【大抗争】─【死の七日間(五日目)】─────────
アストレア・ファミリアがオリヴァス率いる大部隊を撃退し、一夜明けた朝。昨日まで起こっていた闇派閥の嫌がらせは完全に途絶えていた。
しかし、緊張を解くことは出来ないでいる。
「何かの前触れか…」
「都市の外は少しだけ騒がしい」
フィンやリヴェリアたちは感じ取っている。この不気味な静けさは、前触れに過ぎない事を…。
この沈黙は永遠には続かない。むしろ、とても短いだろう。
最後の戦いが近い。それは強者である者たち程、理解していた……。
■
オラリオより遥か遠く離れた場所にある小さな村。地図にも載らないような田舎の山奥で
「全くッ!!あの糞ジジイッ!!
洗濯物を干しながら、愚痴をこぼしているのは、長い灰髪が特徴の美女。彼女こそ、元ヘラ・ファミリア所属の冒険者である
「朝から物騒かつ元気だな、アルフィア」
その言葉を発したのは、目元に斬り裂かれたような深い傷跡がある筋骨隆々の大男。彼は可愛らしい犬のマークが目立つエプロンをその身につけている。彼の名は
「ザルド、お前がもっとあのジジイを隔離しておかないから、ベルに悪影響が出るんだ!!」
「おいおい、俺のせいかよ」
「お前はあの塵の眷属だろう。お前が責任を持って、奴のくだらない戯言を閉じさせろ!!」
「ったく、ゼウスの奴…。今回はどんな事をやらかしたんだ?」
「ベルにハーレム最高だと教え込んでいた」
「ゼウスらしいな」
「らしいで済ませるな!!『“
「ゴホッ!!?」
容赦のないアルフィアの魔法に、ザルドは吹き飛ばされるのであった。
「アルフィアッ!!愚痴感覚で魔法をぶっ放すなッ!!マジでこっちは痛いんだぞッ!!」
「煩い」
「ったく、
「黙れッ!!『“
「グハッ!!」
ザルドは再びアルフィアの魔法を受けた。尚、最初に受けたものよりも速度と力が随分増していたとか…。
ゆっくりと立ち上がるザルドだが、これ以上アルフィアの機嫌を損ねるのは得策ではないと悟り、言葉を慎重に選び始める。
「そ、それで肝心のベルとゼウスの奴は何処にいるんだ?」
「ベルは部屋の中で本を読んでいる筈だ。相変わらず、英雄の物語が好きらしい」
「そうか…。
「その時は、私が全身全霊で鍛えなければいけないな」
「…そ、それは…、まぁ、うん…、ベルには頑張れとしか言えないな…」
アルフィアがベルを鍛える。その光景を想像してしまったザルドの表情は苦笑いだ。果たしてこの先、ベルが英雄の道を歩き出すのか。それは今の彼には分からない。だが、スタートを踏み出すところまで進むのが、とても大変だろうと思うのであった。
「そう言えば、ゼウスの奴はどうした?」
「畑に埋めた。しばらくは出てこられないだろう」
「まさに神をも恐れぬ所業だな」
「あのクソジジイを敬う意味も意義もない。神も所詮は雑音の権化に過ぎない」
「ふっ、そうかもしれんな…。しかし、お前のその物言いは
「ザルド、
アルフィアは何処か寂しそうに、その名を口にした。
「アルフィア、ゼオンがどうしているのか気にならないのか?お前とゼオンは…」
「それ以上は言葉にするな。さもなくば、再び魔法を喰らう事になるぞ」
「……」
押し黙るザルドをスルーして、アルフィアは家の方へと足を歩み出す。
「───」
(お前は今、何処で何をしているんだ)
「───ゼオン。──────お前に会いたい」
小さな声でそう呟くアルフィア。ゆっくりと家に戻ろうとする彼女だが、次の瞬間にその足は止まる。
何故、足を止めたのか。それは滅多に来ることのない来客がこの場所にやって来たからだ。
「誰だ?」
気配のする方向へ振り向くアルフィア。彼女が振り向いた先には、二人の女性がいた。
「久しぶりだな、【静寂】。確か、以前相見えたのはメーテリア殿のお葬式だったな」
