いつものクラッシュキャップを指揮車の私室に置いて、芯の入った制帽を被る。年に数回しか被らないが、一応持っている。公式の場ではクラッシュキャップは禁止されている…別に式典では無いのでクラッシュキャップでいいだろう。と、いうかいつもの野戦服で参謀本部へ向かう。
警衛に軽く敬礼して、戦務参謀の部屋へと向かう。赤絨毯の柔らかさは帝都にいることを実感させる。目的の部屋を見つけてノックをする。
「第307装甲列車師団第101装甲列車大隊指揮官ゲール・フォン・ビッター少佐、出頭いたしました。」
入れという声を聞いて、部屋に入ると久しぶりに見る顔に懐かしくなる…訳もなく、応接セットへ早々に座る。
「この度の退却支援、見事だった。ライン方面軍から叙勲の申請が来ていた。」
「そりゃどーも。ところで第307装甲列車師団ですがどこに本隊はいるんで?一度も見ていないんですがね。」
「ノルデンにいる。で、要件はなんだ。面談というからには何かあるのだろう?」
「一つはコッセル軍曹たち9名の叙勲を。銀翼突撃章を申請したいところですが、一級鉄十字章くらいは貰えるでしょう。」
「あぁ…それはこちらからも話を通しておこう。もう一つはなんだ?」
思ったよりも素直に聞いてもらえて少々肩透かしを食らった気持ちになるが、要望が通ったので楯突く理由もない。
「うちの連中も随分働きました。何人か昇進を。」
「即物的だな。だが、話の通りはいい。良かろう。人事局に掛け合おう。それだけか?」
「魔導師、あれはどの程度アテになるんで?」
「数は少ないが強力だ。何か。貴様のところにも欲しいというのか。余剰の魔導師はいない、回せる部隊はないぞ。」
まるで玩具を強請ってきた子供を遇らう様な物言いに多少ピキっと来たが、ここはまぁいい。タバコに火をつけて煙を吐き出す。人をなんだと思っているんだこのおっさんは。
「なるほど。ただ代替の効かん兵科でしょう。あれを捨て駒よろしく殿につけるのは愚策ですね。誰ですか、あんな作戦立てたど阿呆は。」
「そうだな。軍務局は数字でしか見ておらん。数字上は救えた兵と殿についた兵の数では悪くない。」
「即応部隊、欲しいですね。火消し屋のような。」
「魔導師に余裕はないぞ。」
「今の内、歩兵でもいいでしょう。機動性の高い歩兵です。一個中隊くらいで。」
「検討する。それまで貴様の陸戦隊を増強してやろう。それと貴様の大隊は編成を新たにする。装甲列車三編成、列車砲を一編成の四編成に改める。」
なに言ってんだこのおっさんは。俺に火消し屋になれというのか。軌道上でしか動けないというのに。
「では、いくつか要望を。合州国の自動小銃…M1918ですかね、あれを都合していただきたい。」
「合州国の銃か。どこからか探してやろう。人員は…」
「うちの陸戦隊は騎兵上がりです。騎兵から探していただけると。」
「近衛からは抜けんぞ。貴様が前にやったことは例外だ。これ以上手をつけては宸襟を騒がせてしまう。」
「ええ。もう俺も親父やら叔父上に叱られたくないので。」
「よろしい。では、そういうことにしよう。」
「あとは戦車はもう要らんです。砲戦は砲車で間に合います。ハーフトラックと入れ替えたいですね。」
「よろしい。では来週、ノルデンに魔導中隊を運んでもらう。ノルデン方面軍の後方司令部で拾え。装甲列車は新しい物を用意した。砲車が10.5センチと8.8センチになっている。ハーフトラックと自動小銃、人員はノルデンから戻る頃を目処に手配する。だれか受領担当を残せ。そして貴様の列車以外、マイヤー大尉とフリングス大尉の列車は本国で更新後ダキア方面へ転出して貰う。貴様はノルデンから戻り次第、ラインに寄ってからダキア方面に行って貰う。状況によるが今後の予定はそんなところだ。」
「随分とこき使いますねぇ…ノイヴィル中尉を残します。」
