【大抗争】─【死の七日間(二日目)】─────────
オラリオは今も恐怖に支配されている。
現在オラリオ内では、籠城せざるを得ない状況が続いていた。西側の門から港街メレンに向かおうとする憐れな民衆たちを冒険者たちは必死に引き留めている。
もし、門を開放してメレンへ向かわせれば、間違いなく闇派閥が強襲するだろう。今のオラリオは都市そのものが闇派閥に包囲されているのだから…。
「敵はオラリオを檻に変えた……」
その言葉こそ抗えない残酷な真実だ。そして、それが意味するのは逃げ場のない場所。敵が躊躇なく攻撃してくる。
オラリオでは、既に九のファミリアが消滅しており、主神しか残っていないファミリアも多くある。
オラリオ史上最悪の状況だと、現在の状況を知る者たちは思っていた。
「鳴り止まない慟哭、消え行く人々、愚かな民衆たちか…」
「感傷的だな、白夜」
「ゼオン…。いや何、人というのは何処までも愚かだと思ってな…」
「それが人だろう。人は罪深い。そして、とても醜く愚かだ。目の前の光景が、それを証明している」
ゼオンと白夜が見る景色はとても醜く愚かな民衆たち。冒険者たちを罵倒する愚かな民衆たちだ。
「救いようのない者たちだ。冒険者は都市、民衆たちのために動いている。それなのに、守られている民衆たちが冒険者を罵倒する。くだらない光景だ」
そう言ったゼオンは、愚かな民衆たちから視線を外して、違う方向に注目した。
「ゼオン?何処を見ている?」
「少し気になる人物の話を聞いた。…セリカの奴が認めた
「新時代ね…。それは俺達に勝てたらの話だろう?」
「無論だ。どのような結末になるのかは分からない。だが、奴らが英雄の道を歩むのなら、越えてもらわなければならない。オレたちという過去の英雄を…」
「そうだな。俺たちを超えられない者があの黒き終末に勝てるわけもない」
彼等は覚悟している。それはこのオラリオに帰ってきた時から揺るがない信念を有しているからだ。
「【
■
ギルド本部の会議室では、フィンと彼の主神であるロキが難しそうな表情をしながらも、現状から打てる作戦を考えていた。
「まさかの兵糧攻め、…いや籠城戦の強要か」
広々とした室内では、いくつもの机が繋げられ、都市の地図を始め、敵戦力の報告書、死傷者など、様々な資料が広げられていた。
「メレンの方も闇派閥にやられとる」
「現状、敵の作戦に嵌められているのも問題だが、それよりも敵の最高戦力の方が問題だ」
「ゼウス・ファミリアか?」
「「ガレスッ!?」」
部屋に入室したガレスの身体には何重にも包帯が巻かれており、傷が完治していないのが目に見えて分かる。
「いつまでも寝とるわけにもいかんからのぅ。それに横たわっておると、ゼオンにやられた記憶が蘇って噴火しそうになるわ!!」
「……無茶だけはしないでくれ。君が死ねば、崩壊の序章が進んでしまうからね」
「重々承知しとるわ。それで、状況はどうなっておる?」
「敵の首魁は邪神エレボス。そして、ゼウス・ファミリアの生き残り、ゼオン・アストラとクジョウノ・白夜だ」
迷宮都市の千年という長い歴史の中で、史上最強の名をもってオラリオに君臨し続けていた二大ファミリア。その片割れであるゼウス・ファミリアの幹部たち。敵としては、あまりにも強大過ぎた。
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「そうだね…。治療師でありながら、前線に立ち、多くの敵を沈めた。そのおかげか、若くしてLv.7へと至った男。最強の治療師。そして、彼は【
「そうじゃな。奴は多くを助けていた」
「だね。……白夜もまた強者だ」
「【
「僕たちは揃いも揃って、ボコボコにされたからね。──敵が強敵過ぎる。僕たちはゼオンの実力を知っているが、彼の力の全てを知らない。セリカに聞きたかったが…」