「───お前か…。何故、ここに来た?」
「色々とオラリオで面倒事が起きているものでね。少しばかり力を貸していただければと思い、態々やって来たというわけですよ。油断して死にかけたバカな娘と一緒にね」
「むぅ!!!バカとは失礼だね!!」
「事実だろう。私がいなければ、お前は爆発に巻き込まれて死んでいたぞ」
アルフィアの前で話している二人の女性。一人はアルフィアの顔見知りであり、もう一人は初対面だ。
本来なら無視したいところだが、アルフィアは直感する。話を聞かなければならないと…。
■
【大抗争】─【死の七日間(六日目)】─────────
──────時が流れていく。
オラリオは不気味な静寂に包み込まれていた。
ギルド本部作戦室の壁に立て付けらている大時計から、重く静かな針音が響いている。
「──────来たようだね」
椅子に腰掛けていたフィンは、この部屋へ向かってくる足音の正体が分かり、ゆっくりと立ち上がる。
「報告ッ!!偵察隊、帰還しました!!!偵察隊からは、『目標を発見!推定以上の脅威ッ!!──全てを破壊しながら、こちらに突き進んでいる』との事ですッ!!」
それはフィンたちが待ちわびた報告。しかし、彼等にとっては的中して欲しくなかった危惧そのものだ。
【最悪】という事実が目の前の事実として現れたのだから。
「エレボスのクソったれ!!こっちが本命か!!」
「もう猶予はないか…。───全ファミリアに伝令。日付が変わるまでに、戦える者、全てを中央広場に招集しろ」
「は、はい!」
フィンの指示にギルド職員は一も二もなく従った。職員が去った廊下の先から瞬く間に慌ただしくなる。そんな中、フィンもまた、作戦室を後にしようと立ち上がる。
「自分はどこへ行くつもりや、フィン?」
「迎えに行ってくる。今のオラリオが戴く、
オラリオの最強。それはかつての英雄に泥を飲まされた者。屈辱と弱さに苛まれて尚、抗い続ける男。
決戦の時に、彼がいなければ意味はない。
「出迎えるのが君たちの女神でなく申し訳ない。しかし、時間切れだ」
「問題ない。始まりを受け入れる」
「そうか…。始まるぞ。───
■
夜の訪れとともに、都市から光と音が消えていく。
中央広場に集結するのは、全ての【ファミリア】の眷族達。
この場の誰もが理解している。最後の戦いがやって来たのだと…。
ある者は無言で武器の感触を確かめ、ある者は落ち着きなく体を揺らし、またある者は瞑目し、時に身を委ねている。 そこには恐怖と緊張、そして戦意と覚悟が滲み出ていた。
中央広場に漂う空気が様々な感情を孕む中、覆面で顔を隠すリューは、静かに呟いた。
「日付が、変わる・・・・・・」
都市中に存在している時計が一斉に鳴った。長針と短針が重なり、長い一日の終わりと始まりを告げたのだ。
冒険者の視線が集まるのはバベル南門前。冒険者達に向き合う一人の小人族が静かに口を開いた。
「──聞いてくれ」
その一言に冒険者たちは注目する。冒険者達の鋭い眼差しを一身に浴びるフィンは、臆する事なく言葉を続けた。
「敵の真の狙いが明らかになった。【大抗争】──最初の夜の戦いから今の今に至るまで、全ては『前準備』に過ぎなかった」
冒険者達の全指揮を預かる【勇者】の言葉に、誰もが耳を疑った。そんな彼等を一瞥して尚、フィンは言葉を紡ぐ。
「真の目的は、ダンジョン内における【大最悪】の召喚」
フィンは、全ての情報を統計しての結論を告げる。
「闇派閥は邪神を迷宮に送り出すという禁忌を犯し、そして邪神を囮にすることで、【大最悪】を地上へと誘導するつもりだ」
フィンの言葉に多くの冒険者たちは混乱した。受け止めきれない言葉の羅列に、冒険者たちは堪らず声を荒らげる。
