっとこのデータを一人で解析してたな?」

 

「……反省会に必要なデータを用意していただけだ。A級に負けたんだぞ。あと2点届かなかった。俺たちの連携にはまだ穴がある。次の遠征や実戦までに修正しておかないと——」

 

「レン!!」

 

 ハルキが俺の肩を両手で強く掴んだ。思わず言葉が詰まる。

 

「……勘違いするなよ。俺は悔しくないわけじゃない。あと一歩で負けて、めちゃくちゃ悔しかったさ。だけどな」

 

 ハルキは掴んだ手にぐっと力を込めた。

 

「お前が潰れたら、俺たちの小隊は終わりなんだよ。俺に背中を預けて、前だけ見ろって言ったのはお前だろ? そのお前が、一人で全部抱え込んで、身体壊してどうすんだよ」

 

 幼馴染のまっすぐな瞳が、俺の目を射抜く。

 そこにあるのは、俺に対する一切の疑いのない、心配と信頼だった。

 

「お前はB級下位で、俺はB級中位だ。二人で『少数精鋭』なんて言われてるけど、お前が土台になって俺を支えてくれてるから、俺は全開で突っ込めるんだ。その土台のお前がグラついたら、俺はどこに足を踏み出せばいいんだよ」

 

「ハルキ……」

 

「負けた原因なら、俺の実力が足りなかったからだ。お前一人で背負うな。反省会なら俺も一緒にやる。データ分析だって手伝う。だから……二度と一人で無理すんな。約束しろ」

 

 真剣に、本気で俺の体を心配して怒ってくれるハルキの顔を見て、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 誰にも見せないように部屋で悔しがり、誰にも気づかれないように夜を徹したつもりだった。だが、この幼馴染には全部お見通しだったのだ。

 

 俺はフッと息を吐き、肩の力を抜いた。

 

「……悪かった。ハルキの言う通りだ」

 

「分かればよろしい。ほら、端末を貸せ。俺も映像見直すから、どこをどう動けば良かったのか教えろ」

 

 ハルキは満足そうに頷くと、俺の手からデータ端末をひょいと取り上げた。

 

 耳元のシルバーピアスを揺らし、メッシュの入った茶髪をかき上げる仕草だけを見れば、今どきのチャラい軽薄な男にしか見えない。だが、その瞳には真剣な熱が宿っている。

 

 俺自身がどれだけ泥臭く足掻こうと、この男だけは俺を一人にしない。

 ハルキの言葉に救われながら、俺は「じゃあ、第1ラウンドからもう一回だ」と苦笑交じりにペンを握り直した。

 

「ふふ、朝早くからすごく熱心だね、二人とも」

 

 鈴を転がすような、柔らかい声が静かな演習場に響いた。

 

 振り返ると、朝日を浴びて淡い桃色の髪をなびかせた少女が立っていた。

 整いすぎた容姿に、見る者を自然と和ませる温かい笑み。B級上位小隊のリーダーであり、誰もが頼りにする存在——一ノ瀬 葵だ。

 

「……一ノ瀬?」

 

「おはよう、レンくん、ハルキくん。自主練に来たら二人の声が聞こえてね。……これ、よかったらどうぞ」

 

 葵は手に持っていたスポーツドリンクのボトルを、俺たちにひとつずつ差し出してきた。ハルキが「お、助かる!」と受け取り、キャップを開けて一気に喉を鳴らす。

 

「昨日のA級ペアとの模擬戦、私観てたんだよ」

 

 葵は隣のパイプ椅子にすっと腰掛け、俺の手元にあるデータ端末のホログラムを優しく見つめた。

 

「凄かったね。A級の三宅先輩たち相手に初戦で引き分けを獲って、最後も4対6まで追い詰めるなんて……。学年のみんな、すごく驚いてたよ」

 

「いや、負けは負けだ。あと2点届かなかった」

 

 俺が淡々と答えると、葵は少しだけ目を見開き、それからどこか感心したような柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「そこまでストイックだから、二人は強いんだね。……実はね、レンくん」

 

 葵の表情が、少しだけ真剣なものへと変わる。彼女の瞳が、まっすぐに俺を捉えた。

 

