【大抗争】が始まってから、ディアンケヒト・ファミリアが運営する治療院は大忙しの状態だ。怪我人は毎日運ばれて来るにも関わらず、物資の補助がされる事はなく、一方的に減るばかり。治療師たちは疲弊し、団員たちすらも休むことの出来ない日々が続いている。
そして、何よりもディアンケヒト・ファミリアを引っ張って来たセリカ・スターヴァルが死んだ。それが団員たちには重く伸し掛かっていた。
自分たちを引っ張ってくれていたリーダーという存在が急にいなくなったのは、ディアンケヒト・ファミリアとしては大きな痛手だ。
セリカの変わりになり得る者がいるとすれば、アミッド・テアサナーレだと団員たちは思う。
まだ12歳と若いが、それでもセリカの教えを受け、セリカに認められた次代を担う治療師。彼女が立ち上がれば、団員たちの士気も自ずと上がるだろう。
だが、今のアミッドにはそれを行う覚悟も余裕もない。
あるのは己の無力さと慕っていたセリカがいないという事実だ。
「……」
アミッドはゼオンに打ちのめされてから、ずっと塞ぎ込んでいた。セリカの死とセリカの師匠であるゼオンからの厳しい指摘。最早、塞ぎ込むなというのが無理な話だ。
普段しっかりしていると言っても、まだ若い12歳の少女。多くを背負わせるのは酷かもしれない。
「私には無理です。セリカ団長の代わりにはなれない」
─────『アミッド、お前は名実ともに都市最高の治療師として、名を馳せる事だろう』
(私には無理です…)
─────『セリカが認めたのだから期待していたが、この程度か…。まったく、随分とガッカリさせてくれる』
(期待……、私には無理だ…)
アミッドはいっその事逃げ出したいと思うほど、追い詰められていた。彼女は暗い雰囲気を纏いながら、昨日と同じように怪我人たちの治療へ向かう。
道中、アミッドはセリカの部屋の前を通りかかる。誰かの部屋に入る時、彼女はノックをすることが当たり前だったが、今回はノックすること無く部屋に入った。
その行為はセリカがいないと分かっているからか、もしくはセリカの癖が反映したのか。どちらなのかは分からない。
だが、間違いなくセリカの影響は大きい。
「相変わらず、整理整頓の成されていない部屋ですね」
部屋の中は、かなり散らかっており、セリカの部屋に何度も来たことがあるアミッドからすれば、相変わらずの光景だ。
アミッドは扉の鍵を閉めると、机の近くにある椅子に座る。
机の上には魔道具がいくつも置いてあり、彼女は興味本位でそれらを触り始める。
すると、一つの魔道具からセリカの声が聞こえてくる。
『これは遺言。こんな世界だ。いつ死んでもおかしくない。それ故に私は遺言でも残そうと思う。そうだな、私の後継者になり得る者にでも残そうか。────アミッドしかいないな』
「えっ…」
『アミッド、私はお前と初めて出会った時、とんでもない逸材が現れたと思った。しかし、それと同時に迷いもした。治療師としての道は辛いものだ。その道に進ませるのは正解なのか随分と悩んだものだ』
「団長…」
『だが、今は迷いがない。アミッドは治療師として一歩ずつ真っ直ぐ進んでいるからな。私を超え、都市最高の治療師となるだろう。自身を持って、都市最高の治療師となれ。期待しているぞ、アミッド』
「団長、ありがとうございます…」
アミッドの目からは一筋の涙が流れていた。
■
廃教会の中では、エレボスが意地悪そうな顔をしながら、【正義】とは一体何なのかと苦悩する
「脆き者よ、汝の名は【正義】なり」
正しき選択とは何なのか、そもそも【正義】の所在すら分かっていない。【悪】に押し潰されていく。脆く簡単に崩れ去ってしまう…。
己に絶望する妖精の末路は、自壊の二文字だった。
「期待外れ。────だが、【正義】という名を使い、お前たちを惑わしたアストレアのせいでもある」
「違うッ!!アストレア様はッ!!」
「違う?全てアストレアの怠慢さが原因だろう。お前たちは女神の娯楽に巻き込まれただけだ」
エレボスは言葉巧みにリューを追い詰める。心をズタズタに切り裂かれ、立ち上がれないほどの絶望。
そんな時、教会の外から衝撃が響き渡る。
「……今のは爆発?」
その爆破の正体はエレボスやヴァレッタに我慢しろと言われたにも関わらず、待つことが出来なかったオリヴィスの仕業だ。誰の仕業かすぐに理解したエレボスは軽く溜息をつく。
「よりにもよって俺たちの近くで始めるとは…。だが、そのおかげで良いことを思いついた。──ゼオン、白夜を呼んで、この戦場に増援を許すな。お前ならすぐに出来るだろう?」
「オレはお前の眷属でも、ましてや犬に成り下がった覚えもない。そんなくだらないことをする道理はないぞ」
