ヒーラー・ステップ   作:クロノスター

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6.大抗争『DAY4』(前編)

 

 

【大抗争】─【死の七日間(四日目)】─────────

 

 闇が蠢いている。闇派閥の眷属たちは、興奮を隠せずにいた。【大抗争】が始まった、あの日の夜から高揚感が彼らの中から惜しみなく出ているのだ。

 

「あれだけの絶望…。それを味わいながらも未だに折れない。流石だ、英雄の都。これこそがオラリオというわけだ。約束の地にふさわしい」

 

 地下放水路の上部入り口にて、エレボスは闇派閥の兵士たちを見下ろしながら語る。

 

「よく言うぜ。完全に息の根を止める追い打ちをしっかりと用意しているくせに…」

 

 ヴァレッタは、この先の計画に畏怖と興奮を混ぜながら笑みを浮かべている。

 そして、地下からは神エレボスを称える数え切れない歓声が空間を満たし、飛び交っていく。

 

「ありがとう、諸君。英雄の音色と比して、まるで響かぬ君等の熱賛、確かに受け取った」

 

 神を称える声を有象無象と断じているエレボスだが、彼のカリスマは消えない。むしろ、高まる。

 

「─────オラリオを地獄の釜に変える」

 

 その言葉を聞いた邪悪に魅入られた凶信者達は歓喜する。涙を流す者さえいるくらいだ。

 そんな中、幹部のオリヴァスは苛立ちに駆られていた。

 

「悠長過ぎる!!早くオラリオを潰すべきだ!!」

 

 オリヴァスの言葉を聞いたヴァレッタとエレボスの唯一の眷属であるヴィトーは、彼の考えが誤りだと告げる。神エレボスの計画に従うべきだと…。

 

「ッ!!」

 

「オリヴァス、【悪】とは何だと思う?」

 

 エレボスの唐突な質問に、オリヴァスは言葉を詰まらせる。

 

「非道を尽くす事か?残虐である事か?俺は少し違うと思う。それは手段であり、本質ではない」

 

 原初の幽冥を司る神は悪について語る。

 

「【悪】とは恨まれる事だ」

 

「恨まれる?」

 

「ああ。そして、【絶対の悪】とは──あらゆる存在を終わらせるものだ。生命も、社会も、文明も、時間さえも…。それまで積み上げてきた万物を全て無に帰す。断絶と根絶、存亡の天秤を嗤いながら傾ける邪悪。───それこそが【絶対悪】だ」

 

「「「……ッ!?」」」

 

「俺が宣言した。やるならとことんやる。だが、それはまだ先の話だ。賢い諸君らには理解を求める」

 

 邪神エレボスの言葉に、オリヴァスが、ヴァレッタが、ヴィトーが、聞き惚れる。それ程までに彼には魅力があった。

 

「さて、俺はそろそろ出かける。ヴィトー、ゼオン(・・・)、供をしてくれ」

 

「ゼオン?我が主よ、彼は別の用事でここには…」

 

 ヴィトーが言い終える前に、天井から一人の男、ゼオン・アストラが飛び降りてきた。

 

「ッ!?ゼオン・アストラッ!?どうしてここにッ!?あなたはこの場所よりも離れた場所にいたはずではッ!?」

 

「護衛だ。オレ(・・)ならある程度の相手なら倒せる、もしくは時間稼ぎが出来るからな」

 

 【絶対の治療師(アブソリュート・ヒーラー)】ゼオン・アストラ。彼はいつも通り、その金色の瞳で周囲の者たちを冷たく見る。

 だが、いつもの彼と違うところが一つだけ(・・・・)あった。それは彼の大切な武器であり、最強の武器【聖槍ロンギヌス】をその手に持っていない事だ。

 

「それはつまり、私では役不足だと?」

 

「自覚があり、結構な事だ。…エレボス、行くのなら早くしろ。オレは忙しい」

 

「だろうな。じゃあ行くとしよう。ヴィトー、ゼオン。俺を守れよ」

 

「承知しましょう、我が主」

 

「くだらん、殺られるなら勝手に殺られろ」

 

 エレボスは、ヴィトーとゼオンを連れて闇の奥へと消えていく。不用意な真似をして欲しくないヴァレッタは止めるが、エレボスはその足を止めない。

 

