禪院の式神姫   作:いかいしんしょうまこーら

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幕間 禪院直毘人の場合②

 

 手元の文机に、二つの書類を並べていた。

 一つは伏黒恵。もう一つは、交流会の最中に朔弥が祓ったとされる呪霊についての報告書だ。

 向かいには、朔弥が座っている。

 

「それで、小僧はどうだった」

 

 朔弥は少しも考えずに答えた。

 

「禪院に来る気はないそうや」

「……そこまで聞けとは言っていない」

 

 命じたのは、伏黒恵の実力を見てこいというところまでだ。

 

「どうせそのうち訊くことになんねやから、本人おるときに聞いといた方が手間ないやん」

 

 悪びれた様子もない。

 百鬼夜行のときは、こちらが「見ておけ」としか言わなかったのを良いことに、探しもしなかった。

 今回は実力を見てこいと命じたら、頼んでもいない返答まで持ち帰ってきた。

 命令されたところまではやる。その先は、自分に得があるなら勝手にやる。

 扱いづらいことこの上ない。

 

「それで、十種の使い手としてはどうだ」

 

 朔弥がわずかに肩を竦めた。

 

「いくらかは調伏しとるし、拡張術式も使えとった。実戦で使う分には困らんやろな」

「お前と比べてどうだ」

「ウチが上や」

 

 即答だった。

 

「ただ、全部見たわけやない」

 

 自分が上だという評価は断言する。一方で、見ていないところまで推し量って話を膨らませる気はないらしい。

 伏黒恵の資料へ目を落とす。

 甚爾の息子。五条悟の庇護下にいる十種影法術の使い手。そして、禪院家へ来る意思はない。

 本人の口からそこまで確認してきたのなら、少なくとも一つ手間は省けた。

 

「分かった」

 

 資料を脇へ寄せる。

 代わりに、もう一枚を手前に引いた。

 

「次だ。この呪霊は何だ」

 

 報告書には、分かっていることがほとんどない。

 交流会を襲撃した呪霊の一体。

 朔弥が単独で交戦し、祓ったと申告している。

 直接の目撃者はいない。残骸もない。残穢もない。

 それ以上を知るには、朔弥の話を聞くしかなかった。

 

「知らん。少なくとも、高専で把握しとる呪霊やなかった」

「術式は」

「それに書いとるまんまや。落ちる向きそのものを変えとる。上でも横でも、そいつが指した方に落ちていく」

「それだけか?」

「会話できる。ついでに領域もや」

「領域を?」

 

 そこで初めて、報告書から顔を上げた。

 

「そうや」

 

 朔弥は平然としている。

 

「それを、お前が一人で祓ったと?」

「『そうや』言うとるやろ」

 

 事実なら、一級どころの話ではない。

 領域を扱う呪霊を相手に、単独で生き残り、そのまま祓った。

 特級と見ても不思議ではない相手だ。

 だが、見た者がいない。物証もない。

 本人が強かったと言うから強かった、では実績にはならない。

 

「どうやって領域に対処した」

 

 朔弥が一度だけこちらを見る。

 

「そらあれよ、領域展開。不完全やけど」

 

 あっけらかんと言う。

 俺はしばらく、何も言わなかった。

 聞き間違えるような言葉ではない。

 

 目の前の朔弥を見る。

 十種影法術が発現した時点で、禪院家にとって無視できない術師になった。だが、領域展開にまで届いたとなれば、無視できないどころの話ではない。

 そこまで自分の術式を突き詰めたということであり、家の者の誰よりも先んじているということでもある。それは、当主である俺であっても例外ではない。

 

「どんな領域だ」

「それは言わへん」

「名は」

「言わへん」

「何ができる」

「それもや」

 

 術師が自分の術式を伏せること自体はおかしくない。

 ましてや呪術の秘奥だ。知っている者が少ないほど、価値はある。

 とはいえ、不完全であれ領域展開に至ったと言われて、そうかと聞き流すつもりもなかった。

 

「それだけで信じろというのか」

「信じんでええよ」

 

 あっさり言い切る。

 なら、なおさら妙だった。信じさせる気もないのなら、領域を使えることまで明かす必要はない。

 

