演歌歌手、サンドイッチ屋になる~あおばタウン商店街の出鱈目な日々~ 作:島スライスメロン
男性演歌歌手・三山岬。
彼の作る演歌らしさを持ったサンドイッチとは?
出鱈目な日々、開店~
①~演歌歌手三山岬登場!~
【20XX年、7月初旬の週末、日本の某所、午前9時頃】
〈ガタイのいい男〉
「いらっしゃいませ! ……っと、こんな感じでいいかな?」
とある店の正面から見て右横側には、小さなプレハブ小屋がそのまま入れられていて、
その周囲から物理的に区切られている狭いスペース内では、
上半身には青地のTシャツを着ていて、下半身には紺色のGパンを履き、
そして頭には赤い下地のバンダナをペタッと巻いた、
ちょっとばかしガタイがよくて、ついでに顔の線が太くて輪郭の濃い男が、
先ほどのような威勢のいい声を張り上げてから、フライパンを乗せたIHコンロの電源を止めた。
彼の名は『三山 岬(みやま みさき)』35歳。崖っぷち境遇の演歌歌手である。
その声量は某所の武道館の天井をブチ抜くほどにデカく、
またかつては、とある民放テレビ局の歌番組に端役で出演したこともあるなど、
実力はそれなりにあるはずなのだが、
これといったヒット曲に恵まれず、現在は地方のドサ回りと、
細々と開くカラオケ教室で食いつないでいるような、
ちょいとばかし収入不安定の身の上だ。
そんな岬が今立っているのは、場末の商店街である。
日本の南国、Q州地方はM県のとある場所、あおば市あおばタウンにある、
『あおばタウン商店街』の一角。より正確に言えば、
古びた個人書店「文林堂(ぶんりんどう)」の、正面から見て右横側の空きスペースを間借りした、
内部の広さ凡そ3畳半~4畳ほどの狭小空間のプレハブ小屋だった。
〈老眼鏡の老人〉
「よっ岬ちゃん、朝からいい声出してるねえ。さすがは元演歌歌手だ」
ガラガラと音を立てて開いた文林堂の引き戸から、
店主の老人『大木 源(おおき げん)』がひょっこり顔を出した。
分厚い老眼鏡の奥の目が、面白そうに細められている。
〈岬〉
「ちょっと大木さん、元ってなんだよ。
俺は今でもあくまで本職は演歌歌手ですよ……
オレぁね、自分のことをこのあおばタウン出身の大物女性演歌歌手、
あの『大鳥居(おおとりい)さゆり』のように、この街から出て歌で
全国の天下を取る男だと思ってましたよ。
それがどうして、朝っぱらから地元の本屋の狭小の空きスペースで、サバの照り焼きを仕込んで、キャベツの千切りをしてなきゃいけないんですかねぇ……」
キャベツを包丁で千切りする手を止め、トホホ……と気落ちする岬。
岬がこの街出身の有名女性演歌歌手に憧れて、演歌の道に入ってから早10年以上。
されども機会に恵まれず、気が付けば寂れつつある故郷の商店街の一角で、演歌とは縁も所縁もないサンドイッチ作り……
一体どうしてこんなことになったのか?
〈大木〉
「いいじゃないか。本屋の客は減る一方だし、うちの横のデッドスペースを持て余してたんだ。
お前さんの事務所の社長から、
<岬をしばらく預かってくれ、何か労働させて、こいつのいまひとつ世間で『弾けない』根性を叩き直してほしい。
ところでこいつは料理の腕はそこそこあるから、料理屋……そう、サンドイッチ屋なんてどうだ?
最近はカフェスペースでコーヒーや軽食を出す書店もあるんだろう?>
って頼まれた時ぁ、俺は『こりゃ面白い、商売繁盛のチャンスだ!』っと思ったね」
ひょんなこと、とはまさにこのことだった。
1か月ほど前のことである、岬は所属事務所の社長に突如呼び出されたかと思えば、
<最近の若者は誰も彼もテレビやネット発の洒落たアイドルポップスばかり聞いて、日本人の魂、演歌を聞かん!
いっそのこと、音程よりもトーストの焼き加減にでも命を懸けてみろ!
