禪院の式神姫 作:いかいしんしょうまこーら
真人が持ち帰った包みを、一つずつ卓上へ並べていく。
「これで全部?」
「ぜーんぶ。ちゃんと数えてきたよ」
宿儺の指が六本。呪胎九相図、一番から三番。
真人の指先が封を叩くたび、古びた紙が乾いた音を立てる。
私は順に手へ取り、封印を確かめていった。破損はない。余計なものを掴まされた様子もない。
九つ目を卓上へ戻す。
「上出来だ」
今後に必要なものは、予定どおり揃った。問題は、対価が予定より高くついたことだ。
真人の後ろにいる花御に目を向ける。
立ってはいるが、身体の損傷は大きい。呪力の巡りも普段より鈍い。とはいえ、祓われてはいない。しばらく動けなくとも、完全に失った戦力ではない。
だが、戻ってきたのは真人と花御だけだった。
「穹蒼は?」
真人が首を傾げた。
「知らない。まだ帰ってないの?」
花御にも目を向ける。
わずかに首が動いた。こちらも知らないらしい。
地上では、五条悟が出てきたのだ。上を気にしている余裕がなかったとしても不思議ではない。
「途中で合流は?」
「してないよ」
「連絡も?」
「ないない。そもそも、あいつが僕に連絡すると思う?」
真人が笑う。
それはそうだ。穹蒼と真人は折り合いが悪い。必要がなければ、互いに声を掛けることすらほとんどない。まして、穹蒼の方から真人へ律儀に連絡を入れる姿など想像しにくかった。
椅子の背へ身体を預ける。
無意識に呪力へ意識を沈めてみたところで、辿れる先などない。私の中にいる呪霊なら、消えれば分かる。穹蒼は違う。
戻ってこない。今こちらにある事実は、それだけだった。
「花御。五条が最後に使った術式は見た?」
花御が頷く。
真人も思い出したように手を叩いた。
「ああ、あれ? すごかったよね。森ごとごっそり」
虚式・茈。
あれなら話は早い。穹蒼の耐久力を疑ってはいないが、五条悟の正面に立たせて無事を期待するほどでもない。
作戦の終盤に《茈》が放たれ、その後も穹蒼は戻っていない。まず結びつくのはそこだ。上から地上へ干渉しようとして射線へ入った。あるいは、直接狙われた。
十分あり得る。
「じゃあ五条にやられたの?」
真人がこちらの顔を覗き込む。
「その可能性が一番高い、というだけだよ」
「他に誰がいるの?」
誰が。
私は卓上の指を一本だけ端へ寄せた。
高専側の術師に祓われた可能性。ないとは言えない。
だが、複数人で囲んだとは考えにくい。帳が下りた時点で教師陣は分断されていた。学生も花御へ集まっている。その最中に別働隊を組み、上空の穹蒼まで追わせる余裕があったとは思えない。
なら、一人か。
空へ上がれる。
穹蒼の術式に捕まっても即座に落とされない。そこで終わらず、反撃までできる。
さらに──。
指先が卓を一度叩いた。
穹蒼は追い詰められれば領域を使う。そこまで含めて一人で突破し、祓った術師がいた。
成立はする。
気に入らないほど、綺麗に成立する。
問題は、その人物に心当たりがないことだ。
「知らない強い奴が紛れてた、とか?」
真人は楽しそうに言った。
「そうなら面白いね」
口ではそう返したが、面白がるには少し高くつきすぎている。
「まあ、戻ってこないなら死んだんじゃない?」
真人が卓上の指へ手を伸ばしかけた。
その手を軽く払った。
「触るなら封を破らないでくれよ」
「分かってるって」
まるで分かっていない顔で真人が笑っている。
「それで、穹蒼が死んでたら困る?」
「困るよ」
「そんなに?」
花御を見る。
こちらは傷ついた。穹蒼は、消えた。似ているようでまるで違う。
「花御はここにいるだろう」
真人が花御を見る。
「いるね」
「負傷はしている。だが、失ったわけじゃない」
視線を卓上へ戻す。
「穹蒼は違う」
祓われているなら、もう戻らない。
真人の笑みが少しだけ薄くなった。
穹蒼は扱いやすい相手ではなかった。こちらの命令に従わない。気が向かなければ話すら聞かない。
それでも、空を一体で任せられた。敵が空へ逃げれば追い、飛べばそれ自体を不利に変える。地上の戦力を一人も割かず、上だけを別の戦場にできる。
同じ役目を誰かに振ればいい、とはならない。
宿儺の指と呪胎九相図は手に入った。目的は果たした。
だが、それを理由に穹蒼の消失を安い損失と数えるつもりもない。
予定していなかった大きな代償を払った。それが今回の結果だ。
◆
真人たちを下がらせたあと、机の上を片づける。
宿儺の指と九相図をしまい、代わりに交流会の資料を広げた。紙の端を揃えながら、もう一度考える。
穹蒼はどこへ消えた。
答えを知る方法がまったくないわけではない。
呪霊を一体潜らせる。呪詛師に探らせる。高専の人間から記録を抜く。やろうと思えば、手はいくつかある。
だが、どれも今やることではない。
穹蒼の戦場に残っているものがあるとも限らない。
