禪院の式神姫   作:いかいしんしょうまこーら

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幕間 禪院直哉の場合①

 

 親父の座敷の襖が開き、朔弥が出てきた。目が合っても歩幅は変わらない。視線を外さないまま、廊下の真ん中に立つ俺へ真っすぐ歩いてくる。

 

「親父への言い訳は、もう済んだん?」

 

 声を掛けても歩みは緩まず、俺の目の前まで来てようやく足を止めた。

 俺の目線より、頭一つぶんは低い。まだ幼さの残る顔立ちに、目尻の上がった切れ長の目。顎を上げて俺を見返す顔には、見下ろされているという殊勝さがなかった。

 

「報告や。現場におらんかった奴には、この違いが分からんか?」

「手ぶらで帰ってきた奴の報告なんか、言い訳と変わらんやろ」

 

 両手は空で、腰にも背にも得物はない。朔弥が物を影に沈めて持ち歩くことは知っているが、外から中身までは見えない。何を連れ帰ったにせよ、近づいてくる足音は軽かった。

 

「そこらのやつと一緒にせんといて。ウチは手ぶらに見えるだけや」

「石ころ抱えて帰ったんを数に数えられるやつは、手柄が簡単に増えてええなぁ?」

 

 切れ長の目が、わずかに細くなった。

 

「ほな、そっちは何を数えとったん。お外怖い言うて畳の目でも数えとったんか? あ゛?」

「ホンマのこと言われてキレんなや。『俺が出るまでもなかった』。そういうことや」

 

 朔弥の口元がわずかに上がった。

 

「ハッ、便利な言葉やんなァ。何もせんかったら負けへんもんな」

「行っただけで仕事した気になれるんは、気楽でええなぁ?」

「ほな、次は現場まで来て同じこと言うてや」

 

 脇を抜ける直前、わざわざ一歩こちらへ寄り、肩をぶつけていった。

 振り返りはしなかった。ただ、その足音が廊下の角の先へ消えるまでは聞いていた。

 

 ◆

 

 朔弥に十種影法術が出たと聞いたとき、最初に浮かんだ言葉は、惜しい、だった。

 禪院家の相伝、それも十種が女に出た。術式は文句なし。式神を従え、呪霊を祓わせれば、家の戦力としてこれ以上なく使える。

 だが、十種が出ようが、女は女だ。当主になる目など初めからない。

 禪院家の頂に立つのは俺だ。当主になったあとは、朔弥に俺の下で十種を使わせる。それで済む話だ。

 ところが朔弥は、母親を亡くした翌日に当主になると言い出し、木刀もろくに持ち上げられないうちから庭へ出た。玉犬を従え、式神を増やし、そのうち影へ鉄を沈め始めた。しばらくすると庭石まで持ち出すようになった。

 高専へ出る朝には、親父の前で、いつか俺を潰すと言い切ったらしい。

 面と向かって言えばいいものを、わざわざ親父に言い置いていった。

 笑って聞き流した。口だけなら、好きに言わせておけばいい。

 それでも、その文句だけは今も覚えている。

 

 まだ子供の頃、甚爾君を見に行ったことがある。

 呪力が一つもない。術式もない。禪院家に生まれながら、何も持たずに落ちこぼれた男だと聞いていた。

 どれほど情けない顔をしているのか、ひと目拝んでやろうと思った。

 庭へ続く渡り廊下で待っていると、先にいた大人の視線が動いた。なのに、呪力の気配はどこにもない。誰が来たのか分からないまま顔を上げ、そこで初めて甚爾君を見た。

 肩の力を抜いたまま、周囲を窺うこともなく歩いてくる。

 俺のことなど見てもいなかった。

 それなのに、足が動かなかった。

 首の後ろが粟立ち、息を吸うのを忘れた。呪力などないはずの男が一歩近づくたび、廊下の幅が狭くなる。道を空けろとも言われていないのに、身体が勝手に端へ寄ろうとした。

 家の連中に何を言われようと、自分がどう見られようと、知ったことではない。甚爾君の目は、そう言っていた。

 強い者だけが持てる目だった。

 怖かったわけではない。

 ただ、見惚れた。

 あとになって何度そう言い直しても、あのとき止まった足の感覚だけは消えなかった。

 

 家の連中は、甚爾君を落ちこぼれと呼び続けた。

 目の前にある強さすら分からず、呪力と術式がないというだけで下に置いた。あの人を正しく見られた者が、この家にどれほどいたのか。

 俺は違う。

 強い者を見誤ったりはしない。いずれ俺も、甚爾君や五条悟と同じ側へ立つ。そう思ったからこそ、術式を磨き、誰よりも速くなった。

 

 朔弥は、甚爾君とは真逆だ。

 甚爾君には、禪院家が値打ちを付けるものが何一つなかった。それでも、あの人は強かった。

 朔弥には呪力も十種影法術もある。家の記録も呪具も使える。だが、十種を除けば、残るのは口の減らない女一人だ。

 女が式神を増やし、影に鉄や石を詰め込んだところで、本人の値打ちまで上がりはしない。男に生まれていれば、十種ももう少しまともな使われ方をしただろうに。

 十種を出す間も与えず、真正面から一歩で懐へ入る。あれだけ重いものを影に抱えた足では、俺の速さにはついてこられまい。

 反応できないなら、それまでだ。食らいついてきても、十種が十種だったというだけのこと。

 

 甚爾君は、最後まで俺を見なかった。

 朔弥は今しがた、俺を見て笑った。

 それが妙に腹立たしかった。

 次に庭で会ったら、一度だけ相手をしてやる。

 誰を見上げて笑ったのか、思い知らせてやればいい。




Tips:直哉が明確に朔弥をボコしたのは、本家筋の真希・真依への相手が忙しく(オブラート包み)、朔弥の幼少期の頃(直哉二十歳頃)に一度きり。それからどれだけ成長しているか、どこまでできているかは、正確には把握していない。真希・真依いびり時の朔弥の妨害で把握している程度。
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