なに、料理の腕に関してはまあまあ出来るようだし、どうにかなるだろう>
と理不尽な理由でこの文林堂に放り込まれたのだ。
バイトなどの経験はあっても、本格的な自営業商売の『し』の字もよくは知らない岬だったが、料理の腕に関しては、自慢じゃあないが地方巡業の自炊生活で嫌でも磨かれていた。
……因みに、悲しいことに岬はまだ独り身である。
〈岬〉
「しかしサンドイッチ屋か。うん、店を始めるにあたって食品衛生責任者の資格も取っちまいましたし(話聞くだけだったけど……)、歌う代わりに具を挟んで挟みまくってやるさ。
オレの魂のこもった弾けるクロス・サンダー!……じゃねえ、クロス・サンドゥー・ウィッチ!で、このあおばタウンの市民権を得て、ついでに歌のほうも知名度あげてやろうじゃねえか」
〈大木〉
「クロス・サンダーってなんだ、ヒーローの技名か。あとサンドゥー・ウィッチって、妙な発音だな。
それにお前、市民権もなにも、元々あおばタウンの市民だろ?
まさかまだ前の住所からの転居届出してないのか?」
大木がからからと笑う。そういうことじゃねえって、と岬は気を取り直して、目の前にある特製のメニューボードに目をやった。
昨晩、筆ペンで力強く書いた文字と、色付き油性ペンで描いたパンのイラストが並んでいる。なお岬の画力に関しては、すごく巧いといったほどではないが、物の特徴をそれなりに捉えているといったレベルである。
~本日のお品書き~
◆ドリンク
・アイスティー(コーヒーフレッシュとガムシロップ、レモン&オレンジのシロップ付)
・アイスコーヒー(アイスティーと同様)
◆サンドイッチ
・つぶあん塩バターコッペパンサンド
・照り焼きさばキャベツコッペパンサンド
・【店主おすすめ☆】『綿あめ恋歌』。、コーヒー入りホイップクリームと一緒に、綿あめと弾けるキャンディ、店主特製秘密のスパイスを挟んだ、こぶしの効いた演歌のコッペパンサンド。
〈大木〉
「……おい岬ちゃん、サンドイッチメニューの上2つはともかく、1番下のやつはサンドイッチの具材として正気かい?」
大木が呆れた様子でメニューボードを指さす。岬は胸を張り、ガハハと高笑い。
〈岬〉
「なに言ってやがるんですか、大木さん。
これこそオレが1週間ほど、弾けるとは何か!を悩み抜いて開発した、
『演歌系スイーツサンド』の真打ちですよ!
演歌の『こぶし』のように、口の中でビシッとインパクトを残し、さらに現代の若者が好きな『映え』と『食感』を融合させたんです。
食べてみりゃ絶対にわかりますよ、こいつと演歌の良さが!」
〈大木〉
「……だといいんだが。もしかして選択を間違えたかな、これは」
外では、晴れた青空から太陽の日差しがさんさんと降り注いでいた。7月に入ってもう街の風景は夏模様になっており、今日も暑くなりそうだ。
②~こぶしの効いた朝の歌声~
午前11時。商店街にまばらに人が歩き始める時間になると、不思議な現象が起き始めた。
~(ラジカセから流れる演歌のメロディー)~
〈岬〉
「あーーー、あーーーーーっ!!!」
突如として、文林堂の横から演歌のメロディ-と野太い美声が響きわたる。
通りすがりの人々が、ギョッとして足を止めた。
一体これは何なのか?その答えは岬が客引きの為にひねり出した、渾身の歌声である。
岬はサンドイッチ屋を開くに際し、毎日の喉慣らしを兼ねて南国の旅情や郷土への愛、
または日々の生活の憂いや喜びなどを歌詞に起こしつつ、高らかに歌い上げることにしたのである。
〈岬〉
「お立ち会いの皆様方!おはようございます!
本日も夏日でお暑い中、外出してこのあおばタウン商店街にお越しの元気な皆様方に、是非とも知って頂きたいことがございます!
ワタクシの名前は『三山 岬』。青春のみぎわに演歌の道を志して、このあおばタウンから旅立ち早10数年、
北は北海道から南は沖縄、全国各地を渡り歩いてその都度にこの華麗なる歌声を人々に届けてきた、一介の旅回りでございます!
