『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「夜勤お疲れ様でした、交代します。何か変わったことはありませんでしたか?」
朝、冒険者ギルド『
「ミラ! おはようニャ!」
夜勤だった受付嬢ニア・シャノワールが受付票の束を手に、ミラに報告をする。ニアは猫の獣人で、闇夜のように真っ黒で艶のある毛並み、スルリと長い尻尾には専用のアクセサリーがついている。ネコ目の瞳は青緑で、受付に来る冒険者に人懐っこく接している。
「特に変わったことはなかったニャ。1つあるなら、例の喋る狼を連れたヴェルセリアさんが珍しく夜の時間に探索許可書の申請をしに来たくらいかニャ。『聖下都市:アルカイア』の最新地図を買っていったニャ。あと、初めて喋る狼を見たニャ」
「え……ヴェルセリアさんが探索許可の申請を夜に……?」
夜にギルドを訪れる事は珍しい事ではない。だが、依頼報告ではなくわざわざ探索許可証の申請を夜の時間にしたヴェルセリア。普段なら気にも留めない事なのだが――
先日、ギルド長のバルガスとの面会の件やランクSへの昇級試験の話をしたばかりなので、ヴェルセリアが日勤のミラを避けた可能性がある。
「そう……ですか」
「……ミラ? 何か、ヴェルセリアさんにやっちゃったかニャ?」
獣人のニアは長い尻尾をゆらりと揺らしながら、下から覗き込むようにしてミラを見る。普段あまり感情を表に出さないミラが、明らかにショックを受けているのが面白かったのだ。
「いえ、いや、その……」
「……あー、ごめんニャ! 泣かないでニャ!」
一瞬泣きそうな顔をしたミラをニアは見逃さなかった。
「いえ、泣いていません」
スン……と、ミラは表情を鎮め普段通りの顔に戻る。
ここは冒険者ギルド、受付嬢は冒険者のサポートをするのが仕事である。その仕事に支障を来すのなら、ギルド長と言えど文句の一つも言ってやらねばならない、とミラは思った。
「……ックション!! ……誰か俺の事を噂してるのか……?」
ギルドの各支部長が集まる会議に出席するため、『アクアス』支部へ向かうギルド長バルガスは馬車の中でクシャミをしていた。
***
「この速さならお話ができるわね」
早朝――風になびくヴェルセリアの長い金の髪は、朝日に照らされ美しく輝いている。現在ヴェルセリアはザークの背に乗り、賢者の学舎『リヴェリア』へ向けて移動中だ。『リヴェリア』は『マリヌス』の北部に位置し、乗合馬車で移動した場合は3日はかかる距離だ。
「これから向かう所には何しに行くんだ?」
背に乗ったヴェルセリアをチラリと見たザークは何も知らずに走っていた。
「『リヴェリア』には大きな遺跡があるのよ。そこに探索をしに行くのよ」
「探索? なぁ、ヴェルが探してる物ってのは何なんだ?」
「そう言えば話していなかったわね。私は『禁書』と呼ばれる物を探しているのよ」
「きん……しょ? なんだそれ」
「んー……あまりにも凄すぎる魔術が書かれているから、普通の人には見せる事ができない本……みたいな感じかしら?」
「魔術書……なのか」
魔術書と口にし、苦虫を噛み潰したような顔をするザーク。先日まで封印の書という魔術書に閉じ込められていたため、あまり良い印象はない。
「そう、それも神をも殺せる強力な魔術を知ることができる……っ! そんな魔術書みたいよ」
少し興奮したような、楽し気に話すヴェルセリアの表情は明るい。
「神殺しの魔術……物騒だな」
「魔術の概念が覆る、誰も見つけたことがない、神殺しの魔術……ふふ……どんなものなのか、確かめてやるわ」
ヴェルセリアのエメラルドの瞳がキラキラと輝く。
「で、それってどんな物なんだ? 大きさとか、色とか、匂いとか」
匂いの視点があるのはザークならではだった。
ヴェルセリアは暫くの沈黙の後――
「……全くわからないわ」
ため息混じりに呟く。
「は? 全く?」