「レンくんの戦術眼と、仲間を引き出す指示、本当に素晴らしいと思うの。そこで、もしよかったら、私たちの小隊の模擬戦データも見てもらえたりしないかな?」

 

「一ノ瀬たちの……?」

 

「うん。私たちは個人の力に頼りがちで、集団での連携がまだ上手く噛み合っていなくてね……。生存率を少しでも上げるために、レンくんみたいな連携が分かる人の意見を聞きたいの」

 

 学内でも優秀と評判の一ノ瀬から、面と向かって頼み込まれるとは思わなかった。

 だが——俺はデータ端末の画面を伏せ、まっすぐに彼女の瞳を見返した。

 

「せっかくの頼みだが、一ノ瀬。断らせてくれ」

 

「え……?」

 

 想定外の拒絶だったのか、一ノ瀬が小さく息を飲んで目を見開く。その隣で、ハルキも一瞬驚いたように俺を見たが、すぐに合点がいったような顔で静かに口を閉ざした。

 

「冷たいようだが、今の俺たちには他人の小隊の面倒を見る余裕がないんだ」

 

 俺は言葉を選びながら、静かに、けれど明確に理由を告げた。

 

「昨日の模擬戦で痛感した。俺たちの連携も戦術も、A級にはまだまだ及ばない。昨日でわかった差を埋めるためにも、俺もハルキも自分たちの課題だけで手一杯なんだ。中途半端な気持ちで人の小隊に口を出せるほど、俺は器用じゃない」

 

 人を指導する暇があるなら、1秒でも長く自分たちのデータを解析し、1回でも多くハルキと攻撃のタイミングを合わせたい。この世界で生き残るために、他人の面倒を見るような余裕は残っていなかった。

 

「……そっか。ごめんね、レンくん。二人がどれだけ切実に次の戦いを見据えてるか、私、ちゃんと想像できてなかった」

 

 葵はショックを受けた素振りもなく、申し訳なさそうに、けれどどこか眩しそうな眼差しで俺たちを見つめた。

 

「自分たちの弱点と向き合うために、一切妥協しないんだね。断られちゃったのは残念だけど……レンくんたちのその姿勢、すごく格好いいと思う」

 

 一ノ瀬は嫌な顔ひとつせず、差し入れのドリンクを指差して柔らかく微笑んだ。

 

「お邪魔しちゃってごめんね。そのドリンクは二人で飲んで! 二人がもっと強くなるの、応援してるから」

 

「……ああ。気を使わせて悪かったな、一ノ瀬」

 

 一ノ瀬が爽やかに手を振って演習場を去っていく背中を、俺とハルキは見送った。

 

「……断っちゃったな。あいつ、本気でレンのこと頼りにしてたっぽいのに」

 

 ハルキが茶髪をガリガリとかきながら、苦笑交じりに呟く。

 

「実際、人の小隊を見てる余裕なんてないだろ」

 

「まあな! 俺も今のままじゃA級の三宅先輩の拳には押し負ける。人の心配してる場合じゃねえってのは百も承知だ」

 

 ハルキはガントレットを装着した両拳を打ち合わせ、鈍い金属音を響かせた。チャラついた見た目とは裏腹に、その顔には既に次の実戦に向けた険しい戦士の顔が戻っている。

 

「よし、じゃあ反省会の続きだ、レン! 第1ラウンドの罠のタイミングからもう一回叩き込んでくれ!」

 

「ああ。次はコンマ1秒のズレも許さないからな」

 

 

 

 防衛士官学校の朝は早い。廃墟と化した旧東京からいつ襲撃があるか分からない現状において、生徒たちに与えられるカリキュラムはどれも過酷だ。大半の生徒がD〜E級で足踏みする中、B級以上に到達できる者は学年でも上位の精鋭たちに限られる。午前中の戦術論や魔獣解剖学といった座学でも、B級クラスには高い水準が求められていた。

 

「あー……座学の『対・災厄種魔力波長論』、マジで頭パンクするかと思った……」

 

 昼休み。食堂へ向かう賑やかな廊下で、ハルキが茶髪をかき混ぜながら大きな溜息をついた。耳元のシルバーピアスが揺れる。

 

「教科書通りに波長を合わせようとしても、現場じゃ数秒で変化するんだから意味ねえだろ……」

 