ワタクシがこの故郷・あおばタウン商店街にてここにいる皆様方へお伝えしたいことは、本日只今から、この書店文林堂にて、ワタクシ三山岬が、
サンドイッチを始めとした軽食を販売するということです。
演歌の晴れ道を往き、歌で泣かせる色男、この三山岬が送る、人生の憂いを挟んだ特製サンドゥイッチ!はいかがですかぁっ!ああーっ!!」
〈人々〉
「「(な、なんだこれ?)」」ざわ……
〈?(謎のシルエット)〉
「!?……」スタ、スタ……
その声量に圧倒されたのか、それとも心打たれたというべきか、謎のシルエット……もとい、1人の『女子高生』が、恐る恐るといった様子で、岬のサンドイッチ店に近づいてきた。
黒い髪をゆるめに編み込んだ三つ編みお下げに、楕円形のレンズのはめ込まれた黒縁のメガネと、清楚な印象の娘だ。
これで本でも持っていたら、図書委員といった印象となるだろうか。
〈?改め女子高生〉
「あの、ここって本当にサンドイッチ屋さんなんですか?
なんか演歌が聞こえたから演歌のCD売ってるのかと……」
〈岬〉
「いらっしゃいませ! 一応CDも売ってるが、生憎今はサンドイッチ屋でな。
ここで胃袋に響く旨いパンをガンガン作って売っていくつもりだぜ!
お嬢さん、俺の一押しはこいつだよ!」
岬が自信満々に差し出したのは、件の自信作『綿あめ恋歌』の見本。
ふんわりと焼き上げたコッペパンの間に、ほんのりと薄茶色をしたコーヒー・ホイップクリームがたっぷり塗られ、
その中央に、ピンクと白のパステルカラーの綿あめがふんわりと鎮座している。
〈女子高生〉
「コーヒーのクリームと綿あめ……って、えっ、弾けるキャンディを挟んでるんですか?」
〈岬〉
「そう、そして更に付け加えるなら、俺特製の『秘密のスパイス』も使った、演歌のようなサンドイッチだ!
どうですお嬢さん、お一つ試しに買っていきませんかね?
うちは注文されてから作るんだが、こいつならすぐ出来るぜ」
女子高生は未知の食べ物に警戒しながらも、面白いと思ったのか、或いは岬の濃い気迫につい気圧されてしまったのか、
じゃあそれひとつとアイスティーください、と注文して料金を差し出した。
会計を清算する岬。なお電子式レジスターはないので、計算機とアナログな鍵付きのキャッシュボックスで金銭を管理する。
清算後、岬はまず既にニトリルゴム手袋を嵌めた手の上に更にビニール手袋を重ね嵌め、消毒液とおしぼりで清潔にする。衛生面への配慮だが、なんとなく気合が入る。
〈岬〉
「♪~」(演歌を口ずさみながら作業する)
さて、まずはアイスティーを作る。凡そ氷ありで液体が350mlほどは入る大きさの紙のカップを用意すると、氷を入れてから、冷蔵庫から取り出したアイスティーを注いでプラスチックの蓋をする。
そしてストロー(紙袋に個包装されたタイプ)とポーション容器入りのコーヒーフレッシュとガムシロップ、レモン果汁、オレンジ果汁をそれぞれ用意し、女子高生客に手渡す。
なお4つも調味料を渡すのは、演歌のような複雑な味わいをドリンクで再現したい!という豪快かつ無謀ですらある願望に基づく。
全部混ぜたらとても甘ったるそうだが、岬はそこは豪快に気にしなかった。何故なら彼は、『甘いものが嫌いじゃなかった』からだ。
〈岬〉
「じゃあまずはアイスティーからどうぞ!」
そして次はサンドイッチの製作だ。岬は常温保管庫からコッペパンを取り出す。
なおパンはオーブンレンジで温めることも可能だが、
『綿あめ恋歌』は溶けやすいクリームを使うため、今回は常温のまま使うようだ。
因みに岬の手作りではないが、腕のいいパン業者から仕入れた、出来の良いコッペパンである。
〈岬〉
「♪~♪~」(冷蔵庫を開ける)
さて次は、冷蔵庫の中にガラスボウルに入れて仕舞ってある、
冷たい状態のコーヒー・ホイップクリームを容器ごと取り出して、
上に被せたラップを捲り外すと、中のクリームをゴムベラで軽く混ぜてから掬い取ってから、
コッペパンの側面に予め入れてある切れ目の中に塗っていった。
〈岬〉
「♯~」(プラスチックの容器を取る)
その次に、岬は蓋つきのプラスチック容器に入った、金平糖のような謎のカラフルな細かい飴をスプーンで掬い取ると、パンの中央あたりにパララと撒いていく。