「そうよ、情報が少なすぎるのよ。そうじゃなったら間違えて貴方を解放するなんて事、しなかったわよ」
背中側からザークの顔を覗き込むヴェルセリア。
「でも、可愛いワンちゃんを飼うことができて、それはそれで良かったわ」
二コリと笑い、そのままザークの首周りを撫でまわし顔を埋める。昨日ザークをキレイに洗い、新しく手に入れたブラシで入念にブラッシングをしたお陰でザークの毛並みはふわふわになっていた。
「っ! (また俺の毛に顔を埋めてやがる)……そうやって犬扱いする……あーそうだな、俺も解放されてよかったなー」
棒読みで応えるザーク。屈従契約さえなければと思いつつ、口には出さない。
「はいはい。『リヴェリア』まで少し距離があるわ。手前の街で一泊して行きましょうか」
「あ? 俺の脚なら目的地まですぐだぞ?」
「……この前みたいに急いでいる訳じゃないからゆっくりでいいのよ。それに街には美味しい物があるわよ?」
「飯!」
ザークは舌舐めずりをしながら少しだけスピードを上げ走って行く。目の前には『パープル・バレル』の街が見えてきた。
***
『パープル・バレル』、ここは『マリヌス』と『リヴェリア』を結ぶ街道沿いにある街で、旅人や商人、観光客などで賑わっている。魔力回復を促す事で有名なマナ・ベリー酒の蔵が数多くあり、街道を行き交う馬車にはこの街から出荷される樽が山積みとなって運ばれる光景がよく見られる。
乗合馬車の終点にもなっているため、行き交う人は多い。
街に到着したヴェルセリア達は、宿屋の手配をする。人口と同じくらい宿泊客が多い街なので、宿屋の数は多い。宿屋と食堂兼酒場を併設している場所が多く、早朝から開いている店があちらこちらに見える。
「美味そうな匂いがするな」
「あのお店ならテラスがあるからワンちゃんがいても大丈夫そうね。宿屋の前にご飯にしましょう」
ザークを連れているので、店を選ぶ基準が犬連れでも大丈夫かどうかになっている。
「犬って言うなよ……」
「だって犬じゃない……すみません」
ヴェルセリアは『
「はーい! おはようございます! いらっしゃいませ!」
店の奥からエプロンを身に着けトレイを持った若い女性の店員が出てきた。
「テラスなら犬連れでも大丈夫かしら?」
「はい! 大丈夫ですよ! メニューをどうぞ! ……って、狼!?」
ザークを見た店員は大袈裟なくらい驚いていた。メニューを渡す手が震えているのを、ヴェルセリアは見逃さない。
「犬、よ」
「そ、そうですか……お決まりになりましたら声をかけてくださいねっ」
店員はザークを見て、トレイを盾にして逃げるように店内に戻って行った。
「……あんなに驚かなくても」
「そりゃ狼が目の前にいたらあれが普通の反応だろ。ヴェルがおかしいんだぞ」
「こんなに可愛いのに……どうして?」
ヴェルセリアは信じられないと言いたそうな顔で疑問を口にする。
「かわ……っ!? ……俺のどこが可愛いって?」
「全部よ。一つずつ挙げてほしいかしら?」
にっこり笑顔を向けてくるヴェルセリアは、ザークの可愛い部分を指折り数えながら挙げられる自信があるようだ。
「いや……いい」
「それよりご飯にしましょう。人が食べるもので大丈夫?」
テラス席に座り先程受け取ったメニューを広げ、ザークが好きそうな物を見てみる。
「食えればなんでもいい」
「それじゃ、これはどうかしら? 『
「肉!! いっぱい食わせろ!」
「はいはい、私はお野菜中心の『木漏れ日の恵みセット』にしましょう。すみません、注文をお願いするわ」
「はーい! ……ご注文、お伺いします」
店員は店の入口から隠れるようにしてこちらを見ている。
「……この子はいきなり襲い掛からないから大丈夫よ」
何かを察したヴェルセリアは、店員を安心させるため声をかける。
「し、失礼しました! 前にその……お客さんが連れた狼が暴れた事がありまして……」
「そうだったの、それはトラウマにもなるわね」
「はい……」
