【大抗争】─【死の七日間(七日目)】─────────
決戦迫る迷宮都市は、邪神とその使徒達によって、地獄の蓋に手がかけられている。
夜明け前の中央広場はとても静まり返っていた。地下からの振動が無ければ、尚良かったが現実はそうではない。ずっと伝わている。竜が唸るがごとき振動が地下より…。
「─────開戦だ」
夜が明け、最後の決戦が始まる。
地上を守る部隊と、ダンジョンから這い上がって来る【大最悪】。それを討伐する部隊。
討伐部隊には、リヴェリア、ガレス、アイズ。そして、アストレア・ファミリア。
彼女たちは向かう。決戦の場所である『
「さて、オレも始めるか」
バベルを見上げる一人の男は、銀の槍を力強く握りしめる。
そして、目の前の敵を殲滅するため、彼は足を進めた。
南のメインストリートを真っ直ぐと北上した彼は、立ち塞がる敵を薙ぎ払う。冒険者たちは彼を一分すらも、足止めることすら叶わない。
「弱過ぎるな」
目の前の散っていく残骸を前にしての言葉。誰も彼を倒せない。誰も彼を止められない。誰も彼に勝てない。成すすべも無く彼は無慈悲に突き進んでいく。
「足りない。力が足りていない。その程度か、オラリオ?」
そして、ついに彼は氷塊を破壊した。冷気を纏う粉塵が飛び散る中、彼はその足を進めていく。彼の考えとしては、自身を倒すための戦力である千の精鋭がこの先に待ち受けていると思っていた。
しかし、実際には千の精鋭などいない。そこで彼を待ち受けていたのは、たったの一人だ。
「一人だけとは、随分と思い切った事をしてくれる。これも【勇者】の作戦というわけか」
彼の目の前にいるのは、たった一人。猪人の男だけだ。
「久しぶりだな、オッタル」
男は懐かしむように言葉を投げかける。
そして、それに応えるかのように、猪人の男はゆっくりと立ち上がった。
「……ゼオン」
「白夜を期待していたと思うが、こちらにも都合がある。お前の命の灯火を消すのはオレになった」
「命の灯火を消すだと?……ッ!そんな事は起きないッ!!何故なら、このオッタルがッ!!貴様を倒すからだッ!!!」
「やって見ろ。吠える事ぐらい誰にでも出来る。お前は英雄になれるか?────今の最強よ」
【
「結界か…。お前が負ければ全て終わるぞ?」
「負ければの話だ。─────俺やフィンは、いつも
それは憧憬などという美しいものではない。いつまでも立ち塞がるえられない壁なのだ。
「お前を倒すッ!ゼウス・ファミリアをッ!英雄をッ!必ず超えてみせるッ!」
「ふっ…。そうか…。……ならば、超えてみろ」
ゼオンは銀の槍を握りしめ、オッタルは大剣を握りしめる。互いに目の前の存在を敵と見定め、否応なく力を振るう。
「なるほど、流石は今の最強。悪くはない」
死に物狂いで敵を葬ろうとするオッタルとは対照的に、ゼオンは冷静にオッタルの力を見定めていた。
「だが、良くもない」
「ッ!?」
ドンッッ!!とオッタルの腹部にゼオンは力を込めた拳をめり込ませる。
「ガラ空きだぞ」
力を込めたゼオンの一撃。それを受けたオッタルの意識は遠のきそうになる。
しかし、何とか意識を保たせた。これが一週間前の彼なら間違いなく、抗うことすら出来ずに倒れていたことだろう。
だが、今の彼は覚悟が違う。かつての英雄たちを越えようとしているのだから。
「耐えるか…。オレの一撃を受けて倒れなかったのは、今回が初めてではないか?ふっ、懐かしいな。初めて会った時、お前はオレが治療師だと聞いて、なりふり構わずに突っ込んで来たものだ…。それが今やこれか…。っ…、なるほど、オレたちの存在がお前を底上げしたか…」
「ゼオン、…お前と白夜は都市を破壊する人間ではない。俺たちへの失望だけが理由ではないだろう」
「………」
「黙るなッ!!答えろッ!!」
オッタルの喧騒を耳にしたゼオンは少しだけ表情を崩すと、オッタルの感情を目の前に言葉を紡ぐ。