これの正体は、いわゆる『口に入れるとパチパチと弾けるタイプのキャンディ』で、
ジャンルとしては総称して『ポッピングキャンディ』などと呼称するものである。
さらに次に岬が取り出したのは、
『綿あめ恋歌秘密のスパイス!』と書かれたシールの張られた、
これまたプラスチック製の容器で、その中身の粉やなにかの欠片をこれまたスプーンで掬って、
クリームの乗ったパンの断面に沿ってさら~っとかけると、
混ざり合った黄色や緑、それと透明感のある薄い桃色の粉や欠片でできた線が引かれた。
実はこれこそが『綿あめ恋歌』のとびっきりの秘密に関わるものなのだが、詳細は今は伏せておこう。
〈岬〉
「あーあ~~あああ~~ふんふ~ん」(歌詞が消えてメロディーだけが残った演歌を口ずさむ)
そして最後に、これまたプラスチック容器に入った、
ピンクと白のパステルカラーの綿あめを中心にライン上に据えて挟み込むと、
岬特性『綿あめ恋歌』の完成である。
それを紙袋に入れて、女子高生に手渡す。
そして店の記念すべき最初の客に、彼は誠意を込めて礼を述べる。
〈岬〉
「ご注文の『綿あめ恋歌』です!」(手渡して)「ありがとうございました!」
③~口の中の特等席~
受け取った女子高生は、さっそく店のすぐそばにある白いプラスチックのテーブルとセットになった、これまた白いプラスチック製の椅子に腰掛けると、
購入した『綿あめ恋歌』にスマホのカメラを向けた。
〈女子高生〉
「一体どんな感じなんだろう?」
おそるおそる大きく口を開け、ガブリとかぶりつく。
最初に舌に感じるのはコッペパンの味。その先を探るように、幾度かの咀嚼が行われる。すると……
〈女子高生〉
「うん?」
女子高生は動揺した。
ふんわりとしたパンの柔らかさに続いて、まず飛び込んできたのはコク深いコーヒー風味のホイップクリームのほんのりとした甘みと、少し酸味のある香ばしい苦みだった。
甘すぎないビターな風味が鼻を抜ける……かと思いきや、その次に口の中でじわっと溶け始めた綿あめの優しい甘さが、その苦みを包み込むようにマリアージュを起こす。
それは面白い味と食感ではあった。だが……
〈女子高生〉
「(コーヒーの苦さと綿あめの甘さ、奇抜な組み合わせではあるけれど、正直予想の範疇ってところかな?
一体どこら辺が演歌の要素なんだろう?うーん残念……)」
奇抜な見た目に見劣りする安直な味に、女子高生は少しがっかりした。
そう、時は既に21世紀。様々な物質と情報に溢れたこの現代社会では、多少の奇抜さなどは、奇抜さに慣れ切った日本の最先端の女子高生には届き得ないのである。
悲しいが、それこそが現実である……だがしかし、それは『多少の奇抜さ』の場合の話である。
この女子高生は『綿あめ恋歌』のことを、この時点ではまだ『普通にコーヒークリームと綿あめを挟んだだけの、ちょっと発想が奇抜な菓子パン』だと見誤っていた。
が、しかし。この三山岬が一週間かけて考案した、演歌系新感覚スイーツサンドイッチ『綿あめ恋歌』の神髄は、
コーヒークリームのほろ苦さと綿あめの甘さによって、優しくマリアージュが成されて味の下地が奏でられた後の、更にその先にあるのである……
さて女子高生が気落ちして僅か数瞬後のことである。
突如女子高生の口内で、『パンでもコーヒー・ホイップクリームでも綿あめでもない、これまた別の味と匂いの感覚』が、舌の味蕾を刺激し始めた。
―ピリリッ!スゥー!ピリッ!スゥ!ジュワァー―
〈女子高生〉
「!?」
油断していた女子高生の舌と嗅覚を、鋭い『辛み』と『清涼感』、そして『爽やかな香り』が突き抜けるように刺した!
更に!
―ピリピリ!ピリピリ!スゥー!スゥー!ピリ!スゥ!ピリ!スゥ!ジュワジュワー―
〈女子高生〉
「な、なにこれ?辛さと清涼感が同時にやってきて、
ポカポカとヒヤーッて感覚が両方揃ってくる!
しかも、ほんのりとした『しょっぱさ』と『甘さ』が、
辛さと清涼感を包み込むみたいに溶けだしてくる!?」
じんわりとじっくり体を温めようとする辛みの成分と、
キンキンと体を急速冷凍しようとする清涼感、
相反する逆ベクトルの二種類の『辛さ』が、
奇跡的な連携力を持って女子高生の味覚を刺激し、未知の領域へと誘い出す!