「あともう一つ。ノルデン方面軍の後方司令部でK5列車砲を三門、ノルデンに運んで運用しろ。」
「エッフェンベルク大尉を呼び戻します。あれは元砲兵ですからね。」
「では、そうしろ。」
「じゃあ支度があるのでこれで。」
「壮健でな。」
諸般の書類を受け取って大佐の部屋を出ようとドアに手をかけると、後ろから声が飛んできた。
「参謀本部へ顔を出すときはクラッシュキャップは遠慮してはどうか。」
最後の最後にお説教とは面倒極まる。受け取った書類をめろっと目を通してみたが、面倒なことは何もない。K5列車砲、これはいい。実に愉快な兵器だ。これこそ鉄道部隊の輝く瞬間を、更なる輝きをもたらすだろう。
参謀本部から退散して、自分の私物を指揮車から引き払う。片付けをしていたら、呼びつけたノイヴィルが部屋に入ってきた。部屋に入るなり寝台に座って足を組み、挙句タバコに火をつけた。ここは上官の部屋で、俺は上官のはずだが…人のことは言えないので見逃す。受け取ってきた書類を渡して、予定を伝える。
「ノイヴィル、貴官はここに残ってゼートゥーアからいくらか装備を受け取れ。少し我儘を言った。我々は来週、ノルデン後方司令部で魔導師を拾ってノルデンへ向かう。」
「留守番ですかい。これは随分、陽気な武器ですね。」
「長距離砲撃による戦線の支援。鉄道屋としては光栄極まる。」
「エッフェンベルク大尉にやらせるんで?」
「そうだ。あれは砲兵だったからな。」
「それに次に運用する装甲列車、砲車の砲が強化されてますね。さらに前線を走り回れということでしょう。」
「今後、俺とマイヤー、フリングスで装甲列車、エッフェンベルクで列車砲を運用する。」
ペラペラと書類を捲るノイヴィルを横目に私物を片付けてゆく。コーヒーカップは厳重に梱包する。これだけで月給数ヶ月ほどの金額になる。
「いよいよ便利屋極みましたねぇ…。」
「そもそも装甲列車そのものが便利屋の極みだろう。やれ部隊輸送だやれ物資輸送だ。自分で防空戦闘、に砲撃戦。なんでもやれってのが我々だ。」
「黎明期ってのはツラいなぁ…」
「それとノイヴィルとゲイリー、ヤニングスと何人か昇進させる。陸戦隊も拡大させる予定だ。」
「もうそりゃ範疇超えてますぜ。」
そう思う。片付いた私物を次の列車宛に送る札をつけて置いておく。これで次の列車に私物は自動的に送られる。列車を降りて駅舎で鉄道部の将校を捕まえる。
「ウーガ大尉、よろしいか。」
「これはビッター少佐、この度の戦功、お見事です。」
「鉄道屋としては限界まで働いたと自負している。ところで来週からの予定なんだが。」
「参謀本部より司令書が届いています。ノルデン行きですね。」
「あぁ。週明けの第一便で行きたい。それと部下も来るんだが、彼らは装備更新後南方へ向かう。調整を頼みたい。」
「忙しいですね。調整かけます。いくらかダイヤの引き直しがあるので調整済み次第、届けましょう。」
「そう言えば子供が生まれたらしいな。おめでとう。」
「恐縮です。ありがとうございます。奥様からシルバーナイフフォークのセットをいただきました。くれぐれも感謝お伝えください。」
「気が利く妻で助かるよ。家に久しく帰っていない。次、帰ったら怒られることだろう。あー怖い怖い。」
「これは意外ですね。近衛兵すら引き抜く少佐にも怖いものがあるとは。」
誰もが知るヤニングスのことだ。どこに行ってもいじられる事だ。仕方あるまい。
「ウーが大尉の妻君はどうか分からんが、子が出来ると妻は母となり、夫より強い生き物に変わるのだ。家中ではもう皇帝陛下の如きだ。」
「それは知りませんでした。心得ましょう。」
「では、これで失礼する。たまにはダラダラする時間も欲しいのでね。」
「家には帰られないのですか?」
「帰るべき…かな?」
「帝都に邸宅はあるのでしょう?参内しては?」
「仕方ない。我が家の陛下に参内するか。」
こうして数ヶ月ぶりに帝都の別宅へと立ち寄った。