『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。 作:ねこめがね
「――さて、どこから手を付けたものかしら?」
食後、店への嫌がらせの証拠集めをしようと、ヴェルセリアは考える。
「俺は手伝わないからな。ヴェルだって面倒な事は嫌なんじゃなかったのか? どういう風の吹き回しだよ」
普段から目立つことは嫌だと言っていたヴェルセリアだが、珍しく自分から首を突っ込んで問題解決に動き出そうとしている。
「私はただ、美味しいお店をこのまま失うのが嫌なだけよ。それと……」
「それと?」
「あのワンちゃんを悪い事に使われているのが許せないわ……あんなにいい子なのに」
シルバーウルフを妨害に使われた事が腹立たしいらしく、怒りのオーラを背に纏う。
「そこかよ……」
「しかし、アイツ等はやり方が汚い……簡単に証拠が出てくるようなヘマはしていない」
「そうそう、気付いたら悪い噂が独り歩きしていて」
マルドとエマが並んでカウンター越しに肩を落としながら話す。
「ちゃんと調べたらきっと出てくるわ。どこから調べましょうか……」
ヴェルセリアが考えている時、裏口の方から声が聞こえてきた。
「マルドー! いるかー?」
「その声は……ホレスか? こっちだ!」
裏口から来たのは、ホレスと呼ばれた大柄な男性だった。
「遅くなっちまって悪い! 食材、持って来たぜ!」
「え……っ!? 食材、ちゃんと来ただと?」
「遅すぎて来ないと思ったか? ……実は――」
ホレス・マイルズは長年『
『ガストンって野郎……色々言って来やがって……そんな事より早くマルドにこの食材を届けねぇとな!』
そう思い、熟成肉を積んだ荷馬車を走らせていたのだが、街道に抜ける一本道が通れなくなっていた。先日の雨で地盤が緩み落石が発生していたからだ。
『う……そだろ……』
その落石が起きた範囲が広く、道に落ちた石や岩を退かすのに時間がかかるのは火を見るより明らかだった。
『くそ……街道に抜けるにはこの道しかないのに……』
拳で荷馬車の荷台を叩いていた時だった。
『どうしたんですか?』
そこに通りすがりの冒険者が声を掛けてきた。
『――なるほど、この道は街道に抜ける道なんですね。それじゃ……』
冒険者はそう言うと、目の前の岩を軽く持ち上げ退かし始めた。
『すごい力持ち……なんて親切な方だ!』
『困っていたらお互い様ですよ。俺もこの道を抜けないといけないし』
「――って、大楯を持った
「そ、そうだったのか……」
タイミングが悪く、全てガストンのせいだと勘違いをしていたマルドは少し恥ずかしそうにしていた。
「そんな親切な冒険者がいたのね。と言うことは1つは勘違いだったって事でいいわね」
「まぁ、ガストンって野郎からの圧力はなかった訳じゃないけどな」
ホレスは肩をすくみ、ため息を吐く。
「ま、まぁ、こうして無事に食材が来たならよかった。直接買い付けに行くのもそろそろ限界だったんだ」
マルドは安堵した様子でホレスと握手を交わした。
「それじゃ、噂話と大ネズミの件を調べないと、ね。すぐに調べられそうなのはネズミかしら。ネズミが出た場所はどこか案内してほしいわ」
厨房裏のゴミ捨て場の方に案内されたヴェルセリアとザークは、周辺である物を探していた。
「うーん、どこかしら……」
「……何を探しているんだ?」
「呪符よ。ゴミ捨て場にネズミが出るのはわかるけど、大量にって言われたら召喚を使っているんじゃないかと思って」
「呪符? 召喚?」
「呪符を貼った場所に遠隔で魔物や魔獣を召喚する……嫌がらせならありえる話だから」
いくつか並んだゴミ箱を退かし確認していくと、壁に掌ほどの大きさの紙が貼られていた。
「あったわ。やっぱり……」
呪符と見られる紙には複雑な文様が描かれていた。文様の中には模様のような文字が刻まれ、召喚される生き物の名前が書いてあった。