「なら、なぜ話した」

「アンタ、知りたいやろ?」

 

 否定する理由はなかった。

 十種影法術の領域展開。それも、禪院家の人間がこれまで誰も完全には辿り着いていないものだ。

 

「……何が欲しい」

「一級の推薦」

 

 そう来たか。

 

「推薦一つで、領域の詳細を話すと?」

「ちゃんと一級に上がるための審査、受けられたらな」

 

 一度、朔弥を見る。

 

「推薦を出した時点ではないのか」

「当たり前やん。二人いんのに直毘人だけやと審査まで行かれへんやん。もう一人捕まえて、ちゃんと審査受けれてからや」

 

 つまり、今は話さない。

 こちらに推薦だけ先に出させる。

 朔弥が二人目の推薦者を確保できなければ、領域の詳細はこちらへ来ない。

 

「ずいぶん都合のいい取引だな。伏黒の調査は命じた仕事だ。その上、領域の話は先送り。それで推薦を寄越せと?」

「伏黒の実力見てこいとは言われたけど、禪院に来る気あるかまで聞けとは言われてへんで」

「お前が勝手にやったことだ」

「せやから、その分の恩を売ったんやんか。先回りして仕事しといたで、って」

 

 理屈だけは通してくる。

 

「それにな」

 

 朔弥がわずかに身を乗り出した。

 

「そっちの知りたいことだけ知らせ言うんは、虫が良すぎるんとちゃうか」

 

 生意気な口を叩く。

 だが、ここで腹を立てる話でもない。

 朔弥が嘘をついているなら、その先で露見する。

 一級相当の実力がなければ、推薦を出したところで落ちるだけだ。

 悪い取引ではない。

 

「いいだろう」

 

 朔弥の眉が僅かに上がった。

 

「推薦までは出してやる。その先で躓くようなら、それまでだ」

「十分」

 

 返事も早い。

 

「ただし、二人目の推薦を得て、正式に審査へ進むことになった時点で領域について報告しろ。途中で推薦を取り下げるような(こす)い真似はせん」

「ええで」

「誤魔化すなよ」

「そんなみみっちぃことするかいな」

 

 用が済んだとばかりに朔弥が立ち上がる。

 

「ほな、頼んだで」

 

 そう言い残して、襖の向こうへ消えた。

 

 ◆

 

 足音が遠ざかる。

 一人になった座敷で、伏黒恵の資料をもう一度手に取った。

 禪院家へ来る気はない。

 その返答を、朔弥は勝手に聞き出して持ち帰った。

 未登録呪霊については、証明できないものを実績として認めろとは言わなかった。

 自分が領域まで届いたという情報も、ただでは渡さなかった。

 代わりに求めたのは、一級になることでも、次期当主に選ぶことでもない。

 自分の実力を公に測らせるための入口だけだ。

 

 昔の声が蘇る。

 

 ──誰にも無視できんくらい強うなったらええんやろ

 

 母親を亡くしたばかりの子供が、この座敷で言った言葉だ。

 あのときは、大言壮語だと思っていた。

 十種が出た。だから自分は強くなる。当主になる。

 子供なら、それくらいのことは言う。

 だが今は、自分を信じろとも、特別扱いしろとも言わない。

 証拠のない祓除を押し通そうともせず、領域を無条件で差し出しもしない。

 使えるものを持ってきて、欲しいものと交換して帰った。

 あとは、自力で掴むつもりらしい。

 伏黒恵の資料を元の位置へ戻す。

 文机の引き出しから、一級術師推薦の書類を一枚取り出し、その隣へ置いた。

 決めるのは、まだ先だ。

 だが、もう子供の大言壮語として聞き流せる段階ではなかった。

 




Tips:昇級における禪院家の妨害。原作の真希同様、朔弥の昇級にも妨害はある。女ではあるが、相伝術式の十種影法術使いであるため、体裁として冷遇しにくいことで朔弥は二級術師。

Tips:十種影法術の領域展開。摩虎羅を調伏してはじめて完全となる。不完全ながらも領域を開けるだけでも一握の上澄み。
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