「まったく、裸の王を気取るのは肩が凝る」

 

 朝方の都市、エレボスは廃墟然と化した街路を、自身の眷属ヴィトーと協力者ゼオン、両名を引き連れ、歩んでいる。

 

「【絶対の治療師(アブソリュート・ヒーラー)】、貴方は神出鬼没ですね。一体、いつから拠点に?貴方と【刹那】はもう少し団体行動して欲しいものですね。貴方たちは普段、一体何をしているのですか?」

 

「質問が多いな…。先に言っておこう。神出鬼没をお前には言われたくない。そして、何よりもオレたちが何処で何をしていようが、それはオレたちの自由。お前たちゴミ共に教える義理はない」

 

「おやおや、かつての英雄様は手厳しいですね」

 

 ヴィトーは、それ以上ゼオンに絡まない。理由は二つあり、一つはこれ以上の詮索が自身の死を意味する事を悟ったからだ。

 そして、もう一つは、エレボスたちを見つけ騒いでいるオラリオの冒険者たちを始末しなければならないからだ。

 

「おっと、出くわしたか。お前たち頼んだぞ」

 

「やれやれ、眷属使いが荒い」

 

 と言いつつも敵を殲滅するヴィトー。そして、その後のエレボスとヴィトーのやり取りを見ていたゼオンは、そのやり取りに心底関わりたくないと思うのであった。

 

「人と神。そのどちらも愚かなものだ」

 

 ゼオンの目の前には、ヴィトーに負け、辛うじてまだ息がある冒険者たち。かつての英雄【絶対の治療師(アブソリュート・ヒーラー)】なら、魔法を施し助けていただろう。

 だが、今のゼオンはオラリオの敵。その行為とは逆に当たる事。つまりは、冒険者の息の根を止めるのであった。

 

「罪は受け入れる。お前たちに英雄の素質が無いのなら、甘んじて死を受け入れろ」

 

 この時点でオラリオ内の死傷者は三万人を超えた事だろう。不眠不休の活動が行われ、冒険者のスタミナは切れていき、治療師に関しては倒れ始めていた。重苦しい雰囲気がオラリオを包みこんでいる事が変わらない。希望の光が差さなければ、命の灯火は消えていくばかりだ。

 

「やぁ、リオン。そのセリフを言うには早いか…。まさか、別の眷属の方を引き当てるとは…。これは運が良いのか?はたまた悪いのか?」

 

 エレボスたちの歩んだ先で相まみえたのは、アストレア・ファミリア団員ゴジョウノ・輝夜とライラだ。

 彼女たちは悪びれる様子もない邪神エレボスに、様々な感情を交えて睨むのであった。だが、そんな二人など、お構いなしにエレボスは質問を行う。

 

「リオンが何処にいるか知らないか?迷える正義の使徒よ」

 

 不気味な静けさが辺りを支配している。輝夜とライラは、周囲にエレボスたち以外の敵がいないことをすぐさま確認した。

 敵はエレボス達のみだが、それでも絶望的な状況には他ならない。エレボスは除外されるが、ヴィトーとゼオンは強敵だ。特にLv.7であるゼオンに勝つなどと甘い幻想を持つほど、輝夜もライラも能天気ではない。

 

「たとえ知っていても教えるわけない」

 

「よくも騙ってくれたな、神エレン!!」

 

「騙っていたつもりはない。我が悪友ヘルメスの真似をしていただけさ。しかし、道化を演じるのは意外と難しい。初めて我が悪友を尊敬したよ」

 

 輝夜とライラから殺意を向けられていようとも、神エレボスは意に介していない。むしろ、口がより達者になっていた。

 

「おい、何故リオンを狙う?戦いを始める前から、やたらと付き纏っていたよな?」

 

「神々の言う、すとーかー?というものでございますか?嗚呼、全くいいご趣味で反吐が出てしまいそう───この変態め」

 

「小猫の如くじゃれるなよ、ヒューマン。男など漏れなく獣で、倒錯している。生娘でいる間に覚えておけ」

 

「こいつッ!!」

 

「そして、パルゥ厶。何故、リオンを狙うか。その理由は単純だ。アレが一番純粋だろう?潔癖で無垢。お前たちの中でも紛れもない正義の卵だ。【絶対の悪】を提示され、あの娘がいかなる答えを出すのか。後学のためにも俺はそれを知りたい」