「大ネズミって書いてある。間違いないわね、あとはこの呪符に残された魔力を辿れば……」
呪符を剥がし、魔力の流れを辿ろうとした時だった。
「おい!」
後ろから突然男の声が掛けられる。振り向くと5人の男達が立っていた。
「……なにかしら?」
ヴェルセリアは気付かれぬにようワンドに手を伸ばす。ザークもヴェルセリアの半歩前に出て唸り声を上げた。
「いや、その、そんなに警戒しないでくれ!」
「……?」
「俺は オーウェン、 オーウェン・ミラーってんだ。向かいの道具屋だ」
よく見れば、そこにいる男達は今朝こそこそと話していた5人だった。
「アンタらはマルドを、助けてくれるのか?」
「そのつもりだけど……」
「俺達からも頼む、どうかマルドを助けてやってくれ!」
5人の男達が一斉に頭を下げる。
「……どういうこと? 貴方達は遠巻きでマルドを見ているだけだったわよね」
眉間に皺をよせ腕を組み、明らかに機嫌悪く聞くヴェルセリア。先程ガストンの手下に絡まれている時に、何もせず傍観していた男達の態度が気に入らなかったのだ。
「そりゃ……ガストンが怖いからだ……奴に目を付けられたら、俺らみたいな小さな店はすぐに潰されちまう」
「それで? なぜ私に頼むわけ?」
「今朝の騒ぎを見て、アンタならガストンに一泡吹かせる事ができるんじゃないかと……」
「情けないわね……男が寄ってたかって女に頼るなんて」
ため息を吐きながら男達を見渡す。どの男もいい年をした中年だ。
「……余所者にはわからねぇよ、ガストンの汚さと恐ろしさを」
「まぁ、余所者だし商売に関係ないからできるっていうのはあるわね」
「だから……頼むよ、マルドを助けてやってくれ……お願いだ」
口々に『頼む』『お願いだ』と頭を下げながら男達は訴えた。
「……仕方ないわね。でも、貴方達も協力しなさい。私だけではあの成金の店をどうする事もできないわ」
「わかった、できる事ならなんでも協力する!」
そう言うとヴェルセリアと握手を交わし、それぞれができる事を模索し始めた。
***
『パープル・バレル』の中心部にある酒場では、今夜も人が集まる。そんな中、一際目を引く人物がカウンター席にいた。
「お客さん、ここらで見ない顔ですね。旅行ですか?」
「えぇ、『リヴェリア』に向かう途中なの。ここはマナ・ベリー酒が有名だと聞いて立ち寄ったのよ」
美しい黒髪をまとめ、金の瞳が見つめるのは今宵の相手か。うなじから背中にかけて大胆なほど開いたドレスを身に纏う女性が受け応える。手元にはそのマナ・ベリー酒が入ったグラスがあった。
店に入ってくる男性だけではなく、女性もそのカウンター席に座る美女を見てため息を漏らす。
(とりあえずは目立てているわね)
黒髪の美女は怪しまれないよう周りを見渡している。ある人物を待っているのだ。
***
数時間前――
『
「噂話の証拠をどうにかして押さえたいわね」
「その事なんだが……あ、俺、古着屋のシモンだ。あの3人組は……毎晩のように出入りしている酒場がある」
「お、さすがシモン! 街の情報に詳しいな」
道具屋のオーウェンが指を鳴らして褒める。
「いや……そんな……」
照れるシモンを他所に、話を進める。
「それで? どうやって証拠を? あ、俺はパン屋のブルーノだ」
「……アイツ等のリーダー格の男がどうやら女好きらしく……いつもナンパしてるって」
「なるほど、ナンパされた時に話を聞くのか。あ、俺は酒屋のヒューってんだ」
「それなら女性が行かないとダメだな……あ、俺は宿屋のロイだ」
まるでコントの流れのように自己紹介を済ませる男達。笑える光景なのだが、皆一様にマルドを助けたくて必死だ。
「はい! 女性が行かなければダメなら私が行く!」
挙手をして立候補をしたのはニナだった。だが、それぞれの店の店主が顔を見合わせため息を吐く。