「理論を頭に叩き込んでおくから、現場で咄嗟の応用が効くんだよ。お前、来週の座学テストで赤点取ったら補修で実戦訓練の時間が削られるぞ」

 

「うぐっ……分かってますよ参謀殿。レポートは写させてくれ……」

 

「自分でやれ」

 

 そんな軽口を叩き合いながら歩く俺たちに、廊下を行き交う生徒たちから視線が集まる。

 

 昨日のA級ペアとの激闘は、すでに学年中に広まっていた。

 B級中位のハルキと、B級下位の俺。その二人で組んだ小隊が、最上位層であるA級の三宅・神楽ペアを相手に『4対6』まで肉薄したという噂は、下位クラスの生徒たちにとっても大きな衝撃だったようだ。

 

「おい、あの二人だろ……昨日、A級の三宅先輩たちを本気で焦らせたっていう……」

「いくらB級の中でも有名な二人とはいえ、最上位層のA級相手にあと2点まで追い詰めるなんてヤバすぎだろ」

「前衛のハルキ先輩の突破力もだけど、やっぱレン先輩の戦術がエグいらしいよ。噂通りでB級の枠に収まらない盤面支配力だって……」

 

 周囲のコソコソ話を聞き流しながら食堂のトレーを取る。

 

「……有名人は辛いねぇ、レンくん?」

 

 隣でハルキがニヤニヤしながら、名物の合成肉ハンバーグ定食をトレーに載せた。

 

「余計な噂はどうでもいい。それより午後の実技だ。今日の戦術演習、教官が『特別ルール』を入れるって言ってたぞ」

 

「まじかよ……嫌な予感しかしないんだけど」

 

 俺たちが窓際の席に着くと、少し離れたテーブルから視線を感じた。

 遠くの席で、クラスの仲間たちに囲まれながら嬉しそうに笑っている一ノ瀬葵と目が合う。葵は俺に気づくと、パッと表情を明るくして、小さく手を振ってきた。俺は短く会釈を返して、冷めたお茶に口をつける。

 

 朝の依頼を断られたにもかかわらず、彼女の瞳に気まずさや不満の色は一切なかった。同じB級クラスの仲間として、俺たちのストイックな姿勢を心から尊重してくれているような、澄んだ眼差しだった。

 

「……一ノ瀬の小隊も、今日の午後の演習に組み込まれてるはずだ」

 

「へえ、一ノ瀬たちの班か。あいつらB級上位だけあって個々のスペックは高いのに、色々と勿体無いよな」

 

 ハルキはハンバーグを口に放り込みながら、冷静に一ノ瀬小隊の課題を口にした。見た目はチャラいが、流石にB級中位まで上がってきただけあって戦闘の洞察は鋭い。

 

「ああ。個の力が高すぎるあまり、誰かが孤立した時のリカバリーが遅い。……一ノ瀬が俺たちの連携を参考にしようとした理由も分かる」

 

「断ったのは後悔してねえけどな。俺たちの課題も山積みだし」

 

「当然だ。まずは俺たちが課題を解決して、A級の背中に手をかけるのが先決だ」

 

 俺たちが昼食を終えようとしたその時、食堂のスピーカーからノイズ混じりの放送が響いた。

 

『——生徒諸君に連絡。午後の小隊別実戦演習は、予定を変更し【異階級合同サバイバル演習】とする。各小隊は一時までに第3演習場へ集合せよ』

 

 放送を聞いた瞬間、食堂内がざわめいた。

「合同サバイバル」——それは、E級からA級までの複数の小隊が広大な模擬フィールドに放り込まれ、互いに討伐ポイントを奪い合う、学園でも屈指の過酷な演習だ。

 

「まったく。教官は容赦がないな」

 

 ハルキがニッと口角を上げ、ガントレットを装着した拳を鳴らす。

 

「面白くなってきたじゃねえか、レン。昨日届かなかったA級の壁。遭遇するかは分からねえけど、リベンジマッチとしては絶好の機会だろ?」

 

「……ああ。相手が下位クラスだろうが最上位層だろうが、俺たちのやることは変わらない」

 

 俺はトレーを下げながら、静かに気を引き締めた。

 

