「アウトリガー展開よし、射角調整完了、撃ち方用意完了。いつでもどうぞ。」
「よろしいエッフェンベルク大尉。前線及び魔導士連中に通信を出せ。28センチ列車砲による砲撃を始める。耳を塞いで口を開けられたし、伏せてくれたらなお結構、だ。」
「諒解です。通信兵‼︎」
「では、始めよう。急ぎ撃ち続ける必要はない。前線の連中が満足したらやめる。撃ち方始め。」
バシン、という叩きつける様な衝撃が周囲を揺さぶる。耳栓を突き抜けて鼓膜に響く。思わず口角が上がるのを自覚する。
「耕せ耕せ。北方の前線では味方が溶けているのだ。休息を与えてやれ‼︎」
28センチ砲弾が着弾している中でどれ程の休息が取れるかは知らんが、地べたを這いずる連中は頭を上げることは出来ん。塹壕から頭を出していたら頭部だけ消し飛ぶはずだ。
そんなことを考えていたら前線付近で凄まじい燃焼術式を見た。あれほどの燃焼術式を使える魔導士官はそういるまい。確か、あの戦線は二月ほど前に運んだ第205強襲魔導中隊だろう。見事だ。コーヒー好きの将校がいたな。今度、差し入れてやろう。
長大な影が作業灯に照らされて闇に浮かぶ。
暗闇の操車場に幾本もの影が伸びて行き交う。怒号とエンジンの咆哮が響き、駆ける人々の間を吹き抜けて行く。ディーゼルと石炭の匂いを嗅ぎながら、輸送司令から受け取った書類を捲りつつ右腕の時計に目をやる。順調だな。副官の少尉を呼ぶ声を操車場の端から叫んだ。
「少尉‼︎ゲイリー少尉‼︎」
少しすると、線の細い少尉がやってきた。
「はっ‼︎ここに。」
「明朝、0500時に発車する。目的地はノルデンだ。何時に積み込みは終わるか。」
「この調子ですと後二時間もあれば始末は付くものと思います。K5の給炭車は満載です。各機関車の暖気は完了しています。」
「よろしい。では、90分で目処を付けたまえ。エッフェンベルク大尉を呼んでくれ。あぁ、今回は客車に来客がある。」
「来客でありますか?」
「魔導中隊だそうだ。」
万事順調に進んでいる事を確認し、もう一度時計に目をやる。十分早い作業進捗だ。平貨車には既に戦車がその巨体を横たえ、砲車と砲塔の砲身、対空砲にはまだ幌が掛けられている。300度の射界を持つ前部砲車には10.5センチ砲、対空砲は2センチ四連装が二基、後部砲車には8.8センチ砲、もはや巡洋艦とも言いたくなる装備であるが海には出ることは叶わない。軌道を走る陸の巡洋艦、装甲列車だ。
「エッフェンベルク大尉、ビッター中佐の呼び出しにより参りました。」
下士官用の規格帽に将校用の制服…乗馬ズボン、漆黒の長靴を着た金髪の青年がやってきた。
「あぁ大尉。K5の機関車と給炭車の支度が整った。麾下操縦員の準備が出来次第、あのデカブツ三門をノルデンまで持って行け。先発していい。」
「はっ。お言葉ですが、道すがらの対空警戒はどうされますか?」
「その心配はごもっともだ。敵地ではないのでそのまま輸送、設置、前線へ砲撃ということだな。対地攻撃機もここまでは入ってこれまいという参謀本部の判断だ。」
「なるほど。暖気は済んでいますので、出力が上がり次第そのまま出ます。一時間以内に走れるかと。」
「よろしい。では大尉、当地までの輸送を任せる。」
「はっ。K5三門の指揮権、お預かりいたします。」
「頼んだ。」
絵に描いた帝国軍人に、生真面目を着せた様な大尉の背中を見送りながら、クリップボードと書類を小脇に挟んでタバコに火をつける。生真面目な帝国軍人…と言ってみたが戦闘になると少々頭が硬い。もう少し柔軟性を持って欲しいが鉄道部隊の士官としては優秀だ。基本的に大尉の車列は遅延もなければ、余程の悪天候でもない限り‘ウヤ’にすることもない。今更だが、操車場は禁煙と相場が決まっているが、まぁいいだろう。これだけ暗ければバレることもあるまい。最近は雨も多いので捨てた吸い殻も自然に還る事だろう。
司令から受け取った気象情報では当地までの天候は曇り、風が少々横から叩きつけて来る様だが比較的新しいBP19型なら気にする程でもない。定刻通りの運行が出来るだろう。鉄道は軍隊の根幹を成すものである故に一分が戦況に大きく響く。
「ビッター中佐でありますか?」
「第101装甲列車大隊指揮官、ゲール・フォン・ビッター中佐だが。」
「第205強襲魔導中隊、中隊長イーレン・シュワルコフ中尉であります。」
「輸送指令より貴隊を北方戦線まで輸送する任を受領している。前後に兵員輸送車がある。前の輸送車の半分はうちの連中も乗っている。うまく分乗してくれ。基本的に私は隣の指揮車にいる。」
「はっ。お世話になります。早速で申し訳ありませんが、一つお願いしたい事があります。」