「死んでしまったからのぅ…。あやつが死ぬとは、未だに信じられん」
セリカ・スターヴァルが死んだという事実は、フィンたちにとっては衝撃的なものであり、かなりの痛手だ。
「ホンマに死んだんか?あのセリカがこんな簡単に死ぬとは思えへんけどなぁ」
「だが、神ディアンケヒトが恩恵の消失を確認している」
「それは複数人死んだからやろ?誰が死んだのかは判断出来てないはずやで。もしかしたら、生きとる可能性もあるかもな」
「ロキ、その意見は現実的ではない」
「せやな…。目撃者も多い。セリカが生き残ってくれたらとホンマに思うわ」
「ああ、そうだね」
自分たちと同じLv.5であるセリカ・スターヴァル。彼女が生き残ってくれていたら、どれほど戦況が有利になるだろうかと、フィンは悲しくも現実を受け止めていく。
「……ところで他の者はどうした?全員出払っているようじゃが?」
「このギルド本部の他に、中央広場に拠点を設けている。むしろあちらが本陣だ。敵の狙いは恐らくバベル」
「そうやろうな。バベルを潰して、モンスターを地上に流出させる。オラリオ崩壊させるためには、それが一番手っ取り早いからな」
「恐ろしいな。この作戦を考えた敵の頭魁エレボス。まさか、そのような邪神が残っておったとわ」
ガレスが敵の恐ろしさを口にしている時、フィンは敵が未だに消極的なのが気になっていた。ゼオンと白夜の強襲が無いというのは、彼からすればとても不気味なのだ。
「団長ッ!!ロキッ!!敵の襲撃っす!!」
「またか、散発的な嫌がらせ…。場所は?」
「都市の北東!工業区っす!!」
「工業区なら問題ない。既にリヴェリアを向かわせている」
「リヴェリアを?奴はまだ回復しきってはいないはずじゃ。打たれ弱いエルフには酷ではないか?」
ガレスの疑問は最もであるが、フィンとロキは問題ないと判断している。
何故なら、リヴェリアは一人で向かったわけではないからだ。そして、今現在、彼女は保護者として行動している。
「
北東の工業区では、リヴェリアと彼女に引率されている金髪金眼の少女。小柄な身体には不相応な銀の剣を持ち、戦場を縦断する齢九歳の少女アイズ・ヴァレンシュタインは、敵である闇派閥の者たちを無力化する。
「アイズ、止まれッ!!」
リヴェリアは声を荒げて、アイズを制止するが、アイズは止まらない。
「全部、倒す」
アイズの苛烈な攻撃。十にも満たない少女だが、彼女はLv.3。第二級冒険者に名を連ね、その実力を遺憾無く発揮していた。
「終わり」
最後の敵兵も倒したアイズは、自身の身の丈ほどもある愛剣デスペレートを振り鳴らし、血を飛ばして、背の鞘に収めた。
「終わり、ではない馬鹿者ッ!!今のオラリオはダンジョンよりも危険な戦場だ!!迂闊な真似はするな!!」
ドゴンッ!!とアイズの頭に拳骨を落としたリヴェリア。彼女は怒りの形相でアイズに説教する。
「痛い…」
「自業自得だ。…そんな目で睨んでも無駄だ。まったく、どうして私の言うことを聞かなかった?」
「……全員、私一人で倒せたから。……それに、リヴェリア怪我してる」
アイズの目から見ても、リヴェリアは五体満足という状態ではない。包帯の巻かれた腕や治療の後など、ゼオンから受けたダメージを回復しきれてはいないのが分かる。
「リヴェリアが苦しいのは嫌…、私がやらなきゃ…」
「アイズ、その気持ちは嬉しいが、私もお前と同じ気持ちだということを忘れないでくれ。私もお前が傷付けば悲しい。自分のこと以上にな…」
リヴェリアはアイズを抱き寄せると、アイズの顔にかかっている返り血を拭き取った。
「ねぇ、リヴェリア。どうして、人同士で殺し合ってるの?私たちの敵はモンスターじゃないの?」