 第3演習場。廃墟化した都市部を模した広大な模擬フィールドに、ホーンの警報音が鳴り響いた。

 

【合同サバイバル演習、開始】

 

 電子音声が頭上から響いた直後、建物の陰や屋上から幾つもの気配が動き出す。各小隊に割り振られたポイント端末を奪い合う、無制限の生き残り戦だ。

 

「レン、右から2チーム、左のビル屋上に1チームだ。どれから行く?」

 

 崩れた壁の影に身を潜めながら、ハルキがガントレットの魔力伝導率をチェックしてニヤリと笑う。チャラついた茶髪を揺らしながらも、瞳は獲物を狙う猛獣のそれだ。

 

「まずは右の2チームから叩く。あれはD級とE級の混合小隊だ。……ハルキ、相手が格下だからって容赦はしないぞ。無駄なく、最速でポイントを回収する」

 

「分かってるって。俺たちの連携の隙を埋めるための実戦練習だろ?」

 

 俺は腰から高周波ブレードを抜き放ち、視界に浮かんできた敵小隊の動きを頭の中で瞬時に計算した。

 

「右前方の瓦礫の影へ可燃ジェルを投擲する。爆炎の光で視界を奪うから、お前は煙の左側から突入。前衛の二人を無力化しろ」

 

「了解!」

 

 俺は腕を振り抜き、粘着性のジェルカプセルを投擲。直後、ブレードの刃先で火花を散らす。

 

 ドォンッ! 

 

「うわっ、な、なんだ!? 爆煙!?」

「敵襲! 陣形を——」

 

 煙とフラッシュの閃光に目が眩んだ下位クラスの生徒たちがパニックに陥る。その混乱の隙間へ、ハルキが弾丸のようなスピードで飛び込んだ。

 

「遅ぇよ!」

 

 一瞬で懐に潜り込んだハルキの、魔力を纏った拳が前衛の胸部装甲に叩き込まれる。衝撃波とともに生徒の体が弾き飛び、演習用の電子判定が『戦闘不能(ポイント没収)』を告げた。

 

「ひっ……! なんだよこのスピード……!?」

「後衛、射撃準備——」

 

 残された後衛が慌てて魔導銃を構えようとするが、その射線上に俺はすでに立ち塞がっていた。

 

「射線が丸見えだ」

 

 銃口がこちらを向くより早く、俺は高周波ブレードの柄で相手の手首を打ち払い、間髪入れずに脚を払って倒し込む。同時に腰のホルスターから抜いたワイヤーで端末を引っ掛け、一瞬で奪い取った。

 

「な……B級の奴らが、なんでこんな初動で本気出してんだよ……!?」

 

 床に転がされた生徒が、茫然と呟く。

 戦闘開始からわずか20秒。4人編成のD級小隊は、何が起きたかも理解できないまま全滅していた。

 

「よし、まず1チーム! 次、来るぞレン!」

 

 ハルキが背中合わせに滑り込んでくる。左手の建物から、俺たちの戦闘音を聞きつけてやってきたE級小隊の4人が武器を構えて飛び出してきた。

 

「囲め! 相手は2人だ、数で押し切るぞ!」

 

「数で押せば勝てると思ってる時点で、思考が止まってる」

 

 俺は冷静に呟き、足元の瓦礫へ牽制の可燃ジェルを散布。ハルキに指示を出した。

 

「ハルキ、右旋回。敵の歩幅が合っていない。3番目の前衛と4番目の後衛の間に2メートルの隙間ができる。そこへ踏み込め」

 

「任せろ!」

 

 ハルキは俺の指示通り、敵陣の歪みへ容赦なく突っ込んだ。

 数で勝っているはずのE級小隊は、俺たちの連携の前に、陣形を維持することすらできない。ハルキの圧倒的な突破力と、俺の死角を突く牽制。無駄のない動きで、次々とポイントが積み重なっていく。

 

「なんなんだよアイツら……化け物かよ……!」

「逃げろ! B級のペアに勝てるわけないだろ!」

 

 悲鳴を上げて逃げ出そうとする下位クラスの生徒たちを、俺たちは最効率で仕留めていった。

 

 手加減などしない。

 これは格下を散らすための戦いではなく、俺たちがA級を超えるためのたたかいなのだから。




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