「良いだろう。教えてやる。オレたちが何故この道を選んだのかを…。───オレたちは【
「英雄だと…?」
どういう事なのか分からず動じるオッタルに、ゼオンはその目的を言葉にする。
「今のやり方では英雄は誕生しない。あの黒き終末に何もかも滅ぼされる。───分かるか?あの時のオレの絶望を?あの圧倒的な力に無すすべもなく仲間は死に、当時の最強たる団長や【女帝】ですら、敗走を余儀なくした」
ゼオンの表情は苦悶に満ちていた。彼は当時の瞬間を覚えている。仲間が蹂躙される瞬間、治療師として救えなかった数多くの仲間たちの死体。敗北の瞬間を…。
最早、その時の光景を忘れることなど無いのかもしれない。
「オレたちではダメだった。ならば、どうするべきか?答えは過去にこそ示されている。かつては神などの力を頼らずとも、モンスター共を倒す
「まさかッ!?」
「そうだ、時代の逆行ッ!!オレたちはかつての『
「なっ!?」
「そうでなければ勝てない、あの黒き終末には…。これから先、下界は必ず滅ぼされる。…罵倒も侮蔑も甘んじて受け入れよう。オレたちはこの先の未来のために今を蹂躙する!!その誓いは崩れない!!」
ゼオンの前には、苦痛に耐えるオッタルの姿。そんな彼に対して、ゼオンは言葉を終わらせた。
「少し話し過ぎたな。お前を殺し、オラリオを終わらせる。『聖槍ロンギヌス──解放』」
ゼオンは自身の武器である『聖槍ロンギヌス』を構える。
そして、リヴェリアと戦った時と同じように、彼はその槍に蓄えられている魔法を解き放つ。
「『炎王の怒号、万に解き放て──“イグニス”』」
『聖槍ロンギヌス』から解き放たれた魔法。それは辺りを一瞬で燃やす業火の炎。
オッタルはその魔法に見覚えがあった。
「それはッ!?【炎獄】の魔法ッ!?」
「燃え尽きろ」
業火の炎がオッタル目掛けて迫りくる。オッタルは止むなしに退避しようとするが、その範囲はとても広く、完全に交わす事は出来ず、身体の一部である左腕に火傷を負った。
「ぐっ…」
「流石は今の最強だ。あの業火から左腕一本だけで済むとはな。しかし、安堵している暇は無いぞ」
「何…?」
「まだまだ続くということだ。『無限の光、断罪せし力、闇を撃ち払え──“ノヴァ・ルクス”』」
光を纏ったエネルギーの塊が、目にも留まらぬ速度で直進した。第一級冒険者であるオッタルの目ですら、それを避ける事はおろか、避けることすら叶わず、その魔法を受けてしまう。
「ガハッ…!」
オッタルはその口から吐血する。それは先程の魔法をマトモに受けたせいだ。彼の腹部には大きな傷が出来ており、腹部からも血が流れ出ていた。
「今度は【閃光】の魔法かッ…」
「獣化しているとはいえ、まだ意識を保つか。仕方ない、少し大技を使い、お前を殺そう。『天空の真名、戦なる道、星々の洗礼、回る世界、踊る世界、摂理の循環、巡る運命──“イデ・アリス”』」
解き放たれた魔法。それは高密度の圧力波であり、無慈悲にもオッタルへと向かった。
「ッ!!」
(【戦姫】の魔法ッ!!マズイ、これをマトモに受ければ死ぬッ)
「さよならだ、今の最強よ」
決着はついたと言わんばかりに、ゼオンはその光景を見る。
ゼオンから解き放たれた魔法は、周囲を消し飛ばし、先程まであった瓦礫や氷塊の残骸などを消失させていた。
結界は辛うじて保たれている。だが、それでもバベルのすぐ側まで破壊された。
「バベルを消そう」
ゼオンは『聖槍ロンギヌス』を構えた。バベルに向かって、その力を解き放とうとする。しかし、その瞬間、ゼオンの左腕が斬り落とされた。
「ッ!?何?」
何が起きたのか。それを確認するため、ゼオンは自身の左腕を斬り落とした存在に目を向けた。
「……斬ったぞ、…ゼオン」
「まさか、生きていたとは…」
「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」
