多くの戦場を巡り、多くの敵を倒して来たゼオン。彼がここまで瀕死の状態になったのは随分と久しぶりの事となる。
「ハァッ…ハァッ…ハァッ…、…ッ!…ゴホッ!ゴホッ!」
ゼオンの身体は悲鳴を上げている状態。オッタルとの戦闘で受けたダメージ、数年前から持ち合わせる
「ゼオン、もう止めましょう。貴方はこれ以上戦えない」
アリーゼはゼオンの状態を見て、そのように告げる。
だが、言葉を口にしたアリーゼやライラたちもかなりのダメージを受けていた。
「舐めるなッ!!この程度、何の苦でもない!!」
ゼオンは何とか立ち上がり、声を上げる。
しかし、次の瞬間、この階層に新たな人物が足を踏み入れた。
「────やせ我慢ですね」
「「「「ッ!!?」」」」
声の主を見て、全員が驚きを浮かべる。何故なら、その人物は地上で治療師として活躍し続ける人物だからだ。
「「「「【
「はい。私も来ました。ディアンケヒト・ファミリア団長として、治療師として、ゼオン・アストラ!貴方を倒しますッ!!」
「…やって見ろ」
ゼオンのレベルとアミッドのレベルは大きな差がある。
しかし、今のゼオンはボロボロの状態。アミッドの攻撃も十分ゼオンに届く。
アミッドの拳を避ける事すら出来ず、ゼオンはまともに受けてしまっていた。
「ガハッッ!!」
「その体では動くたびに激痛が襲ってくるはず。しかも、戦闘で受けた傷とは別の
「……」
「黙っていても事実は隠せません。ゼオン・アストラ、貴方の敗北は決まっています。僅かでも生きる気があるのなら、投降する事を強く勧めます」
「投降はしない。……ッ、任は終えた。…後は死ぬのみだ」
ゼオンは分身との視覚を共有している。そして、分身が白夜を安全な場所に避難させたのを知ると、彼は安堵した。
「そうですか…。残念です」
アミッドの渾身のパンチがゼオンの腹部を襲う。ボロボロのゼオンでは、避ける事も防ぐ事も出来なかった。
「ガハッ!!」
ゼオンは口から吐血し、その場に倒れた。
(…ここまでだな。もう何も認識する事さえ出来ない)
今のゼオンは暗闇の中にいるかのような感覚だ。後はゆっくりと眠るだけ。
光が照らしてくれるのを待つ。そんな
ゼオンの意識がゆっくりと静かな空間に沈んでいる。
(白夜の毒は治した。覚悟の決まった治療師もいた。これから先の未来たる正義も見つけた。さようならだな。──この世に未練はない)
────『本当か?』
(誰だ?誰が語りかけている?)
────『私が誰かも分からなくなっているのか?だとすれば、私を分かるまで殴り続けよう。雑音塗れの世界だが、妹とお前だけは特別なんだよ』
(その懐かしい傲慢な物言いは……)
────『早く目覚めろッ!!このバカッ!!!!!』
その瞬間、ゼオンの意識が現実に帰還した。
「ッ!!!?」
ゼオンはゆっくりと目を開ける。そして、最初に彼の目に映ったのは、綺麗な灰髪の美女だ。
「…アル…フィア?」
「疑問形とはどういう事だ?私だと分からないのか?」
拳を構えるアルフィアに、ゼオンは必死で弁明する。
「す、すまない!!君が目の前にいるのが信じられなくて…!!間違いない、アルフィアだ…。…………ん?ここは…隠し家?」
ゼオンは少し冷静になり、辺りを見渡した。18階層ではない別の場所だが、心当たりはある。この場所は実験や落ち着くためにかつて使っていた魔道具が無ければ入れない家だとゼオンは理解した。
「どうしてオレはここにいる?」
ゼオンの疑問は当然のものだ。彼の記憶的には、先程まで18階層にいた。しかし、今はこの場所にいる。何が起きたのか気になるのは仕方のない事だ。
「お前が気絶している間に小さな出来事が起きただけだよ。そこにいる連中の奮闘も僅かにあるが…」
ゼオンはアルフィアの指す方向を見ると、そこには最後に一撃入れたアミッド・テアサナーレと死んだと思われた筈のセリカ・スターヴァル。
そして、セリカ同様に死んだと思われていたアーディ・ヴァルマがいた。
「アミッド・テアサナーレ…。それにセリカまで…。…セリカ、生きていたのか」
「ええ、見ての通り。アルフィア殿たちをオラリオに連れてきたのは我々ですよ」