〈女子高生〉
「はっ!もしやこれは……」
〈岬〉
「おう、それがなんだか知りたいかい?お嬢さん。だがそいつは秘密だぜ?あんまり大声で言いふらさないでくれよ?」
ガハハと高笑いする岬。女子高生はしかし、岬に近づいて小声で打ち明ける。
〈女子高生〉
「ゴニョゴニョ……(あの、おじさん。
この複雑な味の『秘密のスパイス』の正体って……
もしかして『生姜』と『ミント』と『カルダモン』、それと……
『岩塩』じゃないですか?)」
〈岬〉
「!!な、なんのことだかさっぱりわからねえな!?」
明らかに動揺した様子を見せる岬。何故なら女子高生の指摘によって、秘密のスパイスに隠された謎があっさり解かれてしまったからだ。
そう、岬の使った『秘密のスパイス』の正体とは、磨り潰した『生姜』や『ミント』に『カルダモン』、
それと『桃色の岩塩(ヒマラヤピンクソルトなど)』を、特別な配合で混合したものである!
まず『生姜』。辛みがあり、ピリっとした刺激がある上に、新陳代謝を促進して体を温める効能のある食材であり、演歌が歌われだした時や、盛り上がっている時の高揚感を演出する。
次に『ミント』。ひんやりとした清涼感を齎す食感上の刺激に加えて、爽やかに鼻を突き抜ける冷たい香りが、演歌の時として爽快である部分を際立たせる。
更に『カルダモン』。その上品さから『スパイスの女王』とすら呼ばれるこのフローラルな素材は、嚙んだ時の苦みもさることながら、
ミントやレモンのような清涼な爽やかさと、生姜のそれによく似た新陳代謝の促進効果を併せ持っており、
その性質がミントと生姜双方を繋ぐ、接着剤としての役割を果たすことで、
歌手と観客双方が一つとなった、ライブ会場の雰囲気を再現するかのような感覚を、摂取した者に齎すのだ。
そして最後の『桃色の岩塩』。塩辛さ、しょっぱさだけではないほんのりとした『甘さ』を兼ね備えるという、複雑な味わいの性質が、人生の酸いも甘いも辛いも歌った演歌の性質によく合い、涙流れる感動のフィナーレへと、人々の心を導いていく。
と、解説するとこのようなわけだが、どうやらこの女子高生はそこに気が付いたようである……もしかしてこの娘、ただ者ではないのだろうか?
〈岬〉
「と、とりあえずこのまま中央辺りまで食べ進めてみてくれよお嬢さん。そこがこの『綿あめ恋歌』の最もおもしれ―ところだからよっ」
女子高生、岬の勧めるままに何口か齧って、中央まであと少しといったところまで攻略する。すると。
―カリカリ……シュワァァーパチパチパチパチッ!-
「あ……キャンディが口の中で溶けて、弾けた……」
瞬間、少女の目が丸く見開かれる。
パンの中央付近に敷設されたポッピングキャンディ。
噛みしめると成分が唾液と化学反応して弾けるその食感が、コーヒーの苦みと綿あめの甘さの中で、
まるで演歌のクライマックスや歌唱後にライブ会場内鳴り響く万来の拍手の如く、
あるいは激しい雨の音のように、少女の口内でリズミカルに弾け飛び始めた。
そこには糖の結晶成分の甘みだけでなく、果実のような酸味も混じっている。或いは其れは、演歌で表現される感動の涙とか人生の哀愁のようなものなのか。
その感覚の体験に、女子高生の心には、岬の歌う演歌にも似た『綿あめ恋歌』のズシンと鈍く、バシッバシンと軽い衝撃が響いた。
〈女子高生〉
「なるほど、甘さと苦さと、複雑な複数の辛さの刺激。
とろとろのクリームとふわふわしゃりしゃりの綿あめ、
そして最後のこのカリカリっとしてその後弾ける甘さと酸味の食感……。
なんか口の中がライブ会場みたい。そうか、これが演歌系サンドイッチ……!」
思わず感動の声を漏らす女の子の横で、文林堂の窓からひょっこり顔を出した大木が、腕を組んでうなずいた。
〈大木〉
「ほほう……見た目は奇抜だが、コーヒーの香ばしさと苦みが、綿あめの甘ったるさを引き締めて、
更に秘密のスパイスの辛さが味と風味双方に深みを齎して、最後に弾けるキャンディがシメのアクセントになってる。
こりゃあ、計算された味だな、岬ちゃん」