「だが、満身創痍。左腕は重度の火傷、腹部には穴が空き、全身はボロボロ。立っているだけでも精一杯。まさしく半死人。──そんな状態にも関わらず、オレの腕を斬り落とすか…。しかも、気配を絶っての攻撃。何がお前をそこまで突き動かす?」
「怒りだ…。お前達を再び立ち塞がらせた、この身の愚かさッ!!体たらくッ!!俺の弱さッ!!」
オッタルの怒り。それは自身に立ち塞がったゼオンたちではない。理不尽も不条理も跳ね返す事が出来ない己の未熟さ。ゼオンたちにその道を選択させてしまった己の弱さに対する怒りだ。
「俺は何処までも無力だ!!」
「それで?」
「だからこそ、俺は決めた!!お前を倒すッ!!」
「オレに一度でも勝てた事があったか?先の攻撃もオレに一撃を入れたが、この程度はオレにとって、無に等しい─『天の星々、数多の命の光の加護─ノヴァ・セレスティア』」
ゼオンは斬り落とされた左腕を拾い上げると、切断部分へと持っていく。そして、自身の魔法を行使する。
その結果、即座にゼオンの腕はくっつき、傷の治療が完了した。彼は左腕が問題ないか確認するかのように、左腕を何度か上げ下げしている。
「これで振り出しだ。お前はボロボロでありながら、オレは全癒した。この理不尽さを切り開けるか?」
「切り開くッ!お前を倒し、過去を超え、俺は前へと進むッ!」
「やって見ろ。【猛者】オッタルよ」
ボロボロの身体を酷使しながらも、オッタルは目の前に立ち塞がる過去の英雄を睨見つける。雄たけびを上げながら、その手に握る剣を振り下ろした。
その一撃はとても重く、槍で受け止めたゼオンの足場にヒビが入るほどだ。
「ッ!?……、重いな」
「ゼオン、お前は治療師でありながら数多の戦場を駆け抜けた。前線で多くの敵を倒した英雄。治療師が戦わないという概念を破壊した男。かつてのお前に挑んだ俺は傷すら負わす事が出来なかった」
「何が言いたい?」
「お前は昔よりも
「ッ!!……答える気はない」
「…そうか」
それ以上、二人は言葉を交わさなかった。
今の二人の状態を見ると、オッタルは全身ボロボロ。それに比べて、ゼオンはほとんど傷がない。普通に考えれば、ゼオンが優勢となるはずだ。
しかし、押されているのはゼオンの方だ。
「お前を倒す!!ゼオン・アストラッ!!」
オッタルの一撃がゼオンの槍を弾く。そして、空いた胴体に素早く二連撃を加えた。
「ガハッ!!」
後方に吹き飛ばされまいと、ゼオンは足に力を入れ留まった。だが、次の瞬間に彼の身体が悲鳴を上げる。
“ズキッ!!!”
「ーーーッ!!!!」
突如として、ゼオンは胸のあたりを押さえ、地面に膝をつく。
「……ッ、…クソッ…、」
「ゼオン、お前…、まさかっ…!?」
「…ッ、戦場で敵を殺すチャンス…。それを、…逃すな…」
立ち上がったゼオンは、唖然とするオッタルの腹部に槍を突き刺す。
周りから見れば、ゼオンがオッタルの油断を誘ったと思う事だろう。しかし、ダメージを受けたオッタル本人は、先程まで苦しんでいたゼオンが何を抱えているのかを理解した。
「オッタル、まだ覚悟が足りないようだな。オレは敵だぞ」
「ゼオン、お前のそれは…」
「これを言い訳にするつもりはない。『聖槍ロンギヌス──解放』」
「ッ!?」
「次の一撃で決める。お前も全てを賭けて挑んで来い!!今尚、戦っている者たちがお前を応援しているぞ。それに応える器量をみせてみろッ!!」
この場所にもオッタルを応援する声が聞こえている。オッタルは初めて敬愛する
「ッ!……あぁ。…『銀月の慈悲、黄金の原野、この身は戦の猛猪を拝命せし、駆け抜けよ、女神の神意を乗せて』」
オッタルは冷静に詠唱を行う。それに対抗するため、ゼオンもまた詠唱を始めていく。
「『駆け抜ける戦火、王たる呪い、導きは遠く消え、無も無き者たちの死。永遠に儚く、永遠に脆い』」
オッタルとゼオンの二人が詠唱を終えようとしていた。
「『“ヒルディス・ヴィーニ”』!!!」