「そう言うなよ。これが終わったら、俺はもう余計なことを一切しないと誓おう」
「……今回だけだぞ」
ゼオンは教会の外に出ると、面倒そうにしながらもエレボスの指示を実行しようとする。これから呟く一言も、そのために必要な作業の一部だ。
「『
短く鋭い声と共に、
「さて、行くとしよう」
ゼオンはこちらに向かって来るであろう敵たちを殲滅するために、その手に持つ
そして、それから数十分後、ロキ・ファミリアの幹部ガレス率いる遊撃隊とクジョウノ・白夜が衝突する。
第七区間に足を踏み入れる事が出来ないガレスたち。目の前に立ち塞がる白夜。彼が斬った地面には、一本の線が出来ており、それを越えようとした冒険者は容赦なく首を斬られていた。
「通してはくれぬか?」
「それは出来ない相談だな、【
「喧しいわ!!いいからそこを退け!!」
「退けと言われて退く道理はないな。安心しろ、今回は殺しに来たわけじゃない。今の俺は単なる門番だ。その線を越えなければ、お前たちが死ぬことはない」
白夜は腰に携える刀に手を置き、いつでも敵を斬る準備は出来ている。
そして、彼の言う線を越えようとすれば、容赦なく斬られてしまうとガレスも分かっていた。
「斬れ味は抜群。やはり、職人の技というのは素晴らしいものだ。その技術と積み重ねた歴史に敬意を表そう」
その手に持つ刀が最高峰の斬れ味を有している事に白夜は歓喜する。
「ぐっ…」
(動けん。完全に足止めされておる)
ガレスは遊撃隊に攻撃指示を出せぬまま膠着状態が続く。
一方、西のメインストリートでは、ロキ・ファミリア副団長リヴェリアとゼオンが対峙していた。
「またお前か、ハイエルフ」
「ゼオン・アストラ!!」
「騒ぐな、面倒な問答もつまらぬ戦闘も疲れるだけ。オレには何の得もない」
通りの真ん中で一人佇んでいるゼオン。そんな彼の完全なる死角である廃墟の屋上に立つ少女は、そこから飛び降り、身の丈とほぼ同等の銀剣を振り下ろした。
「──ふッッ!!!」
ロキ・ファミリア団員アイズ・ヴァレンシュタインの奇襲。彼女は躊躇など一切していない。脅威を排除するための渾身の一撃を振るった。
「殺気がダダ漏れだ。それでは何の意味も意義もない」
アイズの振り下ろした銀剣を、ゼオンは銀の槍で受け止める。力の差は歴然、彼はアイズの攻撃を弾くと同時に手刀を振り下ろす。
「ッッ!?」
「アイズッ!!」
吹き飛ばされたアイズを見たリヴェリアは即座に反応して、アイズの身体を受け止めた。
「アイズ!!大丈夫かッ!!」
「うん…。…あの人…、強いッ!」
ゼオンの強さの片鱗を知り、驚いているアイズ。だが、そんな彼女を見たゼオンもまた少し驚いていた。
息を呑みながらも訝しむアイズを前に、ゼウス・ファミリアの生き残りは
「まさか、例のダンジョンの娘か?」
「「ッ!!?」」
アイズとリヴェリアの瞳が同時に見開かれる。そんな二人の反応を見て、ゼオンは納得した。
「なるほど、どのような方法を行ったのかは知らないが、お前達はその娘をどうするつもりだ?
「黙れッ!!」
ハイエルフの眉が逆立ち、激昂を呼ぶ。その内から出る怒りを原動力にリヴェリアは両手で杖を持ち、飛びかかる。魔法が効かない相手に、今だけは白兵戦を挑む。否、挑まされる。
そんな彼女と共に、アイズもまたゼオンを倒そうと剣を振るう。
「つまらん。魔法が使えぬ魔導師など無力過ぎる。低レベルの冒険者なら、レベル差で倒せるだろう。だが、オレは貴様よりレベルが上だ。故に倒されることはない」
「だとしても、黙って見ているわけにはいかない!!」
「そうか…。なら、お前たちを殲滅しよう。『聖槍ロンギヌス──解放』」
「何をする気だ!?」
ゼオンに魔法が効かないと分かっているリヴェリアは、この戦いで魔法を使っていない。それにも関わらずゼオンは『聖槍ロンギヌス』の力を使った。
リヴェリアはゼオンが今から何をするつもりなのか全く分からない。それが分かるのはゼオンが
「『終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地──』」
「その詠唱はッ!!?」
リヴェリアは驚く。何故なら、ゼオンが詠唱しているものは彼女が最も理解しているからだ。
「『吹雪け三度の厳冬─我が名はアールヴ』」
「あれはリヴェリアのッ!?」
アイズもリヴェリア同様に、それを理解する。
「『“ウィン・フィンブルヴェトル”』」
ゼオンが使ったのは、極寒の三条の吹雪を引き起こし、敵を凍りつかせる魔法。それはリヴェリアの扱う魔法と全く同じものだ。