 

 わざとらしく手振りを交えながら、言葉を紡ぐ邪神。まるで賢者を真似る如く探求する姿に、眷属であるヴィトーは主神の軽い姿に薄く笑みを浮かべていた。

 

「我が主神ながら、本当に趣味が悪い」

 

「そうか?俺としては優秀点を与えたいぐらいだ。───さて、ここで出会ったのも何かの縁。お前たちが俺の問いに答え、満足させてくれるなら、リオンを玩具にするのは止めよう」

 

「満足…?問いとは何だ?」

 

 邪神エレボスが何を問うて来るのか。輝夜とライラは、神経を尖らせて、耳を傾ける。

 

「【正義】とは?」

 

「何?」

 

「言葉通りだ。お前たちの【正義】とは何か述べよ」

 

 何が答えなのか分からないノーヒントの問い。少しの沈黙の時間が過ぎた後、口を開いたのは輝夜だ。

 

「──知れたこと。【正義】とは大義名分を得るための武器だ。言動の暴力を正当化するための、色のない旗。そして、最善を目指し、摩耗していく過程そのものだ」

 

「残念──失格だ。何を醒めた振りをしている?それは自分を偽るための鎧か?気取った真似をするお前は一番つまらない。───お前の【正義】は未練(・・)だろう?現実に手酷く裏切られた子供が、それでも手放せないでいる幻想だ」

 

「ッッ!!!?」

 

 まるで見透かしたかのようにエレボスは言葉を紡いだ。そして、彼の言葉に輝夜は胸を抉られた。

 

「さて、次はお前だ。答えを出さない愚かな子供。──お前の【正義】は毒と見せかけた知恵だ。無力を嘆き、狡猾を己に課す弱者のあがき。そして、劣等感を隠すための隠れ蓑。」

 

「クソったれが!!何でもかんでも見抜きやがって!!」

 

 忌々しそうにエレボスへの悪感情を吐露するライラは、己の動揺を殺すのに精一杯だった。心の最も弱いところを突かれたのだ。無理もない。

 

「怒るなよ小娘たち。しかし、実に不完全で下界らしい。お前たちは迷える子羊だよ。残念ながら、俺を満足させる答えを提示しなかった。予定通り、正義の卵を食すとしよう───ここは任せるぞゼオン」

 

「面倒だな。煽るだけ煽って、オレに押し付けるのか?」

 

「まぁな。頼んだぞぉー」

 

 エレボスはヴィトーを連れ、この先にある廃教会へと歩んでいく。残された輝夜とライラは敵の首魁であるエレンを捕らえたいところだが、ゼオンを倒さなければ進めない。

 故に否応なくゼオンと戦わなければならないのだ。

 

「クソッ!!とんでもねぇ化け物を置いて行きやがったッ!!」

 

「逃げる事すら叶わないぞ!!」

 

「神アストレアの眷属たちか…。さっさと始末すると言いたいところだが、極東の娘。お前だけは見逃してやる」

 

「何ッ!??」

  

 自分だけは見逃すと言われた輝夜だが、どういう意味なのか彼女自身理解が追いつかず、つい聞き返した。

 

「去れと言った。お前はアイツ(・・・)の得物だ。オレが殺す通りはない。──言葉の意味を理解したのなら消えろ。それとも仲間の小人族の死体を見てから去るつもりか?オレとしてはどちらでも構わないが…」

 

「何だとッ!!」

 

「止めろ輝夜!!」

 

「ライラッ!!」

 

 ゼオンと戦おうとする輝夜をライラは必死で止めた。そして、彼女は輝夜に言葉を伝える。

 

「輝夜、早く逃げろ。戦ったところで勝ち目はねぇよ」

 

「ッ…仲間を置いていけと…?」

 

「アタシとお前は現実主義者だ…、どの選択が一番良いか理解しているだろう…。安心しろ、アタシもお前が逃げた後、すぐさまズラかるさ」

 

「……ライラ」

 

「問答は終わったか?」

 

 ゼオンの問いに、輝夜ははっきりと答える。

 

「ああ、終わったさ!!『居合の太刀─双葉』!!」

 

