透き通る世界に怪人はいる 作:むらさめ
「――ショウイチくん、今日の放課後空いてる?」
朝のことだった。
会って早々ユメ先輩にそう尋ねられた。
「空いてますけど」
「やった! じゃあ授業が終わったら生徒会室集合ね!」
そう言い残すとユメ先輩は慌しく教室を立ち去った。
いったい何の用事だろうか。
「…! おはよう、ございます」
ユメ先輩の用事について考えを馳せていると、ホシノがやってきた。
典型的な優等生タイプで、いつも俺より先にいるホシノが時間ギリギリで来るとは、珍しいこともあるものだ。明日は雨が降るかもしれない。
「おはよう」
「……」
ホシノはなぜか俺を見つめながら席に腰を下ろした。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ホシノは調子が悪いのか、今日はやけに落ち着きがない。
授業の合間にトイレに立った俺が教室に入るなり、いつもは静かに窓際で本を読んでいるはずのホシノが、俺の姿を見た瞬間にびくりと肩を震わせた。手元にあった紙を驚くほどの速さで机の中に隠したのはバレバレであった。
「……なにそれ」
「な、なんでもありません」
「何かありまーす」と声高に宣言しているようなものだろうと思ったけれど、あえて追及はしなかった。
ホシノが何を考えているかなど他人の俺には知る由もないのだから、気にしたところでしょうがない。
そう思っていたのだが、妙な様子が更に拍車をかけてきたのが昼飯のことだった。
購買で買ったカロリーバーをかじっていると、弁当箱を抱えたホシノが俺の隣の席へと座った。
「……ショウイチ」
「ん?」
「私のおかず、分けてあげましょうか?」
「……はい?」
いきなりの提案に面食らった。
ホシノはこんな提案をする奴ではない。おかずを分けるなんてことを言われたのはもちろん初めてのことであった。
「……いいなら、もらいたいな」
「では、このだし巻き卵を。いつも思っていましたが、昼食をカロリーバーと栄養ゼリーで済ませるのはどうかと思います。育ち盛りなのですからもっと栄養のある食べ物を……」
「ああ、うん……」
なんか説教が始まったんだけど。
いつもはお互い勝手に飯を済ませるのに今日はなんでこんなに構ってくるんだろうか。
そう思いつつ、だし巻き卵をつまんで食べる……うまいな。
「うまい。自分で作ってるのか?」
「はい。自炊はいい気分転換になりますし、生活費を節約できますから」
「なるほど」
胃を満たせるならなんでもいいや、の精神でカロリーバーとゼリーを流し込む自分がちょっと恥ずかしくなってくるほどの言葉をどうもありがとう。
「あー! 二人だけでもう食べてるー!?」
「あ、ユメ先輩」
「お疲れ様です」
「ちょっとちょっと、食べるなら一緒に食べようよー!」
「俺はもう食い終わったんで」
「またカロリーバー? 体に悪いよ! ほら、菓子パン分けてあげる!」
「菓子パンも別に栄養があるわけじゃないですけど……」
「も、もー! 細かいことは気にしない!」
勢いに巻けて
「ていうか、この菓子パンちょっと高級なやつじゃないですか? 珍しいですね」
「た、たまには気分を変えてみようかなって!」
目が明後日の方向を向いてるのは何故なんだ、ユメ先輩。
二人とも、何か変だ。なにがと具体的に言うことはできないが、とにかく変だ。
会話の途中で妙な間ができるし、俺が席を外すと扉の向こうから明らかに声を潜めた会話が漏れ聞こえてくる。そして俺が戻った瞬間にぴたりと止むのだ。
「……あの、俺に何か言いたいことでもあるんですか?」
「な、なんでもないですよ」
「そうそう! 気にしないで!」
声を揃えてそう言われると、逆に気になって仕方ないんだが。
「まあ、いいですけど」
授業はつつがなく終了し、放課後の時間がやってくる。
ホシノの姿はいつの間にか消えていた。帰ったのか、俺と同じく生徒会室に呼び出されているのだろうか。
席を立って、生徒会室へと向かう。
いったいなんの用があるのだろうか。まさか宝探し癖が本格化して学校以外に飛び出しますとか宣言されるのではあるまいな……
