『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
第1話【天才魔術師の旅立ち】
「……退屈ね。何もかも。私、退屈に殺されそうだわ」
エメラルドの瞳、透けるように白い肌、エルフの特徴である長い耳を隠すように長く美しい金の髪を指先で弄び、大きなため息を吐く。彼女の名前はヴェルセリア・エルフェイン。
「あー……なにかこう……胸が躍るような事、ないかしら……」
指先を振ると小さな光が粒となって集まり、思うがままに動いていく。目についた書類に向かって光の粒を向かわせると、書類が空中に舞い上がり部屋の上空で旋回する。
「その書類、これから目を通さないといけないから返してくれるかい?」
ヴェルセリアがいるのは樹都『エテルナ』の
「……仕方ないわね」
そう言うと旋回していた書類を揃え、目の前に下ろす。
「風の使役魔術をこうも繊細に、簡単そうに扱えるなんて……」
「私くらいの
ヴェルセリアはここでの生活に嫌気がさしていた。彼女は
「それに……ごほん! 年頃の女の子なんだから、そんなはしたない姿で……」
ソファにうつ伏せに寝転び、足を上げているのを指摘された。めくれたスカートから、しなやかなふくらはぎが覗いている。
「どうせこの部屋には誰も来ないじゃない」
欠伸をしながらゴロリと転がり、天井を見上げるヴェルセリア。暇で暇で仕方がない様子だ。
「……はぁ……最近森の広場にいる動物達に会いに行ってないわ……たまにはモフりに行こうかしら……」
深いため息を吐き、現実逃避を始めるヴェルセリア。
「はぁ、また始まった……」
エルヴァインは軽くため息を吐く。そう思いつつ、愚痴を聞く相手が自分しかいないとわかっていた。その度に色々と提案をするのだが、彼女は興味を惹くものに出逢えていない。
「ヴェルセリア、君も今年で150歳だろ? もう大人なんだから……少しは淑女としての振る舞いはできないのかい?」
指摘をされたヴェルセリアは、頬を膨らませ不満気な顔を向けてくる。エルヴァインも『淑女』の言葉を使って改めて思った。
「ヴェルセリアもそんな歳になったか……」
ポツリと呟いた。
ヴェルセリアが生まれた時から見守っているエルヴァイン。子の成長を見るように、優しい眼差しを向ける。
エルフの世界は閉鎖的で、あまり『外の世界』へ出て行く者はいない。それはエルフこそ至高の生命体、この東方樹海大陸『シルヴァリア』より良い場所はないと考えているからだ。
ただ、他の生き物に比べ長寿なため、このヴェルセリアのように好奇心や探究心を持った者はある程度の年齢になったら大陸を離れることはままある。
「……そろそろ頃合いかな」
それに『年頃』になれば――ヴェルセリアが望まない方向の話が来る。その話が来る前に、『外の世界』について語る。『外の世界』を知らないヴェルセリアが興味を示すもの、彼女が最も関心を抱くであろう事を語った。
「ヴェルセリア、今日はいつもとはちょっと違う話をしてあげるよ」
「……違う話?」
ソファでゴロゴロしていたヴェルセリアは、エルヴァインの方をチラリと見た。違う話と聞いて、少しだけ期待の眼差しを向ける。
「この世界には『禁書』と呼ばれる、それはとても強力な魔術について書かれた本が存在する。その魔術は『シルヴァリア』に存在する魔術とは全く異なるもので、今のヴェルセリアにとっては魔術の概念が根本から覆ると思うよ」
いつもなら、興味がなければまたソファでゴロゴロし始めるのだが、今回は起き上がりちゃんと聞いている。
魔術の概念が覆る――ヴェルセリアにはとても興味を惹くものであった。
「『禁書』には神をも殺せる強力な魔術が書かれている……らしい」
「なによそれ、神殺しの魔術なんて存在するの? そもそも、神は目で見える形で存在しているわけ?」
「……さぁ。『禁書』を見つけた者が誰もいないからわからないし、神を見たと言う者もいないね」
「誰も……ねぇ……ふぅん……」
あらゆる話に興味を示さなかったヴェルセリアは、『禁書』に未知の魔術という、ここ数年内に聞かなかった話に僅かながら心が動いたように感じた。
全てに興味を失い、エメラルドの様に美しい瞳は輝きが失われていた。しかし、『禁書』の話を聞き始めてからは再び輝きを取り戻しつつあった。
「ヴェルセリアはあの話を覚えているかい? 『救済の神話』を」
【遥か昔、人族と魔族の間で起こった魔術大戦。それに終止符を打ったのは、自らを神と名乗った見たことのない魔術を操る天界人。そして、世界は誰もが望んだ平和の世になる】
「子どもの頃何度も聞かされた、かなり端折った話よね。この世界、『アストラルム』の成り立ちの話でしょう?」
「その『禁書』は『救済の神話』の頃のものではないか、とも言われているよ」
「そんな時代の物が? 本当に存在するの?」
ヴェルセリアはソファに姿勢を正して座り直し、エルヴァインを見つめる。
「……そればかりは私にもわからない」
「そう……それはどこにあるの?」
エメラルドの瞳に光が宿り、完全に話に食い付いた。あと一歩だ。
「さぁ……この『アストラルム』の何処か、かな。どうだろう、その『
挑戦的な物言いに内心乗せられるのは面白くないと思うが、禁書に惹かれ始めているのも確かだった。少し考えるヴェルセリア。
「……そうね……神殺しの魔術が本当に存在するなら、この目で確かめてやろうじゃない。久しぶりに胸が躍るわね」
そう言うとヴェルセリアは勢いよく立ち上がり、侍従長室のドアに手をかける。
「どこへ?」
エルヴァインが問う。
「決まってるじゃない、『外の世界』へ」
ヴェルセリアは侍従長室のドアを思い切り開け、部屋に光が差し込む。その光が今まで輝きを失っていたエメラルドの瞳を照らし、キラキラと輝いていた。
こうしてヴェルセリアは退屈な檻に閉じ込められていた『シルヴァリア』を出るのであった。