 一瞬にして殺気を織り交ぜての居合切り。二刀の小太刀からなる無数の銀閃が走り抜ける。それは必殺を誓った奇襲だ。

 ライラを置いて逃げる。その選択肢を輝夜は取らなかった。

 

「悪くない奇襲だ。太刀筋も悪くない。だが、相手が悪かったな。オレには通じない」

 

 輝夜の攻撃をゼオンは涼し気な表情で全て避けた。彼は輝夜を殺すつもりはない。

 だが、輝夜が攻撃してきた以上、ある程度の痛みを与える選択肢を取ることになる。

 

「大人しく去っていれば良いものを…」

 

 その瞬間、ゼオンは輝夜の腹に一撃を与えた。その威力は輝夜が動けなくなるには十分過ぎるものだ。

 輝夜は膝をつき、相手との圧倒的力量差を思い知らさせれている。

 

「お前はそこで這いつくばっていろ。──さて、小人族のガキ、次はお前だ。死の覚悟は出来たか?」

 

「クソったれがッ!!」

 

 ライラはその小さな身体を動かし、ゼオン・アストラと対峙する。力の差は歴然、勝つことなど不可能に近い。

 しかし、それでも何もしないで死ぬことなど出来ない。最後まで生にしがみつく。

 

「抗うか。ならば、その力を見せてみろ」

 

 ライラは拳に力を込めてゼオンを殴ろうとするが、彼女の攻撃はゼオンに当たらない。何故なら、当たる前にカウンターを食らわせられたからだ。

 

「ガハッ!!!」

 

(何だよ、このデタラメな力は…、これがLv.7の力ッ!)

 

「お前は英雄の卵にもなれない。────死ね」

 

 ゼオンがライラにトドメを刺そうとした瞬間、ゼオンの頬に一筋の斬撃が掠める。

 

「ははははははははッ!!!斬ったぞッ!!Lv.7ッ!!!」

 

 地に這いつくばっていた筈の輝夜だが、何とか力を振り絞り、ゼオンに僅かな一撃を与えた。

 

「────なるほど、良い技だ。その上、刀に毒が塗られていたようだな。即効性があり、上級冒険者にも届く程の毒」

 

「…チッ、早々に見抜いたか…。だが、流石に貴様にも効いたようだな。どうだ、忌々しい毒の味はッ!!」

 

「僅かな痺れを感じるが、この程度の毒か…。ベヒーモス(・・・・・)の毒に比べれば可愛いものだ。─『天の星々、数多の命の光の加護─“ノヴァ・セレスティア”』」

 

 それはゼオン・アストラが歴代最高峰の治療師と呼ばれた所以の魔法だ。その効果は傷の治療、体力回復、状態異常及び呪詛の解除、文字通り全てを癒す最上位の全癒魔法。何よりも詠唱式が少ない超短文詠唱の魔法である。

 今も即座に毒を解除し、傷の治療を完了した。

 

「デタラメな力だ…」

 

「そうかもな。だが、この魔法を有していても救えなかった命は大勢ある。人というのは何処まで行っても人に変わりはない。醜く愚かだ」

 

 ゼオンは自身と対峙する輝夜に対して、その腕を振り下ろす。

 

「輝夜ッ、後ろに下がれ!!」

 

 ゼオンの腕が輝夜を攻撃する前に、倒れているライラの声が響き渡った。

 ライラはいくつもの球体をゼオン目掛けて投げる。そして、次の瞬間には、その球体が爆発していく。

 

「魔道具か?」

 

 そんな爆発など意に介していないゼオンだが、ライラはゼオンを殺すために、その魔道具を使ったのではない。この場所から離脱するために、魔道具を使ったのだ。

 

「本気でなかったとはいえ、オレから逃げおおせるとは…。随分と逃げるのが上手だな、小人族のガキ」

 

 爆発により起きた砂煙が段々と薄れていくと、先程までその場所にいた輝夜とライラは消えていた。

 二人はゼオンからまんまと逃走したのだ。

 

「極東の方はそこまで死にかけてはいない。だが、小人族の方は満身創痍だろう。もし生き延びたのなら、次は本気で相手をしてやろう」

 

 ゼオンはつまらなそうにエレボスのいる廃教会へと入っていく。

 

 

 

 

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