「あー……ニナちゃんはダメだよ、面も割れてるしちょっとその……ナンパをされるには……色々、な」
ヒューはハッキリとは言わないが、ニナに対してナンパされる程の魅力が足りないと暗に言っている。
「えぇ! ひどい! ヒューおじさんひど過ぎるわ!」
ニナはヒューに詰め寄り文句を言っている。
「それなら私が行くわ! ニナにそんな危険な事はさせられないわ!」
次の挙手したのはニナの母エマだった。
「奥さん……さすがに無理がありますよ……」
マルド含めその場にいる男全員が頷く。
「だから! 私がやるって!」
ニナが食い下がるが、頬を膨らませてヒューを軽く叩いている可愛らしい女の子を危険な目に遭わせるのは気が引ける。
「でも、貴女みたいな若い女性に行かせるのは心配だわ。相手はゴロツキな訳だし」
「そんな事言ったらヴェルだって若いだろ」
傍観していたザークが話を突っ込む。
「ん? エルフの事わかってないわね、私こう見えて100歳越えてるわよ?」
『えぇッ!!』
ザーク含めその場にいる全員が声を揃えて驚いていた。
「……そんなに驚かなくても……」
思った以上の反応が返ってきたので、少ししょんぼりするヴェルセリア。
「それなら俺らよりも経験豊かだよな……頼む! その役、アンタにお願いできないだろうか!」
オーウェンがテーブルに手を突き頭を下げる。
「……えぇ……」
「他に頼める人がいないし……こんなにキレイな人ならあの男も喰いつくだろ?」
店主達は全員頷いていた。
「私が……やるの?」
『お願いしますッ!!』
その場にいる全員に頭を下げられ、たじろぐヴェルセリア。だが、他にできる人がいないのも事実。
「……仕方ないわね」
ため息を吐きながら了承するしかないのだった。
***
「で、どうやって噂話の証拠を押さえるんだ?」
ヴェルセリアとザークは『
「朝の3人組がよく出入りしている酒場で直接本人に聞くつもりよ」
「ヴェルは面が割れてるから無理じゃ……」
「私は
自信たっぷりな笑顔をザークに向けると、ヴェルセリアは支度を始める。マジックバッグからメイク道具とドレスをいくつか取り出し、ザークがいるが気にせず服を脱ぐ。
「!」
まさかいきなり服を脱ぎ始めると思わなかったザークは慌ててそっぽを向いた。
「夜の酒場には目立つくらいの格好で……これがいいかしら」
胸の豊かさと腰の細さを強調し、サイドには深くスリットの入った紫のドレスを身に纏う。
「……なんだかヴェルには似合わないな、それ」
「そう?」
ヴェルセリアはワンドを抜き、一呼吸をしてから詠唱を紡ぐ。
シャンッ……
指揮者のようにワンドを振り、装飾された鈴が涼やかに響く。
「光と大気の精霊よ、我が声を聞き此処へ集え。妖艶なる光をもって、見える物全てを我が意のままに塗りつぶせ」
すると、ヴェルセリアの金の髪が黒髪へと変わっていく。そしてエルフの特徴的な耳が普通の人間のような形に変化した。瞳の色もエメラルドではなくゴールドに変わり、まるで別人のようになった。
「……ヴェル……なのか?」
「幻術よ。やるからにはこれくらいしないと。あとはメイクをして、髪型を整えれば朝会った男達には気付かれないわ。どうせ、男は首から下しか見てないから顔なんて覚えてないだろうし」
赤ベースのアイシャドウをグラデーションになるように入れ、アイラインを強めに引き、ルージュの色も濃いものを選んだ。アクセサリーを身に付ければ、ヴェルセリアの美しさを引き立たせる。
「……っ!!」
目の前で変わっていく姿を見たザークは混乱する。匂いはヴェルセリアだが、見た目が全くの別人のようだ。
「……貴方のその顔を見て、朝の男達が騙されるのを確信したわ」
ザークに妖艶な笑みを向け、ヴェルセリアは部屋を出て行った。
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