口の悪いAIと特異体質の女の子を連れて文明を再建しよう! 作:てれちて
IO社の開発したその狙撃銃は、通称をシティボーイと言う。
姿勢維持を補助するフットペダルに足を乗せ、上半身を倒して銃身を抱き抱える。省スペースを追求した結果の独特な射撃姿勢は本領を十分に発揮し、窮屈なマンションのベランダでもその巨体の運用を可能にした。
標的は非武装の小型
例えば、音に
例えば、気の狂った迷惑な何某かによって、無差別の武装と殺意を搭載された殺戮ドローンであるとか。
駆除すべき同類どもと異なって無害である。しかし害ではなく益によって、やはり優先的な
ライフライン。一個人に一台とまで謳われた、史上最高の家電。
サポートAIの性能や、機体のカスタマイズ性。セールスポイントは数あれど、やはり特筆すべきは内蔵した万能の3Dプリンターだろう。
レシピと材料とライセンス。それさえあれば、いつでも、どこでも、なんでも作り出す事ができる。水に食品、日用雑貨から工業部品まで。
かつての文明社会においてすら人々の生活を変えた傑作は、この終末世界においては文字通りの
そして持ち主の死によって手放された生命線は、それ自体が部品の塊であるだけでなく、遺産の詰まった宝箱なのだ。
とは言え行政官でない俺がそのうちに貯め込んだ資材を吐き出させる方法はそう多くない。そのもっとも安易な手段は一方的な破壊────即ち狙撃だった。
息を殺し。振動を殺し。レティクルを合わせ──撃つ。
そして外す。
「……」
気を取り直してもう一度。同じルーティンで精神を整える。つまり息とか振動とか──ついでに羞恥心も──諸々押し殺し、今度こそターゲットをよく狙って、撃つ。
ぷしゅっ。気の抜けるほど軽い射撃音に反して、確かな推進力を与えられた弾丸がカーボンのボディを打ち砕く。
<おみごと。もしかすれば人類一の射撃の腕かもしれませんね>
「
<おっと。流れ弾がイマジナリーフレンドを射止めたようですね。急募:主人が虚空へ命令した時の対処法──>
「おめえに言ってんだよポンコツ」
<おや失礼をば。私の識別名をお忘れになったとは思い至らず……>
「よしわかった。じゃあ
<仰せのままに>
あのドローンを安易に破壊せず、『慇懃無礼』以外の性格データを吸い出せないか試みるべきだったかもしれない。一抹の後悔をこれ以上の罵倒と共に飲み込んだ。一応は危険地帯にいるのだから、楽しくお喋りしている場合ではない。
役目を終えた狙撃銃をパーツ単位に分解し、運搬用モジュールに積み込む。観測用のドローンが異常を報告したなら逃走し、そうでないなら迅速に回収して撤収だ。
<人影はありません。反応型の罠も確認できず。それから観測ユニットが所持者らしき人物の残骸を──おっと失礼、
「大分やかましいな」
<いえ、静かなものです。今が好機かと>
「あいあい。じゃ、ちゃっちゃと漁るかぁ」
錆びた鉄柵を踏み砕いて、跳ぶ。もちろん右手でクラップを掴み、クラップにも俺を掴ませて。流石に生身で3階から飛び降りたりはしない。
<これは私の作業用モジュールの意図された用途ではありません。私が人命の重さを覚えるより先におやめください>
「りょーかい。よっと……」
<以前にも同じ返答を頂きましたね。『了解』の辞書データに修正の必要がありますか?>
「……言い換えよう。善処する」
<その発言なら理解できます。私の辞書データは依然正確だったようです>
軽口をたたきながら歩を進める。一応警戒はしているが、人間の奇襲はほとんどないと考えていいだろう。
ここ数日の探索で、この辺りがもはや“終わった”土地である事は予想出来ていた。
なにせ家屋にほとんど物資が残されておらず、発見したライフラインはこれで7機目。
「周辺の資源は枯渇。コミュニティでの再生産も順調ではない。逆転に賭けて数名を遠征に出立させるも──御覧の有様ってところか」
<ご遺体の周辺状況から推測した行動履歴を鑑みても、地形を十分に把握している様子でした。恐らくは拠点に残った人々も、出奔せざるを得なかったのでしょう。そして失敗した方が私たちに資源を恵んで下さっている>
「口減らしが効果的で、拠点の維持に成功したって可能性もあるが……こいつの持ち物次第だな。潤沢なら支援と期待の証拠だ。その線を潰せる」
残骸を軽く検分する。
正規品の運搬用モジュールどころかバックパックすら背負っていなかったらしい。加えて、カスタムパーツの一つも見当たらない。
「ハズレか?とりあえず
<仰せのままに>
直方体の保管庫を手渡し、機体正面のモニターで吸い出された内容物を確認する。
「は?リチウムにカーボン……めちゃめちゃ当たりじゃねえか。つーか
貧弱な装備に不釣り合いな資材の山。限界まで保管庫を拡張したクラップでなければ積み切れなかったであろう量だ。