リヴェリアとアイズを除く救助隊の冒険者たちは、何の役に立つこともなく凍りついた。
「何故、お前がその魔法を使えるッ!」
リヴェリアは動揺が隠せない。しかし、それも無理もない。自身の使う魔法をゼオンが使用したのだから。
「お前たちは知らなかったか…。いや、お前たちの前で使ったことが無いのだから知らぬのも無理がない。これは『聖槍ロンギヌス』の力に他ならない」
「その槍の力だとッ!?」
「吸収した魔法を再び放つ。シンプルなものだ。しかし、使い勝手もまた悪い。吸収した魔法を覚えておかなければならないのは当然であり、吸収した魔法の詠唱も覚えておかなければならない。それを達成された時、使う事が可能だ」
「確かにそれは何とも使い勝手が悪いな。だが、お前は平気で使い熟しているようだが?」
「記憶力には自身があるのでな。薬や魔道具、モンスターの種類など、多くを記憶してきたオレにとって、この程度何の問題にもならない。攻撃魔法を有していないオレとしては、この槍の力に何度も助けられた。皮肉な事にな」
ゼオンは再び銀の槍を構える。彼は態とリヴェリアとアイズを狙わなかった。目の前にいる二人はまだまだ試さなければいけない者たちだと直感したからだ。
「さて、次は馴染み深いものを贈ろう。特にハイエルフ、お前にはかなり苦い記憶だろうな──『“
次に放たれた魔法は、リヴェリアの魔法よりも強力な魔法。音が衝撃の塊となり、敵を押し潰す。その上、放たれるのは音なので、目に映ることもなく、不可視かつ無色の砲撃となる。
「ぐっ…、これは【静寂】の魔法ッ!?」
「懐かしいな。お前は何度もアイツに打ちのめされていた。その上、勝てた事など全くのゼロ。どうだ?久しぶりの味は?」
「このッ!!」
「弱い。何よりも足りないな。お前たちは一体何処まで進める?進むことが出来る?──証明して見せろ」
数多の魔法がリヴェリアとアイズを襲う。反撃しようするが、先々まで見据えている強者との力量差は大きい。レベル、何よりも戦闘経験値の差は表立っていた。
「ぐっ……」
「強いっ…」
「お前たちは弱い、オレに全く届いていない。必死さが足りないからだ」
戦況は圧倒的な劣勢。リヴェリアとアイズは、目の前にいる強者に追い詰められていた。最早、立っているのもやっとの状態だ。
「期待外れだ。──故に死ね」
ゼオンが銀の槍を振り下ろそうとした時、
「『“ディア・フラーテル”』!!!」
「ッ!」
その声を聞き、ゼオンはピタッと振り下ろした銀の槍を止める。声の正体が誰なのか理解しているゼオンは興味、もしくは気になり、彼女に問う。
「戦場に来るとは、どういう風の吹き回しだ?アミッド・テアサナーレ」
そこに立っていたのは、ディアンケヒト・ファミリア団員アミッド・テアサナーレだ。彼女は全癒魔法を行使し、リヴェリアとアイズを治癒した。
「戦場に来た理由は、貴方たちを倒すためです!!」
「倒す?お前が?戯言とは実に雑音だ」
「戯言ではありません。…確かに今の私は貴方のように前線で戦える力はない。ですが、前線で戦う人たちを助ける事は出来る!!私がいる限り、死人は出させない!!」
今のアミッドには覚悟が備わっている。数日前、自身よりも圧倒的に強いゼオンに打ちのめされてから、彼女は考えたのだ。治療師がするべき事が何かを…。
「私は貴方に打ちのめされた。セリカ団長の死を受け入れることが出来なかった。私は無力さに苛まれた。ですが、セリカ団長の言葉が!想いが!私を奮い立たせた!!私は治療師として、人々を救います!!私こそがディアンケヒト・ファミリア団長アミッド・テアサナーレです!!」
「なるほど、良い覚悟だ。数日前とは少し違うというわけだ。流石は次世代を担う治療師。セリカが認めた者。しかし、まだまだ足りない。今のお前に点数を付けるなら、
ゼオンは戦場の中心である場所に、一筋の光が差し込んだの感じ取る。
「情けない連中だ。オレと白夜がいなければ、阻む事すら出来ぬとは…。何の役にも立ちはしない。この世界の醜いゴミの残骸共め」
ゼオンはアストレア・ファミリアに押されている闇派閥の者たちに苦言を呈する。
「ゼウスとヘラが消えて八年。アストレア・ファミリア、他とは少しマシな者たちか…。あの戦力差を覆すとは大したものだ」
ゼオンは闇派閥たちが撃退されたことを察し、エレボスの気配も移動している事から自身も撤退を開始する。
リヴェリアやアイズ、アミッドは、ゼオンの逃亡を阻止しようとするが、それは叶わない。何故なら、ゼオンには彼女たちの妨害など通じないからだ。
「次に会うときは、幾分かマシな力を見せてみろ」
ゼオンはそう言い残して姿を消す。