「出来る事であればお応えしよう。」
「小官の部下に二名女性が居るのですが、個室になる様な場所はありませんでしょうか?」
シュワルコフという中尉は見た目と反して細かい事を気にする性分らしい。前線に行けば雑魚寝であろうに。いや、その分移動中は気を使ってやろうという事だろうか。
「指揮車にある私の部屋の隣に使っていない個室がある。二人では少々手狭かもしれんが、雑魚寝よりマシかと思う。」
「ありがとうございます。デグレチャフ少尉、セレヴリャコーフ伍長、ビッター中佐にご挨拶を。中佐、二人をお願いします。中隊総員、分隊ごとに乗車‼︎」
二人の女性兵士を預けて中尉は整列していた魔導士の方へと向かって行く。指示を出している姿と年齢を見るに、教育課程を経た将校ではなく、野戦任官の将校なんだろう。出世する手合いだ。優秀なのは見て取れる。
「ターニャ・デグレチャフ少尉であります。」
「ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ伍長であります。」
踵を鳴らして敬礼する二人を見て少々げんなりする。少尉と伍長、確かに女性ではあるが…少女というか。伍長は少女、少尉に至っては幼女だろう。帝国の人材事情も随分と寂しいものらしい。ため息が止まらない。
「大隊指揮官、ビッター中佐だ。貴官らの乗車を歓迎する。」
「よろしくお願いします。」
「では、こちらに。」
そう言って、二人を連れて指揮車へと向かう。と、言っても操車場の端にいたので指揮車まで少し距離がある。興味はないだろうが二人の女性に車列の説明を始めた。
「伍長はどうかわからんが、少尉は知っておくといいだろう。この列車は先頭から障害排除車、戦車搭載車、対空砲搭載車、貴官らの戦友が乗る兵員輸送車、指揮車、砲車。機関車と給炭車の前後に同じ構成が連結される。全部で14輌。前部砲車は10.5センチ、後部砲車は8.8センチ。戦車は先日更新され、余剰となったIII号戦車A型を積んでいる。まぁ砲車の方が本命で、戦車は対ゲリラ戦要員だ。」
「対空戦闘もなさるので?」
「少尉、今回貴官らを運ぶのは前線にほど近い我が軍の勢力圏内で、その心配はほぼ廃絶された可能性と言ってもいいが、ところによっては国境を越えての輸送もあり得るであろう。その場合は制空権も絶対ではないはずだ。そうなると我々は自前で防空、対地戦闘も行うことになる。備えあれば憂いなし、いい言葉だと思わんかね?」
「なるほど。勉強になります。」
「情け無いものだ。」
「は?」
「その歳で少尉とは才覚溢れ、優秀なのだろう。そんな人材を軍に登用せねばならん状況にある帝国の現状を憂いたまでだ。気にせんでくれ。」
「小官は孤児でした。軍以外に行き場はありませんでした。」
どう捉えたか思うところとは違ったがどの道、似た様な見解だ。伍長は名前から察するに帝国の人間ではないだろう。
「伍長はルーシー系であろう?孤児である少尉とルーシー系である伍長を軍に登用している訳だ。守らねばならん者達に銃把を握らせている。職業軍人としては情け無い限りである訳だ。ここだ。上がってくれ。」
二人を連れて、指揮車のタラップを上る。一般的な客車の様に飾り気のない通路を進むと、目的の個室に着く。
「二人だと手狭だろうが、ここが貴官らのしばらくの居室だ。」
「ご高配、感謝いたします。」
「あ、感謝します。」
「貴官ら、紅茶かコーヒーでもどうかね。前線に行っては嗜好品には縁もなかろう。」
「はっ‼︎お付き合いさせていただきます‼︎」
「では荷を下ろして休みたまえ。発車してから部屋を訪ねてくれたまえ。」
二人を部屋に案内し、もう一度外へ出た。砲術長のエブナー中尉を捕まえた。
「ゲイリー少尉を見なかったか。」
「駅舎の方に。駅長と出発前の打ち合わせに向かったものと思われます。」
「よろしい。機関長に機関を上げろと言え。一時間で発車する。」
「諒解です。」
駅舎に向かう道の途中でもう一度タバコに火をつける。時計を確認する。一時間、定刻で発車だ。軌道上では運行管理官が最も権限を持っている。遅れようものなら階級など無視した叱責が飛んでくる。駅舎の前まで来たところでゲイリー少尉と出会した。
「あ、中佐。今、駅長から聞いてきた最新の情報です。あまりいい話ではありません。」
「なにかね。前線が下がったか?」
「前線後方でゲリラか浸透した敵工作員かによる破壊工作が確認されました。警戒されたしとの事です。」
「面白くない話だ。陸戦隊のヤニングス中尉にも伝えておけ。」
「諒解です。」
一時間後、定刻に従って機関が唸りを上げて走り出す。駅員達の見送りに敬礼を返す。陸を走る大蛇は前線へ向かった。