カラカラと、扇風機の回る音が部屋に響いていた。
時計の針が17時を指した。8月の夜は暮れなずんでいて、なかなか夜の帳は降りてこない。
照明に使う電気代が節約できていいな、と寧は笑った。
「健ちゃん、あのね、さっきそこの室町川でカワセミを見たよ」
誰からも反応がないのにも関わらず、寧は言葉を続ける。
日が落ちてないとはいえ照明を使わない部屋の中はとても暗かった。寧の顔色を窺うこともできないほどに。
「室町川って汚れてるでしょ。空き缶とかしょっちゅう投げ捨てる人がいるし。……ゆるせないよねぇ。健ちゃんの学校でも、川を守ろうって標語募集してたりしたのにね。大人がお手本にならないって嫌な世界だねぇ。ま、そんな川にさ、居たんだけどね、カワセミ」
寧は手の間をスズメ程度に開いて、「嘴を入れるともっと大きかったかな? どうだったっけ……」と自分の記憶に疑問を零す。
「かっこよかったよ、ああいう青色をなんていうんだっけ。スカイブルー……じゃなくて。コ、コバ……コバルトブルー? おなかはオレンジ色でさ、橋の欄干に居たのすぐわかっちゃった。水辺の宝石っていうらしいけど本当に綺麗でさぁ。コバルトブルー色の物って自然にそんなにないじゃん? 他の生き物から狙われたりしないのかな。室町川の汚い水から本当に浮いてたんだよね……」
カシュッ、という音とともにビール缶を開けて寧は満足そうに笑う。
「ま、汚い汚いっていっぱい言ったけど、そんなのはあくまで人間の視点なのかもね。どれだけ汚れて見えても、カワセミが食べられるくらいの量の魚はいるのかも……なんだか、勇気が貰えるよ。どれほど汚くても、好きになってくれる人はどこかにいるのかも……」
そう言って、健人の遺影の前にフルーツの飴の袋を置いて、寧は手を合わせる。
「不注意で健ちゃんを死なせちゃった寧叔母さんも、いつかカワセミが来てくれるのかもね。濁っていても、よどんでいても、腐っていても……川は流れが止まらない限り、カワセミが、きっとやってくる……」
寧は背中を丸めて、なんども、なんども遺影に頭を下げた。
「ごめんなさい、でも自分で自分を傷つけたってなんにもならないんです……私が私を許すことを、どうか許してください………」
しばらく頭を下げたあと、寧は座布団から立ちあがり、ソファに寝転がった。
窓の外からは、ヒグラシの鳴く声が響いていた。