「待てっ、【大最悪】の召喚とはどういうことだ? 普通の化物ではないということかッ!!」
「召喚の方法については省略させてもらう。だが、既に偵察部隊がダンジョン内で目標を発見した」
フィンは時間を惜しむかのように事実だけを伝えていく。
偵察隊が地上を発ったのは二日前。リュー達がオリヴァスの襲撃を退けた後、【大抗争】で起こった一斉送還の違和感に気付いたフィンの独断で偵察隊を迷宮に向かわせた。
そして、偵察隊の一人が持ち帰ったのだ。その残酷な事実を…。
「本日の正午時点で目標の位置は24階層。全ての階層を破壊しながら、無理矢理上へと進出している」
「「「ッッ!!!??」」」
「偵察隊の報告によれば、目標は超大型。その進行速度と破壊規模を鑑みて、───ギルドは【大最悪】の戦闘能力を深層の【迷宮の孤王】と同等か、それ以上と断定した」
第一級冒険者たちを始め、数えきれない冒険者たちがその事実に絶句する。
途端に膨らみ始めるのは、焦りだった。
「…、嘘だろう?」
闇派閥は神自らが動き、厄災に等しい【大最悪】を地上に連れて来ようとしている。
そして、そこから推察出来る事。つまりは敵の狙いだ。敵は地下からバベルを崩壊させるつもりだと理解させられる。
【大最悪】の存在を聞いて、冒険者たちの混乱は止まること無く広がっている状況。それをフィンは持ち前の言葉とカリスマ、ペテンで収める。
「迎え撃つ!!これより戦力を地上と地下に二分。闇派閥の総攻撃に対する迎撃隊、そして【大最悪】を打ち倒す討伐隊とで分かれる」
驚愕する冒険者達を見回しながら、フィンは淀みなく脳裏に広げた作戦図を語る。
「前者はほぼ全ての【ファミリア】による派閥連合。後者は選り抜きの少数精鋭。【闇派閥】と【大最悪】、そのどちらもバベル陥落が目標と予測される中、敵の『挟撃』を受け止め、これを殲滅する」
フィンの作戦を聞いて尚、冒険者たちは不安に包み込まれている。しかし、それは無理もない話だ。敵があまりにも先々を行き過ぎているからだ。
そんな冒険者たちを一瞥したフィンは、士気を最大限を上げるための言葉を紡ぐ。
「君たちは負けたままで終われるのか!!自覚しろ!!ここにいる全ての者が
満ち満ちる戦意を募られせるフィン。そんな彼の言葉が冒険者たちの心は掴まれる。
「意地を見せろ、冒険者ッ! 誰よりもしぶとく、何よりも生き汚い無法者達ッ! 真の勝者は最後まで立っていた者だと教えてやれッ!!ここは英雄が生まれる約束の地だッ! そして、冒険者の都だ!!」
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」」」」」
中央広場が冒険者たちの咆哮に包まれる。彼等は勇者の鼓舞に応えたのだ。────この瞬間、士気が爆発した。
「これは【英雄達の前哨戦】に過ぎないッ! 世界の最果てで待つ【真の終末】への、肩慣らしだッ!」
終末の名は──【黒竜】。英雄の都に待ち受ける大いなる厄災を持ち出し、この戦いは単なる通過点に過ぎないのだと断言させた。
「【黒竜】に敗れた
────都市北西。
───月明かりが差し込む教会では、その月を見上げている
「奴は相変わらずの詐欺師だな」
「だが、それもまた奴の強さだ」
邪悪は胎動を終えている。
正義は失墜を超えている。
故に、後は彼の邪神が予言した通り。
【巨正】と【巨悪】の理をもって、正邪はここに衝突する。
「敵は【絶対悪】ッ!!ならば気高き
秩序と混沌の争乱。
未曾有の『未知』。
知られざる英雄の残光。
語り継がれるその戦いの名は、『正邪決戦』。
人々は讃え、神々も謳う。
空に綴られるは星詩の一節。
オラリオ史上、最大の戦いと呼ばれる『正義』と『悪』の闘争が、その日、幕を開けた。