口減らしではなく、コミュニティの興亡を賭けた遠征隊であるならば納得はいく。よって、やはり解せないのはその装備。
「こんだけ資材あってカスタムしてねえってのは……」
<自らの生を諦めて他の生存者に託す。このような高潔な方はこれまでにもお目にかかりましたが>
「食糧装備医薬品、どれも潤沢に生産できるラインナップだぞ?諦める理由がない」
<それは……おや、マスター。レシピに記入済みの手紙が登録されています>
「覗く権利も届ける義務もねえだろ。放っとけよ」
<いえ。貴方宛てです>
「あ?」
<ご依頼ですよ。“メッセンジャー”>
▽▽▽
『こんにちは。親愛なる同胞よ。貴方と対面して挨拶できない事が、私の二つしかない未練のうち一つです』
そんな丁寧な書き出しから始まったその手紙は、つまるところ遺言状だった。
ダラダラとくだらない自分語りが続くそれを、クラップが愚直に読み上げるのを遮って言う。
「要約!」
<…………『私の妻はコミュニティにおける生産部門を担っていました。彼女の美しさは──』>
「おい要約つったろ。依頼とやらのトコまで端折れって」
<…………『世界を救ってみませんか?』>
「おーけー。それはスパムだ。発信者のアドレスをブロックリストに登録」
<
「あるぜ。“どうでもいい”って思ってる。わかったらちゃんと要約するかスパムメッセージを削除しろ」
<結論から言えば、別拠点に独りぼっちのご息女を保護して欲しいと>
「へえ。生きてそうか?」
<恐らくは、そして、彼女こそ“世界を救うカギ”だそうで>
「へえ」
資材の格納を続けながらの生返事。こんな世界じゃ、妄想を拗らせた奴も珍しくない。それが死人となればなおさらだ。
とはいえクラップが俺に伝えるべきだと判断したなら、恐らくは──
<──ゾンビウイルスに対する完全な抗体。同梱された実験データを見るに、妄想の類ではないでしょう。残念ながら、ワクチンや血清の開発には至らなかったようですが>
「自殺したのは感染したから。資材は余剰分の持ち出しを報酬兼撒き餌として。依頼内容は娘を“しかるべき”ところに連れて行くこと。か?」
<ご明察です。ただし依頼は“世界を救う”ところまでですが>
「そりゃおめでてえ話だな」
本当に。死を惜しむほどの情はないが、惜しいところで死んだなとは思う。
血清、厳密には感染抑制剤か。そこまで行けていれば自殺することもなかっただろう。あるいは、俺が来るまで生きていれば。
「世界は既に救われた。にしちゃあクソったれなままだから、気づけないのも無理ねえけどな」
新政府を名乗る大きなコミュニティの中で、既に抗体の保持者は見つかっていた。それを研究するための機材も、資材も、人材も。
そして、血清やワクチンも既に完成している。次世代はもはやゾンビと化す心配はなく、俺たち
一時的とは言えカブトガニのようだった
「んで、わざわざ
この遺書が証明するところだが、新政府サマの威光はまだまだ弱い。
ゾンビが増えないというのはゾンビが消えることを意味しない。その脅威は依然健在で、その被害だって同様だ。通信を含むインフラは未だ復旧の目途が立たない。
それゆえの“メッセンジャー”。気取った名前の伝書鳩がいるわけだ。
もっとも俺に限っては、任務の完了が初めから想定されない、ほぼ流刑みたいなものだが──
「──流石に生きてる奴を見殺しにはしねえよ。ましてや道連れにもな」
さくっと拾ってさくっと帰って。そしてまた追い出される。どこまでも遠くに。誰にでも際限なく。“新政府ここにアリ”を伝え続けろ、と。
最初の伝言先がこんな状況なのは、少し胸のすく思いだった。別に逆らうつもりもなかったが。
<誤解されているようですが、マスター。私は『ご依頼ですよ』と申し上げました。『依頼対象です』ではなく>
「……あ?」
<誰も二つのものには仕えられない。私が主人と仰ぐのは、貴方であって倫理ではない>
いつにないトーン、いつにない言葉だった。
皮肉や、ブラックジョークを真面目ぶって言うような
<ですのでこう申し上げます。
考えない訳ではなかった。使命に殉じる理由があるのかと。
俺の使命は、交流のない遠いコミュニティに向けて、新政府の存在を伝え、場合によっては先導すること。
しかし連れて帰ったところで、俺はまたすぐに旅立たねばならない。ならば、
「お前は……」
<ええ。私もお供します。当然>
血清のレシピはある。その由来に仕立てる人材もアテが出来た。この先に続く広い、広い終末世界に──生き残りがいるのなら。
やり直せるのではないか?ずっと目を逸らして来た欲望が、はっきりと姿を持つ。
人間が喋るように流暢に、悪魔が囁くような内容を、
<ですので、改めて。
続きは思いついたら