「なくはない、か……」
トレジャーハンター梔子ユメならばありえる。十二分にあり得る。
自己管理がおぼつかないうちはアビドスに根を張って活動してくれるとこちらとしてはありがたいのだが、如何せん行動力の塊のユメ先輩だ。
何を言い出すかわかったものじゃない。そう考えていると気づけば生徒会室の前に来ていた。
「頼むからまともな話であれ……」
扉を開けると室内は暗い。どうやら電気を消してカーテンも閉め切っているようだ。
俺は部屋の電気のスイッチを操作し、生徒会室の電気を点けようとした。
その時であった。
「誕生日おめでとうございます」
「おめでとーー!」
暗い部屋に、二つの声が重なった。
次の瞬間、パンッ!という乾いた音と共に小さな紙吹雪が舞い、電気がついた。
生徒会室の使いこまれたホワイトボードには手描きで「HAPPY BIRTHDAY」の文字。机の上には飾り気のないシンプルなホールケーキとロウソクが15本。
俺はしばらく、その光景の意味を理解できずに立ち尽くしていた。
「……誕生日? 誰の?」
「……え、もしかして間違えた?」
「そんなはずはありません。学籍情報通りなら間違いなく今日が誕生日のはずです」
二人の言っていることを少しづつ咀嚼していけば、ようやくその意味がわかった。
「……ああ、うん。そうだったな。今日が誕生日であってるよ」
「まさか、自分の誕生日を忘れてたんですか?」
ホシノの問いに苦笑いを返しながら、俺はゆっくりと頷いた。
俺は生まれてこのかた、誕生日を祝ったことなどなかった。誕生日は文字通りの意味の……ただ自分が生まれた日でしかなかった。
それも人に祝われるなんて初めてのことだ。本来なら泣いて喜ぶべきことなのだろうけど、残念ながら驚きの方が勝っていたために気の利いた返事は返せそうになかった。
しかし、祝ってもらったのだ。言うべき言葉はあるだろう。
「その……ありがとう。うれしいよ」
「よかったー! 喜んでくれて本当に良かったよ!」
「さ、座ってください。ちょっとした料理もありますから」
「それもホシノが作ってくれたのか? 昼も世話になっちまったのに」
「いい加減にあなたの食生活には言いたいことがあったんです。たまたま重なっただけのなので、他意はありません」
「あ、ああ、そう」
「さあさあ、座って座って! ケーキ切るよ!」
先輩に急かされるまま、俺は椅子に腰を下ろした。ろうそくに火が灯され、二人が声を揃えてバースデーソングを歌い始める。音程はところどころ怪しかったが、それでも構わなかった。
誰かに、自分のためだけに、歌を歌ってもらう。
そんな経験は、生まれて初めてだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「せっかくだし、写真撮ろっか!」
ケーキを食べ終えたところで、先輩がそう言い出した。
「写真ですか?」
「うん! 記念にね!」
断る理由はなかった。俺はスマートフォンを取り出し、カメラを自撮りモードに切り替える。
「もっと寄って寄って!」
先輩に急かされるまま、三人で身を寄せ合う。ホシノは相変わらず表情が硬いし、ユメ先輩はいつもの笑顔だ。
俺の顔は……ホシノのことを言えないぐらいぶっきらぼうな顔をしている。
せめて口角を上げなければ……
「とるぞ」
シャッターボタンをタップする。
撮れた写真はピンボケもせず綺麗なものだった。保存ボタンを押すと、画面に映った三人の姿を俺はしばらく見つめていた。
人と関わることを避けるために入った結果がこれでは、入学前の自分に笑われてしまいそうだ。こんな付き合いなんて俺には縁遠いものだとばかり思っていたのに。
画面に映る自分はぎこちないが確かな笑みを浮かべていた。
「――ねえ、ショウイチくん」
「はい」
「今日、楽しかった?」
「……はい」
「ならよかった」
「……こんな風に祝ってもらったこと、なかったので。嬉しかったです」
「そっか……」
「――忘れられない思い出、ってやつになりました」
生徒会室の中、チョコレートで作られた「HAPPY BIRTHDAY」の文字が、アビドスの熱で溶け始めていた。