【大抗争】─【死の七日間(三日目)】─────────
長い夜が明けた。空は変わらず灰色の雲に覆われている。昨日まで降っていた雨は止んでいる状況だ。
そんなオラリオで、アミッドはディアンケヒト・ファミリアが経営する治療院から数百M歩いた場所にある小さな空き地にいた。
「セリカ団長……」
アミッドが教えを受け、最も尊敬していた団長、セリカ・スターヴァルが死んだ。それは彼女にとって、ショックな出来事であり、彼女自身、現状とても切り替える事が出来ないでいた。
セリカのことを思い出しては、悲しみに溢れている。
「ここに来ても会えない。それは分かっている。だけど…」
以前までなら、この空き地にある綺麗な家を見ることすらアミッドには出来なかった。
だが、セリカから託された魔道具のおかげで家に入ることが可能だ。
「私はどうすれば…」
アミッドは、不安げに家の中へと入る。彼女が家の中に入った瞬間、人の気配がするのを彼女は感じた。この家に誰かがいるのを察し、その人物がもしかしたら自身の尊敬するセリカなのではないかと、彼女はそんな淡い期待を乗せて、人の気配がする実験室の扉を開いた。
「団長ッ!!」
勢い良くドアを開けたアミッドだが、部屋の中にいたのは彼女の望む人物ではなかった。
部屋の中にいたのは、左手に銀の槍を握りしめる黒髪に、黄金の瞳、美しい素顔の男。
「【
「貴方は誰ですか…?何故、私のことを?」
「お前は有名だ。個人的には会いたいと思っていた。セリカの認めた治療師」
セリカという言葉を聞いて、アミッドの眉がピクッと動く。その名前自体がアミッドの心を動かすのに十分過ぎるものだからだ。
「団長の知り合いですかッ?」
「知り合いと言えば、知り合いだな。数日前、セリカとオレの関係性を知人に話したところ、セリカはオレの弟子に当たるらしい。つまりオレはセリカの師匠というわけだ」
「えっ…、それって…、つまり…、あなたはっ!!?」
「改めて名乗ろう。オレの名はゼオン・アストラ。ゼウス・ファミリア所属だ…、と言ってもファミリアは解体されているが、今もオレがゼウスの眷属である事に変わりはない。奴の眷属と言うのは、誇れることではないが…」
「ッ!!?……【
直近でその名を聞かない日など無かった。都市の破壊者として、悪に堕ちたかつての英雄。特にゼオンは治療師として、数多くの命を救った存在。
アミッドはゼオンがセリカの師匠的な存在だと知っていたので、ショックが大きかった。
「安心しろ、お前を殺す気はない」
「……ッ…、なら、ここへは何のために…」
「オレが昔作った一部の魔道具とここに残っているであろう貴重な素材を取りに来ただけだ。これが無ければ、
一つの素材を手に取るゼオン。その時の彼の顔は、とても真剣な表情をしていた。それを見たアミッドは、目の前の男が人のために行動出来る人物なのだと察する。
「……誰かを救うために?」
「ふっ…、救いとは何だろうな?それに意味など無いのかもしれないぞ。──アミッド・テアサナーレ、お前は治療師として、どの程度の存在だ?」
「どの程度とは…?」
「レベルは?まだ2のままか?」
「…え、ええ」
アミッドは、12歳でありながらLv.2にランクアップしている稀有な実力者。しかし、ゼオンはそれだけで満足する事がない。
「どの程度まで上げるつもりだ?お前を認めたセリカのレベルは5だった。お前も前線で戦えるようにならないと意味がない」
「ッ!?治療師は人々を癒す存在!!前線で戦うなど、本来目指すべきではない!!団長やあなたが特別なだけですッ!!私には、む…ッ!!」
アミッドが言葉を言い終える前に、ゼオンは強者として、殺気を放つ。
「特別?バカか?本当に特別なら、全てを解決出来た。だが、オレたち人は、所詮ちっぽけで醜く愚かな存在。──あの
「……」
「アミッド・テアサナーレ、お前が次代を担う治療師ならば、この程度で終わることなど許されない」
ゼオンが言い終えた次の瞬間、ドンッ!!と鈍い音が響いた。その音の正体は、ゼオンの拳がアミッドの胴体を殴った時に出た音だ。
「ガハッ!!!」
あまりにも重たい拳に、アミッドは無様にも地面に這いつくばる。
「…、ゴホッ…、ゴホッ…」
(この威力っ!…手加減されているとはいえ、重すぎるッ…。これがLv.7。前線に立ち続けた治療師の力…)
「治療師は前線で戦う力を有していなければならない。何故なら、治療師は死ぬことが許されないからだ。いざという時、足手まといになる治療師など価値も意味もない」
「だから、治療師は強くなければいけないと…?」
「次代を担う治療師がLv.2止まりでは話にならない。まだまだ若いから?伸びしろに期待する?そんな悠長な時間など、この世界には無いッ!!セリカが認めたという事は、お前は治療師として、他を優越する才能がある筈だ!!アミッド・テアサナーレ、お前が歴代最高峰の治療師となれッ!!」