もともと、あいつの周囲では残穢すら素直に追えない。空気の流れに乗るはずの音も、光も、呪力も狂う。その上、近くには五条悟の《茈》が通っている。
痕跡があったとして、何が穹蒼のもので、何が戦った相手のもので、何が《茈》に削られたものか。
拾える保証はない。
それだけなら、まだ探らせてもいい。
問題は高専側だ。襲撃が終わったあとになって、こちらがしつこく会場を嗅ぎ回れば何かを探していると教えるようなものだ。
そこから今日なくなったものへ意識が向く。宿儺の指。九相図。それらを奪うための襲撃だったと早く悟られるほど、こちらに得はない。
そして、その先には五条悟がいる。
私は机の端に置いていた小さな箱へ目をやった。
獄門疆。
ここへ辿り着くまで、余計な警戒は増やしたくない。
穹蒼の行方は知りたい。誰が消したのかも。
もし五条悟以外なら、なおさらだ。
だからこそ、追わない。
一体失った穴を埋めるために、もっと大きな計画へ穴を開けるほど馬鹿ではない。
現場を探るのは、なしだ。
◆
ただし、五条悟ではなかった場合だけは考えておく必要がある。
交流会参加者の資料を最初から捲る。
祓除者を見つけるためではない。そこまで分かる材料はない。
私が見落としている戦力が本当にいないか。それだけ確かめればいい。
東堂葵。
頁を捲る。
強い。だが、花御と戦っていた。
虎杖悠仁も同じ。上空で穹蒼と戦う暇はない。
次。
伏黒恵。
指が少し止まる。
十種影法術。術式だけを見れば、何ができても不思議ではない血筋だ。
だが、花御との交戦で負傷している。穹蒼のところまで行ったと考える理由がない。
頁を捲る。
禪院朔弥。
また、十種影法術。
「……二人もいるんだね」
思わず声が出た。
珍しい。もっとも、今回見るべきなのはそこではない。
京都校三年。二級術師。禪院家所属。
戦歴を追う。単独で特級を祓った記録はない。任務で目立った異常値もない。呪力量や出力について、特別な注意書きもない。
領域についての記載もなし。
ただし、鵺がある。
頁を戻し、参加者の配置を確認する。
上空へ行くことはできる。穹蒼と接触した可能性だけなら、十分にある。
では、その先は。
鵺で上がる。
穹蒼に捕捉される。空中で足場を奪われながら天羅の仕組みを見抜く。
そのうえで穹蒼を追い詰め、領域を使わせ、それに対抗する。最後まで一人で祓い切る。
そこまで考え、資料に視線を戻した。
二級。
肩書きだけで術師を見るつもりはない。等級など、家の都合や上の都合でいくらでも歪む。まして十種影法術だ。
だから最初から候補から外しはしない。
それでも、足りない。
これまで何度も力を隠してきたという記録もない。特級を単独で相手取れる兆候もない。領域へ対抗できる材料もない。
仮に穹蒼と接触していたとして、そこで戦闘になった可能性までは残せる。
だが、穹蒼を祓った術師として置くには、積み上げなければならない仮定が多すぎる。
鵺に乗れる。
それだけを理由に、二級術師を災害呪霊の祓除者へ引き上げるのは推測ではない。
願望だ。
頁の端から指を離した。
五条悟。未知の単独戦力。複数人。事故。
穹蒼自身が別の場所へ離脱した可能性まで含めれば、候補はいくらでも増やせる。
その中で、今ある材料から最も重いものを選ぶなら、やはり五条悟だ。
◆
協力者の一覧を引き寄せる。
漏瑚。花御。真人。それに、こちらへ引き込んでいる呪詛師たち。
並びを追い、穹蒼の名で指を止めた。
消すには早い。祓われたところを見た者はいない。死んだと決める材料もない。
名前の横へ、ひとまず書き足す。
『消息不明』
その一行を残したまま、十月三十一日の配置図を引き寄せた。
穹蒼を置くつもりだった位置には、すでに役割を書き込んである。上空を一体で押さえられるのは便利だったが、それがなければ成立しない計画ではない。
同じ仕事を別の誰かへ押しつける必要もない。漏瑚には漏瑚の、花御には花御の、真人には真人の役目がある。呪詛師たちも同じだ。穹蒼の穴をそのまま誰か一人で埋めようとすれば、かえって配置が歪む。
線を一本消し、別の場所から引き直す。
使える戦力と、使う場所。五条悟を獄門疆へ収めるまでに必要な条件を、順に組み直していく。
空いた一角は、空いたままでいい。
必要なのは穹蒼の代わりを用意することではない。穹蒼がいない前提で、十月三十一日を成立させることだ。
Tips:百鬼夜行における特級呪霊『ぬらりひょん』の討伐記録。帳の際から急激に追い込みをかけた関係で、補助監督置き去りで『ぬらりひょん』と交戦。目撃者のないうちに祓ったため、今回と同様の報告をあげている。ただ、相性有利でさほど時間をかけずに祓ったため、自己申告も『特級相当』とはしていない。そのため、羂索の目に留まるような戦歴となっていない。
Tips:羂索の手持ちの記録。交流会前の情報であるため、穹蒼に関する報告書は含まれていない。