得意げに鼻を鳴らし、そしてネタがばれたことを誤魔化すように、高笑いする岬。
〈岬〉
「ハ……ハハハ!!だろ? 歌と同じで、ただ声を張るだけじゃダメなのよ。
強弱、緩急、そしてサプライズ。それが人生であり……
俺の特製サンドイッチの秘訣なのさ!」
岬の自信に満ちた意気込みの言葉を聞いた女子高生は、感心したように頷いて、言葉を返した。
〈女子高生〉
「人生を表現したサンドイッチかぁ……それ、面白いですね。
秘密のスパイスのことは、皆には内緒にしてあげます」
(女子高生、内緒にする約束を口言しながら、立てた人差し指を唇に当てた、愛嬌たっぷりの仕草を見せる)
その後、女子高生は『綿あめ恋歌』を完食し、ごちそうさまでした、おいしかったです、と礼を述べて帰って行った。
その爽やかに去っていく姿を見て、岬は感慨深くため息を漏らして、気合を入れるための言葉を呟く。
〈岬〉
「いやぁ~清々しい青春を感じさせるお嬢さんだったな。
俺も人生まだまだこれからだ。張り切ってサンドイッチを売りまくるぜ!」
しゃあいくぞ~と言う元気溌剌な岬を見て、大木はフッと小さな呟きを漏らしつつ、面白くなるかもしれない事態に、小さく期待を寄せた。
〈大木〉
「いやぁ今朝の仕込みの時はどうなることかと思ったが、案外上手くいくかもなこりゃ。心配事もあるが、今日のところは一先ず様子見だな」
④~その後の展開と、まだ見ぬ未来への展望~
その日の夕方。あの最初の客である女子高生がスマホでネットにあげたであろう『綿あめ恋歌』の動画と、
『あおばタウンの商店街に、怪しい演歌歌手のおじさんが作る、斬新なサンドイッチのお店が誕生!』
というレビューは、SNSのアルゴリズムに乗って瞬く間に若い世代の間で拡散された。
最もその事を岬が知るのは、翌日以降に彼が自分であおばタウン商店街のニュースをネットで検索した時のことだったが。
自身のSNS上での評判を知った岬は、その野太い声を腹からひねり出すかのようにして、力強く吠えた。
〈岬〉
「いや怪しい演歌歌手ってなんだよ!どっからどう見ても物凄く信頼できる、男前の色男だろうが!
あーーー、あーーーーーっ!!!」(濃い顔でツッコミつつ最後は演歌を歌い始める)
〈大木〉
「岬ちゃんそういうとこだぜ。悪目立ちするのはよ……」
~
それから更に何日かが経ち。7月中旬になったあおば市あおばタウン。
制服姿の高校生や、噂を聞きつけた若いカップル、それと岬の威勢のよい人柄に惹かれた中高年たちが文林堂の横に列を作るようになった。
狭いスペースで岬は汗を拭いながら、あんバターサンドや照り焼きさばキャベツサンドを作りつつ、すっかり人気商品となった『綿あめ恋歌』を多くの客に届けるために、
せっせとコッペパンにコーヒー・ホイップクリームを塗り、綿あめを挟み続ける。
〈客〉
「お兄さん、照り焼きさばキャベツサンドと『綿あめ恋歌』ひとつ!」
〈岬〉
「へいよろこんで!『綿あめ恋歌』、心を込めて魂の3番……いや、4番でも5番でも、いけるところまで練り上げるぜ!」
個人書店の正面から見て右横に設置されたプレハブ小屋という思いがけない場所。
マイクを食材や調理器具に持ち替えた演歌歌手、三山岬の毎日は、今日も威勢のいい『こぶし』と、サンドイッチの匂いに包まれて、賑やかに続いていく。
〈岬〉
「歌もパンも、人に届いてナンボよ。
いつか日本全国に俺の歌とパン、あとドリンクが届くことを願って、今日も歌って、注いで、挟むぜ!
さあ次のお客さん、いらっしゃいませ!あーーー、あーーーーーっ!!!」
~(ラジカセから流れる演歌のメロディーを背景に、商店街に響き渡る岬の大きな歌声)~
【つづく】
結局女子高生の正体はなんだったのか?
そして街や商店街に集まる奇人、変人とは誰のことなのか?
そして人々を絶叫させ笑わせる出鱈目な出来事とは何なのか?
そんな皆様の疑問に答えられるように、次回以降も岬と商店街の物語を紡いでいきます。
今回はご愛読ありがとうございました。次の更新まで今しばらくお待ちください。