「……たち?アルフィア以外にも誰か連れて来たのか?」
「ええ。今は別の場所で白夜殿と話し込んでいる」
「そうか…」
誰なのか何となく想像出来たゼオンは、それ以上追求する事はなく飲み込んだ。
「アルフィア、オレは…」
「言い訳は聞きたくない。とりあえず、全て片付いた後、お前に私という存在を改めて深く刻み込む。覚悟しておけ」
「……は、はい」
ゼオンの今の姿は、半日前まで悪としてオラリオに混沌をもたらした姿からは想像もつかないだろう。
「さて、お前が倒れた後の話をしよう」
アルフィアの口から、ゼオンが倒れた後の事が話される。
■
【半日前】───────────────
ゼオン・アストラが倒れた。この瞬間、闇派閥の勝ち筋は消えかけていた。敵の最大戦力はエレボスが召喚した【
「ねぇ、アミッド。ゼオンは死んだの?」
「いいえ、生きています。ですが、このまま何もしなければ死んでしまうでしょう」
「……そう」
ゼオンの死は近づいている。それは紛れもない事実。しかし、覆そうとする者がここにいた。
「───私は彼を何とか救うつもりです」
「「「えっ!?」」」
「批判があるのは分かります。しかし、救わなければならないと思っています。少なくとも、自ら悪に落ちた…いえ、落ちざる負えなかった彼をこのまま見捨てるつもりはありません」
アミッドの言葉を聞いて、アリーゼたちは驚く。
「意外ね。強烈な一撃を入れておいて、助けるつもりだったなんて…」
「あの一撃は単なる仕返しです。数日前に手酷い一発を食らったので…」
アミッドは初めてゼオンと出会った時のことを思い出す。あの時、手痛い一撃を食らったことを彼女はかなり根に持っていたりもした。
「ゼオン・アストラは最高峰の治療師と呼ばれ、多くの命を救い感謝されて来た。そんな彼が自らの命を捨てる選択肢を取った。…許せませんッ。自身の命を軽く見るなんてッ!!」
「「「「「ッ!!?」」」」」
「私はゼオンを救いますッ!そして、その命の重さを理解させます!!それがきっと私の取るべき選択…」
アリーゼたちは誰も反対するつもりはない。ゼオンや白夜が背負ってしまったのは何となく分かっていた。
そして、まだ幼い12歳のアミッドが覚悟を見せたのだ。アストレア・ファミリアの中で反対する者は1人も出て来ない。
「あなたの選択を尊重するわ」
「ありがとうございます」
「ゼオンはアミッドに任せるわ。私たちはキツイけど、このまま連戦ね。【九魔姫】やガレスのおじさまを助けに行かないと」
「そうなりますね。団長殿、私たちが助太刀したところで、あの【大最悪】に勝てると思うか?」
アイズ、リヴェリア、ガレスの三人がかりでも、その場に足止めする事がやっとの状態だ。今のボロボロ状態のアリーナたちでは、助太刀したところで勝てないだろう。
「アイテムは尽きてるぞ。治療魔法は…アミッド頼めるか?」
「ええ、任せてください。【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの暦は万物を救う。そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂。呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想の名をもって、私が癒す───ディア・フラーテル】」
傷の治療、体力回復、状態異常及び呪詛の解除。文字通り全てを癒す最上位の全癒魔法。万能薬を超えるとされる力は瞬くにアリーゼたちを治癒する。
「これが【聖女】の魔法か…、凄いな」
「だな。これでマシになった」
「さぁ、みんな行くわよッ!!」
アリーゼたちは【大最悪】の元へと向かった。その道中、彼女たちは主神のアストレアと出会う事となる。
そして、彼女たちは漏れなく全員ランクアップした。
一方の残ったアミッドと倒れているゼオン。
アミッドはゼオンの身体を蝕んでいるモノの正体を知るために、彼に触れようとする。
その瞬間に彼女は動けない程の殺気をその身に受けてしまう。
「……ッ!」
(何ッ!?何なんですかッ、この殺気はッ!?…動けない…ッ!?)