「何をッ!…大体私は弱いッ!!セリカ団長がいない今、私は単なる代理!!団長を超えるなんて私には無理です!!次代を担うッ?そんなの…、無理に決まっている…」
「……なるほど。セリカが認めたのだから期待していたが、この程度か…。まったく、随分とガッカリさせてくれる」
アミッドへの興味が失せたのか、ゼオンは彼女に目もくれることなく部屋を出た。
「あの様子…、本当にセリカは死んだようだな…。あいつが簡単に死ぬとは思わなかった」
(セリカはあのガキに、この家を託したみたいだが、あのガキには少々もったいない。治療師としての力は申し分ないが、まだまだ覚悟が足りていない。いや、ガキに次代を担う覚悟を問うのは野暮というものか。だが、災厄は近づいている。悲しくも今も着々と時は進む…)
ゼオンは空を見上げる。空には灰色の雲しかないが、彼にとっては、何か思うところがあった。
(灰色か…。アイツの髪色よりも濃いな…。アイツは今頃、甥っ子と平和に暮らしているのだろう。──アルフィア)
「ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!……ッ!!」
咳き込むゼオン。彼は口元を手で押さえる。その時、彼の掌には彼が吐き出した
■
オラリオ西区画には【英雄橋】と呼ばれる巨大な石橋が存在し、そこには偉大なる英雄たちの彫像が並んでいる。
冒険者の根源とも言える英雄たち。彼らを見て、冒険者になった者も少なくない。
現在、英雄橋は闇派閥との戦闘などで所々破損していた。英雄たちの彫像などは、橋よりも酷く損傷している。
そんなボロボロの橋の上で神ゴブニュは、槌を始めとした工具を使い、橋の修復作業を行っていた。
「相変わらず寡黙ですね、神ゴブニュ殿」
神ゴブニュが英雄橋の修復をしている。その光景を見かけた極東の服を着た男が、彼に話しかけた。
「白夜か。久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりです」
神ゴブニュに話しかけたのは、現闇派閥の主力。ゼウス・ファミリア元幹部クジョウノ・白夜だ。
白夜はゴブニュの横に自然と座る。それをゴブニュは否定も肯定もしない。
「フンッ…、どれだけ暴れるつもりだ?」
「オラリオが前に進むまで…。それまでは、【悪】として、この力を否応なく振るう。そう決めたので」
白夜は刀を地面に置く。そして、その言葉はまるでその刀に誓うかのような宣言だった。
「【悪】か…。エレボスに唆されたのか?いや、違うな。お前はそう言う芯の無い者ではない。───認めるわけにはいかないが、この出来事もオラリオには必要だったのかもしれぬ」
「そのための犠牲は多くある。けれど、その先に
「とても闇派閥の発言とは思えぬな。それにしても、その刀…、相変わらずしっかりと手入れしているようだ」
「侍にとって、刀は命も同然。自らの
「お前のような奴が多く入れば、鍛冶師も喜ばしいものなのだが…。しかし、現実は武器を雑に扱う者たちばかりだ」
その時、ゴブニュは金髪の少女の顔を真っ先に思い浮かべた。何故なら、彼が直近で見た冒険者の中で一番武器をボロボロにしたのが、その少女だからだ。
「──お前は辺りを警戒していろ。特別だ。…俺がお前のその刀を少しばかりマシにしてやる」
「良いのですか?それは闇派閥の協力となってしまう」
「誰にも見られなければ問題ない。ちゃんと警戒しておけ」
白夜はゴブニュの行動にとても驚いた。何しろゴブニュの申し出は、白夜にとってはありがたいものだが、その行為自体が闇派閥の協力という事に他ならないからだ。
「昔からお前はの武器の扱いは変わらない。冒険者の見本となる武器の扱いだ。お前が闇派閥側なのは、正直気に食わないが、武器に罪はない」
「ここまでの全ては闇派閥側で無ければ出来なかった事ですよ。それに俺は…、残念ながら
「………そうか」
(八年前から変わらない…か、…)
「…………」
それ以上の言葉をゴブニュと白夜は行わなかった。必要ないと互いに理解しているからこその判断だろう。
コーンッ!コーンッ!と槌の打つ音が、静かな橋から響き渡る。
それから数時間後、ロキ・ファミリア団員であるラウルとアナキティがこの場所に訪れるのであった。
「神…ゴブニュ様ッ!?」
「どうしてここにッ!?」
「橋を直している。この橋が無ければ、お前たちはもう立てまい。巡り、受け継がれる【英雄神話】だけは途切れさすわけにはいかない。これが俺なりのやり方だ」
(クジョウノ・白夜…。お前と再び会えたのは、喜ばしいものだった。世界のために【悪】となったお前に俺は敬意を払おう)
神ゴブニュに敬意を払われた白夜は、英雄橋から離れたところで、神ゴブニュに手入れされた愛刀を眺めており、その完成度にとても満足していた。
「神ゴブニュ、貴殿の腕は変わっていない。流石と言うべき者だ。今日の出会いは偶然か、あるいは必然か…。世界はきっと巡り巡り合っているのかもしれない」