「…ああ、そうだな…。愚かなまでに私たちは同胞の血を流し続けている」
────『弱過ぎるな、これが今のオラリオの限界か…』
ゼオン・アストラに投げかけられた言葉が、リヴェリアの脳裏に過るのであった。
(弱過ぎるか…。情けない話だが、私達は弱い)
一方、都市南西。かつての英雄に敗北したフレイヤ・ファミリア団長オッタルは、闇派閥の下っ端たちを蹂躙している。
その時の彼は、いつものような冷静さも無ければ、女神の為にと行動する理念も半ば吹き飛ばされていた。
「殺せ!!今すぐ奴を殺せ!!」
「白夜様にやられた手負いの獣め!!」
【刹那】クジョウノ・輝夜から受けた傷は癒えきっていない。だが、オッタルはなりふり構わずに暴れる。これは単なる虚しく意味のない八つ当たりだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
吠えるオッタル。敵は破壊されたが、それだけのことではオッタルの気持ちは収まらない。そんな彼を憐れに思った一人の猫人が、彼の前に立ち塞がる。
「やられた腹いせに雑魚を甚振る。…あまりにも情けねぇな。おまえのその行動、反吐が出るぜ」
「……アレン」
「仇敵だか何だか知らねぇが、頭の中をかき回されてるんじゃねぇ。本当にただの猪に成り下がったのか?」
「……失せろ。今の俺に余裕はないっ」
冷静さを忘れているオッタルは、アレンを無視して先へ進もうと、その足を前へ進める。
「何処へ行くつもりだ?」
「白夜を倒す…。そして、ゼオンも…」
「そんなゴミクズみたいな体でか?」
「関係ない」
オッタルは止まらない。今の彼に強さを追求する【猛者】の姿は何処にもない。彼にあるのは怒りだけだ。惨敗の文字を刻んだ白夜ではなく、無様なまでに屈した己自身に対する怒りだ。それ故に、万全ではない状態で、自暴自棄の無謀な戦いに挑もうとしている。
「そうか…。なら、死ね」
アレンは容赦なく、その手に持つ槍をオッタルに突き刺す。
オッタルはそれを間一髪のところで防いだ。
「何のつもりだ!!」
「今のてめぇが奴らと殺り合ったところで負けるのは目に見えてる。なら、せめて俺の経験値となれ。そして、俺が奴らを轢き潰すッ!!」
「アレンッ!!」
オッタルは激昂し、その大剣を振り下ろす。それを分かっていたアレンも負けじと応戦する。
そして、五十を超える攻防の末、オッタルは武器を弾かれ、その場に跪く。
「何だ、その無様は?俺が倒すと決めたてめぇは、ただの木偶なんかじゃねぇ!!てめぇを倒し、最強の戦車になると誓った!!そのために俺は余計なものを全て捨てた…、あの愚図をな…」
「アレン、お前は…」
「……立て。俺達で最後まで戦うぞ!!」
俺達という言葉に、オッタルはいつの間にか近くにいた者たちの存在にようやく気づいた。
「無様だな、オッタル」
「滑稽な姿だ」
「しかし、それはこちらも同じ」
オッタルの近くに現れたのはガリバー兄弟、ヘディン、ヘグニ。フレイヤ・ファミリア幹部たちが勢揃いだ。
「これからの作戦は、あのいけ好かねぇ【勇者】が勝手に立てるだろう。それまで俺達は殺し合う。ここで生き残った者がゼウスの眷属と戦う。ここがもう一つの『
「アレン…」
「勘違いするなよ、お前のためじゃねぇ。全て女神の意思だ」
アレンたちは女神の神意をオッタルに明かす。
─────『次代の英雄を用意して頂戴───』
「これ以上、無様を晒すなら死ぬ」
「────させん。ゼウスとの因縁は、俺が決着をつける。奴らに負け続けた俺が!!奴らを超えねばならない!!」
フレイヤ・ファミリア幹部たちによる死闘。戦う事しか出来ない者たちだ。
────────『弱過ぎる』
(その通りだ、白夜。…だからこそ、俺は超える!!)
「待っていろ、ゼウス・ファミリア!!」