アミッドは尋常ではない圧倒的な殺気を受けて、硬直している。一体、誰がここまでの殺気を向けているのか。振り向き確かめたいが、アミッドは動けない。
しかし、彼女の疑問はすぐに解消される。何故なら、殺気を放っている人物がアミッドに話しかけるからだ。
「
アミッドに殺気を向けた人物。その正体は元ヘラ・ファミリア所属の冒険者であるアルフィアだ。
「聞こえていないのか?ならば、もう一度聞こう。私のゼオンに何をするつもりだ?」
「……ッ」
殺気を一身に受けているので、言葉を返すことが出来ないアミッド。そんな事など知らずにアルフィアは不機嫌となる。
最早、アルフィアの魔法が発動する直前まで来ている状態だ。アルフィアの魔法が発動する前に、彼女に追いついた者たちが彼女に注意を促す。
「おいおい、お前がそんなに殺気を向けていたら、話そうにも話せないだろうが…」
「ザルド殿の言う通りですよ。というか、ゼオン先生の近くにいるのは、私の大切な後輩アミッドです。とても優秀で頼りになる良い子なので、殺気を解いてください」
ザルドとセリカに指摘されたアルフィアは殺気を解く。
その瞬間、アミッドは動けるようになる。
そして、死んだと思われていたセリカの姿が目に入った。
「……ッ……団長ッ…生きて…いたんですね」
「この通りピンピンしているぞ」
「だ…、団長ッッッ!!!!!」
アミッドは溢れんばかりの涙を流して、セリカに抱きつく。それをセリカは優しく受け止めた。
「アミッド、感動の再会のところ悪いが、今はやるべき事がたくさんある。とりあえず、私とお前でゼオン先生を治すぞ」
「は、はい!!」
「セリカ・スターヴァル…、ゼオンは何を抱えている?」
「……アミッド、お前の見立ては?」
セリカはあえて自身の見解を述べず、アミッドに尋ねた。
「……恐らく
「私も同意見だ。しかし、ここまで侵食されて確認出来るとは…。私ですら、ようやく見る事が出来た。ゼオン先生は一体いつから、この呪いを受けたんだ?」
「分からない…」
ゼオンがいつ強力な呪いを受けたのかは分からない。そもそも、アルフィアやザルドですら知らなかった事だ。
「お前たちで解呪出来るのか?」
「分かりません」
「深く進行している呪いだ。ゼオン先生に詳しく話を聞きたいが、ここではダメだな」
「ええ、何処か安全な場所に移さなければ…」
この混沌とした場所では、満足な治療が出来ない。治療するためには、安全な場所に避難してからでなければならないのだ。
「ゼオンの治療はお前たちに任せる。ザルド、お前はそいつらの護衛だ。ゼオンを運び終えたら魔道具で連絡してくれ」
「アルフィア、お前はどうするんだ?」
「奴らに少しばかり助太刀してくる」
「そうか。お嬢ちゃんはどうするんだ?」
ザルドはここまでセリカに同行して来たアーディにどうするのか尋ねた。
「私??そんなの決まってますよ!!リオンたちの加勢に向かいますッ!」
「だろうな…。なら、死ぬなよ」
「もちろん!!お姉ちゃんやリオンを悲しませるわけにはいかないからね!!」
こうして、アミッドたちは二手に分かれる形となった。
「さて、さっさと終わらせるぞ」
アルフィアとアーディは【
「ちょっとピンチかも…」
「あのエルフとドワーフ…相変わらず弱いな。少しだけ力を貸してやる。小娘、お前は奴らと合流して勝手にしろ。但し、三十秒間は私の直線上に入るな」