店員の女性はトレイを胸に抱え、暗い影を落とした。
「……? 注文いいかしら? 『
「はい! できますよ!」
「とりあえずそれと、『木漏れ日の恵みセット』を1つお願いするわ」
ザークはかなり食べるので、とりあえず肉を多めに頼む。
「あ、ありがとうございます! すぐにご用意しますね!」
ザークが暴れないとわかって安心したのか、店員は元気よく返事をして店の中に戻って行った。
「……客が連れている狼が暴れた? 随分と躾がなってねぇな」
狼と聞いてザークが反応する。同じ狼が暴れたとなると自分も同じような目で見られるからだ。
「狼を連れているなんて……
「
狼など大型の生物を連れている者で、
「狼をペットにするなら私みたいに『契約』をしないと。意思疎通ができないなら余計に、ね。でも、『契約』をしているなら暴れるはずないのに」
ペットと言われ不機嫌な顔をするザーク。
「だって、貴方は私のペットでしょう?」
ニコニコとザークに笑顔を向けていると、店員が食事を運んできた。
「お待たせしました! 『
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ!」
店員は会釈をすると店内に戻って行った。それを見届けて、運ばれたザークの分の食事を足元に置く。
ザークが頼んだ『
舌舐めずりをしたザークは匂いを嗅いでから一口食べる。
「あちち……っ! 美味い! こりゃおかわり決定だな!」
「本当、美味しいわ」
ヴェルセリアが頼んだ『木漏れ日の恵みセット』は、森のキノコと山菜のハーブソルト炒め、根菜と豆の琥珀色コンソメ、木の実と干しブドウの丸パンのセットだ。肉厚なキノコはハーブで炒められ触感を楽しめる。
「不思議な味ね、隠し味に何か……マナ・ベリーが使われているのかしら? 魔力が潤う感覚がするわ」
「俺もだ。肉食ってるのにな」
魔力を回復する食物はいくつかあるがその大半が野菜や果物で、代表的なのがマナ・ベリーと呼ばれる小粒の木の実だ。肉を食して魔力が回復するものは珍しいのだ。
「朝からこんなに美味しいご飯が食べられるなんて……いつも『パープル・バレル』に来た時は、反対の通りに行っていたからここのお店は知らなかったわ。もっと早く知りたかったわね」
今まで何度も『パープル・バレル』に来ていたヴェルセリアは、美味しい物を探して色々な店を回っていた。しかし、今回からザークがいるのでお店を選ぶ基準が動物連れでも入れる店になったため、今まで通っていた店とはガラリと変わる。
「……けどよ、この店、人がいないな」
開いている扉と窓から店内を覗くと店主と店員以外誰もいない。早朝とは言え、街道沿いにある『パープル・バレル』は荷物を運ぶ行商人や『マリヌス』や『リヴェリア』から来た旅人、そしてここを出立する人々でどの食堂も混んでいる。しかし、ヴェルセリア達がいるこの『
「こんなに美味しい朝ご飯があるのに……」
食事をしていると、少し離れた所にいる人から小さな声が聞こえてくる。
「……『
「でもまたアイツ等が来るんじゃないのか?」
「下手に助けたらこっちまで飛び火するからな……」
「マルドには悪いが……なにもしてやれない」
ヒソヒソと、通りの向こう側で遠巻きに話している。どうやらこの近隣の店の人達のようだ。
「……何か訳ありっぽいわね」
耳の良いエルフのヴェルセリアには、小声で話している内容が全て聞こえていた。もちろんザークも聞こえていた。
「アイツ等? ……まぁ、俺達には関係ないな」
ザークは気にせずそのまま食事を続ける。すると、獣の臭いが近付いて来るのにザークが気が付いた。
「……シルバーウルフか」
その言葉にヴェルセリアは食事の手を止め、ザークの目線の先を見る。強面の男が3人と、シルバーウルフ1匹がこちらに真っ直ぐ向かってくるのだった。
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