己が持つ最後の大剣に光が付与され、黄金の光剣と化した。
オッタルの魔法は威力を高めるだけの単純な魔法。【猛者】の膂力と魔力をかけ合わせて解き放たれる絶大無比な光の一撃。
それに対抗するゼオンの一撃も強大だ。
「『“ネオ・フラグメント”』!!」
圧縮した魔力を一直線に解き放つ超高火力の魔法。これは、かつて最強と呼ばれていたゼウス・ファミリアと双璧を成していたヘラ・ファミリア幹部である【魔弾】の魔法だ。
強大な二つの力がぶつかり合う。都市は揺れ、結界は崩壊し、氷塊は砕け散る。ぶつかり合う力から生まれた衝撃波によって、周辺にいた冒険者や闇派閥、はたまたモンスターが、平等に吹き飛ばされる。
炎と煙が混在する中、フレイヤとロキ、フィンは誰が立っており、誰が倒れているのかを確認した。
「「「……オッタルッ!!」」」
立っていたのは、【猛者】オッタル。倒れているのは【絶対の治療師】ゼオン・アストラ。
オッタルは、地に背を付けるゼオンを見下ろしていた。
「流石ね、オッタル」
「ッ!?フレイヤ様ッ!!」
コツコツと戦場にはそぐわないヒールの音を響かせてやって来たのは、フレイヤ・ファミリア主神フレイヤだ。
バベルから舞い降りて来た敬愛する主神の存在に、オッタルは驚いている。
「フレイヤ様ッ!!ここはまだッ!!」
「ええ、分かっているわ。でも、貴方に賛辞を贈りに来た。そして、貴方のステイタスを更新する」
フレイヤはオッタルのステイタスを更新する。その結果、オッタルは新たな階位に上り詰めた。即ちLv.7である。
オッタルの勝利、ゼオンの敗北は瞬く間にオラリオ中へと響き渡っていく。これは冒険者たちの士気を上げようとしたフィンの手腕である。
オッタルの勝利という最高の知らせを受けた冒険者たちは闇派閥との戦いで命を燃やしていく。そんな中、オッタルは地に背を付けているゼオンに声をかけた。
「ゼオン、何故治癒魔法を使わない?魔力なら残っている筈だ。まさか…、元々死ぬ気だったのか…?」
「…違う。これは、…呪い。…忌々しいモノだ」
ゼオンは何処か虚しそうに言葉を発した。
「呪いだと…」
「色々あってな…。全癒魔法は一日一度しか使えない。あの時、お前がオレの腕を斬り落とした時点で、天秤は傾いた。…
「ゼオン、本来のお前なら俺は負けていただろう」
「…その言葉は心底くだらないな。お前はオレに勝った。それが事実だ。違うか?」
「いや、違わない」
オッタルの勝利という事実は変わらない。それを卑下してはいけないことだと、オッタルはゼオンの表情を見て理解する。
「分かったなら、これ以上は言わない。お前との戦いは悪くなかった。負けを認めよう。──だが、
「ッ!?それはどういうッ!?」
「『
その声が発せられた瞬間に、ゼオンの身体は一瞬だけ消えたように見えた。だが、彼は
しかし、先程までと数点違う箇所があるのも事実だ。傷の位置が変わっており、握りしめていた槍…、『聖槍ロンギヌス』が消えていた。
「ゼオン、何をしたッ!!」
「──殺すなら殺せ。
■
オラリオの外。オラリオ外壁が見えるその場所では、懐かしむようにオラリオを見る者たちがいた。
「これが今のオラリオか…、
「確かにそうだな。オラリオがどうなろうと今さら干渉するつもりはなかった。だが、
「……ゼオン。会いに行くよ。お前と話したい事がたくさんある。だから、生きていてくれ」
綺麗な銀色の髪がなびく。
【本作の裏設定集】
【炎獄】・・・ヘラ・ファミリア幹部の女性
【閃光】・・・ゼウス・ファミリア幹部の男性
【戦姫】・・・ヘラ・ファミリア幹部の女性
【魔弾】・・・ヘラ・ファミリア幹部の女性
※【炎獄】と【閃光】は恋人関係。
【閃光】が他の女性と仲よさげにしていた際には、怒り狂った【炎獄】が魔法で多くを燃やしつくそうとしたとか……。
止めるのに苦労したのは、毎度仲裁に入っていたメンバーである【戦姫】、【暴食】、【絶対の治療師】。