「それって…」
「良いから行け」
「はい!!」
アーディはアルフィアの警告通り、直線上には入らずにアリーゼたちと合流しようと向かった。
そして、それを確認したアルフィアは【
「『“
アルフィアの放った魔法が空を飛んでいた【
アルフィアの放った魔法は鐘の音が鳴り響くので、それを知っている者たちは驚きを隠せない。
「この魔法はっ!!?」
「後はお前たちでせいぜい足掻け。但し、負けることは許されない」
その言葉を残して、アルフィアは去る。彼女はザルドの連絡を受けて、避難場所である隠れ家へと向かったのだった。
■
【現在】───────────────
「ということがあっただけだ」
「なるほど、そんな事があったのか…」
アルフィアからの説明を受けて、ゼオンは自分が何故隠れ家にいるのかを理解した。
「さて、次はお前だ。ゼオン、何がお前を蝕んでいる?」
「それは…」
「話せ。お前に拒否権はない。そもそも私に話していなかった事自体が問題だ」
「……これはオレですら解呪出来ない最凶最悪の呪いだ。魔法には
ゼオンの言葉通り、当時ゼオンよりも優秀な治療師など世界の何処にも存在しなかっただろう。
それ故に彼は死を受け入れるしかなかった。後一年程で呪いが全身を巡るというところで、彼はエレボスから声をかけられたのだ。どうせ死ぬなら世界の為に死なないかと…。
「オレは受け入れた。世界の為に死ぬことを…」
「どれも私に言わなかった理由にならないな」
「怖かったんだッ!!…オレが死ぬことを君に伝えるのが…、とても…、怖かった…」
「〜〜ッ!!このバカッ!!私の知らないところで死のうとするなッ!!死が変えられない運命なら、せめて私の側にいろッ!!私の知らないところで死ぬなんて絶対に許さない!!だから、だから、…勝手に消えないでくれ…、消えようとしないでくれ…」
ゼオンの服を掴み、涙を流すアルフィアの姿に、ゼオンはとても申し訳なくなる。彼はそっとアルフィアの背に手を回し、宥めるかのように抱きしめた。
「すまない…、本当にすまない…」
どれほどの時間が経った事だろうか…。ゼオンはゆっくりとアルフィアの背から手を離す。
「ゼオン先生、その呪いはステイタスに出ているのですか?」
「アルフィアやメーテリアのようなケースには当てはまらないが、魔法は制限された。この呪いは単純に強い。そして、オレの魔法ですら解呪出来ないという事実…」
「ならば、合わせましょう。私とセリカ団長とゼオンの三人でッ!!!!」
「…ッ!??」
アミッドの唐突の提案にゼオンはもちろんの事、セリカ達も驚いていた。
「本気か?」
「ええ」
「何故そこまでする?オレは敵だぞ」
「それは貴方の認識です。私からすれば、貴方はオラリオの為に悪となった治療師に過ぎない。助けますよ、
「元?」
「ええ、これから先は私が担います!もっと強くなって、多くを救います!!」
「ふっ…、そうか…。ならば、せいぜい、この理不尽な世界で足掻いてみせろ。……オレも足掻く」
「ええ、もちろん」
「もうすぐ日付が変わる。その時、オレは再び魔法を使える」
そして、日付が変わった瞬間、隠れ家の中で3つの光が合わさった。
──────治療師とは救う存在
──────そして、救われる存在でもある